第34話 蒼太の評価
これは20時を過ぎた食後のことである。
「ソウタさんって真面目よね。もう少しゆっくりしていっても……なんてわたしは思うのだけれど」
小雪がこんな声を出したのは、『管理人室で伝票の整理してきます』と蒼太がリビングから出て行った矢先のこと。リビングと廊下を繋ぐドアが閉まったタイミングで正面に座っている琴葉に投げかけていた。
「あ、ユキちゃんも私と同じ考えでしたか」
「ソウタさん
「何ごとに対しても一生懸命なんですよね蒼太さんって。と言いつつ要領よくサボっているところはあるかもですけど」
「もしかしたらソウタさん的には内緒にしてほしいことかもだけれど、そこはわたしから否定させてもらうわね」
「そ、そうなんですか……?」
キョトンと首を落として失礼な反応をしてしまう琴葉。小雪から直接返されることは少し予想外のことだったのだ。
「わたしってアルバイトがない日はこの寮で仕事をしているでしょう? その時にソウタさんの仕事ぶりを見ているのだけれど、ソウタさんってば休憩をなかなか取らないのよ」
「休憩を取らないんですか? そ、それは働きすぎになりません?」
「わたしが休憩を促しても10分くらいしか取ってくれないの。『そろそろ動かないと』なんて言って」
蒼太の仕事ぶりを琴葉に教える小雪はなんとも楽しそうだ。休めと言っているのに休まない。そんな面白おかしな状況を思い出しているわけでもある。
「琴葉は知っているかしら。日に日に寮内が綺麗になっていることを」
「外回りと玄関、トイレなら……気づきましたけど、その他にもですか?」
「ええ、床周りにホコリがほとんどないのよね。ひよりは履いているホコリを取るスリッパの効果もないことはないでしょうけど、一番はソウタさんが綺麗にしているからよ」
「ほとんどないって言い方は少し大袈裟じゃないですか? 床の隅には——」
冗談を! なんて顔に出しながら椅子から立ち上がった琴葉は適当なリビングの隅に移動。しゃがんでホコリを確認する。
「……」
そして、固まった琴葉である。
「ね、わたしの言った通りでしょう?」
「えっと……さすがにこれはリビングだけですよね」
「それが階段も廊下も同じようになっているわ」
「……す、凄いですね。力を入れて行っていることが分かります。サボっても怒る人はいないのに……本当、誠実な方なんですね」
「寮の持ち主である静子さんの、そして理恵さんの代わりで管理人さんを務めていることもあるから責任感もあるんでしょうけれど、美麗の件がありつつこの仕事ぶりは怖いわよね」
ブラック過ぎる企業で働いていた蒼太だからこそ今の仕事内容でも楽だと感じている。余裕を持てている。が、この感覚は麻痺していると言っていいだろう。
この多忙なスケジュールを毎日のようにこなし、美麗からの攻撃を受けてもなおピンピンとしているのだから。
普通の人間ならため息や愚痴、気持ちの重さが必ず発生することだろう。
「あの、蒼太さんが言っていたんですけど美麗ちゃんの口撃は効かないそうですよ。なので平気らしいです」
「な、何よその能力……。それはもう人間じゃないと思うわ。あのレベルの悪口よ?」
「でもそれが本当っぽいんですよね。私がいろいろと相談に乗ろうとしたんですけど蒼太さんは『悩みはない』の一点張りでしたし、嘘をついているようには見えませんでした」
「となると……ソウタさんがおかしいのね」
「ズレてますね、絶対」
「となるとやっぱり人間じゃないことになるわ」
「そうなっちゃいますね」
いきなり始まる蒼太の貶し大会である。が、ひとえにこれは好意の裏返し。褒めているからこその言い回しでもある。
もし蒼太のことが嫌いであれば、本人に聞かれる可能性がある場所でこんな話はしない。成人を超えている二人である分、常識的な話でもある。
「琴葉、今思ったのだけれど今の会話ってソウタさんに喧嘩を売っている……わよね。き、聞こえていないかしら」
「……大丈夫だと思いますよ。好きだからこそイジめてしまうのはよくあることですからね」
「ん? な、何が言いたいのよ琴葉は……」
「言葉通りですよ。ユキちゃんは蒼太さんのことが好きなのかと」
「っ!? い、いきなり何を言っているのよ……。ど、どうしてわたしがそうなるのよ……」
ビクッと動揺。馴染みの無いからかいに頰を赤らめながら挙動不審になった小雪。次の瞬間に琴葉の表情が変わる。片側の口角を器用に上げて赤の瞳をいたずらっ子のように細めていた。
「私、蒼太さんがこの寮に勤める前にユキちゃんから直接聞きましたからね。ファミレスにきたバイク乗りのお客さんのことを『好ましく思ってる』と。ですのでそのようなことになっていてもおかしくはないかと」
「そ、それとこれは別よ……別……」
今の話を聞けば蒼太をマイナスに見ていることはないだろう。そんな分析の元、琴葉は小雪に冷静な意見を述べていた。
「それならいいんですけど、二人っきりの寮で何も起きていないことを私に印象付けるためにお部屋が綺麗になっていることを伝えたのかと思いましてね?」
「そ、そんなわけないじゃない……。琴葉、あなたはそのSっ気の性格を直すべきだと思うわ」
「そ、そう言われましても」
楽しいガールズトークを繰り広げている二人。その中でも年下の琴葉が優位を取っているがここまで。
「琴葉に攻撃されたことだし、わたしもそろそろ反撃しようかしらね。
「は、反撃……」
一度は焦った小雪だが、その後の落ち着き様はさすがである。琴葉が墓穴を掘っていることに気づいていた。
「琴葉もわたしと一緒になってソウタさんをイジメていたわよね。つまり琴葉こそ好きだってことに当てはまるじゃない」
「……」
一瞬、口を開いたかと思えばすぐに閉じた琴葉である。完全なる失態を今になって教えられたわけである。
「ほら、まばたきばかりしていないで何か言いなさい」
「……す、すみませんでしたぁ……」
「ふふっ、リンゴのように顔を赤くしちゃって。足元をすくわれたからなのか、ソウタさんのことが好きだとバレたからなのか、どっちの意味での赤面なのかしらね。琴葉」
普段は頼りになり、時にからかう。そんなお姉さんになりたい琴葉。
だが、この寮で一番の年上であり本物のお姉さんである小雪にはまだまだ敵わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます