第57話 ひよりと美麗と蒼太の夕食
「見てください変態さんっ! オムライスに潜む15個目のグリーンピースを発見しました!」
「おいおいおいおい、どうせなら卵と一緒に食べてよ。崩したらその卵を包んだ意味がなくなるじゃん……。あとそろそろ元の呼び方に戻そうね?」
今日のメインの夕食は半熟卵にくるんと包んだオムライスだ。簡単に見えて実は難しい技術、卵包みを使った蒼太だがひよりはオムライスの中に入ったグリーンピースを効率良く見つけるために卵を器用に剥がしていた。宝探しのような感覚でしているのだろうが、ちゃんと食べている。行儀が悪いわけではないだろう。
「ひよりは美麗さんの食べ方を見習ってよ。ほらオムとライスを崩さないように綺麗に美味しそうに食べてるでしょ?」
この二文を息継ぎなしで超早口に言う蒼太だ。もちろんこれには理由があり——
「別に美味しくないし、普通だし」
こう返されることが分かっており……美味しいと認めさせたかったからこそ。しかし、このあからさまな小細工は通用しなかった。ちゃんと耳に入れていた美麗である。
「普通かぁ。今日も自信あったんだけどなぁ」
「あっ! じゃあ美麗ちゃんのオムライスひよりにちょうだい!」
「……え、ヤだし。どうせひよりはグリーンピースしか探さないでしょ」
「ちゃんと食べるよっ! だからちょうだい!」
「こーら、隙あらば横取りしようとしない。ひよりのやつはみんなの2倍の量で作ってるんだから代わりにおかずを食べなさい」
蒼太が命令口調になるのは食事の際にだけである。管理人である蒼太だが、その立ち位置は寮父のようなものだろう。
「あっ、蒼太さん! 明日は親子丼が食べたいですっ!」
「その量のオムライスを目の前にしてよく言えるなぁ……。了解、親子丼ね。しいたけたくさん入れよっと」
「う……。た、たくさん入れるのはいいですけど、ひよりのお皿にはしいたけ2個以上入れないでくださいね……?」
「んー? それはちょっと都合が良くないかなぁひより」
「ど、どう言う意味ですか!?」
ひよりが苦手な食べ物、それがしいたけだ。
「俺が変態呼びはやめろーって言ってるのに続けてるんだから、ひよりの言い分を無視するのは道理じゃない?」
「ッ! じゃあもうやめますごめんなさいっ! やめますので2切れでお願いしますっ!!」
「俺の心身にダメージを負ったから3切れ」
「に、2切れです!」
「3切れ」
「……わ、分かりました。3切れ入れてください!」
冗談を続けていた蒼太を鵜呑みするひよりは凛々しい顔を作ってハチミツ色の瞳に熱を入れた。その覚悟は褒められるべきものだろう。張り合った敵ながらアッパレである。
「よし、頑張ったな。偉いぞ」
「えへへ、なぜか褒められちゃいました……」
蒼太は分かったことが一つある。純粋無垢なだけにひよりを操るのは造作もないと……。ひよりは一度褒められたらチョロくなるのだ。
この素直な性格だけに悪い人間に捕まらないか心配である。
「あっ、美麗ちゃんも何かリクエストしたらどう!? 食べたいのあれば言ったほうがいいよ!」
「別にないけど」
「嘘! 何かあるよね!?」
「ないって……」
「ね!」
「……」
「んんんんん!」
「……オ、オニオンスープ……」
こうなったひよりは最強と言っていいだろう。あの美麗が
「了解、美麗さんはオニオンスープね。ピーマンたくさん入れよっと」
「は? な、何言ってんの。どう考えても合わないでしょ」
「タマネギとピーマンのコンソメスープはあるから普通に美味しいと思うよ? それに美麗さんピーマン好きだから一石二鳥だね」
「嫌いだって! マジで言ってるわけ?」
「それはもちろん。ひよりが変態呼びの罰を受けてるから、美麗さんにも受けてもらわないと。誰かを特別扱いしたら管理人として失格だし」
「それ言ったら琴葉さんと寝た時点であんたは管理人失格でしょ。世の中にそんな人いると思ってんの?」
ブーメランだとの指摘。二の句も継げない美麗の正論にはタジタジになる。
口には出さないが脳内では『その通りじゃん』とのツッコミをしているほどだ。
蒼太に残っているのは言い訳のただ一つである。
「だッ、だからあれは違うんだって! 俺がリビングで寝てたのは美麗さんが見たでしょ!? 一緒に寝るような考えはなかったんだって」
「普通気づくでしょ。ベッドに誰かいることくらい」
「普通のことに気づけなかったから俺もびっくりだったんだよ。それに何もされてないってことは琴葉さんが証明してくれたでしょ?」
「そうだそうだー! イケイケ蒼太さんー!」
美麗を罰の道連れにしようとしてるのだろう。調子のいいひよりには追加の罰である。
「はい、そこの茶化しはいらない。ひよりはしいたけ4切れ決定」
「えええっ!? で、でもピーマンのオニオンスープは作るんですよね!?」
「……ん? 普通のオニオンスープを作るに決まってるでしょ。美麗さんは初めてのリクエストなんだから今回だけは大目に見るよ」
最初の様子から比べたらリクエストしてくれたことは想像もできないことだ。ひよりの力を借りた事実はあるが、蒼太の中で一番嬉しい出来事だった。特別扱いはしない蒼太ではあるが、こればかりは変なことをせずにどうしても叶えたかった。
「そうやってアタシからの好感を得ようとしてるんだろうけど全部無駄だから。それだけは言っとく」
「深い意味はないから安心してよ。そんな下心を持って料理を作ったことは一度もないから」
「あっそ。信じないけど」
「それで構わないよ。俺は美麗さんがご飯を食べてくれるだけで満足だからね」
「…………」
過去のトラウマがあるばかりに、上に立たなければ……。舐められないように……なんて気持ちが無意識に働くのだろう。罪悪感を顔に浮かばせている美麗だ。
だが、こればかりは蒼太にはどうしようもない、対処法がないだけにこの表情を見るのが蒼太は一番辛かった。
「あ、あの! 結局は罰を受けるのはひよりだけってことですか!?」
「結論を言えばそうなるね。茶化したんだから当然」
「美麗ちゃんだけずるいです……! 遺憾です!」
「ひよりの文句は美麗にどうぞー」
「は? アタシの呼び捨ては許さないから」
「はははっ、バレた」
「バレたじゃないし!」
重くなる前の空気を一瞬で払ったひよりの一言、
『あ、あの! 結局罰を受けるのはひよりだけですか!?』には本当に助けられた蒼太だ。
明るく返せたのはコレがあったからだろう。
どこか抜けているというのか、天然というのか、そんなひよりにこっそりと感謝していた。
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