第22話 小雪とコーヒー
「小雪さん、コーヒーをどうぞ」
「……っ、あ、ありがとうソウタさん」
「すみません。集中してるところ驚かせてしまいましたね」
「気にしないで。わたしこそ気づかなくてごめんなさい」
蒼太が声をかけるまで一言も喋ることなく真剣な表情で手を動かし続けていた小雪。優しくコーヒーを置かれるもビクッと小さな肩を揺らして群青色の瞳を揺らしていた。
「改めて見ると凄い数ですねこれ……。アクセサリーを作るのにこれだけの材料が必要になるなんて思ってもいませんでした」
「実はこれでも少ない方なのよ、今回は」
「そうなんですか!?」
「ええ、今回は依頼されたものを作っているから材料はある程度絞っているの。オリジナルを作る場合はこれの二倍は増えると思うわ」
「二倍!? そ、それはもう頭がいっぱいになりますね……」
リビングの机上には完成しているのであろう2つのピアスと作りかけのブレスレット、数種類のアクセサリー素材、金具、4色のカラーレジン液がある。
蒼太には馴染みのないものばかりで目移りしてしまう。
レジン液を簡単に説明すれば樹脂である。これを固めることによって質感や手ざわりもよく、高級感を感じられるようになる。より一層こだわったアクセサリーを作るには必要不可欠なもの。
小雪の凄いところはこれだけ細かな材料があるのにテーブルの上に散乱していないことだろう。一つ一つきちんと整えられているところだろう。コーヒーを置く場所に苦労をしないほどだった。
「ソウタさんがコーヒーを淹れてくれたことだし、そろそろ休憩しようかしら」
「それがいいと思いますよ。作業が少し滞っていますし」
「あら、鋭い観察眼ね」
「そ、そうなんですかね……?」
小雪の作業ペースが落ちていたことに気づいた蒼太だからこそ、一服の時間を作っていたのだ。
「はぐらかす人が多いのよね、この場合って。そしてはずらかす人ほどもっと鋭いというところかしら」
「ははっ、それはどうも」
「なんだか計り知れないわね。その反応。もしかして狙ってしているのかしら」
「そんなつもりはないですよ?」
「ふぅん……」
疑うように間延びした声を出す小雪は、シロップとミルクを入れることもなくブラックコーヒーを上品に口に運ぶ。
湯気立つコーヒーをすぐに飲めるあたり猫舌ではないのだろう。
「ふぅ……。美味しいわ」
「マズいと言われたらどうしようかと思っていましたよ。インスタントではありますから」
「ふふっ、インスタント
この発言で本格的なコーヒーも好んでいることが分かるだろう。見た目の通りに大人の女性だ。
「それにしてもすごい集中力ですよね、小雪さんは。もう3時間ほど手を動かし続けているんじゃないですか?」
「えっ? あ、もうそんな時間になるのね」
その言葉にリビングの時計に目を向ける小雪。現在の時刻は0時30分。
「アクセサリーを作っているとすぐに時間が経つのよ」
「集中すると時間経つの早いですもんね」
「ええ。……んんぅ〜」
「ッ!?」
座りっぱなし。集中のしっぱなし。手先を動かしっぱなし。この三つがずっと続けば疲れも溜まり体も凝ることだろう。
キリッとした声色から、いきなり艶かしい声に変えて背伸びをする小雪。その声にはさすがの蒼太も動揺する。
「ん? どうかしたの……?」
「あ、いえ、なんでもないですよ」
伸びを続けながら片目を開けて蒼太を見る小雪。ウインクされているようでさらに動悸は高まる——が、その状態はすぐに治った。
(あれ、いつの間にか寝ぐぜ消えてる!?)
3時間前まで、ぴょっこぴょこ生き生きしていた小雪の寝ぐせが直っていることに蒼太は気づいた。
しっかりとした小雪のギャップがあっただけにその感想が
「えっと、小雪さんっていつからアクセサリーを作られていたんですか?」
「道具を揃え始めたのが中学生の頃ね」
「へぇ……。その長年の経験が今に生かされているんですね。生業にできているなんて本当凄いですよ」
「そうなの、と答えたいところだけれど……ブログ収入を込みだから少しズルい手を使っているといえば使っているわね。全てのことに言えるのだけれど、ライバルが多い業界でもあるから価格を抑えないと売れないのよ」
「えっと……一つ気になっていたんですけど、そのブログって言うのは小雪さんが作ったアクセサリーをまとめているような感じですか?」
蒼太からすれば小雪の住んでいる世界は全く想像がつかない。この先も足を踏み入れることのない世界だ。どうしても気になってしまう。
「ええ、SNSを使ってそのブログに誘導するような形式も取っているわ。観覧を増やせば増やすほど広告収入を得られるから」
「な、なんて言うか本当現代って感じですね。ブログを見てくれるファンがいるのも有名人みたいで」
「……ゆ、有名人は言い過ぎよ」
と、そんな謙遜する人に限って予想以上の人気を持っているものである。
「なんだか……ツイスターで検索かけたら出てきそうですね? フルネームの綾瀬小雪さんで」
「ツイスターはしていないから出てこないわよ」
「では、一応検索かけてみてもいいですか?」
「ダ、ダメよ。やめなさい」
「……駄目なんですか?」
「そうよ」
「え? ツイスターしてないんですよね?」
「してないわよ」
「でも……駄目なんですか?」
「ええ。絶対ダメよ」
「……」
「……」
話の流れでいきなりの矛盾点を発見する蒼太。もしここでスマホを取り出せば一瞬で奪い取られてしまうことが感覚的に分かるほど。
アクセサリーだけを写真に載せているだけではないような、かなり焦った様子の小雪……。
「あの、もしかして……顔出ししているとかあります?」
「っっ!?」
ほんの、ほんの少しだけ思ったことが的中する。途端、息を呑んだ小雪は思いっきり顔を逸らした。
「え……? し、してるんですか!?」
「そ、そうよ……。だ、だから……お願いだから検索しないでちょうだい……」
「はい。わかりました」
「絶対よ。いいねとか押したら承知しないんだから……」
いいねは見ましたとの証になる。許さないとの思考になるのは当然だ。
「でも……さすがは小雪さんですね。ライバルと差をつけるためにちゃんと差別化を図っていて」
「リスクはあるけれど、一番信用を得られてファンもつく方法だから。お金を稼ぐためにはこれが一番だったのよ」
「小雪さん、ちゃっかりその容姿を武器にしているんですね?」
「も、もう……そんなからかわないで……。そ、それ以上わたしに口撃してきたらコーヒーをぶつけるわよ」
「ちょ、ヤケドしますってそれは!」
そんなやり取りが交わされたお昼。
顔を真っ赤になった小雪は危険だとこの時に蒼太は思うのであった。
****
あとがき失礼します。
いつもお読みいただきありがとうございます。
いきなりになりますが、読者さまからキャラの紹介をしてほしいとのお声もいただいたため、次話を説明回にしたいと思います。
飛ばしていただいても問題なく仕上げていますのでご安心いただけたらと思います。
あとがき失礼しました。
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