第72話 「早く」
「おわっ、今日は珍しいですね!? コンビニのご飯なんて!」
「ご、ごめんな。今日は
「初めてですよね? 蒼太さんが寝坊するのは……。あまり無理はしないでくださいね」
「あ、あはは。ありがとう」
夜中の雷雨がすぎ去った今朝。
ひよりと琴葉との会話の通り、朝ごはんは蒼太の手作りではない。コンビニで買ったパンやおにぎり、サンドウィッチ、パスタ、デザート類。見境なくカゴに入れたようなラインナップだった。
朝のリビングにはひよりと琴葉、美麗がいた。
「寝坊するとかマジでありえない。全然仕事してないじゃん」
「め、面目ありません……」
「とりあえずクビ」
そして、蒼太が寝坊しているわけではないことを唯一知っている美麗は敵になっている。
そう、二人っきりでなければ素直になれない美麗はなにも変わっていないのだ。
「えっ!? み、みみみ美麗ちゃんそれだけは許してあげてっ! クビはだめ! 絶対にだめ! 蒼太さんも疲れてるんだよ!」
「う、うん。ミスをしない人はいないから……ね?」
「ふんっ。二人してそんな甘やかすからあいつが調子乗るんだし」
こうして学校にいけるほどの元気が出ているのは蒼太のおかげだが、その事実をいう美麗ではない。
「で、でも蒼太さん大丈夫ですか? かなりお顔に疲労が溜まっているような……」
「あっ、腰に手を当てて痛そうにもしてましたよ! こっそりとバレないように!」
「……っ」
2人の指摘にハッとさせる美麗は、どことなく落ち着きが無くなっていく。キョロキョロと視線をさまよわせながらもバレないように蒼太を流し見る。
「あ、え? そ、そんなことないよ? しかも寝たよ。ちゃんと寝たよ俺は」
「ちなみに、どのくらい寝られました?」
「ですです! 嘘はつかないで教えてくださいっ!」
表情や態度から見抜く琴葉と、とりあえず元気いっぱいに攻めてくるひよりのタッグ追求は本当に強い。
片方だけなら上手く対処できる蒼太だが、二人が協力してきた場合には手のうちようがないのだ。
「睡眠時間は……うーん。5時間くらいかな」
「5時間? 一応は取っているみたいですけど……お顔の様子だと質の悪い睡眠を取っていません? 何回も起きたりとか」
「あくびも多いんです! こっそりと!」
「そ、そんなことないって」
今回、本当に運が悪いのは抱っこで痛くなった腰を叩いたり、あくびをしたりと、こっそりケアしていたところをひよりに見つかったところ。
その件がある分、心配をかけさせないようにサバ読みする蒼太である。
実際の睡眠時間は2時間ほどだろう。それもコクリコクリと首が落ちながらの睡眠で、座りながらという回復効率の悪い寝方。
さらには朝までずっと美麗を抱っこし続けたのだ。疲労はすでに蓄積されている。
「こいつのことだから一つしかないでしょ。
「っ!!」
「へんなところ? 朝帰り……?」
美麗の濁した発言ですぐに気づくのはえっちな琴葉。気づかないのは心真っ白なひよりである。
「そ、そうでしたか……。で、でもそうもなりますよね。女子寮という環境ですし、蒼太さんも若いですから発散もしたいでしょうし……」
「発散? 発散ってなんですか! 蒼太さんはなにを発散するんですか!?」
「い、いや……あ、あの……。ひより、とりあえず食事中しようか」
『ナニを発散するんですか!?』それがもう答えである。無意識に正解に導いているひよりなのだ。
「あの……差し出がましいですが、蒼太さんはバイクに乗られてるんですからあの天気で向かうのはやめておいた方がいいと思います……よ? 雨だとタイヤが滑りますし、事故も起きやすいですので」
「え、えっと……」
「最悪、私の車で送ることもできますから遠慮せずに教えてくださいね。私は理解があるので安心してください」
「その……」
腰が痛いに朝帰りのワードから夜の街だと誤解している琴葉は寛大に対応してくれている。本当はこの誤解を解きたい蒼太だが、そうもできないのだ。
誤解を解いたら当然、『じゃあ何があったのか』に繋がる。
そして、
『朝まで美麗を抱っこしていた』
この事実は口止めされているのである。アダルティタウンの流れを作った美麗本人から……。
「は? なんでそこでアタシを見てくるわけ? あんたは。マジきも。図星つかれたからってマジで謎なんだけど。ねー、ひより?」
抱っこされていたことは誰にもバレたくない美麗なのだ。本気で蒼太を落としにかかるため、意味を理解していないひよりまで仲間に引き入れようとしている。
しかし、そんな悪いことは自らに返ってくるもの。
「うーん。ひよりも謎なことがあってね? どうしてリビングに美麗ちゃんのうさぎのぬいぐるみがあるのかなぁって」
「え?」
「そのソファーにあるぬいぐるみ、美麗ちゃんが寝る時に必ず抱き枕にするのだよね? なんでかなぁって」
「……」
単純な疑問は本当に厄介なものだ。特にひよりの場合はソレをどんどんと積み重ねていくのだから。
「ひよりが一番に起きた時、蒼太さんも美麗ちゃんも起きてて……」
「だ、だからなによ。偶然早起きしただけだけど」
「うんうん、それでものすごく楽しく話してた気がするなぁ……って。あっ! もしかしてそのへんなところに一緒にいったの!? えー、二人で内緒にしてるのずるいよっ! ひよりも一緒にいきたかったのに!」
「ひ、ひよりちゃん!? それは違うと思うよ!?」
「なっ!? なわけないじゃん! どうしてこいつとそんなところにいかないといけないわけ!? こいつ嫌いだし! 大っ嫌いだしッ!」」
性について知らない者が一人いれば場はカオスになる。
すぐに琴葉が割り込んだが、それは女子高生がいうような言い分じゃなかったから……。
「あとはね? ひよりが起きて階段を降りてた時に、『まだ抱っこして〜』みたいな可愛い声も聞こえた気がして……あれはなんだろうなぁ〜って」
「さ、さすがにひよりの空耳じゃない? ほら、寝起きだと寝ぼけたりもするし……」
「でもですね蒼太さん。『まだバレないから〜』みたいな、結構ハッキリ声と聞こたんです! 記憶もあります!」
その記憶は蒼太にもある。なんせそんなおねだりを甘えた声でされた張本人なのだから……。
隠そうとする事実を知らず知らずに暴いていこうとするひよりに美麗は賢かった。
この状況を打破するようにコンビニ袋をガサガサと漁り、
「あ、塩おにぎり見っ——」
「——それひよりも食べたいですっ!!」
超高速の振り向きで、瞳を宝石のように輝かせながら食いついたひより。大好きなおにぎりを見つけたことで上手く話を逸らしたのである。
寝坊していない蒼太がなぜ朝ごはんを作らなかったのか。なぜコンビニに行くことになったのか。その理由は一つ。
朝食を作る時間を全て
『寝坊するとかマジでありえない。全然仕事してないじゃん』
『め、滅相もありません……』
『とりあえずクビ』
開始早々、クビを宣告した美麗が一番に理解していた。
そんな朝のやり取りがあり、ひよりと一緒に学校に登校することができた美麗。
時は流れ——その夜中。
昨日と同じ、入居者が寝静まった時間に管理人室の扉にノック音が響いていた。
天気は雷雨でもなく、晴れ。
音を鳴らした人物は胸元にうさぎのぬいぐるみを抱えていた。扉越しから声をかけていた。
『早く』……と甘えた声で。
昨日の一件で完全に味を占めていたのだ。
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