第28話 女子校へ①
「そ、蒼太さんお待たせしましたーっ! あの、ひよりのおにぎりは忘れてないですよね!?」
それから10分後。先に準備を終わらせた蒼太はエンジンをかけたバイクに跨っていた。そこに学生バックを背負ったひよりが玄関口からこちらに駆けてくる。
「なんで遅刻の心配よりおにぎりの心配するんだか……。ちゃんと持ってきてるから学校についた時に渡すよ」
「わー、ありがとうございますっ。そ、それとすみません! もう一ついいですか!?」
「なに?」
相変わらず元気いっぱいのひよりは朝から騒がしい。次から次に質問が出てくる。
「ひよりのこの格好……変じゃないですか? ちゃんと似合ってますか!?」
「普通に似合ってると思うけど」
「ほ、ほんとですかっ!? 実はスラックスを履くのは
「は? 高校三年なのに初めて履くの?」
「そうなんです。ひよりはずっとスカートしか履いてなかったので……」
この会話通り、制服に身を包んでいるひよりはスカートから学校指定されたスラックス(女性用のズボン)に履き替えている。
バイクに乗る際の基本の服装は長袖に長ズボン。スカートではバイクのチェーンに絡まったりする可能性があり事故の元に繋がる。この知識を持っている蒼太だからこそ着替えるよう指示していたのだ。
中には女子の制服にズボン? と疑問を抱く者もいるだろう。
しかし、最近の学校は女子に対しスラックスも制服に採用している。もちろん男子に対してはスカートも。
その理由は複数あるが、大きな理由を挙げればLGBTを含む性の多様性を尊重するため。
今回は学校の体制もあり、その危険を回避できたわけでもある。
「ズボンを着てないなんて勿体無いと思うけどなぁ。それもそれで似合ってるんだから」
「あ、ありがとうございます……。ま、まさかそんなに言ってくれるとは思わなかったので……」
両手の指を重ね合わせるひよりは俯きながら小声でお礼を言ってくる。
中学から女子校に通っているひよりだからこそ、異性から褒められる経験はないに等しい。人並み以上に感情を露わにしてしまうのも仕方がないことで……蒼太はもちろん知らずじまい。
「いや、そんな照れなくても……。俺まで恥ずかしくなるって」
「そ、そこは突っ込まないでくださいよっ」
「ひよりがそんな反応するのが悪いでしょ……って、いつまでもこんな話してたら本気で遅刻するから。ほら、ヘルメット」
「あっ、ど、どうもです……」
この話は終わり。と言わんばかりに蒼太はひよりにヘルメットを手渡しする。
「……えっと、これはあごひもを出してから頭に被るんですよね?」
「そう。髪が少し崩れるかもだけど、スカートからズボンに変えたのと同様に安全には変えられないから我慢してね」
「わ、分かりましたっ。では被ります……。なんかドキドキしますね」
「いいから早く被る」
遅刻の焦りよりもバイクに乗れるワクワク感が上に立っているのだろう、マイペースになっているひよりはあごひもを出してカポッとヘルメットを被った。
「お、おぉお! えへへ、頭が重くなりました!」
「なんだよその感想……。あごひもはしっかり締めて、視界を確保できるようにヘルメットを調整するように」
「……はい、できました! 完璧ですっ!」
「じゃあほら、早く学校行くよ」
後部座席を片手で叩き、場所を示す蒼太。
「あ、あの……今思ったんですけど蒼太さんと距離近いんですね……」
「まぁバイクだし……って、え? もしかして嫌!?」
「あっ、別にイヤというわけではないですからっ!」
「それならいいんだけど……」
「で、では跨ぎますね! あ、あの……重いとか言わないでくださいね!? 乗った時に倒れたりしないでくださいね!?」
「どんだけ自分の体重重いと思ってるんだよひよりは……。早くしないと本気で遅刻するぞ? ほら、早く」
「で、ででででは乗りますっ!」
異性との、蒼太との至近距離を想像し今の段階から心臓を大きく響かせるひより。
少しでも落ち着けるよう深呼吸を挟んだ後、片足を地面にもう片足を上げてスッと後部座席に跨った。
運動神経がよいのだろう、この動作にもたつきはなかった。
「えっと足はそことそこに置いて……くれぐれもその銀のところには触れないように。ヤケドするから」
「えっと、確かマフラーって言う場所ですよね……? わ、分かりました」
「他に注意することと言ったら……あんまり動かないようにってことくらいかな。お地蔵さんみたいになるように」
「が、頑張りますっ」
「そこまで気張らなくてもいいよ? 少しくらい身動きしても大して問題はないから。それじゃじゃあバイク動かすから」
足の置き場と注意箇所を伝える蒼太は両手をハンドルを握り、バイクを前進させようとする——が、ここで気づく。
「ひより、俺の腰掴まないと」
「ぅえっ!? 腰……腰ですか!?」
「そうじゃないと振り落とされるよ? 腰が不安なら俺に抱きついてもいいけど……それはいろいろアレだろうし」
この時に下心はない。ひよりの命を預かっているからこそ真剣に言う。
「で、ですね……。で、では腰で……お願いします……」
「おう」
「つ、掴みますね……?」
だが、ここで問題発生。蒼太の腰を掴もうと手を前に出すも、引いたりして時間をかけているひより。ウブさを全開に出している。
「そ、そんなビビらなくても。触られたくらいじゃ俺は怒らないよ?」
「び、ビビってなんかないですよっ!! ほ、ほほほほら掴めました!」
それがスイッチをオンにさせる言葉。勢いのままに蒼太の腰を両手で掴んだひより。だが、本当に勢いだけと言っていい。
筋肉質で硬い、そんな男らしい感触が手に伝う。
ヘルメットに守られたひよりの顔は火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。
「OK。それじゃあ出発するから」
そんなひよりが誕生していることなどつゆ知らず、蒼太は当たり前にバイクを発進させるのであった。
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申し訳ございません。長くなってしまいましたので二話編成にしております。
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