第103話 帰国と攻防

 前書き。

 英語の長さと翻訳の長さが合わずにルビが表示できなかったことから区切り区切りでルビ打ちしているため文字空間にズレがあります。

 あと、間違った英文がありましたらお教えいただきたいです((汗

 申し訳ございません。



 ****



『——Ladiesご列席 and gentlemenみなさま. W'll be taking当機はまもなくoff shortly離陸いたします. Please beシートベルトはsure yourお締めでしょうか. seat belt isいま一度securely fastenedご確認ください


 夜、22時の飛行機内。その窓からライトアップされた空港を瞳に映しながら英語のアナウンスを耳に入れている咲。

 ビーチで日焼けした手にはハンカチが握り締められており……布は湿っていた。鼻をすする音も何度か響かせていた。

 普段から眠たげな瞳をしている咲だが、この日ばかりは琥珀色の綺麗な瞳をうるうるとさせていたのだ。


 その理由はシェアハウス先でのこと。年単位でお世話になった友人との別れがあったから。

 空港まで送ってもらい、飛行機の出発前まで別れを感じさせないような楽しい時間を過ごした咲。

 元気な姿を見せよう、悲しい姿は見せないようにしよう。

 そんな思いで涙を我慢していた咲だが、飛行機に乗り数分後にその糸は切れていた。


「悲しいな……。寂しいな……」

 アナウンスに従い、シートベルトをしながら思いの内を声を呟く咲。はやり気持ちの切り替えはなかなかにできることではない。

 楽しかったことや嬉しかったことを無意識に思い出してしまう。その要因があるのだから。


「……でも、あっちに着くまでには……」

 咲のフライトは12時間。1日の半分を機内で過ごすことになる。

 この長い時間があれば泣いていたことを悟られることはないと考える咲である。これから再び生活することになる寮、その入居者に。


 再度ハンカチを目に当てる咲は、ポケットからスマホを取り出してメール画面に移動させる。

『今飛行機に乗ったよ。夜の19時頃に着くと思う。お迎えありがとう雪』

 咲らしい端的な文を小雪に送信した後、機内モードに変えて電源を落とし——ちょうどよく隣を通ったCAに手を上げて咲は口を開く。


Excuse meすみません…….MayブランケットI have a blanket をいただけますか……?」

 目は合わせずにボソボソとした英語を発する。初対面の相手と話すのは苦手な咲からすれば、こうして頼みの声を出せるだけでも上出来である。


Certainlyかしこまりました One moment, please少々お待ちください

Thank you very muchありがとうございます

 そうして、離陸する前にブランケットをもらった咲は肩にかけて外の景色をジッと見る。

 この時間はもうベッドに入っている時間。留学先での思い出を脳裏に走らせながら睡魔を待っていたのだ。


「——Wellそれでは then enjoy空の旅を your flightお楽しみ下さい

 それから何分が経っただろうか、機長から再度のアナウンスが入り……飛行機は稼動を始めた。

 咲が眠りについたのは飛行機が離陸して1時間後のことだった。



 ****



 今朝になる。

 普段以上のテンションの上がりようを見せているひよりはピョンピョンと飛び跳ねながら満面な笑顔を見せていた。


「咲さんは今日帰ってくるんですよねっ! 今日帰ってくるんですよねっ!! ひより学校が終わったら小雪さんと一緒にお迎えにいきたいですっ!」

 と、咲が嬉しくなることを言ってはいるがその願いは叶わない。

「ん? 小雪さんの車って確か二人乗りじゃなかった?」

 確認するように小雪に首を傾げる美麗。


「ええ、そうよ。だからひよりお留守番ね。わたしだけでいくわ」

「そ、そんな……!! あっ、それなら琴葉さんと小雪さんの車を1日交換するというのはどうでしょう!? 琴葉さんの車は4人乗りですよね!?」

「そ、それはそうだけど交換はできないなぁ。ユキちゃんのお車は本当に高いから運転をする勇気が……」


 両手を振って首も振り、全力で拒否をする琴葉。

 琴葉の乗っている車はWのロゴが入った白色のビィトル。上等な車であるが、その二倍以上の値をする黒のアウディー車を持つ小雪なのだ。

 もし車を交換して事故を起こした場合、その責任が取れないのはもちろんのこと。その車の運転にも慣れていないわけである。


 リスクを考えれば交換するという選択肢が取れるわけもなく、琴葉の仕事が終わる時間がちょうど咲が帰国する時間にもなっている。

 要はひよりが咲の迎えにいくことは不可能なのだ。


「あ。ひより、俺のバイクなら貸すよ」

「えっ!? いいんですか!!」

「うん。俺は咲さんの出迎え準備があるからひよりが一人で運転することになるけど」

「そ、それは貸すとはいわないですよっ! そもそもひよりが運転をしたら無免許運転になるじゃないですか」

「あははっ、よく気づいた」

 できる限り力を入れて歓迎をしたい蒼太なのだ。迎えは小雪に任せるつもりだった。


「もーっ! 蒼太さん! 今日の夜ご飯はマカロニサラダが食べたいです!!」

 好きなものを食べる。これがひよりなりの憂さ晴らしであり機嫌を取る方法。なんとも単純なひよりだが、チョロいひよりでもある。


「今日は咲さんが優先だから駄目。和風のリクエストがあったから今日のサラダはたたききゅうりとツナの梅肉和えにするよ」

「っ……そ、それは美味しそうですね!!」

「それに今日は咲さんの卒業祝いだから普段以上に料理は豪華にするつもり。楽しみにしておいていいよ」

「本当ですかっ! わーい!」

「じゃあほら、もうすぐ学校なんだから準備をする」

「わかりましたっ」


 ご飯ガチ勢のひよりなのだ。その言葉は嬉しくないわけがない。

 体の周りに音符を浮かべながら元気に手をあげるひよりは、リビングを抜けて素直に二階に上がっていった。


「ねえ、そーたってばどんだけひよりの扱い上手くなってんの?」

「美麗の言うとおりね。びっくりしたわ」

「わたしもです。なんだか自由自在って感じでした」

「まぁ、ひよりは素直だからね。……誰かさんと違って」


 そこでジロリとピンクの触角を持つ美麗に視線を向ける蒼太である。


「ハ? なんでそこであたしを見てくるし!」

「ふふっ、いじわるはダメよ蒼太さん。美麗はそこが可愛いんだから」

「そうですね。今はもう丸くなっているのでなおのこといいと思います」

「ちょ、丸くなったとか別にそんなのじゃないから! ただこいつがちょっとキモいから優しくしてあげてるだけだし」

 言い訳にはなかなか苦しいだろう……。そして、どんなに上手い言い訳があったとしてもそれを崩す術を持っている蒼太でもある。


「あれれ、そんな悪口吐いてるけど美麗って俺に構うように尽くしてって言ってなかったっけ?」

「ハ、ハァ!? マッジでキモ! 捏造だし訴えるよホント。あたしがそんなこと言うわけないじゃん」

「捏造ねえー。捏造かあ」

「も、もういいッ! あたしも準備してくる」

 目を細めて意味深に呟いた瞬間である。ふんっと顔を赤くしてひより同様にリビングを去っていった美麗である。


「さすが蒼太さんね。美麗の扱いも上手になっていて」

「ですねー。尽くしてと言われたことについては初耳ですけど」

「あははっ、まぁそれは冗談ですけどね?」

 リビングに残るのは落ち着きのある成人組の三人である。


「あら、わたしと琴葉の目は誤魔化せないわよ。美麗があの行動を取る時は本当に口にしたって相場は決まっているのだから」

「本当、抜け目がないなぁ……美麗ちゃんも」

「いやいや、美麗がそんなこと言うわけないじゃないですか」

 さすがに情報を出しすぎたと反省する蒼太は隠蔽にかかるが信じてもらえる様子はこれっぽっちもない。

 そして、冗談ではないと確信している小雪はこう漏らすのだ。


「なんだか蒼太さんって咲まで手籠てごめにしそうな気がするのだけれど……気のせいかしら。ね、琴葉?」

「あっ、それはわかります。——ユキちゃんが手籠てごめにされているくらいですもんね?」

「っ!!」

 同意を促した小雪に訪れる悲劇。何を思ったのか琴葉は突とした口撃を繰り出した。死角からメスを飛ばしてきたのだ。


「え? 小雪さんを手籠め?」

「——え、ええ。正直に言うと胃袋を掴まれてしまってるもの」

 息を飲み、動揺し……それでも繋がった言葉を返せた小雪はさすがだろう。


「あっ、それを言われたら私もでした。ふふ」

「琴葉……あなたってば」

 ライバルだと知っているからこそ攻めた琴葉。ボロは出なかったが狼狽をさせた様子に愉悦の顔を浮かべていた。


「あははっ、そう言ってもらえると料理を作ってきた甲斐がありましたよ」

「そういえば琴葉が言ってたわね。ソウタさんが好きだって」

「ッ!!」

 速攻だった。やられるばかりではない小雪は仕返しを始めるのだ。


「……え? 琴葉が!?」

「——も、もちろん大好きですよ。蒼太さんの作るお料理は」

「あっ、そっち!?」

「あら。それを言われたらわたしもだわ。ふふふっ」

「ユキちゃん……」

 立場は逆転。

 どう? と言うような笑みを浮かばせている小雪であり——、

「ち、ちょっとそんなに持ち上げるのはやめてくださいよ。でも……よーし、今日は本当に張り切って料理作りますね」


 大胆かつ想い密かな攻防があったことにすら気づかない蒼太は、言葉をそのまま飲み込みただ嬉しそうにしているのだった。


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