第113話 知る美麗その①

「美麗ー。今日も学校残って勉強するでしょ? いつものメンバーも残るっていってるよー」

 本日最後の時間割、H Rホームルーム中のことである。

 美麗は隣席の友達に放課後勉強の確認をされていた。

 受験期、このような会話がされることは多々あるだろう。


「あ、ごめん。今日は用事あるからパス。勉強は寮でするから安心して」

「んおっ? まさか断られるとは思わなかったよ。もしかしなくても結構重要な用事?」

「まぁそんなとこ。ってかもう少し声のボリューム下げないとセンセにバレるよ」

「あ、ごめんごめん」

 HRとはいえ雑談が多ければ担任からの説教を受ける。周りの迷惑にもなる。小声であるも美麗が注意したことにより友達の声量も微量なものに落ちる。


「って、重要な用事ってなに!?」

「まあ……いろいろ」

「ふへぇ、その濁し方……男だねえ? やっと美人ちゃんにも男の影ができたのかー。受験あるのに男とうつつを抜かすとは良い度胸だ」

「出たよそのからかい。そんなわけないじゃん。あたしが男嫌いだってのは知ってるでしょ? 男との遊ぶくらいだったら勉強した方がマシだっての。用事を作るにしてもしかりりね」

「あはは、美麗ならそうなるかー!」


 凛とした態度で完全否定をする美麗。この様子を見てこう感じる人間は誰一人としていないだろう。

 ——嘘をついている、と。



 ****



「ただいまー」

 ガチャリ。寮の玄関扉を開けた美麗はローファーを棚に入れることなく早足でリビングに向かっていた。


「んっ!? 美麗おかえり。ご、ごめん出迎えできなくて」

「いや、別にいいよ。今のスピードじゃ出迎えすることって無理だろうしさ」

「おかえり美麗。学校お疲れさま」

 そして、少し遅れてもう一つの挨拶がある。数十日前にはこの寮にいなかった者の声だ。


「あっ、咲さんもお疲れさま。今仕事中?」

「ううん、仕事じゃなくて英語の勉強。留学しただけじゃ完璧にはなれないから」

「さすがは咲さん。勉強熱心……」

「咲の場合、英語の力が落ちたら仕事がなくなるから仕方がないだけ」

 咲は動画投稿サイトで活躍する投稿者の翻訳をしている。その投稿者は大きな組織に所属する1人であり、裏方である咲もその一員である。

 しかし、投稿者と翻訳者の違いは替えが効くこと。

 特に世間から人気のある組織だからこそ翻訳者の替えはいくらでもいる。自ら志願する者もいるほどだ。


 収入源を絶たせないためにも、その対象リストになることだけは絶対に避けなければならない。留学をしただけで満足するわけにはいかないのだ。


「美麗も咲さんに負けないように頑張らないとね?」

「受験生なんだから負けるわけにはいかないでしょ。気持ちでもさ」

「あははっ、確かに」

「あ、そーた。もうご飯できてる?」

 こう聞くのにも理由がある美麗。


「うん、一応はできてるよ。もう食べる?」

「ならよかった。なら今からちょっとあたしに付き合ってよ。何か奢るからコンビニいこ」

「え?」

 そう、美麗はご飯を食べるために質問をしたわけではない。

 蒼太の仕事の空きを探っていただけでなのだ。こうして蒼太を外に連れ出すために。


「咲さんちょっとそーた借りるね。正直、勉強中にうろちょろされると邪魔でしょ?」

「うん、助かる」

「助かるの!?」

『なら勉強は自室でするように』

 そんな正論を言われることを覚悟で、実際にはそう思っていなくとも同調した。

『誰とは言わないけど咲はお世話になってるからこんなこと言う。咲はその味方する』

 と、言っていた通り咲は入居者の味方なのだ。美麗の願望通りに動かすために動いていた。


「ほら、咲さんもこう言ってるし早くいこ」

「わ、わかった……。ごめんね咲さん勉強の迷惑かけて」

「……うん、平気」

 そして……蒼太から発されたのは反論ではなくまさかの謝罪。思わぬところで罪悪感を感じてしまう咲でもあった。



 ***



「もしかして今日は俺をコンビニに連れ出すために早く帰ってきたの? ひよりより先に帰ってきたのって結構珍しくない?」

 玄関を抜け、馴染みのあるコンビニに向かう2人。『歩いていこ』との美麗の提案を受け、バイクは使わずに徒歩を選択していた。

 まだ明るい空を流し見、美麗に歩幅を合わせながら蒼太は問うていた。


「いや、それ以外に理由考えられる? 言わずもがなって感じだと思うんだけど」

「あはは……確認だって確認。ほら、ここの辻褄が合ってないと話に不備が出そうだし」

「んーそれじゃあさ、その確認に答えたらあたしが確認したいことも答えてくれる?」

「俺に答えられることならね」

「じゃあ言う。そーたの言う通り連れ出すために早く帰ってきた。ひよりがいたらそーたを誘った時に絶対ついてくるし」

 ひよりの性格を知っている美麗だからこその断言である。そしてこれには蒼太も同意見である。


「じゃあ今日は二人っきりで話したいことがあったんだ? なんか変に緊張してくるなぁ……」

「大事な話する時って言うか、ひよりがいたらなんかアレじゃん? 変に空気が明るくなるって言うか変に話が逸れるって言うか。結局別の話をしようかーみたいになるからさ。もちろんそれがひよりの良いところなんだけど」

 大きめなリアクションから言葉選びからツッコミから。よほどのことがない限り毎日が元気一杯のひよりなのだ。

 言葉を悪くするのなら『このような話をする時にひよりがいたら邪魔になる』と言うところだろう。


「あははっ、あの性格は折り紙つきだからなぁ。明るい話に切り替えたかったらひよりに任せればいいくらいだしね」

「そうそう。——その通り、今朝はそれをしたでしょ、そーたって」

「え……。な、なんの話?」

 空気が変わったことを一番に感じる蒼太は声色が少々冷え込んでいた。


「とぼけないでよ。小雪さんと琴葉さんの2人と話してた時、わざとひよりをからかって気を逸らしたのは見てわかったし」

「い、いや……そんなつもりはないって。偶然だよ偶然」

 要所要所を確実に突いて攻めていく美麗に表情はどんどんと引きつっていく蒼太。心当たりがあるばっかりにどこかわかりやすい反応をしている。


「……あのさ、本当に誤魔化さなくていいよ。もうぶっちゃけるけどあたしは知ってる、、、、しさ、全部。あの琴葉さんから聞いたことだし」

「え、ええっ!? こ、琴葉が!? そんな話、、、、を入居者にしたりするの!?」

「驚いてる理由がさっぱりだけど……。そんな話をするのって当たり前ね。女子ってお喋り好きだから基本はどんなことでも話すし。仲が良いなら特に」

「…………」

 同性の美麗が言うこと。一般的に知られていることを織り交ぜていることで説得力は抜群だ。さらには威風堂々としたその姿を見せていれば“鎌をかけられている”なんてことを察することは無理なことだろう。


 美麗の術中にまんまとハマってしまっていた。


「だからあたしも確認させてよ。琴葉さんに聞いたことが本当かどうかをさ。もしかしたら琴葉さんがあたしをからかうために嘘をついただけかもしんないし、このままあやふやな状態だといろいろ接しづらいし。あ、もし本当ならそーたが動きやすくなるように協力をするかも、、だしさ」


 冷静な頭を持っていれば美麗が協力を確約していていないのはわかるだろう……。

 しかし、今の蒼太は落ち着きがあるわけではない。

 琴葉が美麗にあの件を話した。結果、美麗は知った。

 このように勘違いをしているのだから。

 鎌かけは見事と言わんばかりに成功しているのだから……。


「で、どうなの? そーた。琴葉さんに何を言われたの?」

 事実を知ろうと先行し、焦ってしまった美麗。

 その証拠に『何を言われた?』と何も把握していない発言をしてしまうがそこを拾えなかった蒼太である。


 いや、蒼太の中では決心がついていたのだ。

『琴葉が話しているのなら、知られているのならこちらも正直に話そう』と。

 この気持ちに至るまでもう少し時間を使っていたのなら美麗の鎌かけには気づいていただろう。

 次にくる未来も変わっていただろう……。


「琴葉さんが話したことに間違いはないよ。昨日の夜、告白……されたよ」

「……」

「……」

 少しの間。


「ごめん、もう一回言って」

「告白をされたよ。ちゃんと気持ちを伝えてくれた」

「…………」

「…………」

 訪れる長い間。

 ——全ては予想外の事実に美麗が反応をしなかったことが原因。


「ハ……ハァッ!?」

 時間にして数十秒だろうか。

 頭を回転させて状況を理解した美麗は驚きの声を上げるのだった。


 鎌かけ。それは好機転がるばかりではない。時に自らの焦燥させてしまうのだ。

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