第81話 とある入居者は狡猾(こうかつ)である

 これはとある入居者が実際に目撃したことである。


「蒼太さん、ご褒美くださいっ!」

「え、い、いきなりどうしたひより? ご褒美をあげる的な約束はしてないけど……」

「えっ、しました!」

 ニッコリするひより。

「もう一回聞こうか。そんな約束はしてないよね?」

「しましたっ!」

 ニコニコニッコリするひより。

「これが最後。嘘ついたらご褒美もなし。そんな約束はしてないよね?」

「してないかもしれませんっ!」

 追求で攻める蒼太だが、それすらも楽しんでいるように満面な笑みで交わすひより。


「え、えっと……とりあえず、何に対してのご褒美がほしいかだけ聞くよ」

「朝から6時間勉強を頑張ったご褒美ですっ」

「おっ! 今日は6時間もしたの!?」

「はいっ! これは、、、嘘じゃないです!」

 ここで墓穴を掘るあたりがひよりらしいところだろう。


「そっか……。6時間も頑張ったらならご褒美あげないとだよなぁ。何してほしいの?」

「頭をよしよししてくださいっ」

「え……」

「あと肩車もしてほしいですっ!!」

「えっ!?」

 そして、そのご褒美連投に驚く蒼太である。


 ****


 これはとある入居者が目撃したことである。


「そーた、明日はオムライス食べたいんだけど……ダメっぽい?」

「誰もリクエスト入れてないから大丈夫だよ、美麗。オムライスの具は何がいい?」

「うーん、ウインナー入れてほしい。あの輪切りにしたやつ」

「あははっ、了解」

 恥ずかしそうにリクエストする美麗に嬉しく微笑む蒼太である。


「あ、あとはスープも飲みたい……かも」

「いいね。それじゃあスープも作っておくよ」

「えっと、スープにしいたけ入れてほしいな」

「しいたけって言ったらひよりの苦手な食べ物だよ?」

「苦手だから入れてほしいの。この前にアタシにちょっかい出してきたからその仕返しする」


 美麗は小さなことを根に持つタイプではない。よほど嫌なことをされなければこうした仕返しはしない。


「あの……ひよりになにされたの?」

「アタシがトイレに入ってる時にドアを使って太鼓の達人してきたの。『ドンドドドドドンカッ』みたいに口で言いながら。難易度はおにってレベルの激しさ」

「お、おぉ……ひよりらしいことするなぁ……。でもそれってあれじゃない? ひよりもトイレをしたかったみたいな」

「1階のトイレは空いてた」

「よし、しいたけ入れよう!」

「ありがと。でも責任はそーた持ちね。あと、明日は一緒に寝よーね」

「えっ!?」

 そして、いきなりの要求に驚く蒼太である。


 ****


 これはとある入居者が実際に目撃したことである。


「んっ、んんん……、はぁ……」

 そんな艶かしい声。


「凄く気持ちがいいです……蒼太さん」

「もっと強くする……琴葉?」

「ぁっ……。それくらいじゃないとやばい……です……」

 声だけ聞けば誤解を生む会話だが、いかがわしいことをしているわけではない。

「それにしても……んんっ、上手ですね」

「家族のマッサージ、、、、、をしてたこともあってね……って、この肩こりは凄いなぁ。石みたいに硬くなってるよ」

「ふふ、デスクワークもあるのでそれが原因かもですね……」

「毎日お風呂でほぐした方がいいかもね? 酷くなると頭痛とか吐き気が出るらしいから」

「んっ、一応はしてるつもりなんですけど、やっぱり揉んでもらう方がいいですね……ん」

 気持ちよさそうなオーラをぽわぽわ飛ばしている琴葉は露出が高い。腕と肩を出したキャミソールに太ももから下を出したショートパンツを履いている。

 それだけ白い肌を見せているのにも関わらず警戒心を浮かべてはいなかった。目を瞑りながら蒼太に身を任せている。

 これがとある入居者が一番モヤっとしたこと。女性としてアピールしている。誘惑している。人目があるところで行なってはいるがそう捉えてしまっていたのだ。


「肩が終わったらだけど背中から腰もしようか? 少しは楽になると思うよ」

「えっ、いいんですか? 甘えても……」

「仕事にも目処が立ってるからさ。他にしてほしいところがあればマッサージするけど……どうする?」

「え、えっと……それでは脚もお願いしていいですか……? 気持ちよかったと上司がおっしゃっていて……」

「えっ!?」

 生肌の脚のマッサージ要求なのだ。当然その内容に驚く蒼太である。


 ****


 これはとある入居者の記憶の一部である。


 ひよりが上手におねだりしているところ。

 美麗が上手に心を満たしているところを。

 琴葉が上手に甘えているところを。


 健全とは言い難いことを小雪以外の全員がしている。

 管理人の蒼太は誰のものでもないフリーの人間。フリーの人間であるからこそ彼女の存在を気にしなくともよい。入居者から望んだものなら問題はない。


『羨ましいなら言えばいいじゃん』

 それが正論。言い返す言葉がない小雪だが立ち位置や性格の問題がある。

 文句をぶつけることはできないが、やりきれないことに不満だけが蓄積されていた。


 もう一度同じようなことを言う。

 小雪だけなのだ。肌に触れ合うようなことができていないのは……。異性として蒼太を見ているからこそ、過度な接しているのは嫌なのだ。


 しかし、我慢の限界がくれば考え方も変わる。

『みんながしているなら——わたしだって』

 焦りも出るからこそ前進のスイッチが押される。一皮を剥くことができる。

 立ち位置や性格が邪魔をして甘えられないのなら、そこを工夫すればいいだけであり——小雪はすぐに思いつく。違和感を覚えられない流れを。


『小雪さんが作っていただいたイヤリングが届きました。とても気に入っています!』

『すごく丁寧に作られていてびっくりしました! 普段褒めてくれない彼が褒めてくれました!』

『予定を早めていただき本当に助かりました! また利用させていただきますのでよろしくお願いします!』

 小雪はハンドメイトを本業とし、知名度を増やすためにSNSアカウントまで創設している。

 その個人メールには個人依頼した者の喜びの声がたくさん届く。


 しかし、嬉しいことばかりではない。

 美しい顔をさらしているばかりに厄介なメールも飛んでくる小雪なのだ。

 捨ててもいい用のアカウント。略称、捨て垢からこのようなメールが。


『一目惚れしました! 個人の連絡先教えてくださいお願いします!』

『すみません、お金がなくなったので泊めさせてもらえませんか?』

『今度会おうよ。お金は言い値で出すしご飯でもなんでも奢るよ』

『15万円出すから一夜どう?』

『商品わざわざ買ったのに伝票にあんたの住所書いてなかったんだけど! 運搬会社だけに伝えてるみたいな対処しなくていいでしょ!』


 もう数え切れないほどの下心のある内容が届いている。喜ばしい内容よりもコッチ側のメールが多いのは事実。

 この系統、、を小雪は利用しようと決めていた。


『小雪ちゃんはどこに住んでるのカナ♡ 送料が1080円だったからここら辺の地方カナ♡』

 ストーカーとして捉えられる内容。予想した地方の写真と共に送られたDMであった。

 普通に考えれば危機が迫っているような状況だが、ネットに顔出しする際には特定されるような原因を全て調べ上げている。完璧な根回しを行なっている小雪なのだ。


 特定される可能性があるとすればパートで働いている時、外に出てる時のみ。運が関わってしまうのはどうしようもないこと。

 これ以外に穴はないからこそ不安の文字はなく、このメールを送られた事実があるからこそ小雪は強く出られる。


 平日の23時20分。


「えっ!? ストーカーをされそう……ですか?」

「ええ……。わたしってSNSで顔出ししているでしょう? それが原因で……」

 入居者が就寝するこの時間に蒼太に相談を持ちかけていた小雪だった。

 もちろん、ストーカーされる可能性は運のみであること、不安を抱えてないことを内緒にして……。


「顔出しをしたわたしが悪いといわれたらそれまでなのだけれど……このメールはどうしても怖くて……」

 信ぴょう性が増すように暗い表情、落ち込んだ声色を作っている。演技だと見破れる人間がいないほどに上手である。


「……なるほど。相談の内容はわかりました」

「どうすればいいかしら……ソウタさん」

「俺からアドバイスをするとしたら警察に相談する……ですかね。こういったの対処は素人じゃ難しいですし、今では電話相談もあるので気軽にできますから」

「それが……実害が出ていない場合、警察側は手を打つことができないらしいの。つまり対処できないってことなの……」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ……特にこの文面はストーカーとして判断するには弱いでしょう?」

「た、確かに……『スーパーにいたね』なんて跡をつけているようなものもないですもんね……」

「この送信者はきっとそこまで考えているのよね」

 と、実際にここまで考えているのは小雪である。なんせ数あるストーカーメールの中でこれを選んだ張本人でもあるのだから。

 全ては蒼太からアレ、、を提案してもらうために。


「だから不安なの……。手慣れているみたいで、対処法すらないもの……」

「そう、ですね……。ほとぼりが済むまで寮に引きこもるって手が一番安全なんでしょうけど、小雪さんにはパートがありますもんね……」

「ええ……。よく聞くのがストーカー側に彼氏がいると誤解、、、、、、、、させて諦めさせる方法なんだけれど、わたしにはそんな親しい男性、、、、、はいないもの……」

 蒼太に理解させるように勝負をかけた小雪である。


「……」

「……」

 この発言で思考を巡らしているように口を閉ざす蒼太と、反応を待つ小雪だ。

 何十秒の静寂があっただろうか——難しい顔を作る蒼太は腕を組みながら答えた。

「…………小雪さん、俺が彼氏役をやりますよ」

「えっ?」

 作戦通りになった嬉しさからニヤけそうになる小雪だが、どうにか我慢して反応をする。


「あんまり力にはなれないと思いますけど、こうした現状がある分やって損はないと思いますから。とりあえず次のパート日から小雪さんを送るようにしますので」

「本当にいいの……?」

「もちろんです。リスクはあるでしょうけど、小雪さんの彼氏役をできるだけで満足ですから」

「も、もぅ……」

 心から心配してくれたことに対して笑みが漏れる小雪だ。

 不安を取り除くための軽口。そして異性として見ている相手からの真剣な対応。

 嬉しくないはずないのだ。


「とりあえず現段階はこの手でいきましょう。気になったことがあればすぐに教えてください。特定に近づいているようなメールが続けば警察に相談しにいきましょう」

「ええ、ありがとう……ソウタさん。今度ちゃんとお礼はするから」


 私欲のために蒼太の善意を狙い、無駄働きをさせることに違いはないのだ。その分のお礼はちゃんと考えている。


「いやいや、お礼なんていらないですよ。困った時はお互い様ですし」

「わかったわ。その言葉に甘えさせてもらうわね、わたしの、、、、ソウタさん」

「っ!? ちょ……その言い方はやめてくださいよ……」

「ふふふっ」


 小雪はSNSで顔出しするメリットを正確に理解し、同業者に差をつけ、ブログにも誘導したりすることで高級車を購入できるほどの収入に繋げたのだ。

 これで他の入居者に張り合える。外に出るだけで、買い物に付き合うだけで彼氏という口実でたっくさん甘えることができる。

 嫉妬心も独占欲も埋められる。


(さて、ソウタさんにどんなおねだりをしようかしら……。どのようにして気を惹かせようかしらね……)

 誰にも負けない狡猾こうかつな人間、それが小雪なのだ。

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