第92話 小雪の後日談②
「自賛が入るけれど、真白さんは生活を充実させることに対して特に打算的だから将来伸びそうな相手を見極めていたのかもしれないわね。その兆しがあったタイミングで拡散をしていただいたから。……もちろん、真白さんの力がなければ今の生活はなかったでしょうけど」
「あははっ、なるほどなるほど。確かにその手助けもあって人気が出れば相乗的にメリットが発生しますね。真白さんの頭の良さがわかりますよ」
と、聞いた中から真白のことを褒める蒼太だが……ここで意外なことを知ることになる。
「それでも真白さんは旦那依存症というか……大の夫好きだから対面して話せば話すだけ凄さが薄れるわよ? 喫茶店で話す際には毎回旦那さんのお話をして……この前は3時間止まらなかったわ。そこから30分ハンドメイドのお話をして、また1時間は旦那さんのお話ね」
「お、おおぅ。それはなんというか……」
「あれだけ凄い方でも盲目になってしまうのだから、恋愛って凄いわよね。そのくらい結婚生活も楽しいってことだけれど」
「確かにそうですね。でも素直に旦那さんが羨ましいですよ。そんな方に慕われているわけで幸せな生活を送っているでしょうから」
「確かにそうだけれど……真白さんってばかなりのムッツリ助平さんだから旦那さんはかなり苦労していそうよ?」
「えっ!? そ……そうなんですか!? あ、あの真白さんが……」
「ふふっ、そして独占欲も凄いから旦那さんにも会わせてもらえないのよ。もちろんこれは秘密でお願いするわね」
「は、はい……」
独占欲は当たり前にあることだが、元アイドルがそれもかなりの有名人であったアイドルが旦那を苦労させるほどのムッツリさん……。これはかなり極秘情報だろう……。
「今度、ソウタさんも一緒に会いにどうかしら。わたしの紹介と繋がりを目的にしなければすぐにガードを緩めてくれるわよ。まぁ……ガードを緩めた瞬間にうんざりするくらいの惚気が出てくるけれど」
そしてなぜか会わせたい風に話してくる小雪に蒼太がする反応は一つ。——片手を思いっきり左右に振ったのだ。
「え、遠慮しておきます。本当に……。小雪さんと真白さんの間に立つなんてもう……男からの殺気で殺されると思うので」
「ふふふっ、いくじなし」
「こればかりは自己防衛ですって!」
小雪が蒼太を真白の二人を引き合わせたかった理由……それこそ外堀を埋めるためであり、好きな相手にいいところを紹介してもらおうと第三者を使おうとしたわけである。
打算的なのは真白だけではない。小雪も同じなのだ。
「それで少しお話が戻るのだけれど……幸せそうに惚気られるから真白さんにはギャフンと言わせたいのよね。この本業で」
「そう……なんですか?」
「だって彼氏のいない……それでも30までには結婚をしたいわたしに対してマウントを取るようなことをしてくるのよ。盲目的になっているからわたしからは聞くしかない状況で……こんなのは許せないでしょう?」
「あはははっ、真白さんは嫌味なくってところが想像できますよ。昔活躍してる姿をテレビで見たことがありますけど、ひよりみたいに裏表のない明るい性格っぽかったので」
「その通りね。有名にしていただいた恩はあるけれど、絶対に一矢報いてやるんだから」
結婚生活を幸せに語る元アイドルの真白。その幸せ話の蓄積を原動力に変え、本業に当てている小雪。お互いにいいバランスが取れているのは間違いないだろう。
「だから新しいアイデアを探しているのだけれど……これがどうしても難しいのよね。毎回当たる壁なの……」
「それでアイデアですか。あの……ちょっと待ってもらっていいですか? 紙と鉛筆を持ってきますので」
「えっ?」
疑問符を浮かべた小雪に背を向け、走って口に出したものを取りに向かった蒼太。
そして、リビングに戻ってきたと思えば小雪の隣に立って腰を曲げる。
「あの、作るのは難しくなると思うんですが……」
蒼太は思案顔を作り、唸ることをしながら10秒。
仕事をする時のような真剣な雰囲気を出しながら鉛筆で紙に描いていく。
あ
「参考になるかはわからないんですが俺のアイデアをですとこんな形のものはどうですか? 印象を強く出すためにマニアックのものを描かせてもらうんですけど。まずはピアスをいきますね」
蒼太は手慣れたように鉛筆を走らせていく。
まずは鉛筆で綺麗な右耳を描き……次にピアス穴を描き……そこからピアス穴を通して耳たぶに口が噛みついているそんなピアスを。
「購入されることが一番いいんですけど、どちらかと言うと誘導用という認識で使うのはどうでしょう? 『インパクトのあるピアスがあったよ』とSNSで広げてもらって全体のページに飛んでもらう……のような。全体のページに飛ぶと小雪さんのメイン商品があるわけですから、購買に繋がる可能性が高まります」
「……」
「ブレスレットや髪留めでしたらここをこうして……目玉にしてみるとか。目の形を変えてこうすると可愛い風にもできますし」
「…………」
蒼太はブレスレットや髪留めを立体的に描き、誰もがイメージしやすいように展開していく。
時間が過ぎれば過ぎるだけ白紙は埋めていかれ……その様子に小雪は驚かされたままだった。
絵の上手さはもちろんのこと。拡散してもらうために、ページ誘導用に当てたアイテムを使った展開方法など今まで考えたこともなかったのだから……。
「あとはそのPCのロゴが目に入ったので、こちらを少しモジってりんご系統の髪留めなんかにすると子どもから高校生までの客層は捉えられるかもです。ブレスレットにする場合でしたらレジン液でしたっけ? そちらで赤りんごを9割、青リンゴを1割で作るのも面白いかもです」
素人ではあの一瞬でここまで想像を膨らませることはできないだろう。なぜこのようなことが……との疑問を働かせた瞬間に、過去の会話が思い返される。
「そ、そういえばソウタさんってデザイナーさんだったかしら……」
「あはは……、元ですけどね……。なのでまた何か困ったことがあれば教えてください。参考程度には答えられるかもですし……専門学校からの友達で現役のデザイナーとの連絡先もあるのでそちらとも繋いだりできますから。もちろん、アイデア盗作や金銭の問題が発生しないようにしますので安心してください」
「……」
驚くばかりの小雪ではない。今度は無言のまま目の色を変えるのだ。
時間を追うごとに惹かれ……恋焦がれる相手が本業を有利に進めることができる能力を持っていた。
蒼太がアイデアを出し、小雪が作り……その収入で楽しく生活し、旅行にも……。そんな将来図がすぐに浮かぶ。
小雪にとって、さらに逃したくない異性として映るのは当たり前……。
まさに棚からぼたもちである。
「本当にもぅ……ソウタさんったら」
目をトロンと変え、無意識に熱っぽい視線を注ぐ小雪。
「ソウタさん。今思ったのだけれど……わたしがお付き合いをして、結婚をして……真白さんよりも幸せな生活を送って。最後に自慢をすることができたら一矢報いるどころかマウントを取れないかしら」
「そうですね。あとは本業の勢いをさらに伸ばすことができたら完璧だと思います」
「……今のわたし達に当てはまっているかもしれないわね?」
この瞬間、小雪の声色が艶めかしく変わる。言葉だけではない、なにかの含みがあるように……。
「あ、あはは……確かにそうかもですね」
それを感じ取る蒼太だがらこそ苦笑いを浮かべて濁す。……そしてそれは先に仕掛けた側が予想していたこと。
蒼太に目を合わせ、うっとりと口に出す。
「ソウタさん、昨日の夜……わたしがなにを言ったか覚えているかしら」
「っ、き、昨日……で、ですか?」
「そうよ」
「……」
「……」
——緊迫感のある空気に包まれるこの場。
蒼太からして言えるはずがないのだ。『大好きの件ですか?』なんてことは……。
しかし、その反応こそ小雪が求めるもの。
意識させること、忘れさせないことを目的としたものなのだから。
「ふふっ、ごめんなさい。やっぱりなんでもないわ」
「えっ!?」
「ちょっと忘れ物をしたからお部屋に戻るわね」
「あっ、あ……。は、はい……。わかりました……」
意味深に話を区切れば小雪は椅子から立ち上がり、リビングから去っていく。
蒼太はなにも言うことができないままだった。
恋愛、その攻め方にはさまざまな方法がある。
横やりが入らないように、先取りをするように思いのままの気持ちを直で伝える方法。
自身の弱みを使い、甘えながら相手をその気にさせていく方法。
じわじわと距離を詰め、親しい異性として意識をさせ、お酒の力で誘う方法。
逃げ道を潰していき、あからさまな好意を匂わせることで相手にも意識させていく方法。
小雪の場合は一番後者。
蒼太は見事に術中にかけられているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます