第44話 蒼太と小雪と飲み前の話
琴葉のガン見確認事件から3日が経った木曜日。
「琴葉から聞いたわよソウタさん。土曜日に二人で飲みに行くらしいわね?」
「え? あ、あはは。そうなんですよ。ありがたいことに誘われまして」
ファミレスのシフトが入っていない今日、小雪は本業でもあるハンドメイドアクセサリーを作りながら休憩中の蒼太に話しかけていた。
今回、琴葉とサシで飲みの約束をしているため、『小雪さんもご一緒にどうですか?』との声はかけられない。
しかし、その点は琴葉からの説明で小雪も理解しているのだろう。
『わたしも行きたい』なんて声をかけられることはなかった。
「よほどソウタさんのことを気に入っているのね、琴葉は」
「気に入ってるですか……?」
蒼太の頭には月曜日の光景が思い浮かぶ。……背中を反り返らせて伸びをした時、アソコをガン見していた琴葉を……。
ほんの一瞬、ソコが気に入っているだなんて思考をしてしまう。
「ええ、琴葉がサシ飲みで、しかも異性を誘うだなんてわたしは初めて聞いたから。琴葉の働き先に広まりでもすればきっと騒動になるわよ。見てわかると思うけれど琴葉って可愛いから会社でも人気があるもの」
「管理人の俺がこんなことを言ったら変に捉えられるかもなんですけど、そこは否定しないですね」
「ふふっ、もし疑うようだったらこう言おうと思ったわ。仕事用のスマホには男性の連絡先で溢れているって。確か3桁近くいたかしら」
「めっちゃモテてるじゃないですか……」
「幼さのある容姿と、落ち着いた雰囲気のギャップに男性はやられてるのでしょうね。琴葉は気づいていないと思うけれど」
と、面白そうに教えている小雪だが、その本人のSNSアカウントは顔出しによって男性で溢れている実情がある。アクセサリーによっては首元を出したり、耳からうなじを出したり、足元を見せたりしている。自然とサービスショットになったりしているわけである。
だが、そんなショットになっていることに小雪は気づいていないだろう。小雪にとっては収入に関わるアクセサリーの映えを一番に意識しているのだから。
「なんかそんな人気のある琴葉とサシ飲みって緊張するなぁ……」
「誘われた側だから胸を借りる気持ちでいいんじゃないかしら。それに働き詰めのソウタさんをリフレッシュさせたいって琴葉は思っているはずだから」
「あ、あはは……。ですね」
ガン見事件以降、蒼太は思考の一部を完全にやられていた。
『リフレッシュさせたい』
邪な気持ちなどあるはずのないこの一部を別の意味で捉えてしまっている。もう末期だ。いや、そのくらい蒼太にとってインパクトのあった出来事だったのだ。
「でもソウタさん。琴葉には気をつけるのよ。あの子ってば本当におかしいから」
「お、おかしいですか……? それはえっと……」
「あっ、愚痴るわけではなくて琴葉って本当にお酒が強いのよ。危険な行為だけれど一気飲みもお手のものよ」
「お、お酒に強いんですか!? あの琴葉が……!?」
テーブルの上にオレンジジュースを置いていても何の違和感もない琴葉だ。
あの容姿でお酒に強いというステータスも男性人気の一つなのだろう。
「ええ、それに琴葉の場合は店員さんからの年齢確認をされる場合もあるでしょう?」
「あ、あぁ……」
蒼太にとって今回が琴葉と初めての飲みである。しかし小雪はそこを忘れている。当たり前の顔をしてこう聞いてくる。
「店員さんにとってそれは仕事の一環だから琴葉も丁寧に対応はするのだけれど……やっぱりモヤモヤするのでしょうね。お酒に強い分、飲むペースが早くなるから確認を取った店員さんの顔はすぐに引きつっていくわね」
「あははっ、なんか確認をしたことへの復讐をするみたいですね。可愛い攻撃ではありますけど」
「だからソウタさんはソウタさんのペースで飲むことを進めるわ。琴葉に合わせたら二日酔いにやられるもの」
「確かにそうですね。忠告をありがとうございます」
蒼太はどこか余裕のあるそうな顔で礼を言う。
実のところ、蒼太も蒼太でお酒に強い人間……お酒に慣れた人間だった。
ブラック企業で働き続けた3年間、たまに取れる休みは必ずとアルコールに逃げていた。心身共にやられ、それくらいに現実が本当に苦しかったと言ってもいいだろう……。
当時はお酒は大切な心の支えにもなっていた。生きた心地がする貴重なアイテムだったのだ。
「あ、一つ聞きたいんですけど小雪さんもお酒には強いんですか? 今の話だと琴葉と何度か飲みに一緒に行っているみたいなので」
「ぅ、えっと笑わないで……くれる?」
「も、もちろんです」
この問いで小雪の挙動がいきなり変わる。視線をキョロキョロさせて前置き。首を傾げ、水色の髪を揺らしながら聞き返す今の様子を動画に上げたのならいいねを連打する者が多数現れるだろう。
「わ、わたしってお酒が本当にダメなのよ。とっても弱くって……。琴葉と飲みにいく時はジンジャーエールかお茶なの」
「えっ!? 全然そう見えませんけど……。むしろ琴葉さんより強く見えます」
「じゃあもっと具体的に教えるけれど、コンビニにほろよーいってお酒売ってあるでしょう? アルコール3%の」
「あぁ、酎ハイですよね? ジュースみたいに飲みやすい」
「あれが
「そんなに弱いんですか!?」
『ジュースみたいに飲みやすい』は完全に失言の蒼太だった。
ここまでお酒に弱いのはなかなかに珍しいだろう。
「……ええ、すぐに酔っちゃうのよね。それにわたしって酒癖も悪いから」
「なんか全然信じられないことばかりですよ。酒癖が悪いとなると文句が出たりとかですか?」
「だ、大胆になるのよ……」
「ん?」
近くにいる蒼太が聞き取れない小声。
「だから、大胆になっちゃうのよ……。スカートで扇いだり、胸元のボタンを開けたり、体を密着させたり……」
「っ!?」
「すぐに眠くなったりもして記憶があやふやにもなるから、お酒は飲まないようにしているの……」
「は、はい。正直、それがいいと思います」
普段のガードが固いだろう小雪が、お酒一つでオープンになってしまう。言葉を悪くすればカモ状態でしかない。
だがしかし、そんな小雪も見てみたい欲が出るのは男のサガではあるだろう。
「と、言うことで……こほん」
顔の赤みを隠すように、そして分かりやすく咳払いをして話を変えようとする小雪。
「土曜日の夜に琴葉と飲みに行くでしょうから、日曜日の朝食はひよりと美麗とわたしの三人で料理教室を開くことにするわね」
「えっ!? いや、それは俺の仕事なのでそんなことをさせるわけには……」
「ふふっ、もう美麗の提案を呑んじゃったから決定事項なの。ソウタさんの料理は美味しくないらしくて、飽きたらしいから
「……そ、そうですか。ありがとうございます。本当に……」
美麗の言葉を代用しているのは間違いないだろう。それでも小雪は美麗が言いたかったことが分かるように砕いて教えてくれる。
夜に飲み会。早朝に料理作り。飲み会を夜更かしと捉えてもいいだろう。この大変さは想像をするまでもない。
飲み会に余計なことを持ち込ませないためにもそのケアをしてくれたわけである……。
「ふふっ、詳しくは言わないけれど美麗は素直じゃないからソウタさんからしたらちょっと扱いにくいタイプかもしれないわね」
その言葉で、完年に美麗の気遣いが伝わった。
『言っとくけどあんたのためじゃないから。琴葉さんのためだし』
そんなツンとした声が聞こえたような気がした蒼太である。
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