第122話

【IF】 蒼太&美麗



「それじゃあ美麗、お邪魔するねー」

「はいどーぞ。……って、そんなキョロキョロ部屋を確認しないでよ。初めてくるわけじゃないんだしさ」

「あははっ、それはごめん」


 これは蒼太と美麗が付き合って約半年後のこと。

 土曜日の休日に美麗は彼氏である蒼太を招き入れていた。


 受験期に猛勉強をした美麗は国立に通う大学一年生になり、こうして一人暮らしを始めている。

 その国立大学に通おうとした大きな理由はもちろんコレ——蒼太が生活している地域の近い場所にあるから。そして国立は美麗が通いたい大学の一つでもあった。

 半ば追っかけるようにして、それが大きな原動力になったのか倍率の高い難関の大学を勝ち抜いていたのだ。


「まだ一人暮らしに慣れてないだろうからいろいろ確認をね」

「そんな確認しなくていいって。掃除とか当たり前のことはしてるんだから。そもそも汚部屋おへやにでもしたらそーたに怒られるし、わたしのばーばにも通報されちゃうし」

「美麗のおばあさんと約束してるからね」

「せっかく挨拶しにいったのにその日からあたしの敵になるとか酷すぎ。彼氏のくせにあたしのこと好きじゃないの?」

「好きじゃなかったらこんな風にしたりしないよ」

「……あっそ」


 超がつくほど小声の返事。自ら疑問で聞いたのにも関わらずプイッと顔を背ける美麗。無論、『気に障ることを言ってしまったのか?』なんて捉える蒼太ではない。

 嬉しがりながらも恥ずかしがってる。そんな感情をしっかり理解している蒼太である。


「あ、それで美麗。約束してたとはいえ今日はこんな朝早くからお邪魔して大丈夫だった? まだ朝の8時だけどさ」

「なに言ってんの? もう、、8時なんだけど」

「一般的に言えばまだ、、8時じゃない?」

「そう言う意味じゃなくって、10分前集合は当たり前じゃん。7時50分には来てくれるって思ってたのに」


 美麗は眉を八の形にする。蒼太を責めようとする際の顔。

 昔と比べ随分と表情が豊かになったものである。


「い、いやぁ……普段なら予定よりも早く着くようにするけどやっぱりまだ朝早い時間だからね?」

「だからあたしに気を遣いましたと?」

「うん」

「バーカッ! 分からず屋!」

「えっ、ちょ……なんで!?」


 美麗は少しでも早く蒼太に会いたかったのだ。早く会いたかったからこそ気を遣われたことが不満だった。


「ふんっ! もういい! 彼女のこと全然わかってくれない彼氏なんてホントら……」

「……」

「え、えっと……ん、ん、んんーッッ……!!」


 感情に身を任せ、『要らない』と声に出そうとしたが——ハッとさせる。

 美麗からして蒼太は絶対に逃がしたくない相手。要らないはずがないのだから。もしも本気でそう捉えられたりされたら困るのは自分なのだから。

 そうして誤魔化すように出したのが低い声で一生懸命に唸る、そんな赤面した美麗である。


「もしかして威嚇してるの?」

「う、うるさいっ!」

「えぇ……」

 これが玄関を抜けた廊下での会話。

 出会ってすぐにそんなにも微笑ましい? やり取りをしながらリビングに向かえば蒼太はとあるあとを発見する。


「美麗、もしかして今まで大学の課題してた?」

 テーブルの上には筆記用具と積まれた課題があった。消しカスもまだ捨てておらず今まで勉強途中だったことがわかる。


「うん。明日から休日に入るからってことで結構出されたんだよね。ホント高校と比べて量が全然違うからビックリする」

「そっかぁ……。じゃあ俺は昼を過ぎたら社員寮に戻らないとね」

「ぇ……な、なんで?」

「なんでってあんまり勉強の邪魔をするわけにはいかないじゃん。学生は勉強が仕事なんだからそこら辺のことはちゃんと考えるよ。いい彼氏でしょ?」

 なんて冗談めいて、それでいて本当にその行動に移そうとしている蒼太に美麗は言うのだ。


「バカじゃないの! 逆にクソワル彼氏だし!」

「いやいや、クソワルはないでしょ!」

「あたし、そーたにそんなこと言わせるため朝から課題してたわけじゃないんだって! そーたと夜までいたいから今まで頑張ってたんだけど! ほらこれ見て、あと少しで終わるんだから!」


 本当に焦っているのだろう。急いでテーブルにある課題を取り、近くでグイーッと見せてくる。

『そーたと夜までいたいから今まで頑張ってたんだけど!』と、本心が漏れていることに本人は気づいていない。


「これを見てもまだ昼に帰るつもり? 帰るつもりなら今から頭ずっと叩くけど」

「ごめんって。さっきの言葉を撤回するから。俺と夜まで一緒にいてくれる?」

「し、仕方ないな〜もう。彼氏がそう言うなら別にって感じ」


『そーたと夜までいたいから今まで頑張ってたんだけど!』

 このセリフは蒼太の頭の中に大きく残っている。ツッコミたくなる気持ちもあるが、大きく頷いて瞳を細くしている美麗を見るだけで満足している蒼太である。

 ツンツンは多少なりに健在しているが、緩んでいる分はポンコツ度に割り振られているようだ。


「ね! それじゃあそーた、今から一緒に朝ご飯作ろ。昨日のうちに材料買っておいたんだよね。ウインナーの入ったオムライスがいい!」

「朝ご飯を作るのはいいんだけど、包丁扱ってる時にはなにもしないでよ?」

「それどう言う意味?」

「俺が抵抗できないことをいいことに後ろから抱きついてくるとか……」

「は? あたしがそんなのすると思う?」

「一緒に料理作ってる時は100%してるけど」

「…………じゃあ作ろ!」

「なにその間!?」


 ニンマリとした笑顔でキッチンまで彼女に手を引かれる蒼太はもう悟る。これからされることを。

 冷蔵庫から材料を出し、手を洗い、まな板を出したその瞬間——コアラが後ろからくっついてくるのだった。


『一緒に作る』

 この言葉は果たしてなんだったのだろうかと思うだろう。

 美麗の役割は調味料をつけること。今はその出番まで待機しているのである。



 ****



「ふぁ……ねむ」

 朝ごはんを食べ終え、ソファーの上で肩を合わせながらテレビを見ていた二人。

 美麗があくびをしながら睡魔に襲われた声を出したのは12時を過ぎた頃である。


「美麗、正直に答えてほしいんだけど今日は何時から課題してたの? あの課題の進捗状況的にかなり早起きしてると思うんだけど」

「正直に言えば夜中の3時前かな」

「さ、3時前ってまだ日も出てないじゃん……」

「まぁ偶然起きたからそのまま起きてよーって思ってね。あと1時間もすれば課題終わるだろうから結果的にラッキーってね」


 確かに美麗の言い分には一理あるが、『夜まで一緒にいたい』とのセリフを聞いている蒼太なのだ。本当はアラームをかけて起きたのだろう……その予想は立ち、正解である。


「美麗、昼寝しなさい」

「ヤダ。昼寝したらそーたといる時間がもっと早く感じるじゃん」

「俺は美麗が体調を崩す方が心配なの。昼寝をするか、今から俺が帰るか、これのどっちか選んで」

「なにその選択肢。たった1日くらい睡眠取らなくても平気だって!」

「……」

 蒼太は表情を変えない。まばたきすることなく真剣な眼差しで美麗を見つめるのだ。

 この様子は彼女だからわかる。二択以外に譲ることはないのだと。


「もー、わかった。わかったよ。そんな怖い顔しないでよ。じゃあ昼寝するから」

「了解」

「——そーたと一緒にね」

「はいぃ?」

「だって今の二択ってそーたの一方的な主張じゃん。あたしの主張も入れないとフェアじゃないでしょ」

「……俺、美麗が心配だったからその二択を出したのにフェアを持ち込もうとするの?」

「心配とかそんなの関係ない。あたしを昼寝させたいならそーたも一緒に寝ること。これがあたしの主張で妥協ライン。先に選択肢出してきたのはそーたなんだから拒否権ないからね」

「……やられた。じゃあそれでいいよ。でもちゃんと寝てよね?」

「そーたが変なことしなければいいだけ」

「今まで変なことしたことないでしょ。ほら、そうと決まれば早くいくよ。眠たい目してるんだから」

「ん。そうする」


 夜中の3時前から起きていたらこの時間には眠くなるだろう。

 美麗の手を引いてベッドのある寝室に移動させる蒼太は畳まれた布団をシワなく伸ばしていく。一通りの準備ができたら美麗をベッドに寝かせて、自らも一緒に横になって肩まで布団をかけるのだ。


 美麗と蒼太、二人はお互いの顔が向かい合うような体勢でいる。


「ね、そーた。背中ぽんぽんしてよ。あれ凄く寝られてさ」

「はいはい」

 このベッドはダブルではなく、シングルだ。成人の蒼太と大学生の美麗では隙間もあるようでないもの。

 布団の下から美麗の背中に手を置き、リズムよく優しくポンポンしていく蒼太である。


「ふぁ〜……。あー、なんでだろ。もう睡魔ヤバイかもしんない」

「そのくらい限界迎えてたってことでしょ? あんなに課題も頑張ってたんだから」

「そーたにも、ばーばにも心配させたくないからね。特にそーたは新しい仕事を始めたばっかりだから変な負担かけさせたくない」

「……ほら、喋ってる暇があるなら早く寝る」

「寝たいけどまだそーたと喋りたいんだもん……」

「……」

「そーた?」

「…………」

「彼女を無視するとか彼氏としてサイテー。ホントサイテー」


 蒼太が無視を続けても美麗は喋り足りないように一人で語り続けている。


「あたしが彼女でよかったね。あたし以外の彼女なら『別れる』って言われてるよ、絶対」

「それは危ない危ない」

「ん、危なかったね」

「でもさ、それ抜きにして本当に美麗が彼女でよかったよ。今まで散々悪口言われてきたけどね、一番印象に残ってるのは本気の『◯ね』だね」

「ッ、ごめん……。ホントにごめん……」

「謝っても発言は取り消せません。そんなわけで悪い子は早く寝る!」

「うぁっ!?」


 一番最低な言葉を浴びせられた蒼太だが、美麗の過去を知れば仕方がないこと。過去は過去としてもう水に流している。

 そして意地でも早く寝させたい蒼太はグッと美麗の背中からこちらに引き寄せる。

 美麗の頭に手を移動させ、片腕で美麗の体を抱くようにして落ち着かせるのだ。


「よかった。美麗とこんな関係になれて。心を開いてくれてありがとう……」

「出たよそのセリフと反則技……」

「寝られそう?」

「違うし。それドキドキするから逆に眠れなくなるんだって……」

「ええっ!? そ、そうだったの!?」

「でも……もういい。このままだとそーたまで罪悪感を感じるだろうから胸元貸してよ。そーたの心臓の音聞けばなんとか眠れるからさ」

「う、うん……。そう言うことなら」

「ちょ、心臓早すぎてウザい」

「それはどうしようもないじゃん!」


 そこからのこと。蒼太を抱き枕にするように胸元に耳をつける美麗は喋らなくなる……。

 時間にして5分ほどだろうか。蒼太の耳には規則正しい美麗の寝息が聞こえてくるのだ。


 鼻腔をくすぐる彼女の優しい匂い。大きな胸は蒼太のお腹で潰れ、柔らかい肌が蒼太を包んでいる。


「……我慢、我慢……」

 蒼太はまだ美麗とはそういったことをしていない。

 美麗の過去トラウマはまだ完全に解消されているわけじゃないのだ。今一番に信頼をされている者として、美麗から求められなければするつもりはない、自らその提案をすることはない。


 それでも、目の前には大好きな彼女がいるのだ。

 どうしても理性に限界は訪れる。

 時間にして40分。

 蒼太は美麗の体からそっと手を離していき、ベッドを後にするのだ。



 ****



「ふぅ……こんなもんかな」

 美麗の寝室を抜けた後、現在は14時前である。

 蒼太は冷蔵庫にある食材を使って今日の夜ご飯を作り終えていた。


 欠けようとしていた理性もようやく落ち着き、テレビを見ていた矢先のことだった。


『ガチャ』

 と、ドアが下に下げられる音がリビングに伝う。

 ふと後ろを見れば萌え袖になった状態で瞳を擦っている美麗がいた。


「そーた、なんでいなくなるの……。あたし起きちゃったじゃん……」

 ふにゃふにゃの声で、眠たげな瞳で文句を言ってくる。


「あー、ごめん。夜ご飯を作っててさ」

「そう、なんだ……。ありがとう。でも、一緒に作りたかったなぁ……」

 危なっかしい足取りでこちらまで近づいてくる美麗は両腕を蒼太に出しながら甘えた声でおねだりするのだ。


「んー、そーた、抱っこしてよ……」

「あははっ、本当甘えん坊になってさ」

「甘えん坊……じゃない……し」

「まぁいいけどね。——おいしょっと」

 蒼太はソファーから立ち上がり、強い刺激を与えないようにして優しく抱きかかえる。するとすぐに首元に頭を置いた美麗は脚を巻きつかせてギュッとしがみつくのだ。


「このまま寝るの?」

「うん……。おやすみ」

「はーい、おやすみ。大きな赤ちゃん」

「違うし……。そーたの、彼女……だし」


 強い睡魔に犯された美麗はこうして甘える。素直になる。

 こんな姿を見られるのは彼氏の特権だろう。


「そーた……大好き……」

「俺もだよ、美麗」

「んーっ」

 それが美麗が寝る前の最後の会話。

 だらしない顔で首元をスリスリとする美麗は幸せそうな笑みを浮かべ、安心した寝顔を見せてくれる。


 蒼太に抱っこされたまま、深い睡眠に入ったのだ。


「さてと、美麗は何時に起きるのかなぁ……」

 お互いに軽い喧嘩はするものの、美麗との付き合いは本当に幸せであった。

 そして、蒼太からすれば理性強化月間が続くのでもある……。



 Fin〜。



 次話は本文関係なしの作品最後のあとがきになります。

 よろしければお読みください。


 




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