【新・改訂版】第2話 大亀とマイケルベイ

 俺とエマリィ・ロロ・レミングスは森の中を彷徨っていた。

 というか、絶賛遭難中だった。


「――タイガ! 左の木の枝に双頭の豹アンフィスパンテルだよ!」


 その言葉の通り、木の枝の上に先ほどと同じ双頭の豹アンフィスパンテルが。

 しかも俺たちの姿を見つけて、嬉しそうに舌なめずりをしている。

 しかし、


 ズダダダダダッ!!!


 と、銃声が木霊すると、豹の体躯に血の花が咲き乱れた。


 銃声の正体は俺の右手で紫煙を燻らせているアサルトライフルHAR-22だ。


「まったく次から次へと性懲りもなく……!」


 そんな俺の愚痴とは裏腹に、エマリィは地上へ落ちた双頭の豹アンフィスパンテルへ、てててててーっと一目散に駆け寄っていく。

 その後ろ姿はどこか楽しげで小動物っぽい。


 そして彼女が掌サイズのクリスタル球を掲げて呪文を唱えると、魔物(モンスター)の死体から紫色の煙のような筋が何本も噴き出してクリスタルへ吸い込まれていく。


 なんでも魂を回収せずに死体を放置しておくと、魂と魔力が結合した挙句に次々と魔力を呼び寄せて「生きる死体」として復活してまうのだそうだ。


 そしてこの世界では、そうした「生きる死体」を叫ぶものスクリーマーと呼ぶらしい。


 エマリィは魂を回収すると、早速持っていたナイフでせっせと死体を解体し始めた。

 躊躇なくナイフを入れていく見事な手捌きに思わず感心する。


 なんでも街へ戻れば、牙や毛皮は素材としてそれなりに買い取ってくれるらしいので横顔は真剣だ。

 というか少し口許はニヤけていて、なんだか怖い。


 そして都会育ちの俺はなかなか血生臭い行為に慣れていないので、遠巻きに見守ることに。


「タイガー、お腹減ってないーっ!?」


「いや、特には……」


 正直言って、俺はまだこの状況が上手く飲み込めていなくて食欲どころじゃない。

 しかし、しょぼーんとしているエマリィを見ると、つい罪悪感めいたものが。


「あ、俺のことは気にしなくていいからエマリィは食べなよ。まだ日が暮れるまでは時間があるし、俺が周りを警戒しておくから」


「ほんとに!? ごめんね。双頭の豹アンフィスパンテルのお肉って腐りやすくて、仕留めたあとが一番美味しいんだよ」


 と、その手にはたった今解体されたばかりの肉の塊が。


 いや、そんな血の滴る肉を手に満面の笑みを浮かべられても。

 その少しホラーチックな光景に、俺は苦笑するしかない。


 この少し食欲が旺盛な金髪編み上げツインテの少女は、数時間前にこの森で拾った。

 いや、拾われたと言う方が正解か。


 俺は自宅でVR-FPS「ジャスティス防衛隊」をプレイしようと、VRヘッドギアの電源を入れたら、何故かこの異世界の森へと飛ばされていたのだ。

 しかもゲーム内のアイテムとともに。


 エマリィは元々森林大亀フォレストジャイアントタートルという魔物の卵を採取する冒険者パーティーに、日雇いの治癒魔法使いとして同行していたらしいが、怒った森林大亀フォレストジャイアントタートルによってパーティーは全滅。


 一人生き延びた彼女は森の中を逃げていたら、今度は双頭の豹アンフィスパンテルに見つかって追われる羽目に。

 そして、そこへ異世界転移してきて空から降ってきた俺が出くわしたという訳だ。


 エマリィは焚き木の前で何やらブツブツと呪文を唱えると、掌が淡く光を発して火の玉が浮かび上がる。それを焚き木にくべて火を起こす。


 しかし肉を焼き始めたエマリィは本当に幸せそうだ。

 なんでも今年成人したばかりの十五歳で、故郷の田舎から冒険者になるために王都へは三ヶ月前に出てきたらしい。


 と、言ってもなかなかパーティーのレギュラーメンバーを募集しているところがなくて、「流しの」治癒魔法使いとして日銭を稼いでいたので、生活はなかなか安定しなくて大変だったのだと。


 だから食べるときに食べておくという彼女の姿勢はよくわかる。それにこんな森の中で彷徨っているなら尚更だ。


「でも、本当にこっちの方角であってんの……?」


 俺が着ているABCアーマードバトルコンバットスーツにはゲーム内ではレーダー機能がついていたが、異世界転移で実体化した今はどうやら使えないらしくて無反応だった。


 そのためエマリィが太陽の位置から大体の方角を割り出して、俺たちは王都へと向かっている最中だった。


「ボクを信じてよ。方角はちゃんとあってるから大丈夫。もう少し進めば王都へと続く林道にぶち当たるはずだから。ねえ、それよりもほんとにボクだけ食べていいの? タイガも少し食べたらー?」


「いや、本当に俺は大丈夫だから。というか周りが気になってそれどころじゃない……」


 幸いなことにゲーム内の装備品である三種類のパワードスーツや銃器などの武器類は、何故かこの世界で実体化できるのが唯一の救いだった。


 どうやら実体化の法則はゲーム内で獲得済みだった武器に限られているらしい。

 これでレーダー機能も使えていたら、こんなに神経質に周囲を気にする必要も無かったのに。


 とにかくこの森に転移してきてから、既に双頭の豹アンフィスパンテルを中心に、大トカゲや大蛇と言った魔物モンスターに遭遇しているので気が気でない。


「ねえ、その鎧って暑くないの?」


 肉をもきゅもきゅと頬張りながら、興味深そうに俺を見ているエマリィ。


「うん。これが意外と大丈夫なんだな」


 ABCアーマードバトルコンバットスーツは機能特性ごとに三つのタイプに分かれていて、いま俺が着ているのが「アルティメットストライカー」と呼ぶバランス重視のノーマルタイプ。


 武骨な形はしているが、体温調節機能はきちんと機能しているので、こんな熱帯のジャングルを彷彿とさせる森の中に居ても、素晴らしいくらいに快適だったりする。


 ちなみにバイクのフルフェイスヘルメットをさらにごつくしたようなヘルメットは、装着者の意思で自動的に首筋に分割収納されるので、今は収納してある。


「それよりもエマリィの方こそ、そのローブを脱げばいいじゃん。この日差しだと幾ら森の中でも暑いでしょ?」


 木と木の間からは二つの太陽が見えて、強烈な日差しを森の中に注ぎ込んでいた。


「でもこれ魔法具ワイズマテリアなんだよね。防御魔法が付与してあって致命傷を免れるの」


 と、エマリィは自慢げにローブを摘んで見せる。サイズが一回り大きいのか、小柄な彼女が着ていると妙にブカブカで、胸がフラットなところも含めてやたらと庇護欲が刺激される。

 

「あ、タイガは魔法具ワイズマテリアって覚えてる?」


「あ、ああ、何か聞いたことあるような、ないような……」


 俺は異世界転移してきたことを説明するのが面倒くさくて、記憶喪失と言うことにしていた。


 本名の青山大河をもじったタイガアオヤーマという名前だけを覚えていて、このパワードスーツや銃火器については、全く覚えていないという設定だ。


「ふーん。でもタイガのその奇妙な鎧や攻撃魔法は、絶対に失われた古代魔法となにか関係あると思うんだよね。ねえ、その鎧の左肩にある花のマークはなに? それも覚えていないの?」


 エマリィは肉をもきゅもきゅしながら近付いてきて、ABCスーツを隅から隅まで観察する。


 もうそれは興味津々だ。

 今も指で突いて見たり、引っかいて見たり、匂いを嗅いだりしている。


 まるで自分自身が身体検査でもされているみたいで変な気分になってくる。

 それに彼女の全身から漂ってくる汗混じりの体臭が妙に生々しくて、脳みその奥が痺れてくる。


 ちなみに左肩の花のマークはシングルプレイで300ミッションをクリアした特典だ。三つの兵装すべてクリアすれば花は三つになる。

 花の名前はエピデンドラムと言う実在する花で、花言葉は「孤高への憧れ」――


「あうー、この花はなんだっけな……。あー頭が痛いよー」


「ごめんね。無理に思い出そうとしなくていいよ。でもタイガはそんな凄い魔法が使えるんだから、きっと冒険者だったと思うよ」


「冒険者?」


 この世界は剣と魔法の世界で、さらに冒険者という稼業も存在するらしい。


「ねえ、冒険者ギルドへ入っていたか覚えていない? もしかしたらギルドへ行けばタイガのこと何かわかるかも!?」


「あー、たぶん入ってないかな。うん、入ってないや。それだけはなんかはっきりと覚えてるような」


「じゃあダンドリオンへ戻ったらボクに案内させて! 助けてもらったお礼だし、タイガの世話はボクに任せて」


 と、ぱっと花が咲いたように笑うエマリィ。

 そんな可憐な笑顔に思わず見蕩れていると、突然背後でメキメキッと大木の倒れる音が。


 振り返ればいつの間にか全長十メートルはある大亀が佇んでいて、血走った目で俺たちを睥睨しているではないか。


 鰐亀ワニガメをもっと凶暴にしたような顔のこいつこそ、エマリィの言っていた森林大亀フォレストジャイアントタートルだろう。


「ずっと追いかけてきたってか……!? でも残念! すでに俺という騎士ナイトが――!」


 と、颯爽とHAR-22を構えるが、次の瞬間、大亀の頭突きを食らって吹き飛ばされていた。 


 宙を舞う体は、大木を数本なぎ倒したところでようやく止まる。


「いってえー!」


 衝撃の大半はABCアーマードバトルコンバットが防いでくれているとは言え、痛みを感じないわけではない。


 それに今の攻撃でHPメーターが九百近く減少だ。


 この異世界に来てからアルティメットストライカーの五千あるHPメーターは、すでに三分の二以上減ったことにるのか。


 自分の余命が数値化されて表示されているのが、こんなに胸糞だったとは!

 これは相当胃に悪い。


 そして俺を排除したと思った大亀の興味はエマリィに移ったようで、今まさに絶賛追い掛け中だった。

 どうやらのんびり寝転がっている場合ではないようだ。


 俺はゲーム内でコマンドルームと呼ばれていたメニュー画面を呼び出して、「武器」の項目から初期装備でもあるグレネードランチャーHGR-14を装備。


 しかしこの大亀はワニガメに似た凶暴な顔つきをしていて、尖った吻端の両側には鋭い牙も見えてかなり迫力があった。


 そして全身は浅黒く刺々しい皮膚に覆われていて、背中のぶ厚く巨大な甲羅の大半は苔に覆われているので、周囲の大木をなぎ倒しながら進む重厚感のある突進力と合わせて、まるでカモフラージュネットで覆われた戦車のようだ。


 だがこの程度の怪物にビビる俺でもなかったけれど。


「おーい、こっちだこっち!」


 とりあえず大亀の甲羅にグレネード弾を数発叩き込んでやる。


 シュポン! シュポン! シュポン!

 

 と、独特の発砲音とともに大亀を目掛けて弧を描いて飛んでいくグレネード弾。 


 甲羅の上で立て続けに爆発が起きるが、甲羅を吹き飛ばすまでは至っていない。

 さすがに先程の双頭の豹アンフィスパンテルのようにはいかないらしい。


 しかし俺は特に慌てていなかった。


 今はとにかくヘイトをこちらに向けさせる事と、この世界の生態系に対する威力偵察も兼ねていたからだ。


「今日出会った魔物モンスターの中じゃ一番の大物だ。どの程度の硬さか調べさせてもらうからな――」


 だからここは敢えて初期装備のまま大亀に立ち向かうのだ。


 そして目論見通り、亀の魔物モンスターはウギャアと怒りの声を発してこちらを睨みつけると、ドスンドスンと四つの脚を弾ませてこちらに向きを変えた。


 それに合わせて再度コマンドルームを開いて「兵装」からフラッシュジャンパーを選択。


 光の粒子となって霧散した紅いアルティメットストライカーに代わって、サファイアブルーに彩られたフラッシュジャンパーへ。


 機動力重視の筐体のため装甲が薄く耐久力は弱いが、その分時速百四十キロで走り、三十メートルの垂直ジャンプをこなすことが可能だ。


 その性能を活かしてジャンプで後方へ下がりながら、コマンドルームを開いて武装する。


 フラッシュジャンパーの武器は「近接兵器」「ミサイル兵器」「プラズマ兵器」「ボーナスウェポン」の四項目だ。


 その中から「プラズマ兵器」から初期装備でもあるプラズマガンを、「ミサイル兵器」からはショルダーミサイルユニットを両肩に装備。


 まずは頭部を目掛けてプラズマ弾を撃ち込む。


 ドウルルルルルルルルッ!!!


 と、独特の銃声を轟かせて発射されるプラズマ球。


 プラズマガンから発射された直径十センチほどのプラズマ球体は途中で分裂し、四十発の球体となって大亀の頭部側面にヒットする。


 さすがに頭部は甲羅のように硬い訳ではないらしく、緑色の鮮血が飛び散った。


 俺はそのまま後方へジャンプで後退しながらプラズマガンを撃ち続ける。


ドウルルルルルルルルッ!!! ドウルルルルルルルルッ!!! ドウルルルルルルルルッ!!! ドウルルルルルルルルッ!!! ドウルルルルルルルルッ!!!


 プラズマ球体が命中する度に、大亀の頭部からは鮮血が流れたが致命傷には至っていない。

 もしかしたら奴からしたら蚊にさされた程度なのもしれない。


「こいつ思ったよりも硬いな……。ゲームだと大体ノーマルモードくらいの硬さか……。でも図体がでかいだけでそこまで警戒する必要もなさそうだ。そこまでわかればもう十分だ……」


 それに随分と大亀が暴れまわってくれたおかげで、周囲の大木はなぎ倒されて程よい感じに視界が開けている。


 これ以上放置しておくと、エマリィが倒木の下敷きなりかねない。


 仕掛けるなら今が絶好のチャンス。


 俺はジャンプを止めて立ち止まった。


「――ショルダーミサイルオープン!」


 そう音声コマンドを詠唱すると、両肩のミサイルユニットの発射口が開いて、同時にシールドモニターには六つのターゲットカーソルが表示された。


 その一つ一つを素早く視線で誘導してやり、大亀の巨体の各部位にロックオンさせていく。

 そして――


「パルティアンショットファイア――!」


 シュパパパパパパン!!!


 音声コマンドを合図に、両肩のミサイルユニットから三発ずつ自動追尾ミサイルが射出音と共に発射。


 合計六発の小型ミサイルは視界が切り開かれた森の中を、白煙を上げながら空を切り裂いて進んで行く。


 そして大亀の頭部と甲羅へ着弾すると、爆音と共に六つの火柱が盛大に立ち上がった。

 

 ズドドドドドドーーーン!!!


 ウギャアーーーーーーッ!!!


 響き渡る大亀の咆哮。


 しかし亀の魔物モンスターはそれでも倒れない。

 むしろ怒り狂ったように爆炎を掻き分けて、今まで以上のスピードで突進してくる。


 でも俺は慌てることなく、再度ロックオンしてパルティアンショットを放った。


 シュパパパパパパン!!!


 今度は六発全てを甲羅へと叩き込んでやる。


 ズドドドドドドーーーン!!!


 一際巨大な火柱が轟音とともに甲羅の上で盛大に炸裂した。


 巨体は衝撃と爆風で地面に叩きつけられて一度大きくバウンドすると、ぐったりと大地に崩れ落ちた。


 そして静寂に包まれた森に、俺の雄叫びが響き渡る。


「マイケルベーーーーーーーーーーーーーーイ!!!」


 マイケル・ベイとはアクション映画の巨匠の名前だったが、ジャスティス防衛隊の一部プレイヤーの間では、爆炎と硝煙の象徴として崇め称えられていた。


 元はアメリカサーバーの外人から発生したインターネット・ミームだったが、以前外人プレイヤー達とプレイしてから、その楽しそうな雰囲気を目の当たりにして以来口癖になっていたのだ。


 この世界で初めて仕留めた大物と言う事もあって、万能感と無敵感に浸りながら叫ぶその声は森中に響き渡った。

 そして俺の存在と名声は、この世界中に広がっていくことになる――

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