第六十九話 地下迷宮へ・1

 ベースキャンプ三日目――

 早朝にアルマスが迎えに来て、いよいよ地下迷宮へ。

 森の屋敷から北へ一時間ほど馬で進んだ場所に、地下迷宮の入り口はあった。

 この場所は王都から見て西側の山岳地帯にあり、見晴らしのいい場所だと眼下に広がる王都とその先に広がる海が見渡せる。


 山肌の中腹にぽっかりと開いている迷宮の入り口の前は台地になっていて、そこには三棟の山小屋が建てられていた。

 そして今回の件で発掘作業が中断したために、人影は見張りの者しかおらずに閑散としていた。


「――ご覧のように、今朝をもってほかの発掘隊全てには下山してもらい、現在ここには僕の息のかかった人間しかいません。彼らには連合王国王室と発掘隊本部には内密に、外国から凄腕の冒険者を怪物レヴェナント退治で招聘したので、絶対に外部に漏れないように警備してほしいとだけ話しています。ですから彼らの前ではくれぐれもステラヘイムの英雄や、王家の方であるとわかるような言動は絶対に控えてくださいね」


 と、アルマス。

 その後で山小屋の中の応接室へ通されると、早速迷宮と怪物について詳細な説明を受けた。


「元々ここはよくある極めて平均的な迷宮ダンジョンでした。それがある日、迷宮ダンジョン攻略に挑戦していた冒険者パーティーによって、地図に載っていない新たな横穴が発見されました。彼らはそのまま横穴を探索すると、奥に古代遺跡への入り口を発見しました。しかし彼らの実力では、遺跡内の魔物モンスターを倒して先に進むことは出来なかったので、途中で探索を断念して引き返してきました」


 その冒険者の報せを受けて、王室が発掘隊を組織したのが今から十ヶ月ほど前らしい。

 そして古代遺跡へ自由に出入りできるように、元々あった迷宮ダンジョン内の魔物モンスターを殲滅するだけで、数ヶ月を費やしたとのこと。


 しかし、ようやく古代遺跡までの安全なルートを確保できたまではよかったが、長年封印されていた遺跡内部では独自の生態系が出来上がっていて、今まで見たことのない魔物モンスターに加えて、彼らが地下迷宮の死霊レヴェナントと呼ぶ怪物まで出現したとあって、発掘作業は遅々として進んでいないらしい。


 更にそれらに加えて、調査隊内部でも死霊レヴェナントに恐れをなした一部から、発掘調査を中止する意見も出たりした事が、ここまでの発掘調査の遅れに繋がったようだ。

 しかし俺はその話を聞かされても特に驚きはなく、むしろ当然だと思っていた。

 と言うか、トリプルケイト・エピデンドラム保持者ホルダーを相手に、死者を出していないと言う事は善処している方だ。


 いや、もしかして向こうがわざと手を抜いている可能性の方が高いと考えるべきか。

 その理由はわからないが、どちらにせよ俺と同じ稀人マレビトであり地球人だ。

 この地下迷宮に篭って怪物呼ばわりされているのには、何か相当な事情か理由があると思っていただろう。

 そしてアルマスは更に言い難そうに、眉間に深い皺を刻み込んで重たい口を開いた。


「そしてこれも非常に申しにくいのですが……、現在調査隊内部では、このまま発掘を続ける意見と、中止すべきという意見に二分しています。私は当然発掘続行派なのですが、中止派はこのまま死霊レヴェナントをどうすることも出来ない場合は、発掘作業から撤退すると断言しています。そこで私が死霊レヴェナント退治に名乗りを上げたのですが、そこで提示された猶予の期間は三十日でした……」


「つまり三十日以内に、なんとか死霊レヴェナントを退治してくれと……?」


「も、申し訳ありません! 本当はグランドホーネット号へお伺いしたときに話すべきだったのですが……!」


 そうアルマスは頭を下げたが、俺の隣に居たユリアナが珍しく激高してアルマスに詰め寄った。


「――それは余りにもタイガ殿を愚弄してはいないかっ、アルマスよ!? もしこれで三十日以内に、タイガ殿が死霊レヴェナントを退治出来なかった場合はどうなる!? 今回の依頼が隠密行動だとしても、そんな保証はどこにもない。依頼に失敗した途端に掌を返して、我がステラヘイムの英雄の名を貶めようともするかもしれぬ! タイガ殿、やはりこの依頼は分が悪すぎます。どうかもう一度お考えになった方が――」


 確かに姫王子にしてみれば、俺を監視と管理するために、国を背負って敵国内部へ同伴しているのだから、いろいろと神経質に疑心暗鬼になるのもわかる。

 ただ、アルマスの言葉で引っかかるところがあったのも確かだ。


「ユリアナ様、俺のことを心配してくれるのはありがたいですが、とりあえず、もう少しアルマスさんに話を聞いてみませんか。ちょっと気になったんだけど、グランドホーネットで話したときに、調査隊はステラヘイム強硬派と穏健派に分かれていると言っていましたよね? それでアルマスさんは穏健派で、戦争も止めたいと言っていた。それなのに、アルマスさんがそこまで遺跡調査の続行に固持する理由はなに? 正直に言って遺跡発掘が中断してくれた方が、戦争が起きる可能性は低くなるのじゃないのかな?」


「確かに仰るとおりです……。しかし戦争と遺跡調査は、本来まったくの別物です。失われた古代魔法の手がかりを得ることは、黄金聖竜様の産子である我々の生活と文明を、より発展させ向上させる可能性が秘められています。なにも全てが戦争に利用されるわけではありません。訪れるかもしれない災いを憂慮して、ここで歩みを止めることは、本当に正しい行いでしょうか? 特に我々のような研究者ならば猶更です。どうかその事だけは、十分にわかってください。そして現在発掘中止を訴えているメンバーの大半が、実はステラヘイム穏健派なのです。彼らは三十日以内に死霊レヴェナントを退治できなければ、本当に遺跡調査から撤退してしまうでしょう。そうなれば遺跡調査の主導権は、自ずとステラヘイム強硬派に握られてしまいます。彼らに実権を握られたら遅かれ早かれ……」


「事情は思っていた以上に複雑ってわけか……。どうします、ユリアナ様?」


 俺の腹はどんな理由であれ最初から決まっていたが、わざと隣のユリアナに意見を求めた。

 ユリアナは少しばつが悪そうに咳払いをすると、凛と胸を貼って答えて見せた。


「大体の事情は飲み込めました。このまま何もせずに帰っても、ステラヘイムに戦争を仕掛けてくる可能性があるのならば、少しでも回避できる方に尽力するのも、また私の役目かと思います。タイガ殿の足手まといにならぬよう努めるので、このままお供させていただきます」


「わかりました。じゃあアルマスさん、大体の事情は飲み込めました。とにかくこれは潜ってみないと何とも言えませんね。と言うわけで、早速地下迷宮へ行ってみてもいいですか?」


「は、はい。ありがとうございますタイガさん! それにユリアナ姫王子さまの寛大なご理解に感謝を申し上げます。それでは早速行きましょう――!」


 と、アルマスは傍らに用意していたリュックサックを背負った。

 しかも荷物を詰めるだけ詰め込んだという感じで、パンパンに膨らんでいる。


「え……アルマスさんも一緒に来るの……!?」


「あ、当たり前じゃないですか。タイガさんたちに怪物退治を依頼しておいて、自分だけ安全な場所に居るわけには行かないですよ! 僕は確かに戦闘はど素人ですが、そこまで臆病者ではありません……!」


「い、いや、そういう訳じゃ……」


 というか、ただでさえユリアナも同行して神経を使うのに、更に戦闘においてズブの素人のアルマスが加わるとか、肩の荷が増えるだけなんで勘弁してほしいんですけど……

 すると、その思いが余程俺の顔に出ていたのか、アルマスは涙目になって必死に詰め寄ってきた。


「あ、あの、絶対に皆さんの足は引っ張りませんから……! もしかしたら僕たちの隊は、このまま発掘作業から撤退してしまう可能性もあるんです! ならば、潜れるときに潜っておきたいと思うのが研究者でしょう!? どうかお願いします。僕も帯同させてください。もしもの時は、僕など切り捨ててもらって構いませんからっ……!」


 大の男にそこまで懇願されては断るわけにもいかない。

 それにチルルさんに、お茶をご馳走してもらった貸しもある。


「わかりました。その代わり、迷宮内では絶対に勝手に動かないでくださいよ。俺の魔法ウルトラガジェットは少々手荒いですから」


「は、はい、ありがとございますっ」


 アルマスはほっとしたように相好を崩すと、深々と頭を下げた。




 そして、早速地下迷宮へと潜る俺たち。

 陣形は前衛が俺、中衛がエマリィとユリアナ、アルマス、イーロン、テルマ、後衛がハティと八号という布陣だ。

 ぶっちゃけ今回は三十日という期限も切られているし、相手が俺と同じ稀人マレビトと言う事もあるので、接待感覚は一切無しのマジで行く。


 だから俺が先陣を切って、完全に俺TUEEEEEモード全開全力でガンガン行ってやるつもりだ。

 頼りにしているのはエマリィの防御魔法と治癒魔法のみで、ユリアナ一行にはアルマスを含めて自分たちで何とかしてもらいつつ、状況によってハティと八号がサポートに回ることになっている。


 ちなみにユリアナ一行は、三人ともRPGロイヤルプロテクションガードスーツを着用済みで、八号は新型の多腕支援射撃アラクネシステムを装着済みだった。

 この新型多腕支援射撃アラクネシステムは、俺が貰った分の古代金属プレートのうち、八号とライラの武器改造で余った分を利用したもので、フレキシブルアームは従来の四本から六本に増えた上に、ボディアーマーの軽量化と防御力がアップしたものだ。

 八号は早速上部の二本にアサルトライフルを、真ん中の二本に大盾二枚を、そして腰の二本は移動用に確保していて、攻守機動力と全方位に備えている姿は見るからに頼もしかった。


 そんな感じに、元から存在していた迷宮ダンジョンを進むこと一時間余り。

 アルマスが言っていたように、既に魔物モンスターは駆逐されて普通の洞窟と化していて、目標の横穴へは難なく辿り着くことが出来た。


 そして新たに発見された横穴を、三十分ほど進むと――

 突如目の前が開けたかと思うと、目の前にはドーム状の空間が現れて、そのほぼ中央に高さが三十メートルくらいはありそうなピラミッド上の構造物が、地中から突き出ているのが見えてきた。

 外壁は四角い鋼鉄と切り出した岩が、交互に詰まれた不思議なモザイク模様を形成していて、その一角に入り口らしきものがある。

 どうやらドアも何もなく、そのまま内部へと入れるようになっているらしい。


 というか、この露出している形状からして、もしかして遺跡全体はピラミッド状をしているのではないのか。

 勿論一部しか露出していないので断言はできないが、もしそうだった場合、地下へ潜れば潜るほど内部は広くなっていくということだ。


 そして後ろでやや躊躇した表情を浮かべて、ピラミッドを見上げていたエマリィたちを余所に、俺はアルティメットストライカーのサーチライトで遺跡内部を照射してみた。

 入り口の部分から緩やかな下り坂が延びているが、すぐに折れ曲がっているのでその先はわからない。


 俺は慎重に内部へと歩を進めた。

 最初の曲がり角を曲がると、しばらく直線が続いて、また曲がり角が見えてくる。

 どうやらこの通路は壁に沿って螺旋状に設けられているようだ。

 さらに角を曲がる毎に、直線の廊下の距離が長くなっているところを見ると、やはりこの遺跡はピラミッド状をしていて、地下へ潜るにつれて広くなっているようだった。


 そして石積みと鋼鉄が半々近い割合で作られているモザイク模様の廊下や壁は、千年近く土中に埋もれていた割に、一切の錆やヒビもなく少々誇りっぽいだけだ。

 恐らく何らかの魔法が施されているのだろうが、そう考えると古代の文明レベルは、実は地球よりも進んでいたのじゃないだろうか。


(ずっと地下に埋もれていたくせに、この保存状態の良さは、逆になんだか薄気味悪いな……)


 俺がそうヘルメットの下で生唾を飲み込んでいると――

 目前の曲がり角の先から、カサカサッと何かが蠢く音が急接近してくる。


「――接敵!」


 俺は前方を見据えたまま、背後の皆に大声で注意喚起をしながら、両手に装備していたHAR-55を構えた。

 魔物モンスターが曲がり角から現れて、サーチライト照射圏内に入ってくるまで引き付ける。

 遺跡内部は独自の生態系をしているらしく、見たことのない魔物モンスターの宝庫らしい。

 その片鱗を、少しでもこの目で確認しておきたい。


 そして曲がり角から飛び出して、サーチライトの白色光の中に飛び込んできたのは、壁と床と天井の全てを覆い尽くす黒い影だった。

 よく見れば、それは体長一メートルほどをしたゴキブリに似た昆虫で――いや、本州でもお馴染みのクロゴキブリそのものだった。

 ABCアーマードバトルコンバットスーツの下で、俺の全身がぞわわと総毛立った。


「ぬうおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 半ばパニックになって、やけくそにHAR-55を乱射しまくった。


バババッ! バババッ! バババッ!


 ナノテノロジー・エクスプロダー弾が、三点バーストで怒涛の如くばら撒かれた。

 そして巨大ゴキブリどもの群れに命中すると、次々と内部で破裂していく。

 緑の体液と肉片が辺り一帯に盛大に飛び散った。

 しかし仲間の残骸を乗り越えて、次から次へと突進してくる巨大ゴキブリの進撃は止まらない。

 その数はざっと見ても二百くらいだろうか。

 それもサーチライトが照らし出している範囲だけでだ。

 一体曲がり角の向こう側には、あとどれだけ潜んでいるのやら……


「うわわわわ、気持ち悪いいいいいいいいっっっ!!!」


 俺がヘルメットの下で半泣きになりながら、半狂乱で巨大ゴキブリどもを駆除していると、奴らの動きに変化が見られた。

 一斉に背中の甲殻を広げたのだ。

 それを見た瞬間、全身を悪寒が駆け抜けた。

 そして、咄嗟にエマリィの名を叫んでいた。

 しかし巨大ゴキブリどもの方が僅かに早く一斉に羽根を広げて飛び上がった。

 そのまま一直線にこちらに向かって突進してくる無数の巨大ゴキブリ軍団。


「ふひゃああああああああああっっっ!?」


 ゴキブリ軍団の一斉突撃にパニくって、思わず弾幕を貼ることも忘れて立ち尽くしてしまう。

 そして集団体当たりを覚悟した瞬間、目の前に金色に輝く魔法防壁が次々と展開されたかと思えば、突撃してくる巨大ゴキブリを鼻先ぎりぎりのところで、一匹残らず受け止めてくれるではないか。

 ふと横を見れば、いつの間にかエマリィが立っていて、前方に向かって突き出されている右手がとても頼もしく見える。

 しかし、非難めいた眼差しで俺を見上げていた。


「タイガ! 一人で前に出過ぎなんだよ! もっとボクや皆を頼って――!」


「は、はい、すみません……」


 俺YOEEEEEEEEEEEEEE!!! 

 と、思わず頭を掻き毟りたくなるほどにかっこ悪くて恥ずかしかったが、何と言っても今回は相手が悪かった。

 こちらの世界の人間はそれほどでもないらしいが、一メートル級のゴキブリなんて元の世界の人間ならば、九割近くは見た瞬間に脱糞してもおかしくないレベルだ。


 そんな感じに俺は必死に自分自身を慰めていると、ガン! ガン! と魔法防壁に何かがぶつかる音が。

 なんと巨大ゴキブリたちは、先頭の集団がエマリィの魔法防壁にぶち当たって潰れてしまってもなんのその、続々と魔法防壁に自ら激突してミンチ状態になっていたのだ。

 金色の魔法防壁が瞬く間に緑色の体液と肉片に染められていくが、巨大ゴキブリの突進はいっこうに止む気配がない。


「な、なんなんだよ、こいつら……」


 まるで集団自殺とも言うべき、無謀で暴力的な巨大ゴキブリたちの体当たりに、俺は得体の知れない恐怖を感じて言葉を失っていた……

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