第六十八話 魔法都市ルード・ヴォル・ヴォルティス・2
都へ入ると、まずはマシューに素材屋へ連れて行ってもらい、そこでありったけの素材を売って連合王国のお金を手に入れることに。
本来ならば、この国の冒険者ギルドに加入していないと買取は出来ないそうだったが、そこは店主と顔見知りだったマシューの助け舟もあって、なんとか買い取ってもらえることに。
そうして出来た金貨一枚と銀貨八枚銅貨七十枚を手に、街へ繰り出す。
マシューにはガイドの代金として銀貨一枚を渡すと、腰を抜かした挙句に「こんなに貰ったら人としてダメになるような気がする!」と頑なに受け取ることを拒んでいたが、俺が耳打ちをして「詳しくは言えないけど俺たちが理由ありだと聞いてるだろ? それも含めての代金だから」と言うと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で受け取ってくれた。
そして有頂天のまま地に足がついていなくてフラフラとしているマシューを先頭に、通りを歩いていると冒険者ギルドの会館の前へ。
「そう言えば、冒険者ギルドってのは国によってまったく違う組織になるの?」
と、素朴な疑問を抱く俺。
「いや、元はステラヘイム王国から始まって大陸中に広まった組織じゃからな。普通ならギルドに加入している冒険者ならば、どこの国へ行っても仕事を受けることも、会館設備を使用することも可能じゃ。じゃが――」
「連合王国の冒険者ギルドは、ステラヘイムと違って王室の影響が強いって話だから、今は近付かない方がいいと思う。ボクたちがやって来た情報が、王室に筒抜けになる可能性があるから」
と、ハティとエマリィ。
「しかし物は試しだ。覗くくらいなら大丈夫だろ」
俺は興味が抑えきれずに、そそくさとドアを開けて中へ入っていく。
すると、昼間から酒場コーナーに屯っていた連中が一斉にこちらを睨んで――とは一切なくて、ホールには誰一人も居なくて思わず拍子抜けする。
すると、受付に居た金髪ポニーテールのヒト種の女性が、俺たちに気がついて気さくに声を掛けて来た。
「あら、いらっしゃい! 今日はどんなご用件で!?」
「えーと、俺たちは通りすがりの旅人なんだ。ちょっと興味があって覗いただけだから、すぐに出ていくよ……」
「へえ、旅のお方なのね。よかったらそこのテーブルに座って。御覧の通りに暇してるから、話し相手が欲しかったの。すぐにお茶を出すから遠慮しないで!」
女性は二十代半ばくらいだろうか。快活で朗らかな感じが、全身から溢れ出しているような印象だ。
「それならば……」
と、女性のペースにまんまと乗せられる俺たち。
女性はすぐにポットとカップを乗せたお盆とともに現れて、皆にお茶を注いでくれる。
そして「この旅が無事でありますように!」と、カップを高く掲げて一口付けた。
「私の名前はチルルよ。このギルドの受付係なの。で、皆さんはどこの国の冒険者さん?」
「い、いや、俺たちは冒険者じゃなくて、本当にただの行商に来た商人で……」
と、俺は言葉を濁すが、
「ああ、そうステラヘイムから来たのね! また珍しいところから来たわね!」
と、チルルさんが満面の笑みを浮かべたので、俺たちは一斉にお茶を噴出した。
「ど、どうしてそれが……何も言ってないですよ?」
と、俺。
「私たちは何もステラヘイムとは一言も……」
と、ユリアナ。
「あら、だって連合王国に来て国の名前を誤魔化そうとするなんて、ステラヘイムの人しか居ないでしょ!?」
そう言って得意げにカカカッと大笑いするチルルさん。
その姿はまだ二十歳前後の筈なのに、どこか肝っ玉母さんの片鱗が見え隠れしていて頼もしさすら感じる。
「じゃあ、もしかしてアルマスがこそこそやってた事と、何か関係があるのかしら……?」
そう呟くチルルさん。
思わぬ名前が飛び出したことで、俺は思わず身を乗り出した。
「アルマスさんを知っているんですか!?」
「うん。だって私、アルマスのこれなのよねえ」
と、照れと自慢が半々の顔で、小指を突き出して見せるチルルさん。
「実は最近アルマスが家を空ける機会が多くて、ずっと怪しいと思ってたんだ。それで問い詰めたら詳しくは言えないけど、ステラヘイムへ行っていたと白状してね。でもそれ以上は、どうしても教えられないって言うから、私も聞かないことにしたんだけど、実はそれはただの嘘で、本当は浮気をしているのを隠しているんだと疑っていたの。だって敵国のステラヘイムなんかへ、命の危険を犯してまで行く必要なんかないんだもの。でも……そうか、アルマスは嘘をついてたわけじゃないんだ。疑ってたこと謝らなきゃ……」
そう言って、少し頬を赤らめながらお茶を飲むチルル。
「でも、どうして冒険者ギルドなんかに? アルマスがわざわざステラヘイムまで行ったのは、向こうの凄腕冒険者を連れに行ったんじゃないの? あなた達は違うの……?」
「い、いや、確かに俺たちはアルマスさんの仕事で来たんだけども、本当にただの商人で……」
「ふふ。まあ詮索はこれで止めておくね。愛しのアルマスに迷惑をかけたくないし。そうだ。せっかく来たんだから、ここで冒険者登録していきなよ!」
「え、でも……」
「大丈夫大丈夫。偽名でオッケーだし登録しておけば、宿にも優先的に泊まれるから何かと便利だよ」
と、チルルさんのペースに乗せられて、何故か冒険者登録をすることになる俺たち。
しかも魔力チェックもせずに、クリスタルログを発行してくれるという適当さ。
「アルマスがわざわざ投獄覚悟で、ステラヘイムまで行って連れて来た冒険者だからね。下手にここで
とは、チルルの弁。
この言葉で俺はチルルが信用に足る人物だと確信したが、最後に全員の登録料銅貨七十枚を受け取って、満足そうに小鼻を膨らませていたのはご愛敬だ。
もしかしたら、そのうちの何パーセントかは歩合として貰えるのかもしれない。
「あ、そうだ。せっかく魔法都市と呼ばれる街へ来たんだ。由来になった
そうチルルに勧められていると、ドアが勢いよく開いて血相を変えたマシューが姿を現した。
「だ、旦那様方、勝手にどっかへ行かないでくれよぉ! 振り返ったら、知らない間に姿が消えているんだもの、おいら必死に街中を駆け回って探したじゃないか!」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと冒険者ギルドに興味があってね。それじゃあチルルさん、またどこかで――!」
「ねえ、旦那たちは、もしかして冒険者なの? やっぱり古代遺跡の仕事でやって来たの……?」
と、珍しく俺たちの素性に、興味深そうに食いついてきたマシュー。
「マシュー、俺たちは理由ありの商人だって言ったろ。そこを詮索するのは契約違反じゃないかな?」
そう俺が優しくたしなめると、マシューははっと我に返ったように深々と頭を下げた。
「そうでした! ごめんなさい! それじゃあどこか行きたいところはない? おいら、まだガイドらしいこと何一つもしてないからどんどん仕事を与えて!」
「わかった。じゃあ
「お安い御用で!」
そうして俺たちはマシューの案内で、
直径三十メートルくらいの大穴が地面にぽっかりと開いていて、その周囲には落下防止の鉄柵がぐるりと円を描いている。
柵から乗り出して穴の中を見下ろしてみると、深さは二十メートルくらいか。
穴の底には横穴が幾つか見えて、その入り口にはかがり火が焚かれていて、冒険者らしい人影が何人も出入りしている姿が見えた。
「えーゴホン。ここがルード・ヴォル・ヴォルティスが魔法都市と言われる所以となった、
と、得意げに解説を始めるマシュー。
迷宮の外縁には俺たちのような観光客の姿も大勢見えるが、大半は冒険者や発掘隊と思わしき人たちの姿で溢れかえっている。
それもその筈、この大穴を取り囲んで建っている周囲の建物は、全て宿屋や武器や防具屋で、冒険者たちはそこで休息なり必要な道具を揃えると、一目散に目の前の大穴の階段を下りていくのだ。
ここは一攫千金を夢見る者たちが、目の前の夢だけに没頭して邁進できる浪漫溢れる楽園なのだ。
「うわぁ、噂には聞いていたけど、すごい熱気だね……!」
「妾もここへ訪れるのは初めてじゃが、これほどとはのお! 見てるだけで体がゾクゾクしてくるわ!」
と、エマリィとハティ。
その隣では、ユリアナ一行が複雑な面持ちで大穴を見下ろしている。
「……元々ロズニアおよびヴォルティス連合王国は別々の国。ロズニアが獣人の国で、ヴォルティスがヒト種の国でした。その両国を跨ぐようにして陥没した場所から、この大穴が見つかったのが百五十年前。それから両国は所有権を巡って戦争を繰り広げた後に、この
ユリアナにしてみれば、ここで発掘された古代の魔法書なり
しかし彼女には悪いが、俺としてはこの世界最大の古代遺跡にして地下迷宮とやらを、実際に目の当たりにしてトキメキしか感じていなかった。
横穴の方角からして
正式な発掘が開始されてから、既に百年も経とうと言うのにだ!
この
どれだけ胸が躍ることか!
ふとエマリィとハティを見ると、二人とも同じことを思っていたのか、ご馳走を前にお預けを食らった犬のように、もどかしそうな顔を浮かべている。普段は控えめな八号もだ。
しかし残念ながら、今回の俺たちにはそんな時間的な余裕など無いことは百もわかりきっているので、結局は後ろ髪を引かれる思いで、
その後で俺たちはマシューに連れられて、
こちらは先ほどとはうって変わって、一般庶民による庶民のための広場兼市場と言った趣の牧歌的な場所だった。
外周に沿っていろんな露店が立ち並んでいて、野菜や果実や肉を売っている店に混じって、食事を提供する屋台もあるので食い歩きするのにもってこいだ。
俺たちは適当に串焼きやらサンドイッチもどきを買って歩いていると、ユリアナがふと路地の方を向いたまま立ち止まった。
「マシュー、あの子たちは……?」
ユリアナの視線の先にある路地では、ボロボロのフードを頭から被った子供たちが三、四人いて、ゴミ箱らしい大きな木箱の中を覗き込んでいた。
一人が木箱の中から、次々と野菜の端切れや骨付き肉の食べカスを掴んでは後ろの仲間に手渡して、仲間はそれを袋に詰めている。
「ああ、リザードマンの子だよ。リザードマンは地上じゃ暮らしちゃいけないんだけど、最近は規則も緩くなったのか、ああやってたまにゴミ漁りに出てくるんだ。街の人たちはみんなそれを黙認してるんだ。だって可哀相だろ? それなのに昨日キイ達は、リザードマンを見つけていじめたりするから、通りすがりの大人に殴られちゃったんだ。まあ、あいつらにはいい勉強になったけどね」
「地上では暮らしていけないって、それはまたどうして……?」
と、俺。
「おいらが生まれる前の話だからよく知らないけど、昔リザードマンの間で大きな流行り病があったんだって。それがほかの獣人やヒトにも伝染するとわかったから、王室の命令で地下の下水道へ押し込められたって。それ以来、リザードマンの住処は都の地下ってのが常識だから……」
「し、しかし、もう流行り病は治まっているのでしょう? なのに今もなぜ? この国の王や貴族は何もせず、それをずっと放置しているのですか……!?」
と、憤るのはユリアナだ。
「旦那――いや、お姉さん……いや、旦那姉さん、そんな難しいことおいらに聞かれても困るよ。偉い大人が何を考えてるかなんて、十二歳のおいらには全然わかんないよ……」
「そ、そうだなマシュー、すまぬ……」
やがてリザードマンの子供たちは、俺たちが見ていることに気がつくと、ゴミ漁りを止めてそろそろとこちらを警戒しながら路地の奥へと姿を消した。
この国の歪な影を垣間見て、複雑な思いを抱えたまま、俺たちは都を後にした。
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