第八十三話 VS邪神魔導兵器(ナイカトロッズ)・3
俺の体は、
咄嗟に装甲の出っ張り部分に右手を引っ掛けて、何とか背中の上に留まることが出来たが、そこで始めて
「こ、これは……!?」
どうやらこの装甲は幅が二メートル近い帯状の鋼鉄が、何重にも巻きつけられて出来ているらしい。
そして鋼鉄同士の僅かな隙間からは下の層の鋼鉄が微かに見えて、更に背中のあちこちには鋼鉄同士を繋ぎ止めておくための、留め金と巨大なボルトが見えた。
その装甲全体が一定感覚でゆっくりと上下運動を繰り返していて、その度に帯状の装甲と留め金が耳障りな硬質な軋み音を上げている。
そして隙間から漏れ出してくる熱を帯びた紫色のガスと、地鳴りのように低くこもった呻き声。
明らかにこの鋼鉄の装甲の下に、何かとてつもなくヤバい相手が封じ込められている気配がひしひしと伝わって来る。
「タ、タイガ、早く私を……!
「そ、そうだ。
ミナセの下半身が埋まっている辺りを目視するが、肝心の
するとその答えは、ミナセの言葉によって語られた。非情な現実とともに。
「それは無理なの。
「なんだよ、それ……。なんで神族はそんな物騒なものを……」
黄金聖竜の威風堂々とした姿と、男か女か若者か老人かわからず一人の様で大勢にも聞こえる不思議な声が頭の中を過った。
もし今度また話す機会があれば、文句の一つも言ってやりたい気分だった。
「……封印されているのは邪神の肉体の一部でもその力は強大で、それを屈服させ支配して操縦する者には、それ相応の魔力が求められる。しかし邪神の肉体の一部は封印されているにも関わらず日に日に力を増していき、やがて操縦者を逆に乗っ取ってしまう事態が頻発したの。だから千年以上前に封印されたんだ……。そして私はこの悪魔の兵器を目覚めさせてしまった。しかも一部が欠けた不完全な魔法陣で……。中途半端な魔力のままで……。私が邪神と繋がった時に、こいつが私の体を支配して最初にやったことは、私の命と
「紐付け……!?」
「こいつは真っ先に保険をかけたの。直接
「ふ、ふざけんなよ、どいつもこいつも我儘ばっか言ってんじゃねえよっ……!」
俺は奥歯が欠けてしまいそうな程に歯軋りをしていた。
そしてトンネルの奥から聞こえてくる轟音に振り返った。
最悪なことに
「くそ、これじゃ遺跡がいつまでもつかわからないぞ……!」
ただでさえこの古代遺跡は、巨大な縦穴に引っ掛かった状態で存在しているのだ。
これ以上巨体で暴れ回られたら床が抜けるだけではなく、遺跡全体が奈落の底へ滑り落ちてしまう可能性もある。
それにここまで降りてきた昇降床がまだ動いていないところを見ると、エマリィたちはまだ魔法石まで辿り着いていないということ。
このまま
もう迷っている暇は微塵もなかった。
「ミナセ……ごめん!」
「ああ、タイガ! ごめんね、ありがとう……!」
激しく揺れる背中の上を、ミナセに向かって駆け出した。
しかし突然二つの巨大な鋏が空から降ってきたかと思うと、背中の装甲を激しく打ち叩いた。
どうやら邪魔者の俺を叩き潰そうとしたらしい。
「タイガ! もうほとんど私のコントロールが利かないの! 気をつけて……!」
怒り狂ったように自分の背中を叩きまわる巨大な鋏のせいで、俺はミナセに近付くどころか後退を余儀なくされる。
しかし後ろへ下がれば、今度は大砲になっている尾っぽが上から右から左からと襲い掛かってくるので、それを交わすだけで精一杯だ。
そうこうしているうちに視界が開けて、
視界の端にエマリィたちの姿を捉える。
丁度フロア中央の魔法石に辿り着いたところだった。
「――エマリィ! エレベーターを起動させてくれ!」
俺は大声で叫んだ。
階層は町が一つすっぽりと入りそうな広さがある。
果たして俺の声が届いたのかどうかわからないが、タイミングよく昇降床が音を立てて上り始めていく。
しかしトンネルを飛び出してからしばらくは錯乱した暴れ馬のように、フロアを適当に走り回って床を崩壊させていた
しかも盛大な地割れを引き連れてだ。
「くそっ、もしかして魔法石につられてるのか!?」
どうすればいい。
このままでは上の階層に到着する前に、エマリィたちが踏み潰されてしまうのは明白だ。
この絶体絶命の危機に、俺の胸が早鐘のように高鳴った。
目の前では二つの巨大な鋏が鎮座してミナセをガードしていて、背後では大砲の尾っぽが絶えず振り回されている。
そしてエマリィ達に向かって突き進んでいる巨体――
俺は深呼吸を一つ。
自分を取り巻く状況を、頭の中で整理していく。
不思議なことに追い詰められれば追い詰められるほどに、周囲から雑音が消え去って集中力が高まっていく。
そしてまるでTPSでもプレイしているかのように、自分自身と周りの状況を俯瞰で捉えながら、最善な行動を瞬時に頭の中で構築していた。
「――
その時、俺は
敵を仕留めることだけに特化した、心を持たない
毎日毎日来る日も来る日も仮想現実の世界で鍛え上げた、ただ目の前に立ちはだかる脅威を殲滅し、消し去るためだけに特化した勘と
骨の髄にまで染み付いているこの感覚は、マッチ棒のようにやせ細った俺の貧弱な体を媒介して、もう一つの肉体である
俺は
瞬時にしてシールドモニターに浮かび上がる合計百個のターゲットカーソル。
オート照準だと大鋏の全体に散らばるようにロックオンされるが、それをマニュアルに切り替えて全てのターゲットカーソルを視線移動で指定していく。
鋏の先端へと――
二つの鋏の先端に、百個のカーソルを眼球を高速移動させて振り分けていく。
そして全てのロックオンが完了すると、前方を向いたまま二つの銃口だけを後ろに向けて引き金を引いた。
シュババババババババババババ!!!
連続する発射音がしばらく続き、それが途切れると同時にキュベレーオメガを投げ捨てて猛ダッシュ。
合計百発のネットワークマイクロミサイル群は、後ろで暴れている尾っぽの大砲に一発も当たることなく、綺麗に直進していくとやがて反転。
その様子は後ろを振り向かなくても、響き渡る推進音だけで手に取るようにわかる。
俺は前方に立ち塞がる二つの大鋏に向かってただ突進するだけだ。
後方から急接近してくる百発のミサイル群が、俺の両側を次々と駆け抜けていく。
ネットワークマイクロミサイル群は装甲すれすれの低空を飛び、互いに通信を行って速度と着弾角度を微調整していく。
眼前で百発のミサイル群が幾つかのグループに分かれて、それらが一斉に奇麗に横並びとなって大鋏に吸い込まれた。
俺は跳躍と同時に叫んだ。
「
俺の肉体がフラッシュジャンパーの装甲に包まれていく中、前方では百発のマイクロミサイル群が二つの大鋏の切っ先に同時に着弾。
百発分の火薬と爆発をもってしても大鋏を粉砕することは出来なかったが、その分厚く重量がありそうな大鋏を怯ませ、一瞬だけ宙に浮かせたことは計算通りだった。
フラッシュジャンパーの右足が装甲を思い切り蹴り飛ばした。
そして装甲の上をスライディングしながら、大鋏が浮き上がったことでできた僅かな隙間を一気に潜り抜けていく。
「――ミナセっ!」
大鋏の背後に居たミナセは、青年の肉体と少女の魂を重ねた状態で、邪神の完全支配と必死に戦っていた。
その苦悶の表情が、スライディングで急接近する俺の姿に気がつくと、一瞬微笑んだように見えた。
そして驚く程に柔らかい手応えとともに、右手のカレトヴルッフはミナセの腹部を貫いていた。
「ああ……やっぱりタイガならできると信じてた……」
その絞り出すような掠れた声を聞いて、俺は我に返っていた。
自分が戦闘マシーンなんかではなく、ただのゲーム好きな普通の高校生だったことを思い出す。
「ご、ごめんミナセ、俺……」
知らない間に、俺の頬を涙が流れていた。
取り返しのつかないことをしてしまったと言う後悔と、仕方なかったという自己弁護の両方が激しくせめぎあって胸の内壁を掻き毟っていた。
「私なんかのために泣かないで……。こっちでも向こうでも貧乏くじをひくのは私の役目だから……。いつかこうなることは、なんとなくわかっていたから……。だからタイガ、私とした約束……いつか向こうに帰れることがあったら……私は…藩美菜瀬は、こっちで元気に走り回っているって伝えてくれないかな……」
「うん。覚えてる。絶対に忘れない……。こんな約束しか出来なくてごめん……。俺にもっと力があれば……」
「ああ、お母さんにもう一度会いたかったなぁ……」
ミナセの肉体はボロボロと塵となって崩れていくと、最後に残った少女の形をした赤い魂が、迷子の幼子のように泣きじゃくっていた。
そしてその姿は、やがて手の平ほどの赤い球体へと変化した。
それと同時に
振り返って改めて確認すると、
その背後には床が崩壊して出来た地割れが大河のように続いていて、このままあと五十メートルも進んでいれば、エマリィたちの居る中央地点まで奈落に飲み込んでいたことだろう。
とりあえず最悪の状況だけは回避できたようだったが、俺の胸はまったく晴れない。靄がかかったように複雑な思いが胸に渦巻いている。
そしてふと目の前の足元に
「タイガ大丈夫だった!? もしかして、それは……!?」
エマリィが一目散に心配そうな顔で駆け寄ってきたが、赤い球体に気付いて言葉を詰まらせた。
「ああ、ミナセの魂だよ……。でも、どうすればいいんだろう。このままここへ置いていっていいのかな……? なんだかこんな穴倉に一人ぼっちにするのは可哀想で……。できればちゃんとお墓も建ててやりたいし……それが俺の務めだから……」
「タイガ……」
「しかし、おかしいですね……」
そう口にしたのはアルマスさんだ。
アルマスさんは床上一メートルくらいのところで浮かんでいるミナセの魂を、まじまじと興味深そうに観察していた。
「おかしいってなにが……?」
「いや、魂というものは普通は肉眼では見えません。そうでしょ?」
「あ、そうか。ボクったらタイガとミナセさんは
と、勝手に納得して勝手に落ち込むエマリィ。
すると話が見えてこない俺と八号のために、アルマスさんが説明をしてくれた。
「普通魂というものは、肉眼で見ることも触れることもできません。しかし可視化と接触が出来る場合があります。それは魂と魔力が結合している場合なのです」
「魂と魔力の結合……? あれ、その話どこかで聞いたな?」
「タイガ覚えていない?
と、エマリィ。
「ああ、そうか! え、でも、じゃあミナセは
「それもちょっと違いますね。まず人間や動物、魔物が命を落とした時に、魂が肉体を完全に離れるまで三日間かかると言われています。その三日の間に肉体を焼かないと魂は周囲の魔力と結合して、やがて体内で実体化した魂は、肉体の腐敗を止めると同時に肉体を新たな器として作り変えます。これが
「でもミナセの場合は、肉体を失った直後にも関わらず既に魂と魔力が結合している状態だ。これってどういう状態なんだろう?」
「タイガさん、ここをよく見てください」
と、アルマスさんが赤い球体を指差すので、俺とエマリィと八号は訝しげに球体を覗き込んだ。
赤い球体を間近で見ると、まるで半透明の赤いスライムを無重力空間に放り出したみたいだった。
そして俺はその表面に、
「こ、これは!? どうしてこんなところに魔方陣が……!?」
「正直に言って僕にもわかりません。ただミナセさんは体は作り物もので、魂だけがこちらの世界に召還されたと言っていました。もしかしたらその事と関係があるのかもしれません」
「つ、つまりなんだ? 肉体と魂の相性をよくするために、ミナセを召還した何者かは両方に同じ魔方陣を刻印したってことなのか……!?」
「ありていに言えば……。相当に高度な魔法で、現代魔法では実現不可能な領域すぎて厭になるくらいですが……。そしてもう一つ重要なことがあって、ミナセさんの魂のこの状態はもしかしたら精霊化の一歩手前かもしれません」
「精霊化!?」
と、驚きの声を上げたのはエマリィだ。エマリィも初耳だったらしく、身を乗り出してアルマスさんの次の言葉に耳を傾けていた。
「現代魔法でも広く使われている精霊魔法とは、この世界に漂っている精霊の力を一部拝借して使用しているだけに過ぎません。そして精霊とは魂と魔力が結合した、一種の意思を持つエネルギー体のことを言うのです」
「で、でも俺はこっちの世界に来てもう数ヶ月たつけど、こんな光る球体なんて見かけたことないぞ? エマリィもそうだよな?」
俺の問いかけに、あひる口でこくこくと頷くエマリィ。
「我々が発掘した
「しかし古代四種族はそのエネルギー体を操る術を知っていた……?」
「そうです。我々が現代で使っている精霊魔法――いや、すべての現代魔法は古代四種族の時代の下位魔法にすぎません。そして四種族の時代にはエネルギー体である精霊と主従関係を結ぶことで、術者の意のままに操る上位魔法も存在していました」
「つ、つまりどういう事だ!? ミナセは精霊としてならばまだ助けられるってことでいいのか!?」
俺は思わずアルマスさんに詰め寄っていた。その驚いた顔が涙でぼやけて見える。
「あ、あくまで可能性の話ですから早まらないでくださいタイガさん! 僕も変に期待だけさせて、ただのぬか喜びに終わったら胸が痛みますから……!」
「そ、それで俺はこれからどうすればいい!? なにをすればいい!?」
「まずは精霊魔法について詳細を調べましょう。精霊魔法が記された
「ああ! ありがとうアルマスさん!」
俺は力一杯に頷くと、そっとミナセの魂を片手で救うように持ち上げて
――待ってろよ。絶対にお前をもう一度この世界に生まれさせてやるから。貧乏くじを引くのは慣れっこだなんて、そんな悲しい言葉は撤回させてやるからな!
いつの間にか昇降床は、最初に最下層だと思っていた階層にまで上がってきていたので、俺はエマリィと八号に指示を出す。
その声にも力が漲っているのが自分でもよくわかる。
「よし! それじゃあさっさと地上へ戻ろう! その前に八号は魔法石をすべて回収してくれ! エマリィは俺の背中に!」
「うん? ボクはなにをすればいいの?」
俺はニヤリと天井を指差した。そこにあるのは白銀の守護者が登場すると共に、各階層の魔法石が運ばれてきた巨大な穴だ。恐らく最上階にまで繋がっているはずだ。
「
「そういうことならボクの出番だね。任せて!」
エマリィは満面の笑みを浮かべると、手慣れたもので俺の右肩に手をかけてひょいと背中にしがみ付いた。
背負い子を背負うのを忘れていたが、たとえABC《アーマードバトルコンバット》スーツ越しでも、密着度が高いほうが嬉しいのでそのままで行くことにする。
そして俺は持っていた
「よ、よろしいのですか? 私が、連合王国が頂いても……?」
「ああ、俺たちは報酬として魔法石を貰ったし、それにアルマスさんには随分と助けてもらったからね」
「しかし本当によろしいのでしょうか……。こんな恐ろしい兵器を動かす起動キーとなり得るものを、地上へ持ち出してしまっても……」
「ああ、それなら大丈夫。俺に考えがあるから見てて」
その数分後。
広大な広さを持つ床は爆発の乱れ咲きとともに音を立てて瓦解し、
神族によって封印されていたにも関わらず、千年近い時間をかけて遺跡ごとこの高さまで這い上がってきた化け物だが、また突き落としてやればしばらくは上がってこれないだろう。
そうして時間稼ぎをしている間に、新たな封印方法を探るしかない。
その為には、アルマスさんのような研究者の努力と研鑽が必要不可欠だ。
そうアルマスに告げると、彼は両肩にかかった重責を楽しんでいるような頼もしい顔で深く頷いたのだった。
そうして俺たちは地上へ急ぐのだが、問題はなにも解決していなかったのだと、すぐに思い知らされることになるのだった……
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