地下迷宮の死霊と復活の古代魔法兵器・2

第八十四話 嗤う仕掛人(ラフィングトラッパー)・1

 ユリアナたちが古代遺跡の中で、タイガと別れてから二時間ほど。

 無事に何事もなく地上までやって来ると、前衛を務めていたハティが神妙な顔で振り返った。


「――それではユリアナ様よ、ここまで来ればベースキャンプまでは目と鼻の先じゃ。妾は一旦別行動を取らせてもらうがよろしいか……?」


「そうなのですか? しかしあと少しで陽も暮れてくるというのに一体どちらへ?」


「うむ。実はカピタンから極秘の頼まれ事を預かっておってのう……。極秘ゆえユリアナ様にも内容を話す訳にはいかないので大変心苦しいのじゃが、ちょっと王都へ行ってくる……」


「王都へ一人でですか? それならばイーロンかテルマをお供させましょう。なにかあった時にきっとお役に立てると思います」


 いつものハティならば、ユリアナの紅い瞳が悪戯めいた光に彩られていることは見抜けそうなものだったが、余程浮き足立っていたのか、ただしどろもどろになって提案を拒むだけである。

 

「い、いや! それは結構! なにせカピタンの頼み事は極秘じゃからな! 絶対に一人で行動して誰にもばれないようにと、きつく言われておるのじゃ! じゃから妾一人で大丈夫じゃ!」


「しかし……」


「ほ、本当に大丈夫じゃから! ああ、もうそろそろ行かないと間に合わなくなるのじゃ! お、そう言えば少年は麓の村じゃったな? ついでに妾が送っていってやる。あー大忙しなのじゃー!」


 と、マシューを無理やり小脇に抱えると、そそくさと走り去っていくハティ。

 その後ろ姿を見てくすりと微笑むユリアナと、呆れた顔で見送っているイーロンとテルマ。


「思い切り棒読みだったな……」


 と、イーロン。

 テルマは溜息混じりに肩を竦めて見せた。


「どうせ酒場へ行ったに決まってるっす。でも行かせてよかったんですかユリアナ様。外国のしかも仮にも敵国に来てるというのに、チョー緊張感がないっす……」


「ふふ。まあ良いではないですか。当初予想していたよりも随分と早く仕事は片付きそうだし、彼らには彼らの流儀があるのでしょうから。むしろ私にはあの自由気ままさが羨ましく思えて、少し意地悪をしてしまいました。それでは私たちはベースキャンプへ戻って、ゆっくりとタイガ殿の帰りを待つとしましょう」


「あ、そうだユリアナ様! それじゃあ森の屋敷に誰が一番早く戻れるか勝負するってのはどうっすか!? せっかくRPGロイヤルプロテクションガードスーツを着ているっす! 正直言うと遺跡では全然活躍できなくてチョー不完全燃焼っす! だから屋敷まで駆けっこ勝負チョーしましょうよ!」


「テルマ、お前はまたすぐにそういう無茶なことを……。ユリアナ様、テルマのいつもの戯れ言なので、耳を貸さなくてよろしいですから」


 三人だけになって気が緩んだのか、いきなりユリアナの手を掴んで妹のように甘えるテルマと、眉根を寄せてため息混じりにテルマを引き離そうとするイーロン。

 するとユリアナは、突然険しい顔で二人の背後を指差して、


「危ない! 森の中から魔物モンスターが――!」


 と、叫んだので、イーロンとテルマは瞬時に臨戦態勢をとった。

 しかし背後の森には魔物モンスターの姿など見当たらずに、二人が怪訝な顔を浮かべてユリアナを振り返ると、既に彼女は脱兎の如く駆け出した後だった。


「――一番最後の者は罰として屋敷の草むしりと馬小屋の清掃にしましょう! 恨みっこはなしですからね!」


「あーっ、ユリアナ様チョーずるい! チョーずるいっす!」


「ああ、ユリアナ様がそんなはしたない真似を……!」


 テルマとイーロンはそんな文句とは裏腹に、楽しそうに駆けていくユリアナをこれまた満面の笑みで追いかけていった。




 森の屋敷までは三十分ほどで到着し、レースは一位がテルマ、二位がユリアナ、三位がイーロンという結果に終わった。

 

「やった! ユリアナ様に勝ったっす! チョー勝ったっす! 確か一位のご褒美は、今夜ユリアナ様が添い寝してくれるんでしたよね!? ね!?」


「ふふ。テルマの土魔法は本当にいろいろな使い道があって万能ですね。テルマが私の側に居てくれて誇らしく思います。だから今夜だけは特別に許しましょう」


「え? 本当に……? やったー! テルマ、チョー頑張るっす! チョー張り切るっす!」


「ユリアナ様、何もそこまで甘やかさなくとも……! ていうかテルマ、なにを頑張るつもりだ!? 張り切らなくていいから、まずはその血走った目をやめなさい!」


 と、三人が仲良く騒ぎながら屋敷の中へ入っていくと、メイドのマリが真っ青な顔で素っ頓狂な声になっていない声を上げて、ソファで居眠りをしていたもう一人のメイドのメイを叩き起こした。


「メイ! メイ! 起きて! 今すぐ起きてちょうだい!」


「ふぁい……?」


「ユリアナ様のご帰宅です! しっかりなさい!」


「ふぇ――!?」


 マリに体を揺さぶられて目を覚ましたメイは、ドアの前に立つユリアナたちの姿を見て、顔から一気に血の気が引いていく。


「も、申し訳ありません! お帰りはしばらく後になると聞いていましたので、その…妹を休憩させておりました……!」


 と、マリは平身低頭に頭を下げ、その横で妹のメイもソファから飛び起きて一緒に頭を下げた。

 マリとメイは三姉妹の長女と三女で、マリは今年二十歳になり、メイは姉たちの後を追いかけて今年からメイド見習いを始めたばかりの十二歳だ。

 マリは細身の長身で、メイは同じ年頃の子供たちの中でも低い部類だろう。


 そんな凸凹の二人が並んでいると、それだけでどこか愛くるしい空気が漂っている。

 だからだろうか、今にも泣き出しそうな程に引きつった表情を浮かべている二人に対して、ユリアナを始めテルマやイーロンは怒っている素振りは微塵もなく、逆に恐縮してしまうほどだった。


「い、いや。こちらこそまさかこんなに早く戻ってこれるとは思ってもみなかったから。驚かせてすまなかったわ。どうか気にしないで頭を上げて」


「そうだよマリとメイ! 今日は自分とユリアナ様の記念日になるんだから、そんなしけた顔はチョーしないで! あとアツアツのお風呂を沸かしといてくれたらチョー嬉しいっす!」


「記念日? とにかくわかりました! じゃあメイはお風呂を沸かしてきてちょうだい! それでお夕飯はいかがなさいますか――て、ああっ、どうしましょう! まさかユリアナ様がお戻りになるとは思わなくて、何も下準備をしていませんでした……。少々お時間を頂けますか!? すぐに準備をしますから――!」


 と、マリがまるで戦地へ赴く覚悟を決めたように、腕まくりをして台所へ駆け込もうとするが、すぐにユリアナが呼び止めた。


「いや、そこまでしっかりとした料理じゃなくて、何かありあわせのもので十分よ。そうだ、マリたちの賄いと同じものでいい」


「え、私たちの賄いですか!? しかしそれは……」


「マリ。別に今は城に居るわけでもないし、誰かお客を招くわけでもないでしょ。部外者もおらず、ここに居るのは身内の私たちだけ。肩肘を張らず気ままに過ごす夜があってもいいと思うの。そうは思わない?」


「も、勿体無いお言葉です! それでは賄いになりますけど一生懸命作らさせて頂きます!」


 マリが感激した顔を浮かべながら台所へ向かおうとすると、屋敷の外から女性の悲鳴が聞こえてきたので、一同の動きが凍り付いたように固まった。

 恐らく悲鳴の主は、たった今風呂の薪をくべに外へ出て行ったメイで間違いはない。

 そして庭を歩く大勢の足音と、メイの何やら騒ぐ声がドアへ近付いてくるのを察して、イーロンはテルマへ目配せをした。


「ユリアナ様とメイはこっちへ!」


 と、テルマは応接間の隅へ二人を誘導し、イーロンはそれを視界の端に捉えながら、ドアに向かって静かに腰の剣を抜いた。

 直後、軽量な薄金鎧ラメラーアーマーに身を包んだ兵士たちがドアを蹴破ってなだれ込んできた。

 そのうちの一際背が高く屈強そうな大男が、メイを小脇に抱えている。


「メ、メイ!」


「マリ姉ちゃん! こいつらがいきなり……!」


「おやおや、こいつら呼ばわりとは随分と心外ですな……」


 と、兵士たちの後ろの方から声が聞こえてきた。

 兵士たちを掻き分けて前に出てきたのは、板金鎧プレートアーマーを着た三十代くらいの男だ。

 男は不敵な笑みを浮かべていて、随分と余裕のある態度で部屋の中を見渡した。


「夕食の時間に突然の訪問で驚かせてしまったようですな。我らは連合王国ヴォルティス王家親衛隊と申します。そして私めが、この親衛隊を取り仕切る――うーん、そうですな、隊長Aとでも申しておきますか」


 隊長Aはそう告げると、口許の微笑とは真逆の射抜くような視線でイーロンを睨んだ。


「随分と色男の騎士殿よ、腕に自身はおありのようだが、名前を名乗った相手にいつまでも無言で剣を向け続けると言うのは、どうにも感心できませんな……」


 その言葉を受けて、ユリアナが落ち着いた静かな声音で「イーロン、剣を収めて下がりなさい」と告げた。

 それでもイーロンはしばらく剣を構えたままだったが、観念したように剣を収めるとユリアナの横に並び立った。

 その間、ユリアナはずっと薄い笑みを浮かべたまま隊長Aを見ていた。

 その表情は少女のように動揺するわけでも、少年のように対抗心を剥き出しにするのでもなく、ただ純粋な覚悟だけが滲み出ていた。


「用件を承りましょう。ただその前に、うちのメイドを解放していただけますか? メイはまだ見習いの身。これからもまだまだ覚えてもらうことが沢山ありますから」


「それはそれはお安い御用です。こちらの用事は既に終わっていますから――」


 隊長Aは大男に目配せをしてメイを解放させた。

 しかし半泣きの顔でマリの元まで戻ってきたメイの姿を見て、ユリアナたちの顔が強張った。

 いつの間にかメイの首には、見慣れぬ首輪のようなものが嵌められていたからだ。

 しかも首輪は簡単に外れないように鍵で固定されていて、皮の表面には魔法石の欠片と思われるものが散りばめられている。


「わが国には自慢の中央の迷宮セントラルダンジョンがありましてな。古代四種族時代の失われた魔法技術が書かれた文献や、魔法具ワイズマテリアが数多く発見されていて、国の発展に大いに役立っております。その首輪はそうして手に入れた古代の叡智を元に、わが国で新たに開発した魔法具ワイズマテリアになります。術者が魔力を込めれば、首輪を装着している者を一瞬にして消し炭にしてまうという、それは大変優れた拘束具となります。いかがですか? これ程の優れものになると、幾ら大国ステラヘイムと言えど手には入らないでしょう」


 隊長Aが発したステラヘイムという言葉に、ユリアナの紅い瞳に一瞬だけ動揺が走り、それを見逃さなかった隊長Aの唇が嬉しそうに歪んだ。


「くくく、実はとある者から、我がヴォルティス王の元へ密告がありましてな。なんでもステラヘイム家の王女が、わが国にお忍びでやって来ているらしいと――。そしてその王女は聖竜様のご加護を受けた男勝りの跳ねかえり娘だが、少女の気高さと少年の凛々しさを併せもつ美しい容貌から、民衆からは姫王子と呼ばれて愛されているらしい。それならば是非お目にかかりたいと、ヴォルティス王は仰っておられるというわけです。どうでしょうか? 大人しく協力していただけると、仕事が楽で私めも随分と助かるんですがねえ」


「わかりました……。同行しましょう……」


「それはご協力大変感謝します。あー、それと我がヴォルティス王に会われても名乗る必要はありませんから。我が国はどこぞの馬の骨の名など聞く習慣はありませんし、名乗る礼儀もございません。あまりお気になさらないように。姫王子様……」


 隊長Aの慇懃無礼な挑発に、テルマとイーロンが今にも飛び掛りそうな勢いで怒りを露にしていたが、ユリアナは振り返ると小さく笑みを浮かべた。


「何も動じることはありません。私たちはマイケルベイの旗の元に居ることを、決して忘れないように――」


 その紅い瞳から希望が消えることはなかった。

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