第四十四話 謎のゴーレム軍団・4
俺たちは、テルマが谷底に作った洞窟の中で息を殺していた。
いま崖の上では、俺たちの姿を見失った超巨大ゴーレムが歩き回っていて、歩く度に轟音のような足音と地震のような揺れが起きるのだが、洞窟内は時折砂埃が落ちてくるだけで、崩落とは無縁の堅牢さを維持していた。
「さて、これからどうするかだけど……」
俺はビッグバンタンクのヘルメットを外すと、地べたに胡坐をかいて座った。
テルマとライラ、八号は、俺の対面に腰を据える。
洞窟の入り口は魔法で塞いであるので中は真っ暗だったが、ビッグバンタンクの両肩に装備してあるサーチライトを点灯しているので、三人の顔ははっきりと見える。
「テルマ、さっき親玉の位置がわかる方法があると言っていたよな? まずはその方法を教えてくれないか?」
「その前に気付いたことをチョー説明させて。敵のゴーレムは、巨大ゴーレムと小型ゴーレムの二種類あるっす。でも、この二つは練成方法がまったくのチョー別物」
「そ、そうなのか?」
「まず小型ゴーレムの方は予め練成しておいて、お腹の魔方陣に全ての行動指示が記されているっす。けど巨大ゴーレムの方は、状況に合わせて術者がリアルタイムに練成して、その動きも全て術者が操っている筈っす」
「テルマやん、あの短時間でそこまで見抜くなんて流石じゃないですか!」
と、ライラ。
しかしテルマは不服そうに首を振った。
「ううん、これもタイガ殿が、小型ゴーレムを捕獲してくれたからわかった事っす。そして、地面から飛び出す鉄の棘だけど、勿論これも鉄魔法。だけど巨大ゴーレムは魔力と集中力を要するから、この二つの攻撃は同時には繰り出せず、必ずどちらか一つずつの交互にならざるを得ない筈っす」
「つまり巨大ゴーレムが出てる間は、鉄の棘で襲われる心配はないってことだな? そして逆に術者を倒さない限り、何体も何体も巨大ゴーレムが湧いてくる可能性があると言うことか……?」
「恐らく。勿論、魔力が切れるまでだけど。でも既に敵は尋常ではない魔力を使っている筈なのに、攻撃が止む気配はみられない。こんな事が出来る人間が、この世界に存在するとは思いたくないっす……」
テルマは忌々しそうに爪を噛んだ。同じ系統の魔法を使う者同士、思うところは多々あるようだ。
しかしその顔を見る限り、やはりまだ心は折れてはいないようだ。
むしろ逆に呑み込んでやろうという貪欲さが、静かに溢れて出している。
「更に予め練成して用意してある小型ゴーレムの方は、あと何体湧いてくるのか見当もつかないってわけか……」
俺の言葉にテルマが無言で頷いた。
この世界には
これを使えばあのサイズのゴーレムならば、どれくらい持ち運び出来るだろうか?
千体? 二千体?
いや、もっとか……?
どちらにせよ、敵が
それを込みで運用するために割り出されたのが、あのサイズだと思ったほうがいろいろと納得できる。
「どっちにしろ、一番手っ取り早い解決は、術者本人を見つけ出して叩きのめすってことだな」
勿論
しかし敵の戦力が未知数な状態では、森を焼き尽くした跡で新たな戦力が湧いてくるという、堂々巡りに陥る危険性が高い。
それにゲームの世界では無いのだから、無闇な環境破壊は避けたいところ。
俺は腹の奥底からもぞもぞとかま首をもだけ始めていた、スクラップ&デストロイの甘美で昏い破壊衝動を必死に押し込めた。
「そ、それで術者の場所を特定する方法と言うのは?」
「巨大ゴーレムが出てくる直前に棘の攻撃があったっしょ? あの時、地面を走る魔力の流れを感知できた。巨大ゴーレムを練成し操っている時も、同じように魔力が流れている筈。それを上手く感知出来れば、術者の場所は特定できるはずっす……」
「感知できる距離はどれくらいなんだ?」
「少し頑張れば、半径百五十メルテくらいはいけると思うっす……!」
一メルテが約一メートルだから、百五十メルテなら約百五十メートルだ。
一見十分な距離のように思えるが、ゆうに体長が百メートル以上はある超巨大ゴーレムを相手に、百五十メートル以内に接近しなければならないと言う事なので、楽観視できる数字では決してない。
さらに楽観できない理由がテルマの口から。
「敵の魔力の流れをより早く正確に感知するためには、自分の魔力を地中に放出して網を張る必要があるっす。だけどこれをやってる間はほかの事が出来ないし、魔力の消費もチョー激しいので、皆の治癒は期待しないでほしいっす……」
つまり、一か八かの背水の陣ということだ。
テルマの魔力が切れた時点で撤退も考慮しなければ、更に泥沼に陥る可能性があるということだ。
「わかった。それに関してはポティオンで賄うから心配しないでくれ。こんな時のために
「それだと自分もチョー助かるっす」
「それで八号とライラの残弾数はどうだ?」
「自分はアサルトライフルが四百に、グレネードランチャーが百くらいですね……」
と、神妙な顔で答える八号。
そしてライラはいつものライラで、残り少ない残弾数を元気良く教えてくれる。
「ライラちゃんもだいたい同じです! まさに危機一髪ですタイガさん!」
「うーん、少し心もとないが、ベビーギャングとマジカルガンを上手く活用して、テルマを護衛してやってくれないか。なるべく短期決着するように頑張るから」
その後で、俺はこれから行う作戦内容を一通り説明すると洞窟を出た。
洞窟の入り口は俺が外へ出た直後に、まるで自動ドアのようにまた土壁で覆われた。
テルマ達には合図があるまでは、洞窟内で待機してもらう算段だ。
案の定、森へ戻っても小型ゴーレムの姿は見当たらなかった。
しかしショルダーミサイルユニットを既に装備しているので、シールドモニターのターゲット・カーソルが、きちんと小型ゴーレムの場所を捉えてくれている。
それによれば、崖に沿って東と西へ二手に分かれて移動しているらしい。
恐らく俺たちが崖を迂回して移動していると判断したのだろう。
ドラゴンショットのターゲット・カーソルは十個しかないので、視線が動くたびに次々とターゲットが切り替わっていく。
そのことからも、軽く見積もっても一方向だけで小型ゴーレムは百体以上は居そうだった。
そして肝心の超巨大ゴーレムの姿は、どこにも見当たらなかった。
テルマの予想通り、超巨大ゴーレムはリアルタイムで練成して遠隔操作をしているタイプっぽい。
俺たちの姿を見失ったので、魔力を温存するためにも探索は小型ゴーレム軍団に任せたのだろう。
もしかしたら森のどこかに潜んでいる術者をロックオンできるかもしれないと、しばらく森の中を見渡してみるが、シールドモニターには崖沿いの小型ゴーレム以外は反応が出なかった。
「さすがに簡単に尻尾は出さないってか。さて、用心深いのか臆病なのか……」
俺は術者を探すのを一旦諦めると、作戦通りに崖から離れて森の奥へと戻った。
適度に開けた場所までやって来ると、そこから崖の方を振り向いて、小型ゴーレム軍団をロックオンしてみる。
東側と西側の両方で試して見るが、明らかに先ほどよりもロックオンできる数が減っているようだ。
確かドラゴンショットのロックオン射程は三百メートルだった筈。
これ以上離れると、小型ゴーレム達はロックオン圏外へと移動してしまう。
「この辺りが頃合いか……。ライラ聞こえるか!? 状況開始だ! 準備を頼む!」
―-はい、バッチシ聞こえてまーす! タイガさんも気をつけてくださいね!
無線を終えると、まず東側の一団をロックオンしてドラゴンショットを発射。
そしてリロードが終わると、立て続けに今度は西側へ撃ち込んだ。
しばらくすると、両サイドの森からザワザワと大量の物体が移動してくる音が接近してくる。
形は小さいが、予想以上に移動速度は速い。
やがてヒュンヒュンと風を切る音があちこちから聞こえてきて、俺の周囲の巨大樹にガツッガツッと幾つもの
洞窟の中でポティオンを飲んで体力は全回復しているとは言え、治癒魔法の相性が悪いテルマしか居ない現状では、無駄なHP低下は避けておきたい。
先ほどはテルマに重圧をかけたくなくて威勢のいいことを言ったが、やはりこういう状況では相性のいいヒーラーが居てくれるにこしたことはない。
ああ、こんな時にエマリィが一緒に居てくれたら、どれだけ心強いことか……
思わずヘルメットの中でため息をついてしまうが、今は戦いの真っ最中だったことを思い出して気を引き締めなおした。
そしてフラッシュジャンパーで後方ジャンプすると、小型ゴレーム軍団との間合いを広げた。
かと言って完全に逃げ切る訳でもなく、適度な距離を保ちながらドラゴンショットで総数を削っていく。
そして崖から完全に遠ざかってしまわぬよう、また小型ゴーレム達に周囲を囲まれてしまわぬよう、細心の注意を払いつつルートを選択していく。
すると、その時――
着地した瞬間に、地面から突如として突き出る鉄の
俺の右足はものの見事に掬われて、体が空中で反転する。
全身が地面に叩きつけられるが、咄嗟に寝転がったままの状態で体を回転させて移動した。
その後を追いかけてくるように、地面から次々と鉄の茨が飛び出してくる。
俺は転がりながら何とかプラズマガンZZで茨を粉砕すると、近場の巨大樹へと飛び移った。
「――ライラ聞こえるか!? ターゲットがエサにかかったとテルマに伝えてくれ!」
ヘルメットの中で声を上げると、即座に無線が返ってきた。
――はいはーい、ライラちゃんでーす! タイガさんこちらの準備はばっちりです! 今から合図を出すので見落とさないでくださいね!
「わかった。やってくれ!」
そう答えた直後、南東の方角から聞き慣れた発射音が。
振り返ると、巨大樹の枝の間に空へ向かって発射されたグレネードランチャーの一筋の軌跡が見えた。
「よし位置は覚えた。さあ、出て来いゴーレムの主!。お前を引き摺り出して顔を拝んでやるっ……!」
すると、早速近くの地面がもこもこと盛り上がってゴーレムへと形を変え始めた。
「食いついた――!」
と、思わずニヤついたものの、そのまま俺の顔は強張った。
何故なら目の前に現れたのは、人型ではなく全長三十メートルほどの球体から数本の触手を生やした、まるでタコもどきと言うべき奇妙な形をしたゴーレムだったからだ。
「手を替え品を替え向こうも必死だなっ……!」
俺は思わず苦笑するが、そのタコもどきゴーレムが触手で周囲の巨大樹を引っこ抜いて投げ飛ばす姿を見た時には、思わず言葉を失っていた。
「なに――!?」
触手は全部で六本あり、それぞれが巨大樹を掴んでは不規則に投げつけてくる攻撃は、見た目以上に俺の肝を冷やした。
何せ引き千切られた巨大樹は小さいもので二十メートルくらい、大きいものは百メートル以上と大小様々あり、それがランダムに宙を飛んで襲い掛かってくるのだ。
しかもただ飛んでくるだけならまだいい。
勢いあまって地面を抉りながら転がってこられては、避けるだけで精一杯だ。
更にゴーレム本体はまるで独楽のように高速回転をしていて、人型ゴーレムの時よりも移動速度が格段に増しているではないか。
「ち、ちょっと洒落にならねえぞ、おい……!」
知らない間に背中に大量の汗を掻いていて、ナノスーツがぴったりと肌にひっついて気持ち悪い。
俺はフラッシュジャンパーで最大ジャンプを繰り返して逃げた。
タコもどきとの間合いを広げることだけに神経を集中していたが、運の悪いことにいつの間にか小型ゴーレム軍団に周囲を包囲されていて、あちこちから
ガガガガガガンッ! ガガンッガンッガンッ!!!
「どんなガントレットだよ、糞ったれが!」
ガントレットとは、中世ヨーロッパで始まった軍隊式刑罰だ。
棍棒やムチで叩いてくる兵士たちの列の中を強制的に歩かされる罰で、まさに今の俺がその状態だった。
これが当初予想していた人型ゴーレムだったなら移動速度が遅いだけに、合流してきた小型ゴーレム軍団をドラゴンショットで削ることができたのに!
テルマたちとの合流ポイントへ人型ゴーレムを導く余裕は十分に作れた筈なのに、ゴーレムのタイプを変更されたことで予定が全て狂ってしまった!
背後から不規則に地面を転がってくる巨大樹と、四方八方から飛んでくる
それは例え
ガガガガガガンッ! ガガンッガガンッガガガガンッ!!!
フラッシュジャンパーのHPが、みるみるうちに削られていく。
勿論一番ダメージが大きそうな巨大樹の直撃さえ食らわなければ致命傷になることはないだろうが、フラッシュジャンパーは三兵装の中では、一番耐久度が弱く気が気ではない。
HPバーは既に半分近くまで削られていて、バーが下がる度に胃にきりきりと痛みが走った。
「あああああっ! 糞っ! あと少し! あと少しなんだよっ!」
俺は自分自身を叱咤する。
まだポティオンを二本くらい飲めばフル回復する値だったが、ポティオンを飲むためには、当然ヘルメットのフェイスガードを開放しなければならない。
とてもじゃないがジャンプを繰り返して、巨大樹と
――くそ、エマリィが居てくれたらこんな苦労をせずに済んだのに!
と、俺は改めて強くそう思う。
そして同時に、エマリィの笑顔を思い出した。
編み上げた金髪のツインテールを揺らして、野山に咲いた一輪の花のような笑顔。
その笑顔を思うと、胸の芯はカッと熱くなって、その熱が全身へ伝播していく。
「あああっ、こんなところで挫けてる場合じゃないんだよなっ! 俺は無事に帰って…エマリィに会って! 一緒に笑って! もっといっぱい喋って! もっと仲良くならなきゃならないんだからなっ……!」
うおおおおおおおおおおおおお!!!
俺は死に物狂いでガントレットの森を駆け抜けた――
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