第七十八話 最下層の守護者・2

 その後も何度か魔物モンスターと遭遇したが、相変わらずミナセが速攻で黒こげにしてしまうのでスムーズに進むことが出来た。

 途中で二度目の休憩を挟んで、ユリアナたちと別れてから五時間近くが過ぎようとした頃、ようやく俺たちは最下層へと辿り着いた。


 最下層にはサッカー場が四十面はすっぽりと入りそうな床面積と、天井までの高さが軽く三十メートルはありそうな、洒落にならないくらいの広大な空間が広がっていた。

 何故地下深くの最下層にも関わらず、この広大な空間を認識できたかと言えば、壁の石材や鉄が薄らと光を発していて、部屋の隅々まで見渡せるくらいの明るさがあったからだ。

 それでも部屋が余りにも広すぎるために、反対側の壁はぼんやりとしか見えなかったが。

 俺たちがその壮大で荘厳な空気に圧倒されているのを余所に、ミナセはそそくさと広間を突き進んでいく。


「――ほら、お目当てはこっちだぜ。真ん中に見えるだろ?」


 そう言ってミナセが目配せする先には、台座のようなものが鎮座していた。ちょうど大広間の中心あたりだ。


「あ、あそこに古代魔術書ヘイムスクリングラが……!」


 と、我先に駆け出していくアルマスさん。

 しかしミナセの横を走り抜けようとして、そのままビッグバンタンクの左肩に担がれてしまった。


「ミ、ミナセさん邪魔をしないでください! すぐ目の前に古代魔術書ヘイムスクリングラがあるんですから!」


「いいから、まずは落ち着こう。それでタイガ! ここからはお前の出番だ。それじゃ、よろしく――!」


 と、アルマスさんを抱えたまま通路へ戻っていくミナセ。


「は……?」


 俺は事態が飲み込めずに、その後ろ姿をただ見送るだけだ。

 すると、背中のエマリィが呻くように声を発した。


「――タイガ! 上を見て!」


 その声に天井を見上げた俺は、思わず息を呑んだ。

 いつの間にか台座の真上にある天井には、直径二十メートルくらいの穴が開いていて、その中から巨大な円柱状の物体が音もなく降下しくる途中だったからだ。

 そして、ミナセの声が遠くから聞こえてくる。


「――そいつがこの最下層の守護者だ! 台座にある程度近付くと反応するように作られているんだ! しかしほかの階層のゴーレムと同じく、この部屋から出ればそれ以上攻撃はしてこないが、それじゃあつまらないだろ!? ちなみにすげえ硬くて俺の武装じゃ役に立たなかった! だからここは任せたぜ、兄弟!」


「ちょ、お前最初から知ってたのかよ……! 自分一人じゃ歯が立たないから、俺と一緒にここへ来るのに拘ったんだな……くそっ!」


 どうやら俺はまんまとミナセの野郎に嵌められたらしい。

 しかし胸に去来するのはミナセに頼りにされたという、どこかくすぐったくなるような満たされた自尊心だった。

 勿論体よく利用されたことに多少のムカつきもあったが、それでもミナセはトリプルケイト・エピデンドラム保持者ホルダーで、その界隈では伝説と言ってもいいくらい知名度の高いプレーヤーだったのだ。

 そんな人間から頼りにされたということは素直に嬉しかった。

 それが異世界転移という特殊な状況下で、ミナセがハンデを背負った常態だったとしてもだ。


「たく、俺も単純だよな……! エマリィ! ヒルダの罠から脱出した時に使った星雲の盾ネビュラシールドをできるか!?」


星雲の盾ネビュラシールドを――!?」


 エマリィは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに弱気と不安を打ち消すとローブの左手を捲ってみせた。


「大丈夫! あれからご無沙汰だったけどやってみせる! タイガの魔力とボクは相性がいいから!」


「それじゃ俺の合図で、この部屋の壁や天井に沿って魔法防壁を展開してくれ!」


「部屋の崩落を防ぐためね。任せて!」


 さすが俺のエマリィ。飲み込みが早い。


「そして八号! グレネードを六丁持ちシックスハンドで装備! 総当たり攻撃ブルートフォースアタックモードで撃ちまくってくれ!」


「了解しました先輩!」


 見上げれば白銀色の巨大立方体は、既に天井の穴から降下を終えていて、空中に音もなく泰然と浮かんでいる。

 全長二十メートル、幅は五メートルといったところか。

 全体が光沢のある白銀色に包まれていて、ヒルダの鉄色をしたゴーレム達と比べて、明らかに魔法の精度が数段上のように見える。


 しかもその巨体を空中に浮かばせていることからも、現代では失われた飛行魔法の技術が組み込まれていることは明白だ。

 ならば、ほかにも俺の知らない魔法技術が注ぎ込まれていると思った方がいいだろう。

 そしてミナセの武装レベルは、ゲーム内で言えばハードレベル。

 それに加えて中級の攻撃魔法もある。それを持ってしても硬いと言わしめたということは、この立方体は軽くゴールド以上のレベルは確定と見ていい筈だ。

 だから遠慮はせず、全力でいく――!


「――なにか来るぞ! 気をつけろ!」


 突然、頭上の立方体がジェットエンジンのような高周波を奏で始めた。

 それに合わせて全体が白く発光し始めて、全身に幾つもの魔方陣が浮かび上がっていく。

 明らかに何かしらの攻撃を仕掛けてこようとしているのは明白だ。

 光の粒子が無数の魔方陣に吸い寄せられている。

 どう見たって通常攻撃なんて生易しいレベルでは済みそうにない。

 恐らくは、敵最大の攻撃力を誇る範囲攻撃あたりか。

 全体から発している危ない空気からして濃厚だろう。

 俺は得体の知れぬ敵を前に、緊張と恐怖から全身が総毛立つのを感じる。


「ミナセ、早くしてくれよ……!」


 苛立ちながらミナセを振り返ると、丁度部屋を出たところだった。

 待ってましたとばかりに、音声コマンドでストライクバーストドリフターを両肩に装備した。

 と同時に、エマリィと八号に指示を繰り出した。

 ここからは時間勝負だ。

 先手を制した者が勝つ。


「――エマリィ今だ! 八号ぶちかませ! 撃って撃ちまくれ! ダブルストライクバーストドリフターファイア!」


 大広間の壁や天井に沿って、数千にのぼるエマリィの魔法防壁が一斉に展開された。

 それとほぼ同時のタイミングで、八号の放ったグレネードランチャーが立方体の表面で次々と炸裂していく。

 そして俺の両肩にセットされた肩乗せ式発射台から、噴煙と轟音を上げて飛び出していく二つのドリルミサイル。

 しかし俺は追撃の手を緩めない。

 ストライクバーストドリフターの発射台ランチャー切り離しパージしながら、音声コマンドでグレネードランチャー七つの大罪セブンス・シン二丁持ちトゥーハンドで装備。


 白銀の立方体からの攻撃はまだだ。

 二発のドリルミサイルが立方体の側面に左右から着弾する。

 先端のドリルが白銀のボディを噛み砕いていく。

 そして追い撃ちをかけるように、七つの大罪セブンス・シンの七連発式グレネード弾全十四発が盛大に火花を撒き散らした。


 その火炎と黒煙に混じって白銀に輝く無数の破片が、周囲に飛び散ったのが見えた瞬間――

 一際巨大な二つの爆発が、ほぼ同時に立方体内部で沸き起こると、白銀の守護者は次の瞬間には灰燼に帰していた。

 俺は三撃目のために装備していた二丁のHAR-88を構えたまま、思ったよりも早かった敵の撃破に一瞬呆然としてしまう。


 そして、もしかしたら復活でもするのじゃないかと思って、しばらく瓦礫になった立方体の残骸の山を息を殺して見つめていたのだが……


「やっぱり俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!」


 と、勝利の雄叫びを上げた。

 思い返せば、この古代地下遺跡では俺TUEEEEEを発揮するどころか不発に終わり、巨大ゴキブリの群れに小便をちびりそうになった挙げ句に、魂まで飛ばされかけるという失態をおかしてしまったが、最後の最後に名誉挽回の汚名返上という神展開が待っていようとは!

 やっぱりヒーローたる者こうでなくっちゃね。

 俺が俺であるためには、俺TUEEEEEEしなくちゃね。

 という訳で恒例のあれをいっておきますか。

 では皆さん、ご一緒にご唱和ください。


「マイケル――!?」


 と、両手を上げたまま固まる俺。

 何故なら巨大立方体が降りてきた天井の穴の中に、光る物体を見つけたからだ。

 それらは十個あり音もなくゆっくりと降下してくると、空中で円状に整列してそのまま静かに俺たちの目の前へ着地したのだった。


 そして、その輪の中心にあるのがあの台座だった。

 古代魔法書ヘイムスクリングラが置かれているという台座は、守護者である白銀の立方体が戦闘モードに入ると、自動的に魔法防壁が張られて戦火から免れるようになっていたらしく、台座の周囲には白銀の魔法防壁が張り巡らされていた。

 しかしそれも、十個の光る物体の着地とともに音もなく消えた。


「タイガ、あれは魔法石だよ……」


 と、エマリィ。


「ああ。どうやら守護者が倒されると、各階層にあった魔法石がここへ集まる仕掛けになっていたようだ……。八号気をつけろよ。まだ何が起こるかわかんないぞ!」


「はい……!」


 すると部屋の外へ避難していたミナセが、アルマスさんを抱えて戻ってきた。

 守護者と戦ったことがあることを黙っていたことに対して、嫌味の一つも言いたいところだったが、今はそれどころじゃないのでぐっと呑み込むにする。


「おいタイガ、一体どうなってるのか説明しろよ!? これは上にあった魔法石だろ!?」


「俺が知るわけないだろ。アルマスさんは何か心当たりはないのか?」


「わ、私もなにも……」


「うーん、これじゃあ埒が明かないだろ。どうする!? 思い切って魔法書ヘイムスクリングラのところまで行って見るか……!?」


 俺の提案に、全員が困ったような顔で黙り込んだ。

 十個の魔法石は台座を中心に直径十メートルほどの円を形成しているだけで、うんともすんとも動かない状態だ。

 何かしらの罠が発動しそうな雰囲気でもあるし、逆に俺たちを迎えてくれているようにも見える。

 結局吉と出るか凶と出るかは、動いてみないとわからない。

 

「ええい、考えていても仕方がない! アルマスさんを中心に左右をミナセと八号で援護を頼む。俺が先頭を行く」


「タイガ……」


 と、不安そうな顔を浮かべるエマリィ。その憂いの表情に思わず胸がキュンとするが、すぐに気を引き締め直す。

 俺には背中の小さな大天使を、無事に地上へ連れ戻すという重要な使命もあるのだ。


「エマリィ、皆の左右に魔法防壁を。もし罠だったらダッシュで離脱するから、しっかり掴まってて……」


「う、うん、わかった……」


 そうしてエマリィの魔法防壁に守られつつ、周囲に細心の注意を払いながら魔法石の円の中へ入っていく。

 魔法石に変化は見らない。

 ずっと淡い光を発して、静かに鎮座しているだけだ。

 やがて俺は台座の目の前までやってくると、振り返ってアルマスさんを見た。

 アルマスさんは台座の上に置いてある古代魔法書ヘイムスクリングラと俺を交互に見た後で、生唾をごくりと飲み込んで緊張した面持ちで頷いた。


「エマリィ、罠が発動するとしたらこの瞬間だ。気を付けて……」


 俺はそっと手を伸ばして、古代魔法書ヘイムスクリングラに触れた。

 装丁は白銀色の薄い金属板と、何かの動物の皮が使われていてどこか神々しい。

 百科事典ほどの厚みがあり、ABCアーマードバトルコンバットスーツ越しにもずっしりとした重みと存在感が伝わってくる。


 そして俺が古代魔法書ヘイムスクリングラを持ち上げて数秒後――

 ガクン、と床全体に衝撃が走ったかと思うと、部屋全体が、いや部屋の中で床だけが、まるでエレベーターのようにゆっくりと下降を始めたではないか。

 どうやら最下層の下には、更に隠された階層が存在していたらしい。

 俺たちは強張った顔のまま、ただ床が止まるのを待つしかなかった――

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