第百十一話 包囲殲滅陣

「ハイネス……!? ハイネス大丈夫か? いい加減に目を覚ましてくれ。のんびり寝ておる暇はないぞ……!」


 ハティは横たわっているハイネスの頬を叩いたり、体を揺すってみる。

 すると、短い呻き声とともに、ようやくハイネスが目を覚ました。


「――姉御!? こ、ここは……?」


 上半身を起こして気怠そうに頭を振るハイネス。

 倒れていた場所から少し離れた所では、天井が抜け落ちて大量の土砂が山となって通路を塞いでいる。

 ハイネスが怪訝な顔を浮かべているのを見て、ハティは苦笑いを浮かべて事情を説明した。


「ここは先ほど居た通路の一つ下の階層じゃ。リザードマンどもの広範囲魔法攻撃からは何とか逃げきれたものの、爆発と衝撃で床は抜け落ちて、妾たちも巻き込まれたと言う訳じゃ」


「そうだった……。それでリザードマンたちは――!?」


「ほれ、耳を澄ませば聞こえてくるじゃろ? 先ほどの攻撃で地上にも穴が開いたみたいでのう。奴らは妾たちのことには目もくれず、一目散に外へ飛び出して行ったようじゃ」


 ハイネスは遠くから聞こえる喚声に耳を傾けたかと思うと、よろよろと立ち上がった。

 

「ま、まさか、ヴォルティス兵と戦っているのか――!? リザードマン達がどうして……!? いや、彼らには積年の恨みがあるだろうから、蜂起する気持ちは十分わかる。でも、あの姿形は俺が知っているものとは全然違う……」


「どうする? リザードマンの変化に、もしヴォルティスが関わっているなら原因を探りたいと言っておったが、どうやら原因はほかにありそうじゃぞ……? そうでなければヴォルティス兵に喧嘩を仕掛ける筈がない」


「勿論それを調べたいのは山々なんだが、今となってはリザードマン達の動向の方が気になる。もしヴォルティス側だけでなく、ルード家側にも牙を剥いてきたら……。勿論そんなことは起きてほしくはないのだが……」


「同じ獣人族じゃろ――と、言いたいところじゃが、先ほど見た限りでは、確かに尋常では無い雰囲気じゃったな。それにルード家も牙を剥かれる心当たりは十分あるという訳か、やれやれ困ったものじゃな」


 と、ハティが溜息を洩らした。


「アルテオン様が陰で援助をしてきたとは言え、結果的にルード家も、彼らを長年地下に閉じ込めてきた事に加担していたようなものだ。彼らにしてみればルード家の不甲斐なさは、裏切りにも等しく見えていたとしても可笑しくはない……。それに今夜倉庫が急襲されたように、ヴォルティス側の動きが予想よりも早くて、俺たちはただでさえ出遅れている。今頃俺の仲間が兵士たちを率いて蜂起している筈なんだが、もしそんなところを同じ獣人族のリザードマンに急襲でもされたら、兵士たちは混乱するに決まっている……!」


「そうなれば、この革命も失敗に終わるか……。ならば今優先すべきは、その仲間たちの元へリザードマンの異変を報せに行きたいと言うことでいいのじゃな……」


 そう言い終えるや否や、坑道をすたすたと先に歩いていくハティ。

 ハイネスはその後ろ姿に、ネコミミをおっ立てて目をパチクリとさせている。


「い、いいのか姉御!? 俺たちはユリアナ姫王子の居所を探る様に言われていたんじゃ――!?」


「心配いらん。どうせこの騒ぎじゃ。もうイーロンとテルマの二人が動き出している筈じゃ。姫王子様の件は二人に任す。それにカピタンがお主らに協力すると言った以上、この革命を成功に導くのも妾の使命じゃ」


「姉御、恩に着るぜ……」


 と、ハイネスが感極まった顔を浮かべたが、すぐにハティが悪戯っぽい顔で振り返った。


「それよりも、この土砂の山のせいで反対側にも地上にも行けぬ。妾の魔法でこの土砂を吹き飛ばしてもいいが、それではリザードマン達とヴォルティス兵たちに居場所を知らせてしまうようなものじゃ。よって、このまま目の前の通路を進むしかないのじゃが、それでいいのか? 妾はいま当てもなく突き進んでおるぞ? 道に迷う自信満々じゃぞ?」


「す、済まねえ。でも方向はこっちであっているから、俺が先を走る」


 ハイネスは気持ちを切り替えてハティの前へ出ると、そのまま暗闇の中を駆けていく。

 そして、二人が二十分ばかり地下道を彷徨っていると――

 

「――ここだ」


 と、ハイネスが階段の手前で立ち止った。

 先ほどまで居た区画と違い、この辺りの地下道はまだ使われているようで、足元には踝辺りまで下水が流れている。

 そして壁の一画には人が一人通れるほどの細い階段が、地上に向かって伸びていた。


「ここを登れば、丁度ルード家が管理する区画になるんだ」


 と、ハイネス。


「ルード家の――? もしかして同じ国の同じ街に住みながらも、両家の縄張りが存在すると言うのか? それはなんとも難儀な話じゃな……」


 ハティが思わず呆れたように息を吐くと、ハイネスは自虐的に唇を歪めた。


「長命の獣人族と、短命のヒト族が交互に国を統べると言うのは、元々無理があったんだろう。掛け違えたボタンを直す間もなく、両家の溝は広がっていくだけだった。情けない話だけどね……。そんな訳で、この上の区画の中にルード家側の兵舎があって、仲間が蜂起の準備を進めている筈だ。しかし、もうヴォルティスの手は回っているだろうから、ここからは恐らく血生臭いことになるぜ……?」


「ふん、望むところじゃ。この国へ来てからまだ暴れておらんからのお。体が鈍って仕方なかったところじゃ」


 と、ハティが鼻息を荒くして階段を駆け上がろうする。

 しかしハティとハイネスのケモノ耳が何かの音に反応して、同時にピクリと動いた。

 

「――なんじゃ……!?」


「まさかな……」


 ハティは今来た通路の方を、ハイネスは先の通路を見た。

 何故ならば、両方向からほぼ同時に音が沸き上がったからだ。

 その暗闇から鳴り響く音は、大勢の足音が石畳を駆けてくる音で、坑道内に反響して大きな唸りとなって二人の元へ届いた。

 そして暗闇の中から迫る影がリザードマンの大群だと気が付いたハティが、弾かれたようにハイネスを振り返った。


「リザードマンじゃ、どうするっ!?」


「うむむ……姉御、まだ勘弁してくれ……! あいつらが本当にルード家にも反旗を翻したと、まだ確証が持てないんだ。なのにここで剣を向けたら、アルテオン様のこれまでの努力が無駄になってしまう……!」


「ならばさっさと階段を駆け上がらんかっ! 奴らを吹き飛ばしてここを塞ぐぞ!」


「し、しかし――!」


 ハイネスは何か言いかけたが、ハティが呪文の詠唱を始めたのを見るや、半ばやけくそ気味に階段を駆け上がっていく。

 そして一人残ったハティが、呪文の最後に技名を力強く叫んだ。


「――烈風砲龍旋れっぷうほうりゅうせん!!!」


 すると、ショットガンを腰撃ちでもするかのように構えた血族旗ユニオントライブの柄の先端から、小型の竜巻が激しく放出されるではないか。

 まるで放水でもしているみたいに、間断なく放出され続ける竜巻は、暴れ回る龍の如く坑道内を駆け抜けていく。

 そして壁や床の石材を捲りあげながら、リザードマンの軍勢を一気に通路の奥へと吹き飛ばした。

 そうやって片方を粗方片付けると、すかさずもう一方へ血族旗ユニオントライブを向けるハティ。

 そして最後は血族旗ユニオントライブを構えたまま、後ろ向きで階段を駆け上がっていく。

 ハティが通り過ぎた傍から、柄の先端から放出される竜巻が階段の壁を抉り落としていき、瞬く間に地下道入口は大量の瓦礫の下へ埋もれて見えなくなった。


「どうじゃ!? これでリザードマンどもも簡単に地上へは出てこれんじゃろ!」


「姉御、大丈夫なのか!?」


 地上へ一足早く出ていたハイネスが、心配そうに駆け寄って来る。

 そして地上にあった仮小屋諸共に、道路の一部が陥没しているのを見て舌を巻いた。


「こりゃまた、えげつないな……」


「しかし奴らの中にも土魔法の使い手は居るはずじゃ。安心は出来んぞ。こちらも土魔法使いに、地中の魔力の動きを感知させて警戒せねば」


「兵舎は向こうだ。仲間と合流して手配させよう」


 ハイネスの先導で通りを駆けていくハティ。

 少し走ると三階建ての兵舎が見えてきて、建物の前には皮鎧に身を包んだ数百名の兵士の姿が見えた。


「――ハイネスか!?」


 と、二人の姿を見つけて駆け寄ってきたのは、ハイネスと同じようなマント姿をしたウサミミの青年だった。


「もしや今の轟音はお前が原因なのか!? 一体何が起きたのだ!?」


「いや、色々とあってな……。とにかく地下のリザードマン達の様子がおかしい。既に王城ではヴォルティス兵との間で戦闘も始まっている」


「リザードマン達が……? では少し前に城の方から聞こえてきた音がそうなのか……? もしかしてリザードマン達が、我らの革命に合わせて蜂起してくれたとでも言うのか!?」


「それならまだ良かったんだがな……。どうやらヴォルティス家とルード家の両方を相手に戦を吹っ掛ける気らしい……。現にたった今地下道でリザードマンの大群に出会ったばかりだ。ここもいつ襲われるかわからない。土魔法使いを警戒に当たらせてくれないか」


 それを聞いたウサミミの青年は、文字通り豆鉄砲を食らったような顔を浮かべた。

 何やら色々と問い質したい顔を浮かべていたものの、ハイネスとハティの顔を交互に見比べると、どうやら真実だと悟ったようだ。


「わかった……部下にはそう指示を出しておこう。それでこれからどう動けばいい? 俺がやって来た時には、既に一番と二番兵舎が押さえられていて、集める事ができた兵士はここに居る三百名だけだぞ」


「三百……」


 その少なすぎる数字に、ハイネスは言葉を失くして黙り込んだ。


「その時にヴォルティス側と小さな衝突が起きたが、現在奴らは後退して、この区画を取り囲むように包囲している。それにあれを見てくれ」


 と、ウサミミは薄らと明るくなり始めている夜明け前の空を指さした。

 ハイネスは見上げてすぐに怪訝な顔を浮かべ、その横でハティの表情が曇った。


「もしかしてヴォルティスは魔法防壁装置を作動させたのか……!?」


 と、ハイネス。そしてハティは、


「あれが王都全体を覆っているとな……? あんなものが用意してあったとは気に入らんのお。すぐにカピタンに報告せねば――!」


 と、妖精袋フェアリーパウチから無線機を取り出して呼び掛けた。

 しかし何度呼び掛けても雑音しか聞こえてこないので、犬歯を剥きだして悪態をついた。


「ダメじゃ、無線が繋がらん! もしかしたら、あの魔法防壁が邪魔をしているやもしれん。これではカピタン達にリザードマンの件を報せることも出来なければ、ステラヘイム軍と合流もできぬぞ……!」


「それと実はもう一つ報告があるのだが……」


 ウサミミは深刻な顔でそう切り出すと、ハティとハイネスを二ブロック先の交差点まで案内した。

 そして建物の陰に身を隠すと、二人に道路の先を見るように促した。

 ハティとハイネスが物陰から顔だけ出して見てみると、一ブロック先にヴォルティス兵が整列している姿が見えた。

 しかしその姿が、まるで擦りガラス越しに見ている様にぼやけて見える。


 ハティは目を凝らしてみると、ヴォルティス兵たちの前には高さが十メルテメートルはありそうな、半透明の魔法防壁が壁のように鎮座していた。

 しかもどうやらその魔法防壁は、ヴォルティス兵とともにこのルード家の区画をぐるりと包囲するように設置されているらしい。


「ここにも魔法防壁か……!?」


「妾たちは完全にここへ閉じ込められたという訳か……。前門のヴォルティス軍と後門のリザードマンか。さて、どうするべきか……」


 ハティは両腕を組むと、忌々しそうに魔法防壁を睨んだ。

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