第七十五話 蠢く陰謀

 連合王国王都ルード・ヴォル・ヴォルティス――

 海に面したこの街のほぼ中央には、魔法都市と呼ばれる由来となった中央の迷宮セントラルダンジョンの入り口が鎮座し、更にそこから西の方へ少し移動すると王城がある。


 元々は隣同士だった国が一つになったため、二つの王家は五年毎に統治権を譲り合うことで、二つの王家を存続させていた。

 その為に城には二つの巨大な塔があり、それぞれに王家の紋章が刻まれている。向かって右がヒト族のヴォルティス家、左が獣人族のルード家だ。


 今その城の王の間では、ある謁見が行われていた。

 玉座に座るのは、現在統治権を預かっている獣人族の王セドリック・ルード。長いイヌミミが白い長髪とともに顔の両側に垂れ下がっていて、どこか柔和で温厚な印象を与える老人だ。


 そしてその玉座から一段下がったところにあるもう一つの玉座に座っているのが、現在獣人族王家の補佐役を務めているヒト族の王バーソロミュー・ヴォルティスだ。

 好々爺然としているセドリック王と比べて、バーソロミュー王はまだ四十代と若く、更に油で撫で付けた黒い髪や常に何かに怒っているような三白眼のせいで、血気盛んな野心家のように見える。


 この対照的な二人の王の前に跪いているのが、古代遺跡探索隊の総隊長を務めるヒト族の妙齢の淑女ゾフィー・スミュルナだった。

 ゾフィーは身長が二メルテ近くあり、片膝をついていてもその大きさが十分にわかる。

 そしてその首筋からぶら下がっている赤い宝石のネックレス。

 それが魔族ロウマの姿を、周囲の人間の瞳にヒト族のゾフィーとして映す役割をしていた。


「さてゾフィーよ、本日は火急に報告をしたいとのことだったな? よいぞ、話してみよ」


 セドリック王のしわがれた声にゾフィーはすっと顔を上げると、開口一番大袈裟とも言える芝居じみた口調で二人の王に謝辞を述べた。


「セドリック王並びにバーソロミュー王の御二方! 本日は私めのために貴重な時間を作っていただき大変感謝いたします。このゾフィー微力ながら今後も二つの王家に忠誠を誓い、連合王国の発展に努めさせていただく所存でございます。さて、本日私めが二人の王の耳に入れたいこととは、古代遺跡探索隊の進捗具合についてでございます」


「そう言えば、先日其方から遺跡の死霊レヴェナント退治がいっこうに進んでいないという報告があったばかりじゃな。その件とはまた別ということであるか……?」


 セドリック王は目を細めて、記憶を呼び起こしながらゾフィーに問いかける。

 その斜め下ではバーソロミュー王が口を真一文字に結んで仏頂面を浮かべていた。

 その三白眼は、ゾフィーの一挙手一投足を少しも見逃さないとでも言わんばかりに睥睨している。

 しかしゾフィーは、そんな強張った空気に臆することもなく口を開いた。


「実は今度は遺跡内部で崩落の兆候が見つかったために、本日より全ての探索作業は一旦中断とし、全ての作業員を引き上げさせていただきました。なにぶん急なことであったため、このような事後報告となってしまい申し訳ありません」


「うむ。そうか、まったく上手く行かないものじゃな。死霊レヴェナントの次は崩落の可能性とは……。こうも災厄が続くとは、やはり呪われておるのかのう、あの古代遺跡は……」


 と、セドリック王はため息をつきながら白い顎鬚を撫でた。その姿を見てゾフィーの口許が微かに微笑んだ。


「――と言うのは、あくまでも表向きの理由。ここからがセドリック王に報告したい本当の話でございます」


「な、なんじゃそれは? ええい、勿体ぶるでない」


「はい。実はアルマスから死霊レヴェナント退治のために、外国から凄腕の冒険者を招聘する計画を実行したいと私に相談がありまして……。現在アルマスはその冒険者を伴って、地下遺跡に潜っている最中でございます……。本来ならば陛下の承認を得てから動くべきでしたが、外国の冒険者に頼ったとあっては連合王国の沽券にも関わる故、私の独断で進めさせていただきましたことを深く詫びたいと思います……」


「ふむ、報告はわかった。つまり本日よりの遺跡探索の中止は崩落が原因などではなく、地下迷宮の死霊レヴェナント退治のためだと言うのだな? 名よりも実を選んだ其方の苦心は痛いほどにわかる……。確かに国内の冒険者達は、中央の迷宮セントラルダンジョンで宝探しをしていた方が効率よく儲けられるからか、命の危険が伴うような死霊レヴェナント退治には及び腰であった。内密に外国から呼び寄せた冒険者に仕事をしてもらえば、我が国の冒険者ギルドの面目も保たれる。なかなかいい策だと思うぞ。して、その外国から招聘した冒険者の実力とは確かなものなのか……?」


 と、セドリック王。声音は落ち着いていたが、指先が焦れったそうに肘掛を叩いている。

 それもその筈。二人の王のうちセドリック王はステラヘイム穏健派の筆頭であり、バーソロミュー王は強硬派だからだ。

 二人の立場の違いは、そのまま遺跡探索隊にも影響を与えていて、探索隊も穏健派と強硬派に二分されていたのだが、その穏健派のメンバー達が死霊レヴェナントを退治出来ない限り、遺跡探索から撤退すると尻込みをしてしまっていた。


 そうなれば自ずと遺跡探索の実権は強硬派に握られてしまい、そればかりかそこから出土した遺物によっては、ステラヘイム強硬論が貴族院どころか国内全土へと広がりかねない。

 それがセドリック王を憂鬱にさせている原因だった。


「人選はアルマスに一任しておりますので私も詳細は知りませんが、彼の話によれば実力も実績も折り紙つきであると」


「ゾフィーよ。其方は探索隊の総隊長であろう。その総隊長がその様な消極的な態度では困るの。部下が行うことに対して、もっと責任を持って把握しておいてもらわねば、総隊長という役職はただのお飾りと受け止められても致し方ないぞ……? 」


「申し訳ありませんセドリック王。ただ今回の件は、アルマスからどうしても内密に行いたいと直訴がありましたので、彼の意思を汲んで私も干渉は避けておりました。しかしセドリック王が仰るのならば、明日にでもアルマスを招聘して、直々に今回の計画と人選の詳細を説明させましょう」


 そのゾフィーの言葉に一早く反応したのはバーソロミュー王だった。


「ゾフィー、それは少し待たれよ。アルマスはとても優秀で責任感の強い男だ。そんな男が内密に行いたいと頭を下げたのには、それなりの理由があるはず。それを力任せに白状させることが果たしてよいものか!? もしかしたらそれでやる気を削がれて、肝心の死霊レヴェナント退治までもが失敗に終わる可能性がある。アルマスが外国からどんな冒険者を連れてこようが、我々は死霊レヴェナントを退治さえしてくれたら、それにこしたことはない。ならばセドリック王よ、アルマスからの説明は全てが終わってからでもよろしいのでは……?」


「そうだな。バーソロミュー王の言うとおりだ……。但しゾフィーよ。総隊長として出来る限りのサポートはしてやってくれぬか」


「仰せのままに」


 そして従者に支えられて、ヨロヨロとした足取りで去っていくセドリック王。

 その後ろ姿に、バーソロミュー王が思い出したように声を掛けた。


「――そう言えばセドリック王よ。こんな噂はご存知でありましょうか!?」


「噂……? それは一体どのような……?」


「最近地下に隔離しているリザードマン一族が、頻繁に地上へ出てきては物乞いのような真似をしております。しかもそれを取り締まるはずの憲兵隊が何故か見て見ぬふりをしているというのです。そしてどうやらその原因は、アトレオン王子が憲兵隊に圧力をかけていると……」


「アトレオンが……? あの子にも全く困ったのものじゃ……」


「きっと同じ獣人族であるリザードマン族の処遇に、心を痛めておられるのでしょう。しかし十年前のリザードマン族を中心とした流行り病の大感染は、もう少しでこの王都に深刻な事態を招きかねないところだったのはよく覚えておいででしょう?」


「うむ、よく覚えておるとも……。忘れられる訳がなかろう……。わしはリザードマンを切り捨てることによって、獣人族の立場を守ったのじゃから……。リザードマンの長と民には償っても償いきれん……!」


 そう吐き捨てるように呟くセドリック王に対して、二周り若いバーソロミュー王は顔に薄笑いを浮かべたまま、慇懃無礼な振る舞いを止めようともしない。


「そんなに自分を責めるべきではありませんよ、セドリック王。全ては流行り病の原因が特定できれば終わることなのです。そうすればリザードマン族は、昔と同じように地上で暮らすことが認められる。しかしアトレオン王子の振る舞いは、まるで十年前に私とあなたで決めた協定に不服でもあり、なし崩し的にリザードマン族を地上へ戻そうとしているように取られかねない。違いますか?」


「そ、それは……」


「実際すでに一部の貴族たちが、私に進言してくるのです。アトレオン王子の行動はセドリック王だけでなく、私の顔にも泥を塗る行為ではないかと……」


「バーソロミュー王よ、その忠告はありがたく受け止めることにしよう。アトレオンは昔から優しすぎるきらいのある子じゃった。私からよく言って聞かせるので、今回のことはどうか大目にみてやってほしい。勿論リザードマン族の件は、今まで通りじゃ……」


「わかりました。私の方でも貴族たちによく言ってきかせましょう」


「すまぬな。恩に着る……」


 弱々しい声でそう言い残すと、従者に支えられて王の間を出て行くセドリック王。その背中は痩せ細り丸まっていて見るからに弱々しい。

 王の間に取り残されたバーソロミュー王とゾフィーは、扉が閉まってセドリック王一行の気配が無くなると、ようやく顔を見合わせた。

 その両者の顔には、ともに薄い笑みが張り付いている。


「ふん。死に損ないの老いぼれめ。さっさとくたばりやがれってんだ。いいかゾフィー。貴様とは既に一蓮托生の間柄。だから特別に教えてやろう。十年前のリザードマンの流行り病は、俺が見つけてきた魔法薬剤師に作らせた薬が原因だ。王になったばかりの俺が、セドリックの爺さんに舐められないように仕組んだんだ。しかしここまで上手くいくとはな! 獣人族が血眼になって病気の原因を探っても手がかり一つ見つからないとは、あの薬屋は相当腕利きだったようだ。今は墓の下でお寝んねしているが、勿体無いことをしたようだ!」


 と、豪快に笑うバーソロミュー王。

 ゾフィーも口に手を当てて一緒に笑っていたが、その瞳は冷静にバーソロミュー王の一挙手一投足を注視していた。


「ゾフィーよ。俺がこの話をした意味がわかっているだろうな!? 今後もこの国で生きていく為には、お前は俺の手足となるしかないのだぞ!?」


「ふふ、勿論よくわかっておりますともバーソロミュー王。忠誠を示すためにも、早速バーソロミュー王にお伝えする情報がございます。アルマスが連れてきた外国の冒険者と言うのは、実はステラヘイムを魔族の手から救った救国の英雄と呼ばれている冒険者でございます。更にステラヘイム家第一王女のユリアナ・ベアトリクス・カカ・ステラヘイムが同行しており、既に一緒に地下遺跡へと潜っております」


「民から姫王子と親しまれ、黄金聖竜様の加護を受けていると言われる、ステラヘイムの跳ねっかえり娘か。噂には聞いておる。くく、暗殺者役には申し分ないな。いや、金貨の山で釣りがくるほどだ!」


「それで見張りの者の話では、どうやら冒険者と姫王子は一旦別行動を取るようで、姫王子は今日中には地下迷宮から森の屋敷へと戻るようです」


「ほう! それはまた好都合ではないか! これ以上セドリックの老いぼれた顔を見せられるのは、辛気臭くて我慢ならなかったのだ! セドリック王暗殺の罪を姫王子に被せて、連合王国はヴォルティス家単独統治のもとステラヘイムへと戦争を仕掛ける! 勿論地下迷宮で新しい遺物の発見があればの話だが、これで全ての下地は整った。ゾフィーよ! 俺こそが代々の王たちの融和路線が間違いだったことを証明してみせよう! 国に二人の王はいらぬのだ! 歴史が動くぞ! 俺についてきた事を後悔はさせん! 俺に忠誠を示す者には種族の違いなど些細なこと! いい夢を見させてやる!」


 三白眼を見開き両拳を握り締めて武者震いするバーソロミュー王。

 その傍らで跪いていたゾフィーはすっと頭を下げると、ニタリと微笑んだ。

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