第七十四話 深淵へ

 俺がこの世界にやって来てからのこれまでの経緯を話し終えると、ミナセの第一声は「やってらんねえ」だった。


「――俺だって三兵科のABCアーマードバトルコンバットスーツに、八号やライラ、それにヘルランクで取得できる高レベル武器とグランドホーネットがあれば、魔族なんか一度や二度どころか何度だって撃退してやるよ! それなのにこの異世界転移格差はマジでやってらんねえ! 正直に言って、俺とタイガの立場は逆転していた可能性だってなきにしもあらずだ。タイガには悪いが、トリプルケイト・エピデンドラムを獲得している俺の方が優遇されて然るべきだろ? しかし実際はそうじゃなかった。だからこそ、この理不尽さにやってらんねえと思うと同時に、タイガのことがクソ妬ましい……」


 と、正直すぎる感想を毒混じりに吐くミナセ。しかし、ため息をつくと一転して相好を崩した。


「――なんて過ぎたことをグダグダと言っても仕方ないんだけどな。実際タイガがここへやって来てくれて俺は嬉しいよ。いつやってくるとも知れない魔族の襲撃に備えて、穴の底に篭ってるのもいい加減疲れてたんだ……」


「じゃあ俺と一緒にグランドホーネットへ来ないか? それにマシューたちの村のことも、最大限援助させてもらうから」


「ねえ、ミナセそうしてよ。おいら、ミナセと一緒に村で住めないのは残念だけど、旦那の世話になってミナセが安全に過ごせるのなら、そっちの方が今よりも何万倍も嬉しい。だからそうしよう……?」


 マシューはミナセの腕にしがみ付いてせがんだ。

 その様は兄におねだりをする幼い弟という、微笑ましい光景に見えなくもないが、マシューの今にも泣いてしまいそうな顔を見れば、その切実な思いは痛いほどに理解できた。


「ああ、マシューには随分と心配かけたんだもんな。それももう終わりにしなくちゃな……。なあタイガ、マシューと村のちびっ子たちのことを本当にお願いしてもいいのか……?」


「ああ、勿論だとも。当然ミナセはグランドホーネットへ来るんだろ? 違うのか……?」


「……それよりも、この遺跡にはここみたいな部屋が、ここも入れて全部で十個あるんだ。部屋の内部はどれも同じような造りをしていて、真ん中に魔法石の結晶がどんと置いてあるだけだ。それ以外には面白いくらいに何もないよ。別に山のような財宝が眠っているわけでもない。でも、この何も無いって言うのが、逆に興味をそそられる。一体誰が何の目的で、こんなどでかい遺跡を作ったのやら。なあ、興味が湧かないか……?」


 と、ミナセは悪巧みの仲間を探しているような、いたずらっ子の様な顔を浮かべた。

 俺の隣ではアルマスさんがメモを取りながら「うん、うん」と、ミナセに同意している。


「ミナセはもうこの遺跡全てを?」


「伊達に何か月もこんな所で暮らしてないよ。もしかしたらこの遺跡は、何かの祭事のために建造されたのかもしれないけど、それにしてはいろいろとおかしい所がある」


「おかしい? 具体的にどこが?」


 ミナセの思わせぶりな発言に、知らぬ間に好奇心が掻き立てられていく。


「そう聞かされると、やっぱり気になるだろ? じゃあ出血大サービスで教えてあげよう。まずは部屋の中央に鎮座する魔法石。その魔法石に指一本でも触れようものなら、天井から幾つものゴーレムが降ってきて、侵入者を排除しようとする。最初はそんなこと知らないから、ゴーレムに追いかけられて苦労したけど、部屋から一歩でも出ればそれ以上は追ってこなかった。十の部屋全てで試してみたけれど、全部一緒の反応さ」


 その話に真っ先に食いついたのはアルマスさんだった。


「――そ、その話は本当ですか!? これまで警備システムが施されていた遺跡は、レアな遺物が数多く手付かずで残されていました! しかもここは今まで地中に埋もれていて誰も存在を知らなかったので、盗賊だって手の付けようがない。タイガさん、これはもしかしたら新発見が期待できそうですよ!?」


 アルマスさんはすっかり興奮していて、早口でそうまくし立てた。

 ミナセはそんな彼の反応を見ると、満足げな笑みを浮かべて俺を真正面から見据えた。


「しかし本題はここから……。十の部屋の更にその下――最下層へ辿り着いたら、そこだけ雰囲気が違っていた。街が一つすっぽりと入ってしまいそうなくらい広い空間の中央に、一際大きい魔法石の結晶が鎮座していたんだ。そしてその横にあるのは、一冊の古びた本だ。俺はその本を手に取ろうと近付いてみたけど、あと数歩のところで突然物凄く嫌な予感がしたんだ。背筋がひんやりすると言うか、とにかくそんな感じだ。もしかしたらゲームで鍛えた勘が働いたのかもしれない。それで俺はそれ以上近付くことは諦めた。でも遠目にみた感じでは、本は皮張りの表紙で豪勢な作りをしていて、表紙には古代文字らしきものも見えた。そんな興味を惹くものが、そんな風にあからさまに意味深に置いてあったら気にならないか? 気になるだろ……?」


「そ、その話が真実だとすると、そこにあったのは間違いなくヘイムスクリングラに間違いありません!」


 と、突然アルマスが素っ頓狂な声を張り上げて、興奮おさまらぬ感じでミナセへ詰め寄った。


「ああ、本当だよ。そんなことで嘘をついてもメリットないだろ?」


「ところでアルマスさん、そのヘイムスクリングラとは?」


 と、俺。


「簡単に言えば魔術書のことです。古代四種族の時代には、魔術書全般をヘイムスクリングラと呼んでいたので、我々は発見された古代魔術書をそう呼称して、現代魔術書と線引きしているのです。そして、この古代魔術書ヘイムスクリングラは、これまで世界中で発掘されたのは僅か三十冊程度。たったそれだけの発見にも関わらず、そのお陰で現代の魔法技術がどれだけ発展したことか! その古代魔術書ヘイムスクリングラの新たな一冊が、この地下に眠っているとしたら世紀の大発見ですよ、これは……!」


「な? 気になるだろ?」


 ミナセは勝ち誇ったように肩を竦めて見せた。


「つまりミナセがここを出るのは、一旦最下層へ潜ってそのヘイムスクリングラを回収してからにしたいってことか?」


「だってお宝を目の前にして、このまま放っておけるかよ。それに今話したように、この上層階にある魔法石にすら警備用のゴーレムを用意しているくらいなら、ゴールの一番大事な物を仕舞っている最下層には、それ相応の警備を用意するもんだろ? この閉鎖空間でこんな大勢の人数で出掛けても意味がない。わざわざ被害を大きくしてくれって言ってる様なもんだ。それにマシューも居るしな。だから最下層へは俺とタイガの二人だけで行けばいい。そうは思わないか……?」


「俺と二人か……」


 予想外の提案に俺は思わず考え込む。

 ふとエマリィとハティを見ると、二人とも小さく首を振ってミナセの提案を拒んでいた。

 確かにこれが何かの罠という可能性はあるが、これまでのミナセの話の中で特に不自然なところはなかった筈。

 それに同じ稀人マレビトである俺を罠にかけるメリットが思いつかない。

 しかし、俺たちはまだ知り合ったばかりだ。

 ここは慎重に保険をかけておくべきだろう。


「俺と二人と言う提案だけど、その理由は今の話以外になにかあるのか? 個人的には少し前に地下に落とされて苦労したから、エマリィを一緒に連れて行きたいんだけど?」


「あのな。最下層までのルートは一本道とは言え、生身の肉体だとどんなに急いでも、最低でも丸一日はかかるだろう。そしてまた上ってくるのにもう一日。いや帰りは上りの坂道になるから、二日は見るとしよう。で、道中の魔物モンスターは毎日俺が駆除しているから、数はそんなに多くはない筈だ。その状況で少なく見積もってこの日数なんだ。でも魔物あいつらはちょっと気を抜けば、すぐにどこからともなく湧き出すからな。魔物モンスターの状況によっては、もっと日にちがかかる可能性もある。でもABCアーマードバトルコンバットスーツを着た俺たちなら、そんなの気にせず走って行って戻ってくれば一日もかからないんだせ? どっちがお得で効率的かって話だよ」


 確かにミナセの言い分には一応の説得力があるし納得もできる。

 それでもここは異世界だ。

 念には念を。、


「それならば大丈夫。俺とエマリィにはこれがあるから――」


 と、俺は妖精袋フェアリー・パウチから背負い子を取り出した。

 しかしミナセは背負い子よりも、妖精袋フェアリー・パウチの方に釘付けである。


「かーっ! 妖精袋フェアリー・パウチまで持ってんのかよ! もう爆発しちまえよ! ああっやってらんねえ! もう好きにしてくれ!」


 再三のミナセの嫉妬に俺は苦笑するしかない。

 と言うか、ここまでダイナミックに嫉妬されると、逆に俺の中の嗜虐心が刺激されて、もっとミナセを悶えさせてやりたくなる。

 いっそエマリィとイチャイチャしてみるかと企んでいると、血相を変えたアルマスさんが割り込んできた。


「あ、あの、最下層へは僕も一緒に連れて行ってくださいませんか!? この目で古代魔術書ヘイムスクリングラを見ておきたいのです! だから……!」


「おいおい勘弁してくれ。あんたは見るからに学者タイプで戦闘はど素人だろ? ちゃんと回収して戻ってくるから大丈夫だって。地上で大人しく帰りを待っていてくれよ」


 と、露骨に面倒くさそうな顔を浮かべてアルマスさんをあしらうミナセ。

 しかしそれで大人しく引き下がるアルマスさんではなかった。


「し、しかし万が一のこともあります! その最下層の警備が二人の稀人マレビトをもってしても歯が立たなかったらどうします!? これだけの遺跡の最下層です。とても厳重な警備を敷いている可能性は十分に高いです。もしタイガさんとミナセさんでも敵わないとしたら、その時点で古代魔術書ヘイムスクリングラを、我々が手にするチャンスは半永久的に巡ってこないでしょう! だからこそこの自分の目に古代魔術書ヘイムスクリングラの表紙だけでも焼き付けておきたいのです! 装丁を眺めるだけでも、そこから何かが得られることはあるかもしれないのです! だから僕もお供させてください。どうかお願いします!」


「そうは言ってもなあ……。あんたを一人連れいくだけで、大幅なペースダウンになるんだぜ。そんなのかったるいだろ……」


 しかし頭を下げて微動だにしないアルマスさんに、ミナセはしどろもどろになって俺に助け舟を求めてくる。

 俺としても敵国に忍び込んでいるだけあって、物事は早く済んでくれた方が何かと助かる。

 だがアルマスさんの言うことも、その情熱もよくわかるだけに、何とかしてやりたいのも正直な気持ちだった。


「ねえタイガ。ボクを最初に乗せるのに使った荷台があったでしょ? あれは持って来てないの?」


「あ――!」


 エマリィに指摘されて、王命クエストでユリアナ達を捜しに行った時に、エマリィとハティを乗せるために使った荷台のことを思い出す。


「ミナセ、荷台が一つあるから、それにアルマスを乗せていってくれないか?」


「おいおい、タイガまでトチ狂ったのか? まだこの遺跡の事を知らないだろうから教えてやるけど、ここの魔物モンスターどもは、何故か突撃大好きな命知らずの連中ばかりなんだよ。奴らの姿を見かけたら、しのごの言わず引き金を引かなきゃ撤退ばかりする羽目になって、いつまでも前へ進めなくなるんだ。それなのに、そんな荷台を抱えてたら、肝心の初撃が遅れちまうじゃないか。ピクニックに行くんじゃないんだぜ?」


「それならハティも連れて行く。風狼族だからABCアーマードバトルコンバットスーツの機動力にもついて来れる脚力があるし、援護要員としても申し分ない」


「ああ、わかったわかった。もうそれでいいよ。俺の初撃に影響が出なければ、なんでもいいよ、もう……」


 多少の不服はありそうな顔を浮かべつつも、俺の申し出を渋々と了承するミナセ。

 これで話がまとまったと思ったら、ハティが妙に男前の顔を浮かべて俺を呼んだ。


「カピタン、妾もついて行きたいのは山々じゃが、ここはハッチを連れて行った方がよいじゃろ。せっかく装備も新しくなったのじゃ。性能を試すには絶好の機会じゃ」


「うん、まあ確かにそれもそうだな。多腕支援射撃アラクネシステムがあるから、荷台を担いだまま攻撃もできるしな。じゃあ八号頼むよ」


「はい、喜んで――!」


 俺と八号の会話を、きりりっと引き締まった男前の顔で神妙に聞いているハティだったが、その尻尾は高速で揺れていた。

 きっと脳内ではさっさと地上へ戻って、俺たちが帰ってくるまでの間、街へ繰り出して酒を浴びるほど飲んでやろうなどとシミュレーションをしているのだろう。

 俺は呆れつつも今回は見逃してやる事にして、ミナセとともに最下層へ向かうことにした――

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