第百三十五話 全範囲皆殺し魔法(腐食付与)を撃ち破れ!!!・1
王都西側の城壁の上に、俺は立っていた。
アマテラスF-99のスコープが捉えた映像が、ヘルメットのバイザーモニターに映し出されている。
王都から西へ二キロ程離れた草原地帯に見える不穏な影。
モニターの中心で蠢いているのは、赤黒く焼け爛れた皮膚に全身を覆われている巨大な肉塊だった。
「……こいつが黄金聖竜の言っていた
元は邪神ウラノスの体から切断された部位らしいが、千年の間に独立した生命体へと進化していたらしい。
進化と言っても、見た目は巨大な腐った肉団子そのままだ。
皮膚はドロドロに垂れていて、歪な里山のような図体には無数の目玉と口がある。その目は赤く血走っていて、口からは鋭い牙が覗いていた。
そんな全長が三百メートル以上はある腐った肉団子が、全身をくねらせて移動する度に周囲の地面が赤黒く変色していくではないか。
「あれは……もしかして腐食しているのか……?」
俺は黄金聖竜を振り返った。
黄金聖竜は今、俺の後ろで治癒魔法で回復中だ。
その体の半分はまだ黒と赤茶色の斑に変色したままで、それがウラノスの腐食魔法の効果らしい。
「黄金聖竜にここまでダメージを与えて、触れるだけで周囲を腐らせる肉団子か。しかもそれがこちらに向かって接近中となれば、最悪な展開以外の言葉がないな……」
俺は吐き捨てるようにボヤくと、背中のエマリィを下ろして
そして足元に転がる金色の腕輪を右腕に装着すると、残りの一つをエマリィに手渡した。
これは少し前に黄金聖竜から渡されたもので、状態異常などを防いでくれる
これを装着しておけば腐食も防げるらしい。
アルティメットストライカーを装着して準備が整うと、頭の中で黄金聖竜の声が響いた。
――少年よ、手を煩わせてすまないね。私は動けるようになるまでもう少し時間が掛かる。妖精族とエルフ族の援護が間に合うまで、何とかウラノスを足止めしておいて欲しい。奴は完全体ではないとは言え、その力は未知数だ。封印されていた千年の間に、どんな力を身に着けているのか窺い知れぬ。十分に気をつけておくれ。
『――任せてください、と大見得を切るつもりはないですけど、あんな未知の怪物相手にこの力がどこまで通用するのか、ちょっとワクワクしている自分も居るんですよね。まあ期待しないで見ててくださいよ。あ、約束のマイケルベイコールを一緒にするの忘れないでくださいね』
俺は頭の中でそう答えると、エマリィを背負って城壁を飛び降りた。
そして巨大肉団子に向かって走りながら無線を開く。
「ライラ、さっき連絡したようにウラノスが王都に接近中だ。市民の避難をとにかく急いでくれ。それでレーヴァテインは行けるか――!?」
――はい、こちらライラちゃん! レーヴァテイン既に発射体制整っています! いつでも撃てますよ!
「よし、ぶちかませっ!」
直後、背後上空から轟音が鳴り響いたかと思うと、遥か頭上へと消えていく。
そしてまたゴゴゴッと轟音が近付いて来たかと思えば、雲の切れ間から白い筋を曳きながら五つの飛翔体が出現した。
「エマリィ衝撃波が来る。防壁を頼む!」
即座にエマリィが俺たちの前方に魔法防壁を展開。
その直後、ウラノスが白光に包まれた。
一瞬遅れて巨大な五つの火柱が立ち上がる。
巨大な火柱はそのまま絡み合い、一つの爆炎となって空を黒く赤く焦がした。
大地が揺れる。轟音が空気の層を震わせる。
一キロ近く離れているにも関わらず、魔法防壁もギシギシと軋み音を上げた。
「すごい! サウザンドロルの時に見た神の矢だね! これならばウラノスも――!」
「いや――」
背中のエマリィはレーヴァテインの威力に興奮していたが、俺は冷静にモニターが映し出す爆炎を見つめていた。
そして猛火と黒煙の中からゆらゆらと這いずり出て来たウラノスの姿を見つけて、俺は案の定と言う感じに溜息をついた。
とは言っても、魔族タリオンでさえレーヴァティンの攻撃は乗り切っているのだ。ならば邪神ならば尚の事。
とにかくここまでは想定の範囲内。
問題はここから――
「さて、今の一撃でどこまで削れたのやら。ライラ、システムダウンはしていないか!?」
前回レーヴァティンを使用した時は、魔法石不足もあって一度の発射でシステムダウンをしてまった。
しかし今回は完全具現化しているから大丈夫の筈だが、念のために確認しておかなければならない。
そしてライラから大丈夫だと言う回答を貰うと、続けざまに指示を繰り出した。
「わかった。レーヴァティン次弾のタイミングはこっちで出す。リロードが終了するまではミサイル全種を撃ちこんでくれないか」
――ライラちゃんかしこまり!
無線が切れると、俺は早速両肩に必殺のストライクバーストドリフターをダブルで装備。
続いて右手に最強の狙撃ライフルアマテラスF-99、左手には安定感抜群の誘導ミサイルランチャー、キュベレーオメガを。
「さて、まずは挨拶も終わったし、この飽和攻撃でどこまで削れるやら……。邪神の実力を測らせてもらうぞ……!」
俺は巨大肉団子の向かって左、南の方角に見える丘陵地帯へ駆けながら、ストライクバーストドリフターを二つ同時に放つ。
続け様に左手のキュベレーオメガからは五十発の誘導マイクロミサイル群が、スバババッと白煙を上げて連続で飛び出して行く。
そして最後は右手のアマテラスF-99を腰撃ちでぶっ放した。
走りながら、しかも左手にキュベレーオメガを持ちながら、弾丸の排莢と装填をするボルトを操作するのは、この上ないほどに面倒くさくてやり辛かったりもするのだが、この状況では我儘も言ってられない。
何せ黄金聖竜にダメージを与える程の相手だ。その腐食攻撃は十分に警戒しなければならないので、最低でも五百メートル以上は距離を保っておきたい。
そうした遠距離攻撃で火力の高い武器だと、自ずと選択は絞られてしまうからだ。
そしてウラノスには、グランドホーネットからのミサイル攻撃が続々と着弾して火花を上げていた。
対空、対潜ミサイルは近接信管なので、ウラノスに着弾する前に巨体の周囲で花火のように炸裂している。
直接的なダメージと言う点では効果が薄いのは百も承知していたが、絶え間なくウラノスの周囲の空中で発生する爆発は、いい感じに『目隠し』として作用してくれる筈だ。
最後に対地ミサイルが肉団子の表皮に着弾して、次々と炸裂していく。
そこへアマテラスF-99の十三・九ミリナノマテリアル弾が、見た目通りぶよぶよの肉体に深々と突き刺さった。
続いてマイクロミサイル群が特徴である飛翔体間ネットワークで互いに通信を行いながら、五十発のミサイルがあらゆる方向から接近して一斉着弾。
そして最後は二つのストライクバーストドリフターが、先端のドリルを回転させながら着弾。そのままウラノスの体内深くへと潜り込んでいく。
刹那、
ズドン! ズドン!
と、巨人が大地を力いっぱい踏み鳴らしたような音が二度鳴り響いて振動が足元に伝わってくると、ウラノスの赤黒い巨体が一気に膨張した。
それはまさに圧縮した空気を一気に送り込まれた風船そのものだった。
そのままウラノスの肉体は、二つのストライクバーストドリフターが体内で引き起こした爆発の凄まじい圧力によって引き裂かれそうだった。
「そのまま弾けちまえ……!」
モニターを注視する俺も、知らず知らずのうちにグリップを握る両手に力が篭っていた。
しかしパンパンに膨らんだ肉体の膨張は臨界点を何とか堪え切ったようで、一転して空気が抜けたボールのように収縮していくではないか。
その様子を見ていた俺の口からも息が漏れる。
だが手応えは十分にあった。
ストライクバーストドリフター二発分の破壊力で、あそこまでウラノスを追い込めた。
という事は、更にプラスアルファの火力を上乗せしてやればいい。
そして
だから今のように飽和攻撃を間断なく繰り出し、フィニッシュで更に強力な火力を叩き込んでやれば――
俺は脳内で攻撃のパターンをしっかりとイメージに焼き付けつつ、気持ちも新たに飽和攻撃第二波を開始しようとした。
ところが突然周囲に音が響き渡った。
ガラスを引っ掻いたような高音と、無数の亡者が地獄の底で泣き呻いているような低音が入り交ざったような奇妙で不気味な音だ。
それが遥か前方に見えるウラノスから聞こえていると知って、背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「泣いているのか……!? なんだ、これ……」
バイザーモニターをズームにして確認して見れば、ウラノスの全身に見える無数の目玉からは赤い涙が溢れ出していて、無数の口は苦痛に喘ぐように牙を剥きだして歪んでいるではないか。
キモッ、と思ったのも束の間、全身が激しい悪寒に襲われた。
と、同時にエマリィが悲痛な声を上げた。
「タ、タイガ! これは即死魔法だよ、すぐに後退してっ――!」
「即死――!? ふざけんなっ……!」
ウラノスに背を向けてがむしゃらに走っていると、またしてもエマリィが悲痛な声を上げた。
振り返ればウラノスを中心にして、地面が放射状に赤茶色へ変色しているではないか。
そしてそれは当然俺たちが走る方にも迫っている。
「もしかして――腐食が拡大しているのか!?」
俺はエマリィを背負ったまま懸命に走った。
しかし腐食の勢いの方が早く、あっという間に足元の地面が赤茶色へ変色して俺たちを追い抜いていく。
俺は
「――エマリィ大丈夫!?」
「う、うん。少し体がピリつくけど……黄金聖竜様のくれたこのブレスレットのお陰みたい。それにステラヘイム城の宝物庫で見つけた賢者のローブも守ってくれてるみたい……」
「おお、そうか、良かった――」
俺はとりあえず安堵の息を吐く。
そして目の前に見えた腐食した大地と通常の大地の境目を見つけると、ひとまずはそこで足を止めた。
「エマリィ、あの魔法に何か心当たりはある!?」
「うん、ウラノスの叫び声、あれが魔法だったんだ。
「じゃあ、あの泣き声の近くに居たら、また魂が飛ばされていた可能性があるのか……」
俺は古代遺跡の地下で魂を飛ばされた時の事を思い出していた。
苦痛は一切感じず、むしろ心地よさすら感じているうちに、意識が底なし沼に落ちるみたいに遠のいていったっけ。
恐らく今回俺とエマリィが平気だったのは、黄金聖竜が授けてくれた腕輪のおかげだ。
それがなかったと思うと、ただただゾッとするだけだ。
「そうか、腐食しか頭になかったけど、この腕輪は状態異常全般に効果があると言っていたものな。本当に助かった……。そうだ、腐食と言えば……」
俺は遥か遠くに見えるウラノスと、赤茶色に変色した大地を改めて見渡した。
「ここからウラノスまでの距離が約一キロ……。この腐食は即死魔法の付与効果として、大体半径一キロ圏内が即死魔法の範囲と見ればいい訳か……」
「たぶんそれで間違いないと思う。そしてウラノスに近付けば近付くほど、即死と腐食の効果は大きくなると思っていい筈」
「黄金聖竜の腕輪があるとは言え、遠距離攻撃に徹しておいた方が間違いなしという事だな。なんだ、じゃあ最初のプラン通りでいいじゃん。もっとも、あんな化け物をこのまま王都に向かわせたら、下手をしたら王都は全滅だ。こりゃ妖精族やエルフ族の援軍到着を待つなんて、悠長なことは言ってられなくなった訳だ……」
フェイスガードの下で、俺は思いきり引きつった笑みを浮かべていた。
ウラノスは南側へ避難した俺たちには一切目もくれずに、東の王都に向かって驀進中だ。
「くそ、ムカつくな……。こっちが嫌がることを良くわかってる……! エマリィ、時間勝負だ。さっきの地点までもう一度戻る。俺の魔力をガンガン使っていいから治癒と防御をガンガンやってくれ!」
「わかってる! ボクに任せて!」
俺たちは再度ウラノスに向かって駆け出した。
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