第六十二話 宝物庫と夜中の俺の部屋

 翌日――

 俺たちマイケルベイ爆裂団への褒章授与式は、グランドホーネット号の多目的ルームでひっそりと行われた。

 その後は城へ帰るヨーグル陛下とオクセンシェルナとともに、スマグラー・アルカトラズでダンドリオンへ。

 メンバーは俺とエマリィとライラ、そしてユリアナ姫王子だ。

 今回ほかのメンバー達には、グランドホーネットの警備で残ってもらうことに。


 王城の庭園にスマグラー・アルカトラズが着地すると、そこで陛下とオクセンシェルンナとは別れて、俺たちはユリアナ姫王子の先導で、王城の地下にある宝物庫へと向かう。

 王城の一階にある何の変哲もない執務室へ案内されたかと思うと、中には二十歳前後の栗色の髪をした青年がにこやかな笑顔で待ち構えていた。


「ユリアナ姫王子様! それにタイガ殿とマイケルベイ爆裂団の皆様お待ちしておりました! 僕が本日皆様のご案内を努めさせていただきます、クリーム・ササ・レオパルドと申します! どうぞよろしくお願いいたします!」


 執務室の壁には天井まである大きな扉があって、その前には二人の衛兵が立っている。

 今は扉は開け放たれていて、その先には地下へ続く階段と、壁に埋め込まれた貯光石の照明が見えた。


「それではこちらへどうぞ。一応宝物庫の中では勝手に歩き回らないで、必ず僕のあとをついて来てくださいね。一部エリアでは魔法の罠がそのまま作動していて、とても危険ですから」


「罠が作動しているってことは、宝物庫の中でも重要度が高いってことだろ? 今日はそっちは見せて貰えないのかな?」


 俺が少し不満そうにそう尋ねると、クリームは申し訳なさそうに答えた。


「いいえ……実は宝物庫の中には、長年の警備により多種多様な魔法の罠が至る所に掛けられていて、それを全て解除するには半年――いや、一年はお時間を頂かないと無理なのです……!」


「一年!?」


 俺とエマリィ、ライラの三人が見事にハモった。


「でもご安心ください。いま僕が首にぶら下げているこのペンダント。これを掛けている人間には、罠は反応しないようになっていますから! だから中では絶対にはぐれたり、好き勝手に歩き回らないでくださいって事なのです」


 と、クリームは爽やかな笑顔を浮かべて、首からぶら下げている紫色の宝石が埋め込まれているペンダントを、どこか誇らしげに見せ付けた。

 その後で彼を先頭に石造りの階段を降りて行くと、すぐに堅牢なドアが現れて、それを潜ると地下の巨大な空間が出現した。


 広さは野球場二面分くらいだろうか。床から天井までの高さは、日本の平均的な家屋がすっぽりと入りそうなくらいはある。

 更に直径三メートルくらいはある石柱が等間隔に並んでいて、その様は昔テレビで見た首都圏外郭放水路を彷彿とさせた。それの縮小版といった雰囲気だ。

 その広大な地下空間には、大小様々なガラスケースが整然と並べられているので、まさに圧巻としか言いようがない。


「それでは今日はどうなされますか? 一つずつ全てを見て回りますか? それともある程度の要望を言っていただければ、僕が直接案内することもできますが?」


「ちななみにお宝って全部で幾つあるんだ? いやこれだけの量だ。把握しきれないか……」


「いえ、大丈夫ですよ。現在ここに保管されているステラヘイム家家宝は、全部で二万四千五百三十一アイテムになりますね」


 と、凄いことを平然と言ってのけるクリーム。

 しかもドヤ顔で自慢げという訳でもなく、何故か申し訳なさそうにしているので、何故かつられてこちらまで申し訳ない気分になってしまう。

 ステラヘイム家の納戸神は化け物なのか!?


 しかしいつまでも圧倒されて萎縮している場合でもないので、とりあえず俺たちの要望を大雑把に伝えて、それに近いものをクリームに案内してもらうことに。

 俺たちの要望はいたって明白だ。

 今回手にするお宝を使い、ミネルヴァシステムで装備の能力アップを全員が望んでいるので、それに使えそうな素材だ。

 例えばハティなら血族旗ユニオントライブを、ライラや八号は専用のデフォルト武器か、多腕射撃支援アラクネシステムの能力向上と言った感じだ。


 ただエマリィだけは使い道が思い浮かばなかったようなので保留だ。

 魔力切れに関しては、俺を魔力タンクとして利用することで解決するし、それによって高度な魔法も使えるようになって、能力アップに差し迫られている状況ではないので、とりあえず必要な時期が来るまで保留にしようとなったのだ。


 そんな訳で俺たちがクリームに出した要望は、ずばりレア度の高い素材になりうる一点のみ。

 クリームはそんな俺たちの要望に応えて、次々とステラヘイム家千年の家宝の中から、独自にチョイスして案内してくれる。


「――では、まずはユニコーンの頭蓋骨なんかどうでしょうか?」


「おお! なんか良さそうじゃないか!? ライラ貰っておいたらどうだ!?」


「じゃあ、ライラちゃんいただきます!」


「では、次はセイレーンの尾ひれの化石ですが?」


「はうう! なんかそっちの方が、水属性向上に繋がりそうじゃないですか!? はいはい! やっぱりライラちゃんはそちらにします! さっきのは八号ちゃんの分にしますから! タイガさんそれでいいですよね!? ね!?」


「おう! 貰っておけ貰っておけ!」


「それでは次は――おや!? そう言えば、こんな物もありましたね……?」


 と、クリームが思い出したように立ち止まったので、皆が興味津々に身を乗り出して、クリームの視線の先に注目した。

 その先の棚に飾られていたのは、幅が三十センチ、長さが一メートルほど、厚みは一センチあるかどうかといったところの金属板だった。

 色味は金と銀が混ざり合ったような感じで、元の世界ならばペールカラーとかホワイトゴールドと呼ばれていたはずだ。

 一体何に使われていたのか、宝飾らしきものは一切見当たらずにつるつるとした表面をしていて、貯光石の光を受けてキラキラと輝いている。

 しかし俺の第六感がもぞりとかま首をもたげた。


「――クリーム、これは……?」


「これはですねえ……。実は名称らしいものは残っていなくて、僕らの中では古代の金属板と勝手に名付けているものです……」


「古代の金属板――!?」


「はい、この金属板が王室に献上されたのは、ステラヘイム王国が建国して間もない頃なので、一体誰がどこで発見して、どのような経緯で王室へ献上されたのか一切記録は残っていないのですが、学者の調査で古代四種族文明の時代に作られた金属板であることははっきりとしています。ただその製法や用途などはまったくわかっておりませんが……」


「こ、これは貰えるのか!? 俺はこれがいいな。うん、これが欲しい」


 古代四種族文明時代の謎の金属板。

 これほどロマンが掻き立てられるお宝はないだろう。

 もしかしたらミネルヴァシステムには単なる屑鉄認定される可能性もあるが、俺は装備の向上に迫られている訳でもないので屑鉄だったとしても痛くも痒くもない。

 ならばここはギャンブルに出るべきたろう。

 だって男の子だもん。


「え、えーと、オクセンシェルナ様から承っているのは、一人一品というオーダーだけですので別に構わないのですが、本当にこの金属板でよろしいので……? 王室の職人が加工しようとしても、ノコギリもノミも受け付けずに音を上げたと聞いていますが……?」


「ああ、それを聞いてますます欲しくなった。やっぱりこれがいい!」


 すると、俺の興奮っぷりに何かを察したユリアナ姫王子がすっと割り込んできた。


「クリーム。その品はほかにもありますか? 出来れば私にも三つ用意してほしいのですが?」


「ああ、確かユリアナ様も何かの御使用で家宝を持ち出すのでしたね!? 大丈夫です。持ち込まれた時代は多少違いますが、同じような古代金属板はほかにもございますよ」


「でもユリアナ様いいんですか? 俺は自分の直感を信じますけど、まだ屑鉄という可能性は捨て切れませんよ……?」


「いいのです。もし役に立たなかったのなら、またここへ戻ってくるまでです。とにかく時間はありませんから、タイガ殿には一刻も早く、例の頼みごとに着手していただきたいのです」


 ユリアナは既にヨーグル陛下から、俺と共にロズニアおよびヴォルティス連合王国へ行くことを聞かされたようだ。

 別に戦をしに行く訳ではないが、王室の人間が敵国へ潜り込んで素性がバレないように過ごすためにも、例の注文の品を早く手に入れて落ち着きたいのだろう。


「そうですね。わかりました。どうせ出発まではまだ十日近くあります。それまでにはなんとか形にしますから安心してください」


 と、俺。

 その後でユリアナは金属板以外に二、三種の素材を選び、エマリィは偶然見つけた賢者のローブと名付けられた、漆黒の生地に金糸で幾何学模様の刺繍が施されたローブに一目惚れをして、俺たちはグランドホーネットへと帰還した。



 

 その日の夜。

 夕食を終えた後に、自室のベッドに横になって少しまどろんでいるとドアがノックされた。


「はい――!?」


 ドアを開けると、そこにはエマリィが立っていたものだから、俺は反射的に――いや本能的にエマリィに抱き付いていた。

 夜も沈みかえる頃に、乙女が一人で男子の部屋を訪れる。

 その行為の意味など考えずとも手に取るようにわかる。

 DTの俺でもニュータイプのごとく心が読み取れてしまうものだ。


「ちょ! ちょっと、タイガ落ち着いて! そういうのじゃないんだよ! どう! どう! ハウス! ハウス!」


 しかし俺はようやくエマリィが心の決心がついたと信じて疑わなかったので、感激と賞賛のキスをエマリィの白くてプニプニとしているマシュマロのような頬に浴びせようとする。

 そして、その時になってようやくドアの影に立っていた、お祖父ちゃんとアルマスの姿に気がついて凍り付くのだった。


「ひ、ひいっ! あの、これは誤解なんですぅ……!」


「ほほほ、婿殿は相当にエマリィにお熱のようで何よりじゃ。じゃが節度はきちんと守ってもらわねば困るのう!」


 と、俺の手の平を摘んでエマリィから引き離すと、そのままズカズカと部屋の中へ俺を引っ張っていくお祖父ちゃん。


「ほれ、婿殿は床じゃ 。アルマスはワシと一緒にベッドに腰かけて、エマリィはまだ妊娠したくなかったら床に座りなさい」


 俺を床に放り出すと、次々と席順を指示していくお祖父ちゃん。

 確かに小さな船室で応接セットの類も用意していないので、こういう形で座らないと大の大人が四人も座れない。

 ていうか、エマリィもそそくさとベッドを避けて床に座らなくても……

 しかしこんな夜に一体何事かと俺が困惑していると、お祖父ちゃんはベッドの上で胡坐をかいて悪戯っぽく微笑んだ。


「せっかくこうして婿殿に会えたのじゃ。エマリィの手紙に書いてあった、謎の魔方陣とやらを拝ませてもらおうと思っての。しかもちょうど古代魔法の研究をしておるアルマスも居ることじゃ。グッドタイミングじゃろ?」


「あ……」


 俺とエマリィは思い出したように顔を見合わせた。

 そして俺は着ていた貫頭衣を脱ぐと、背中をお祖父ちゃんとアルマスの方へと向けた。


「一応既にアルマスには、婿殿が稀人マレビトだという素性は教えてある。で、どうじゃアルマスよ……?」


「今日一日グランドホーネット号の中を歩き回って、機関室や八号さんの体に描かれている魔法陣も見させてもらいましたが、どれも始めて見る形のものばかりで……」


「そうか……」


「例えば外周の円が二重になっている部分だけを見れば、妖精族の魔法陣の特徴に似ていますが、中央の六芒星はエルフ族、所々に描かれた三重円は神族で、三角紋に至っては魔族の特徴なんです。古代四種族の魔法陣の特徴が満遍なく取り入れられた上に、使われている文字は四種族が使っていたとされる古代文字とはまったく別の見たことのない文字列で、こんな一見継ぎ接ぎのデタラメに描いたような魔法陣が、きちんと作動していることが一番の驚きですよ……!」


「このような高度な魔法は、黄金聖竜様の産子である我らには到底無理ということじゃ婿殿……」


 と、お祖父ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔で顎鬚を弄っている。

 しかしそれは俺とエマリィの予想でもそうだったので特段驚くことではなかったが、それよりも気になるのは、アルマスの説明にあった魔法陣の特徴の方だ。

 エマリィも同じ疑問を持っていたようで、そのことをアルマスに尋ねた。


「なぜ四種族の特徴をわざわざ魔法陣に組み込む必要があるのでしょう? そうする事で何か魔法効率が上がるとかあるんですか?」


「いや、それはないと思う。わざわざ四種族の特徴を組み込むなんて効率が上がるどころか、齟齬が生じて非効率極まりないはず。しかし何者かは、わざわざこんな手の込んだやり方を選んで、力技で魔法陣を組み上げてしまった。それの意味するところは、タイガさんをこの世界に召喚したことを、公に知られることを恐れたからじゃないのかな……。いや、勿論これは僕の推測だけども……」


 俺は大きく息を吐いていた。

 結局俺とエマリィの予想はほとんど当たっていて、それの裏付けが取れただけにすぎなかった。

 まあその裏付けも、どこまで確証があるのかという問題もあったが、そこまで疑い始めたらきりがない。

 他国とは言え、王族管理の研究院で古代魔法を研究しているアルマスの推察を信じるしかなかったし、ほんの少しだけでも真実に近付けたと思えば気持ちも軽くなる。


 俺とエマリィは自然と互いの顔を見ていた。

 俺はエマリィの不安を取り除けなかったことに、なんだか申し訳ない気持ちがあったし、エマリィはわざわざお祖父ちゃんがやって来た上に、更にアルマスまで連れてきてくれたのに力になれなかったことを詫びているようだった。

 言葉には出さなくても、互いの思いは、互いに行き届いている。

 そんな事実が、落胆気味の俺の心の中で暖かい拠り所になっていた。


「あーゴホン! 二人きりの世界に浸っているところを悪いがの、ワシは明日の早朝にここを出て行くから、またあの空飛ぶ乗り物を出してくれんか婿殿?」


「ええ、お祖父ちゃんもう少しゆっくりしていけばいいじゃない! どうせボクたちもロズニアへ旅立つんだから、その時に一緒に帰ればいいでしょ!?」


 どうやらエマリィも初耳だったようだ。


「うむ。最初はそうしようと思っておったがの。ちょっと大陸の北の方におる古い友人を訪ねてみようと思っての。もしかしたら婿殿の件で力になれるかもしれぬ。そういう訳で明日の早朝に頼むぞ」


 俺の為と言われたら断りきれないし、エマリィも少々不服そうではあったが納得したように頷いていた。


「それではその時に僕も一緒にここを出ます。向こうに戻ってタイガさん達の受け入れの準備をしなくてはなりませんから」


 と、アルマス。

 俺たちが地下迷宮で怪物退治をしている間は、連合王国内の郊外にベースキャンプを構える予定だった。その場所の選定や確保にいろいろと忙しいのだろう。

 こうして突如グランドホーネットへ訪れた二人の客人は、やって来た時と同じように一陣の風のように去っていくことになった。

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