第五十四話 シーソーゲーム
ハティが八号を引き連れて巨大ゴーレムの足元まで来た時、頭上で三発目の射出音が鳴り響いた。
強烈な風圧に森の木々が激しく戦慄き、その頭上を巨大な
ハティたちの居る場所からもグランドホーネットは目視出来たが、その艦影の後部で閃光が立ち上がったかと思うと、少し遅れて連続した射撃音が聞こえてきた。
そして空中で弾けて霧散する
グランドホーネットに装備されている百三十ミリ機関砲が迎撃に成功したのだ。
それに加えて、いまグランドホーネットは海に向かって移動している最中だ。
このまま海上にさえ出てしまえば、一方的に攻撃を受けることもなくなるだろう。
「もっともピノたちを救わなければ、いつまで経っても反撃はできん訳じゃが……」
ハティは木陰に身を隠して、頭上の巨大ゴーレムを見上げた。
ピノを含めて浚われた子供たちは十一人。
その子供たちが巨大ゴーレムの酒樽を横にしたような胴体に、ランダムに固定されている。
ハティの位置から見える限りでは、下腹に三人、左右の脇腹に三人ずつ。
姿が確認出来ない残りの二人は、背中の辺りに居ると見ていいだろう。
隣で同じように子供たちの位置を確認していた八号が、呻くように声を上げた。
「しかし、なんて卑劣な……! 子供たちを盾代わりにするなんてっ……!」
「それだけカピタンを恐れているという証拠じゃ。昨日の森でカピタンの攻撃力の高さを、厭というほどに味わったのじゃろう」
「でも、先輩がやってくるまで待ってたんじゃ、子供たちの体力がもつかどうか……」
「だからと言って、二人だけでは迂闊に手を出す訳にもいかまい。一人を助け出している間に、残りの子供たちに危害が及ぶ可能性もある。動くときは、十一人を同時に助け出さないと余りにも危険じゃ」
「そんな……! それじゃあどうやって子供たちを……!」
「とにかく今は絶好の機会を待つしかあるまい! 幸いにしてグランドホーネットはこのまま海上へ避難できそうじゃ。あとはとにかくここでじっと好機を待つのみ。しかしカピタンよ……もう妾の頭はパンクしそうじゃ! 早く戻ってきてくれぬか……!」
と、ハティが頭から白煙を噴出しそうな勢いで頭を掻き毟っていると、頭上の巨大ゴーレムから四発目の射出音が鳴り響いた。
「うむ!?」
ハティは何かに気付いて、頭上を見上げた。
三発目を撃ってからまだ少ししか時間が経っておらず、明らかに間隔が早まったように感じたからだ。
しかも発射音も、これまでよりどこか軽く聞こえたのだ。
その疑問の謎はすぐに解けた。
更に立て続けに二本目の砲台が、五発目を発射したかと思えば、二つの
百三十ミリ機関砲の弾幕をまんまとすり抜けて、無数の鉄の
立て続けに起きた鈍い衝突音と破砕音が、ハティたちの居る場所にも聞こえてきた。
「ああっ! グランドホーネットが!」
八号が悲痛な声を上げる。
「そういうことかっ……! どうやら敵は砲弾の練成の仕方を変えたようじゃ! 硬い一発に時間をかけるよりも、五十パーセントの力で練成して、発射の圧力で途中で自然と分解するようにしたのじゃ!」
「く……つまりは榴散弾ということか! 一発一発の威力は弱いとは言え、魔法石を奪われてグランドホーネットの装甲は弱まってるはず。このまま撃ち込まれ続けたら、相当にヤバいですよ……!」
「わかっておる! 敵の発射サイクルはこれから一段と早くなるぞ! やむを得んハッチよ、二手に分かれてゴーレムを攻撃するぞ! 勿論ピノたちに当たらぬよう四本足を中心にじゃ! とにかくグランドホーネットが海に出るまで、巨大ゴーレムの注意を妾たちに引き付けるのじゃ!」
「わかりました! 思い切り暴れ回って注意をこちらに引き付けてやりますよ!」
八号は弾かれたように巨大ゴーレムの反対側へ回ると、二丁ずつのグレネードランチャーとアサルトライフル、そしてベビーギャングで左前足に一斉攻撃を仕掛けた。
それを横目で見届けたハティは、
「――六合六極を取り囲む全ての風よ! 過流にして渦状の風よ! 我は軌道と渦動の中心よりここに命ずる。今我らの前に立ち塞がり、災厄と凶事を撒き散らして流れを乱さんとする者を封印せよ――
その呪文に応えるかのように、柄に巻かれていた旗が自然と解けていく。
そして真っ赤な生地に、幾何学紋様が刺繍された旗が激しく風にたなびいたかと思うと、まるで何か見えない力に引っ張られているみたいに帯状に伸びていき、巨大ゴーレムの右前足へと絡み付いた。
しかもそれだけでは終わらずに、右前足をぐるりと一周したかと思うと、旗は更にぐんぐんと伸びて右後ろ足にも絡み付いて最後は旗竿まで戻ってくると、止めと言わんばかりに旗竿に何重にも絡み付く。
あろうことか巨大ゴーレムはたった一本の旗により、その動きを封じられて前進を止めたのだ。
「ぬおおおおおおおっっっ!!! なんというパワーじゃ! しかし我が一族の血盟の証である
巨大ゴーレムは巨大な脚をギギギッと軋ませて、強引に
均衡する両者の力は微かに巨大ゴーレムが上回り、僅かながらも巨大ゴーレムの巨体が再び前へ進み始めた。
と、思われたその時――
突如として巨大ゴーレムの四本足の真下が鈍く光を放ったかと思うと、巨体がずぶずぶと音を立てて地面へ飲み込まれはじめたではないか。
「こ、これは――!?」
ハティが振り向くと、いつの間にかテルマと数名の兵士たちが、巨大ゴーレムを取り囲んで地面に両手をつけていた。
土魔法で地面を泥沼に変換し、自重で絡めとろうとしているのだ。
「――テルマか!? 助かるぞ!」
「こいつはチョー気に入らないっす! 何よりもこれだけの上位魔法を使えるのがチョー気に入らないから絶対倒すっしょ!」
巨大ゴーレムの脚は、すでに膝近くまで地面へ飲み込まれている。
ハティたちが一気に優勢になったと思われた矢先に、巨大ゴーレムの体の表面がぼこぼこと波打ったかと思うと、幾つもの鉄色の球体を生み出して辺り一面にばら撒き始めた。
鉄色の球体は地面に転がり落ちると、あちこちでカシャカシャと音を立てて熊ゴーレムへと変形していく。
熊ゴーレム軍団の突然の襲撃に、ハティの拘束とテルマたちの土魔法が弱まると、その隙をついて巨大ゴーレムが一気に泥沼から這い出して前進を再開した。
そして立て続けに咆哮する二つの大砲――
「くそ! あと少しで動きを止められるとこじゃったのに! 雑魚どもが邪魔をしおって!」
ハティは熊ゴーレムを風魔法でなぎ払いながら、グランドホーネットを振り返った。
そこに見えたのは、砲艦艇下部から白煙を上げて完全停止しているグランドホーネットの姿だった――
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