第五十三話 いま押し寄せる危機 -clear and present danger-

 グランドホーネットの艦橋の屋上で、ハティは胡坐をかいて静かに森を睨んでいた。

 ライラの無線で魔族の襲撃を知ったハティが、八号と共にグランドホーネットへ戻った時には、既に入れ替わりでタイガとエマリィは北の森へと出発したあとだった。

 そのタイガからは、森に巨大な穴があり今からそこに潜ってみると、連絡が一度あったきり音沙汰がない。

 それから既に一時間以上が経過していた。


「ハティさん。貴族さんたちの避難は無事に完了しました」


 と、八号が姿を現す。背中の多腕射撃支援アラクネシステムには、グレネードランチャーとアサルトライフルがそれぞれ二丁ずつセットされている。


「そうか。ご苦労じゃ。それでカピタンから何か連絡はあったか?」


「いえ、先輩からはまだなにも……」


「ふむ。カピタンほどの強者つわものが手古摺っておるというのか。気に入らんのお……。それに先程から風が妙に凪いでおる。この静けさが気に入らん。ハッチよ、カピタンの予想通り、敵はこちらにも仕掛けてくるぞ。ぬかるなよ。カピタンの留守は妾たちで守るぞ」


「任せてください! 先輩にせっかく武装を強化してもらったんですから大暴れしてやりますよ!」


 と、八号が気合いのこもった返事をしていると、ライラが慌てて姿を現した。


「ま、間に合ったぁ……! はい、八号ちゃんの分もたんまりあるからね!」


 と、ライラは自分の妖精袋フェアリー・パウチから、山のような弾薬を取り出して八号に手渡した。


「もう資材庫の在庫を全部使ってやりましたよ! これで正真正銘のスッカラカンです! ライラちゃんのマジカルガンも新しく作り直したしチョー頑張りました! チョー奮発してやりましたもんね!」


「まさに総力戦ですね。それにベビーギャングとマジカルガンもあるんだ! 絶対に魔族の奴らを撃退してグランドホーネットを死守しましょう!」


「うむ。準備は整ったようだな。ほれ見てみい。お転婆姫さまも加勢してくれるようじゃ。あのじゃじゃ馬っぷりには本当に困ったものじゃ……」


 と、ハティが言葉とは裏腹に、唇に笑みを浮かべて甲板を見下ろしていた。

 そこにはイーロンとテルマ、そして数十人の兵士を引き連れたユリアナ姫王子の姿が。

 ハティ達が甲板へ飛び降りると、銀色のフルプレートアーマーを着たユリアナ姫王子が颯爽と近付いてきた。


「ひ、姫王子様、どうして……? 先程シタデル砦へ避難したばかりなのに……!」


 八号が困惑した顔を浮かべていると、ユリアナは悪戯っぽく微笑んで豊満な胸を張って見せた。


「タイガ殿は私にも避難しろと仰っていましたが、私はグランドホーネット駐在書記官です。お世話になっているこのふねの危機に、一番に逃げ出していたとあっては末代までの恥。それにグランドホーネット号はタイガ殿の所有物の自治領とは言え、ステラヘイム王国の宝であることは間違いありません。このふねを守ることは、ステラヘイム家の者として、王国の騎士として当然の務めでございます」


「ううー、でももしも姫王子様の身になにかあったら、ライラちゃんがタイガさんに殺されてしまうような……」


 顔面蒼白になって苦悶の表情で頭を掻き毟るライラ。その肩をハティがポンと叩いた。


「副艦長よ、そう気を揉むな。カピタンが手古摺っているような相手じゃ。どんな手を使って仕掛けてくるかわからん。ここは一人でも戦力が多いほうが、グランドホーネットを守れる確率があがる。それに戦場で起きてしまったことを、ああだこうだと責めるような器の小さい人間ではないと思うぞ。カピタンも姫王子様もな」


「そ、そういうもんでしょうか……?」


 ライラが顔を上げると、ユリアナはこくりと力強く頷いた。


「わ、わかりました……。それではお願いしますぅ……」


「恩に着ます、ライラちゃん殿! よし、それでは弓兵と魔法兵は交互に整列して甲板を取り囲め! 敵は空からゴーレムを降らせてくるぞ! 空の警戒を怠るな! 怪鳥を見かけたら直ちに撃ち落せ! 魔族だからと臆するな! ステラヘイム王国騎士団の底力を見せつけてやろうぞ!」


 ユリアナの大号令で、兵士たちがてきぱきとした動作で配置についていく。

 そしてイーロンとテルマは、それぞれ兵士を数名引き連れたまま姫王子の傍らで待機している。


「イーロン隊は私の護衛を頼む! テルマ隊はゴーレムの確保を優先しつつ、戦局に合わせて臨機応変に動け! 二人とも任せたぞ!」


「仰せのままに!」


「テルマチョー頑張るっす! じゃあイーロン、魔法戦艦の上は土魔法が使えないから、自分たちは下で待機してるっす。どんどんゴーレムをチョー突き落として!」


「任せておけ。あの魔法技術を手に入れるのは国益にもなるからな」


 テルマはイーロンと拳を付き合わせると、数名の兵士を引き連れて去っていく。

 そして甲板上の兵士たちの配置が終わってしばらくすると、艦橋の屋上で仁王立ちになって周囲を警戒していたハティが、南の空で動くものを見つけて犬歯を剥き出した。


「――南じゃ! 南から来るぞ!」


 南から急接近してくる怪鳥を目掛けて、弓矢と火球や水球の弾幕が張られるが、怪鳥は巧みに攻撃をかわしてグランドホーネット上空を、ぎりぎりの高さで縦断していく。

 そしてバラバラと二足歩行型の小型ゴーレムが甲板上に降り注がれた。


 甲板上にばら撒かれた小型ゴーレムは百体近く。

 兵士たちは対空戦から近接戦の変化にも、特に混乱することなく落ち着いて対応していた。

 それも甲板中央で指揮を執っている、ユリアナの力と存在感が大きいだろう。

 ライラと八号も多腕射撃支援アラクネシステムを上手く使いこなして、次々と小型ゴーレムを駆逐している。


 しかし屋上のハティだけは、その戦闘に参加しようともせず、ずっと仁王立ちのまま飛び去っていく怪鳥の姿を追い続けていた。

 そして怪鳥が近場の森の影に身を潜めたことを確認した刹那、ハティが犬歯を噛み締めて大きく武者震いした。


「ライラ! すぐに司令室へ入るんじゃ! 小型ゴーレムは撹乱じゃ! 本命が来るぞ!」


 ハティの大声疾呼に、ライラや八号やユリアナたちが、その視線の先を追いかけて絶句した。

 何故ならばグランドホーネットからそう遠く離れていない森の中に、知らぬ間に巨大なゴーレムが佇んでいたからだ。

 その四足歩行の巨大ゴーレムは、タイガ達を急襲した小型ゴーレムをそのまま大きくしたような姿形をしていて、高さは約五十メートル全長にして七、八十メートルと言ったところか。

 そして頭部には巨大な砲台と、臀部には土砂を掬う尻尾がそれぞれ二つずつ。


「あ、あんなのと戦わなければならんのか……! 一体カピタンはどこで何をしておるんじゃ……!」


 ハティが珍しく弱気に愚痴をこぼしていると、巨大ゴーレムに動きがあった。

 巨大ゴーレムが四本足を動かしてぴたりと、その二つの大砲をグランドホーネットへと向けたのだ。


「――く、来るぞ! 大砲じゃ!」


 ハティがそう叫ぶと同時に、巨大な射出音が空全体に響き渡った。

 大砲が射出したのは、直径十メートルはある巨大な星球モーニングスターだ。

 鉄色の星球モーニングスターは、高回転で空を切り裂きながら一直線に飛んでくると、グランドホーネットの右舷へ直撃した。

 衝撃で大きく揺れるグランドホーネット。

 ハティは屋上の床に投げ出されるが、すぐに体勢を整えると、屋上の端から身を乗り出して被害を確認した。

 そして船体に穴が開いていないことを確認してほっとため息をつく。


「さすが魔法戦艦じゃ! あの攻撃を食らってびくともせんとは――!」


 しかし、ハティが胸を撫で下ろしたのも束の間。

 二発目の星球モーニングスターが同じ場所へ直撃して、船体に大きな凹みが出来てしまう。


「あんなものを何発も食らってはふねが持たんわ! ライラ何をしておる! 早く反撃せんか!」


 ハティは苛立ちながら、司令室前の回遊見張り台へ飛び降りてガラス越しに叫んだ。

 司令室の中では、ようやくライラが操縦席へ着席したころだった。


「任せてください! 大きな武器は使えませんけど、百三十ミリコンバット砲で蜂の巣にしてやりますよ! うひひぃーっ!」


 そう血走った眼で嬉々として操縦席のレバーを握ると、その動きに合わせて甲板後部に設置してある単装砲が回転して、砲身を巨大ゴーレムへと向けた。

 そして、ライラがまさに操縦桿のスイッチを押そうとしたその時――


「ち、ちょっと待て! 待つのじゃライラ!」


「な、なんなんですかぁ!? 撃てと言ったり撃つなと言ったり……!」


「い、いや、巨大ゴーレムをよく見てみるんじゃ……!」


「うん……!?」


 ライラは目を細めて巨大ゴーレムを凝視すると、その顔が愕然とした表情に包まれた。

 無理もない。ライラが見たものは巨大ゴーレムの胴体に、等間隔でぶら下げられている浚われたピノと村の子供たちだったからだ。


「そ、そんな……。これじゃ反撃なんて出来っこないじゃないですか……!」


「敵もそれが狙いじゃろうて。カピタンをどこかで足止めしている間に、このグランドホーネットをボコボコにする気じゃ! それも一切の反撃を許さない状況でな! なんという胸糞の悪い敵じゃ!」


「じゃあ逃げるしかないってことですか……!?」


「悔しいが子供たちを助けるまで、こちらから手出しは出来ん。それにあれだけ巨大な砲弾を生成するには時間がかかる筈。その間にライラは少しでも遠くに、グランドホーネットを動かせ。そして攻撃されたら砲弾だけ撃ち落すのじゃ。この魔法戦艦ならばそれ位朝飯前じゃろ!?」


「確かに砲弾を撃ち落すことは可能ですけど、ハティはどうするんですか!?」


「妾はハッチと共にピノたちを助けに行く。その間甲板の敵は、姫王子たちに任すしかないがのお……」


 すると、ハティとライラの名を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、ピピンが二人の前に姿を現した。

 ピピンは全速力で空を飛んできたらしく、ハティの頭の上でぜーぜーと肩で大きく息をしている。


「――ピピン!? お主はピノと共に浚われたのでは!? 今までどこにおったのじゃ!?」


「そう! でもピピンはずっとピノの服の中に隠れていたから、魔族には見つからなかったんだ! そして今グランドホーネットが見えたから、こうして慌てて飛んできたって訳! ねえ、それよりもタイガはどこ? タイガにどうしても確認したいことがあるんだよ!」


「カピタンは今……」


「タイガさんがどうしたんですか? 確認したいことって!?」


「あのね、ピノがもの凄く落ち込んでるの。魔族に浚われたから、きっとタイガは怒ってるって。だから船には戻りたくないんだって落ち込んでるの。ピピンはそんなことないって言ったんだけど、ピノがなかなか信じてくれなくて……。だからピピンが直接聞いてきてあげるから、ピノも元気だしなよって。ねえ、だからタイガは今どこに居るの!?」


「うむ。カピタンは丁度二人を探しに、エマリィと一緒に森へ出掛けてるところじゃ。そうピノに伝えてあげればよい。それよりも幾つか教えてくれぬか。ピノたちはどうやって、あのゴーレムにぶら下げられておるのじゃ? それと魔族はあの巨大なゴーレムをどのようにして操っておるかわかるか?」


「ピノたちは両手と両足の先っぽがゴーレムの中に埋め込まれてて、子供の力じゃどう頑張っても抜け出せないの。あと魔族の女があのゴーレムの中に入っていくのを見たよ」


「そうか。ありがとうな。それだけ判れば十分じゃ。じゃあピピンは、ピノや村の子供たちを元気付けに戻ってやってくれぬか。但し十分気を付けるんじゃぞ」


「わかったー! じゃあタイガが戻ってきたら、早く助けに来てって言っておいてねー!」


 そう元気よく大型ゴーレムに向かって飛び立っていくピピン。

 非常事態に似つかわしくない無邪気な明るさだったが、その無邪気さがハティとライラを落ち着かせる効果があったようで、二人は確固たる意思を秘めた目で、ガラス越しに拳を付き合わせた。


「カピタンが戻るまで、妾たちで出来ることを精一杯やるだけじゃ!」


「ライラちゃんに任せてください。これ以上グランドホーネットをボコボコになんてさせるもんですか。ハティも気をつけてくださいね!」


 ハティは片手を上げて返事をすると、甲板へと飛び降りた。




 ピピンがグランドホーネットから戻ってくると、ピノは両手両足をゴーレムの体内に取り込まれた状態のまま、顔をぴたりとゴーレムの胴体に寄せていた。

 どうやらそれは、自分の存在をタイガに悟れまいとする苦肉の策らしい。

 要は自分は魔族に浚われてもいないし、ここにも居ませんよと言う訳だ。

 ピピンは苦笑を浮かべて、ピノの頭へ着地した。


「ねえ、やっぱりタイガは怒ってなかったよ? ほらピピンが言ったとおりだったでしょ?」


「ほんとにほんと……?」


 ピピンの言葉にぴくりと反応して、ピノは少しだけ顔を上げた。

 ピピンはそれを見逃さず、ゴーレムの胴体とピノの顔の間の僅かな隙間に無理やり入り込むと、ピノのおでこを力いっぱいに押した。


「ほら! ゴーレムの体にずっと顔を押し付けてるから、こんなに顔が汚れてるじゃない! もう手がかかるんだから!」


 そう悪態をつきながらも、愛しそうにピノの顔についた土埃を、手で払い落としてやるピピン。

 その手が涙の跡に気がついてピタリと止まった。


「もしかしてピノ、泣いてたの……?」


「だってタイガに嫌われたら、もうタイガの傍には戻れないもん……」


「だから最初からピピンが、何度も何度も言ったでしょー! タイガはそんな事で怒らないよって! むしろ心配してるよって!」


「ごめんねピピン。ピノ、タイガにも謝らなきゃ……」


「タイガはいま私たちを捜しに、森へ行ってるんだよ。もう少ししたら戻ってくるから、その時に謝ろうね。ピピンも一緒に謝ってあげるから。ね、それならいいでしょう?」


「うん……」


「ねえ、ほんとにほんとに、一体ピノとタイガはどういう関係なの?」


「ピノもわからないし、思い出せない……」


「ふーん、そうなんだ。まあいいけどねー。どっちにしろピピンはピノの傍に居てあげるから! だから余り勝手に落ち込んだらダメだよ?」 


「うん。ピピンの言うことをちゃんと聞く。ピノね、空っぽなの……。心の中が空っぽで、時々自分が誰なのか、何をしたいのか、どうしていいのかわからなくなるの。だからピピンが居てくれないと、ピノ困る……」


「任せなよー! ピピンがピノのお姉ちゃんだから!」


 ピピンは嬉しそうに、楽しそうに、ピノの顔の前で軽快にダンスを踊ってみせた。

 すると、ほかの子供たちの泣く声が聞こえてきたので、


「ああ、そうだった! ほかの子供たちもタイガが助けに来てくれるからって、勇気付けてあげなくっちゃ! ピノ、しばらく一人で我慢しててね!」


 と、空を飛んでいくピピン。

 ピノはその姿を追いかけて顔を上げると、ふと上空の雲の切れ間を何かが飛ぶ影を見つけた。

 それは金色に輝いており、ピノはまるで魂を吸い取られたみたいに、その金色の影をずっと目で追い続けていた。

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