第二章 奮迅の重鉄魔法 ―ストライク・オブ・ヘヴィメタル―
第二十九話 新しい日々
サウザンドロル領での王命クエスト完遂から二十日後――
俺とエマリィ、ハティを取り巻く環境はダンドリオンへ戻ってきた日から一変し、この二十日間は毎日が目まぐるしく過ぎ去っていた。
まず俺たち三人は姫王子様を無事救出しただけでなく、
その為ダンドリオンでの住まいは安宿から一転、城の近くにある迎賓館へとランクアップすることに。
しかし悲しいかな、俺もエマリィも庶民の子供なので、四六時中メイドに囲まれた浮世離れした待遇は、逆にストレス以外の何ものでもなかった。
結果、二日でエマリィがギブアップすることに。
「タイガ……ボク、街の宿屋へ引っ越したいんだけど……」
「え、どうして!?」
朝も早いうちから俺の部屋を訪れたエマリィ。
その顔は寝不足なのか疲れている。
俺もこの生活は性に合わなかったので理由はなんとなく想像できたが、一応聞いてみることに。
彼女を部屋に招きいれてソファに座らせると、紅茶を二つ注ぐ。
「だ、だってボクたち皆に個室が与えられて、尚且つその広さが五十畳以上もあって、更にそれとは別に同じ広さの寝室だよ!? それだけでボクの実家よりも広いんだよ!? キングサイズのベッドもふかふかだし、広くてどこで寝ていいのかわからないし……!」
「まあ、俺もそうだけど……」
「ボク、
それを聞いて、思わず紅茶を噴き出しそうになる。
同時に、エマリィを抱きしめて金髪頭をわしゃわしゃと撫で回して思い切り愛でたい衝動に駆られたことは秘密だ。
そんな訳でメイド長に掛け合ってみたが、「国家の英雄を下町の安宿に泊めさせる訳にはいきません!」と一蹴。
結局、妥協案でエマリィが俺の部屋へ引っ越してくることに。
この棚ぼた的幸運に影でガッツポーズを取ったことは内緒だが、そんな風に全ての御膳たては整い、後はえいっと一線を飛び越えるだけだった。
俺とエマリィは同じパーティーの仲間から、もう一歩踏み込んだ親密な仲へ、公私を共にし互いを支えあうパートナーへと進展する予定だった。
俺がDTから卒業する舞台が、魔法が存在するファンタジー異世界の、とある王国の豪華な迎賓館というのも、なかなか素敵でロマンチックじゃないか。キャハッ。
しかしそんな素敵な予定は、素敵な仲間によって、素敵なくらいベタな展開で踏み躙られることに。
そうハティだ。ハティは風狼族で流浪の生活をしてきた割に迎賓館生活に順応していた。
いや、順応していたというか、上級で高級な迎賓館の空気に一切気後れすることもなく、まるで馴染みの酒宿にでも居るみたいに、メイドにありったけの飯と酒を持ってこさせては豪快に食べ、豪快に飲み、豪快にいびきを掻いて寝るという、ゴーイングマイウェイな生活を繰り返していた。
それも何故か俺の部屋で。
しかもエマリィはその宴の道連れだ。
「がははー、カピタンも一緒に妾の昔話をどうじゃ!?」
「あのー、だったら、その大量の酒瓶片付けてくれますかね?」
俺はこの世界では成人なので当然飲酒もオッケーなのだが、実はアルコールの匂いを長時間嗅いでいると、気持ち悪くなるという体質だと言うことが最近わかったのだ。
「カピタンもつまらぬ冗談を言いよるわ! がははー」
「で、ですよねえ……」
「タイガもボクと一緒にハティの昔話を聞こうよ。楽しくてためになるよ!?」
「う、うん。またの機会に……。それよりも毎晩ハティに付き合うことはないから、静かに眠りたかったらベッドルームに来れば……? も、勿論俺は隅っこの床の上で眠るから……!」
「大丈夫だよ。ソファの下って寝心地いいし落ち着くんだ」
「ああ、そう……」
この時点でエマリィの頭の中には、俺と二人っきりになりたいという欲望など微塵もないことがわかって、いささかショックを受けたりもしたが、そこはエマリィの向上心からくる知識欲が、俺との時間よりも上回っているだけと思うことにした。
そう。エマリィは勉強家さんなのだ。
今は、今のところは二人の時間よりもそちらを優先したいだけにすぎない……!
そう、あくまでも今のところは……っっっ!
そんな感じで一人寂しく夜を過ごすして、自分の体質を呪って枕を涙で濡らしたりしていた迎賓館生活だったけれど、四日目辺りから雲行きが変わり始めた。
宰相のオクセンシェルナと言う、細面で頭の禿げ上がった爺さんが頻繁に顔を出すようになったのだ。
オクセンシェルナは、物腰が柔らかくいつも笑みを浮かべていて、部屋に顔を出すとその日の天気の話や昨晩の夕食の感想など、他愛のない話をひとしきりした後で、「お、そうだった。今日はタイガ殿と面会したがっておる人物を連れてきておるのだった。是非会ってやってくれぬか」と、こちらの返事を聞く前に、ドアの外で待たせていた誰かを部屋に呼び込むのだった。
俺と面会したがっていると言う人たちは、最初の数日間はダンドリオンの商人たちだった。
それも冒険者ギルドや商人ギルド、職人ギルドの会長や幹部たちと言った顔利きに始まり、ナントカ商会やナンチャラ通商を取り仕切る豪商たちだ。
「どうして俺がこんな人たちと面会なんかしなくちゃならない訳? はっきり言って面倒臭いこと嫌いなんですけど……!」
と、俺は不平を垂れてみるものの、
「いやいや、タイガ殿。御身はすでに一介の冒険者などではなくて、ユリアナ様を無事救出したどころか、見事に魔族を撃退したこの国の英雄なのですぞ!? これからの立身出世の為にも、彼らと懇意にしておいて損はありませんて」
と、オクセンシェルナは俺の瞳をじーっと覗き込むように親身に語りかけてくるので、俺は喉まで出掛かっている反論の言葉を飲み込んで仕方なく頷くしかなかった。
というか、このオクセンシェルナと言う爺さん、物腰は柔らかく口調も丁寧で絵に描いたような好々爺然としているのに、時々口許の笑みに反して瞳の奥には冷たい光が宿っている事があり、それが意思の強さと言うか反発を許さない冷徹さを感じさせて、なかなか隅におけない爺さんだったりする。
まあ宰相を任せられるくらいの人物なのだから一筋縄で行かないのは確かだろう。
そんな感じで商人たちとの面会が数日続いたが、実は思ったよりもそんなに厭でもなかった。
と言うのも商人たちは、面会の際に必ず土産物を持ってきてくれたからだ。
その土産物は高級そうな絹の束から始まり、大量の酒樽、宝飾品、貴金属と多種多様だ。
しかも最初は俺の部屋に置いておいたが、途中からはリビングには収まりきらなくなって、急遽エマリィとハティのために用意された、個室のリビングと寝室の計四部屋を倉庫代わりとして利用する程だった。
それに献上品の山にブロック肉や酒樽が加わる度に、エマリィとハティの目の色も変わり笑顔が増えていく。
しかもメイドに頼んでおけば、その山の中からチョイスした山盛りの肉料理と酒樽が、その日の夕食の食卓に並ぶのだ。
その絵に描いたような贅沢の為ならば、商人の一人や二人と愛想笑いを浮かべて他愛のない会話をするくらい朝飯前だ。
と、軽く考えていたのだが、風向きが変わり始めたのは、迎賓館生活が十日を過ぎようとした頃。
それまでは面会に訪れるのは有力な商人たちだったが、見るからに商人たちとは違う高貴な身なりをした連中が面会に訪れるようになったのだ。
この国の貴族たちだ。
訪れる貴族の大半は老人で、違いがあるとすれば痩せているか太っているか、髪の毛が残っているか禿げ上がっているかくらいで、皆一様にどこか気取っていて、上から目線でいろんな質問をしてくるので、正直言って好きにはなれなかった。
それに貴族たちは、商人と違って手土産もない。
ただ自分の出自や役職を自慢げに語り、俺に幾つかの質問を投げかけてくるだけだ。質問の内容は、大体が魔族と戦った時の状況や、俺が使える魔法のことなどだ。
そして面会の最後には、必ず羊皮紙の巻き物を置いて部屋を出て行く。
その巻き物には貴族の名前や王宮での役職、または領地の名前と場所が書かれているのだが、要はこの世界の名刺のようなものらしい。
さらにオクセンシェルナの説明でわかった頭の痛いことが一つ。
つまりこの面会は、貴族たちによる面接兼リクルート活動の意味合いがあるらしい。
近々行われる王様との謁見の儀で、俺はユリアナ姫王子を救出した王命クエスト完遂と魔族撃退について、王様直々に感謝の言葉を承ることになっているのだが、どうやらその席で報奨金とは別に、俺に貴族としての地位を授けることがほぼ決まっているらしいのだ。
その情報はすでに貴族たちや有力商人たちの耳にもはいっており、この国の支配層の間ではいち早く俺とパイプを持とうと色めきだっているのだと。
そして俺が貴族となり宮廷貴族になろうがどこかに領地を構えようが、その時に必要になってくるのが、ほかの貴族たちの後ろ盾になる。
オクセンシェルナの説明を聞く限りでは、日本の族議員に該当するような派閥が貴族社会にも存在するらしい。
そう、貴族たちが面会の時に見せていた上から目線でありながらも、どこかこちらのご機嫌伺いをしているような卑屈な振る舞いの原因はここにあった。
つまりは「俺様は貴族で貴様はどこの馬の骨かわからないぽっと出の成り上がり野郎だけど、なんか実力があるみたいだし、功績も凄いから是非俺様の居る派閥に入ってくださいやがれっ」という訳だ。
「ああ、なんか考えるだけで面倒くせえ……」
俺は胸の奥底からしみじみと深い息を吐いた。そんな俺を見てオクセンシェルナは優しく目を細める。
「ふふっ、なあにすぐ慣れますわい。タイガ殿が撃退した魔族と比べれば、この国の貴族などそのうち赤子同然に見えますて」
「そうは全然思えないんですけど……!」
俺は再度ため息をつく。
基本的に俺はインドアな人間だ。
外に出てわいわい遊ぶよりも、部屋の中でVRゲームをしている方が落ち着くし何よりも楽しい。コミュ障というわけでもないが、他人に自分を合わせるのが苦手なタイプなので、こういう政治力が必要になってくる人間関係は、もっとも苦手とする部分だったりする。
正直に言って、煩わしい以外の何ものでもない。
生身の俺は、やせ細ったマッチ棒みたいな体格をしてて、アウトドア派でも体育会系でもないけれど、内面は案外マチズモで、最後は拳で決着してこそ漢!みたいなところがある。要は憧れだ。
そうでなければ、圧倒的な火力こそが絶対正義の、ジャスティス防衛隊にもハマらなかっただろう。
だからそんな俺にとっては、この貴族たちとの本心を隠して腹を探り合うような面会の日々は、苦痛以外の何ものでもない。
それにエマリィとハティの二人は俺が面会している間は、連日たくさんのメイドたちに見守られる中、庭園で優雅にティータイムという、思い切り優雅なセレブ生活をご満喫中だ。
俺なんか連日貴族の相手をしていて、なんだか肩凝りが酷くなった気がする。
ここはさっさとエマリィ達と合流して、キャッキャッウフフしたって罰は当たらないだろう。
最近の俺はよく頑張ってるよ。うん、頑張った俺。俺は俺を褒めてあげたい!
「オクセンシェルナさん、とにかくもう疲れちゃったよ俺。もう庭園に行ってもいいでしょ?」
「ふふ、流石の英雄殿も弱音を吐くか。しかし優れたろうそく持ちは、立派な賭け事師になるとも言う。何事も慣れと前向きな気持ちじゃよ。まあ今日はどうせ面会は終わりじゃ。存分に羽根を伸ばすがよいて」
「ありがとう。じゃあゆっくり休ませてもらいまーす」
俺は首をコキコキと回しながら、泥沼から這い上がるような気分で部屋を後にした。
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