第三十話 騒乱のあとで

 その日の夜。

 俺は食事の後で一人ベランダに居た。


 エマリィとハティの二人は恒例の女子会を開く前に、現在二人揃って仲良く入浴中だ。


 元々この世界の一般庶民は沐浴が普通で、入浴は一部の上級階級に限られた習慣だったが、この迎賓館でのセレブ生活のせいですっかり二人とも習慣化していた。


 ちなみに二人が入浴しているのは俺の部屋の浴室だったりする。


 ふふ、何故かって?

 おいおい、そんな野暮なことを説明させるんじゃないよ。


 そんなの二人の部屋は商人たちからの貢ぎ物で浴室まで溢れかえっていて、使えないからに決まってるからでしょうが!

 

 そんな至極真っ当な理由しかありませんが何か!?


 別に突然ハーレム展開が訪れたとか、エマリィとラブラブになったついでに、ハティも頂いちゃいましたなんてこと一切ないですから!

 

 ええ、ないですとも!


 と、そんな感じなのだが、二人が入浴中の間はベランダへ出ているのは、特に二人から言われた訳でもなくて、単に俺がそわそわして落ち着かないだけだったりする。


 特にハティの奴ときたら「ふうっ、いい湯じゃったぁ!」と、バスタオルを肩にかけて全裸のまま浴室から出てきて、そのまま全裸胡坐をかいて酒を飲み始めるという、どこかのおっさんのような行動を平気で取ったりするので、部屋では落ち着いて待っていられないのである。


 勿論男としては、このラッキースケベを思い切り堪能したいという当たり前の感情はあったりするのだが、エマリィの手前それを露骨に表に出す訳にもいかない。


 何故ならエマリィとの出会いは、俺の人生最大の奇跡だと思っているから。


 出会いは奇跡だったとしても、その後の展開が奇跡になるのかどうかは俺次第のような気がする。


 俺はこの奇跡を大切に育てたい。慎重に育みたい。


 顔もフツー、成績もフツー、何の取り得もなく、ジャスティス防衛隊のプレーヤーランキングでもトップでもなく、以前の世界でモテまくっていたこともある訳もなく、女の子と付き合ったこともない。


 そんな俺が異世界に転移してきて、魔火力マジックファイヤーパワーとも言うべき空想科学兵器群ウルトラガジェットを手に入れた挙句、一国の英雄として扱われていることが既に出来すぎなのだ。幸せすぎるのだ。


 なのにそれ以上を望もうとするのは調子に乗りすぎだ。正直に言って罰が当たりそうで怖い。


 だから俺は逃げたのだベランダへ。これは勇気ある撤退だ。巨乳やまを越え、全裸胡坐たに)を越えて、ベランダあんぜんちたいまで勇気ある撤退をしているのだ。


 偉いぞ俺! 今日も俺は人生の罠に勝利してやったぞ!


 まあそんな感じで最近の俺はベランダに居る間は、平常心を保つためにもライラと八号に定時連絡を入れることにしていた。


 既にアルティメットストライカーを装着していて「ライラ? 聞こえるか?」と、ヘルメットを被ったまま話しかけると、すぐにシールドモニターにライラの笑顔が映し出された。


――はいはいライラちゃんですよー! タイガさーん待ってましたよ! ニュースです! ビッグニュースがありますよー!


「ニュース? なんだよそれ?」


――えへへ、実はー、ライラちゃんはー、本日めでたくー、冒険者ランクがー、ブロンズに昇格しましたー! パチパチィ! ヒュー! ヒュー! ホアッ! ホアッ! フゥゥゥゥゥゥゥ!


「は、マジで……? ブロンズに……?」


――そうなんですよータイガさん! 今日もせっせと渓谷の奥で一人で狩りをしていたら、大型の蛸鷲スカイクラーケンと出くわしちゃって! しかも通常よりも二周りデカいからちょっとビビちゃったりなんかして! ライラちゃん逃げようかなぁと思ったんですけども、これまた見つかっちゃってテヘ! で、仕方なしにバトルに突入したらぁ、こいつがなんと魔法が使える上位種でえ! もう絶体絶命すぎて、これぞエンタティメントって感じで!


「おいおい、一人の時は無茶するなって言っておいただろ……」


――そうなんですけどー。とにかくライラちゃん風魔法のかまいたち攻撃を受けながらも、涙目でポティオンを何本もぐびぐび飲みながら、ごり押ししてたら何とかいけましたアハッ!


「アハッじゃねーよ。お前にはグランドホーネットの留守を任せているんだから、何かあったらどうするんだよ!」


――でもぉ……


 と、指をもじもじとさせながら口を尖らせるライラ。


 実はこんな感じのやり取りは少し前にもあった。


 王命クエストで俺とエマリィがグランドホーネットを旅立ってから、もう三週間近くが経とうとしている。


 当初はクエスト完了と同時にすぐライラの元へ戻る予定だったのが、国の英雄となってしまった為に迎賓館で引き止められた挙句に、一ヶ月後に予定されている国王との謁見の儀までは、この軟禁状態が続くという有様。


 そもそも何故謁見の儀の開催までに一月近くもかかるかと言うと、姫王子の恩人である救国の英雄を、国中の貴族が集まる中で表彰したいという王室側の計らいのため。


 この国の全ての貴族が全国から集結するには、それくらいの準備期間が必要というわけだ。


 昼間の貴族たちとの面会も最初はダンドリオンに住む宮廷貴族が中心だったが、最近は都入りした地方の貴族たちが多くなっていた。


 お陰で俺のストレスは限界に達しようとしていたが、その前にライラの方が爆発してしまったというわけ。

 

 十日ほど前の定時連絡の際に、「いつまでもライラちゃんに留守番を任せてないで帰って来い! ください! もうライラちゃん毎日毎日ぼっち飯で、やさぐれ寸前五秒前ですぅ! ぷー!」と、泣き付かれたために、苦し紛れに冒険者登録を薦めてみたのだ。


 ライラは宿場町ギルドの支部長ヘルマンに可愛がられているみたいなので、少し暇を与えてヘルマンの顔でも見れば気分が紛れると思ったのだ。


 それに元はエンタティメント用アンドロイドなので戦闘力は皆無だから、ほんの軽い気持ちで言ってみたのだったが……


 あろうことかライラは魔力測定でサファイアと測定されて、晴れて冒険者として登録されてしまったのだ。


 考えてみれば元はエンタティメント用アンドロイドのNPCでも、異世界で具現化される際に人造人間ホムンクルスとして転生している。


 そしてその体には俺の体に刻まれているものとよく似た魔法陣があり、これは周囲の魔力を集めて肉体を形成し維持するための魔法陣だろうと思われる。そのためライラが魔力測定で魔力が感知されたことは至って不思議なことではなかった。俺と同じだ。


 今さら言いだしっぺの俺が冒険者登録はなかったことに、なんて言ってもすっかりその気になってしまったライラが聞き入れる訳もなくて。


 結局俺は毎日数時間だけグランドホーネットの近くでの狩りを許可するしかなかったのだが、まさかこんな短期間でブロンズに昇格してしまうとは。


 狩りは低レベルの魔物モンスター限定、本格的な狩りは俺たちが戻ってからと厳命しておいたのに。


 ああ、エマリィがこの話を聞いたらなんて思うだろう。ポッと出の人造人間ホムンクルスと同じランクに並ばれたと知って機嫌が悪くなったりしないだろうか。


 俺はエマリィに対戦を申し込まれた時のことをつい思い出す。確かにあれは一種の演技だったわけだけども、エマリィの顔から一切の表情が消えて、ただじっとこちらを見てくる碧い双眸は氷のように冷たかった。


 俺はそれを思い出して、思わず金玉がキュッと引き締まるのを感じながら、ライラとの通信を終えた。


「さて次は八号か。こっちもなぁ、いろいろと難しいんだよなぁ……。おーい八号おるかー。西濃運×だぞー」


――は、はい!? せ、西濃×輸!? ソルジャーオメガそれは一体どういう意味で……?


「いや、わかんなくて当然だから気にしないで。で、そちらの様子は?」


――はい、アスナロ村のみんなは元気です。周辺も今のところ変わった動きもなく静かなものです。


ただ……


「うん? なにかあったのか?」


――周辺の集落に生存者が残っていたようで、そのうちの一人が今日助けを求めにやってきました。


「うん。それで? 助けに行ってやったんだろ? 人手は足りたのか?」


――それは村の母親達が協力してくれたので、自分とともに救助隊を結成して全員なんとか……


「それにしてはなんか歯切れが悪いな。遠慮せずに全部話してくれよ。こっちで対策できることはすぐに手を打つから」


――ありがとうございます! その生存者と言うのは全員子供です。年齢は下は二歳の幼児から、上は十二歳の男児で数は全員で五十名。近隣で一番大きな集落の子供たちで、大人たちの言いつけで地下の食物庫に隠れていたようです。


「子供ばかりが五十人、か……」


 俺は思わず深い息を吐いた。


――最年長の十二歳の少年が、連日ドローンがこちらの集落の方角へ飛んでいくのを見て、勇気を出して助けを求めにきたそうです。


「うん、そりゃよかった。助かったのも奇跡だし、そこまで一人でたどり着けたのも奇跡だよ。めでたい事じゃないか。なのになんでそんな暗い顔してんだよ?」


――そ、それが実は一気に五十人も増えたことで食料の備蓄が……


「そういうことか。あとどれくらい持つ?」


――明後日までの分はなんとか。自分に狩りの許可を出して貰えるのなら、こちらで調達することも可能ですが……


「いや、それは絶対にダメだよ。周囲には魔物モンスターや、戦場荒らしみたいな連中がウロついてるんだろ? センサー付自動機関銃セントリーガンだって完璧じゃないんだ。八号が留守の時に村の敷地内にでも入り込まれたら、最悪全滅という可能性だってある。八号は村の防衛を優先しなきゃ。それに肝っ玉かーちゃん達も銃の扱いには慣れていないんだから、くれぐれも無茶はさせないでくれ。食料は今まで通り、こっちでなんとか手配して送らせるから心配しないでくれよ」


――あ、ありがとうございますソルジャーオメガ! 今回は自分のわがままの為に迷惑をかけてしまって本当にすみませんでした!


「な、なに水臭いこと言ってんだよ。たぶん俺も同じことをしていた筈だから気にするなって。とりあえず今は目の前の正義ジャスティスを遂行してくれ」


――了解です!


 モニターの中で八号は背筋をシャキンと伸ばして敬礼すると、通信は途切れた。


 約三週間ほど前のこと。

 俺の迎賓館での缶詰生活が始まってしまったので、八号にはグランドホーネットへの帰還命令を出した。


 俺たちがいつ戻れるのかわからない状況になったので、ライラと共に旗艦の護衛を頼みたかったのだが、八号はその命令に逆らった。


 アスナロ村の人たちを残していく訳にはいかないと――


 一時的にグランドホーネットで村人全員を収容してもよいと伝えたが、この案は村人たちが首を縦に振らなかった。


 そりゃそうだ。住み慣れた村を離れて、説明を聞いてもよくわからない場所へ連れていかれるのは誰だって不安だろう。

 

 そんな訳で結局八号の帰還は諦めざるをえなく、アスナロ村へはグランドホーネットから物資を補給することで一時的に落ち着いたのだった。


 村人たちは村の復興を願っているようだが、生存者は老人に女性や子供たちばかりで、肝心の働き手の男たちは全滅していた。誰が見てもこの先に待っているのは過酷な茨の道だけだ。


 だから村人たちが八号に縋った気持ちはよくわかる。またそれに応えたいという八号の気持ちも。


 しかし問題はこの支援をいつまで続ければいいのかということだ。


 アスナロ村の復興はどう見ても厳しい。

 いつか村人も八号も見切りを決断しなければならない瞬間がやってくる。


 そしてそれは俺自身もだった。

 村人を切り捨てて八号を無理やりにでも収容するのか、八号の選択に任せるのか――


 八号は重要な戦力だが、もうゲーム内のモブキャラの一人ではない。人造人間ホムンクルスとは言え、自分の意思と性格を持った一人の人間だ。


 それにもしかしたら八号は俺と行動を共にするよりも、村人ともに生きていくことを選択するのかもしれない。


 その時に俺はどうする? 

 どうすればいい?


 俺は一体どうしたい……?


 勿論今は出来る限りの支援をするつもりでいるが、こちらの異世界に来てからの貯蓄は既に相当目減りしている。さらに一気に子供たちが五十人も増えたことで、明日からは加速度的に貯蓄は消えていくだろう。


 今回の王命クエストと魔族撃退の件で褒賞金はかなりもらえるらしいが、オクセンシェルナに訊いても詳しい額までは教えてくれない。


 しかし十日後の謁見の儀が終われば褒賞金の額はわかるだろうし、そこまではアスナロ村の支援は今の貯蓄残高でなんとかぎりぎり賄える筈だ。


 問題はその後。

 俺は一体、どうしたい……?


 胸の内に広がっていく、濃い霧のような漠然とした不安と迷い。


 昼間に面会したきらびやかな衣装に身を包み、この世の贅沢を謳歌しているような貴族たちの笑みを思い出す。


 同時に、あの村で出会った女子供たちの薄汚れて痩せ細った姿と、不安と絶望に怯えた暗い目つきが浮かび上がってくる。


 そして真摯に真っ直ぐな目で、俺に援助を求め訴えてくる八号の姿が、今も胸の奥底に焼き付いていることを実感して、思わず唇を噛み締めた。


「ああ、なんかもういろいろと面倒くせえなぁ……!」


 俺の思考回路はショート寸前になり、たまらずABCアーマードバトルコンバットスーツのヘルメットを脱ぎ捨てると、知らない間にエマリィが目の前に立っていた。

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