幕間 今そこにあるジャスティス

 時間は少し遡る――

 タイガたち一行がシタデル砦へ出立して、数時間余りが過ぎた頃。


 八号は村人とともに立て篭もっていた屋敷の補修作業に追われていた。


 しかし、ここ数日間味わっていた先の見えない不安と絶望はすっかり影を潜めて、体中にやる気が満ち溢れていた。伝説の兵士であるソルジャーオメガとの再会が、八号に希望と勇気を思い出させてくれていた。


 ふと金槌を打つ手を止め、満足げな顔で中庭を見渡す。


 焚き火の周りでは老女や婦人たちが、グランドホーネットから届けられた食料品を談笑しながら楽しそうに調理していて、子供たちは歓声を上げて中庭を走り回っている。


 彼らのこんなにも生き生きとした笑顔が自分の胸をこれほどまでに昂ぶらせて、言葉に出来ない充足感とやる気を与えてくれることに八号自身が驚いていた。


――もしかしてこれが幸せというやつなのだろうか……


 そう八号は思う。そしてこの笑顔が見られるならば、自分はどんな強敵や困難にも立ち向かってやると、心の中で静かに熱く誓った。


 そんな屋敷の昼下がり。束の間の幸せな空気を壊したのは銃声だった。


「――!? みんな館の中へ! 早く!」


 八号は中庭を駆け回って女や子供たちを誘導した。


 現在村の周囲にはグランドホーネットから送ってもらったセントリーガンが数台設置してあり、銃声は間違いなくそのセントリーガンが何かに反応して発砲したものだった。


 銃声が一発だけなら動物か魔物モンスターと考えられるが、現在セントリーガンは連射モードに切り替わって絶え間なく発砲を繰り替えしている。


 と言うことは何者かが意思を持って村へ接近していると思っていい。


 八号は村人たちが全員屋敷の中へ入ったことを確認すると、敷地を飛び出して銃声へ向かう方へ走った。走りながら肩からぶら下げているアサルトライフルを構える。


 そして村を囲む土塀の上に飛び乗った八号は、目の前に広がる光景に思わず言葉を失った。


 土塀の向こう側に見えたのは、千体近い叫ぶものスクリーマーの集団と、それを指揮する見知った顔だったからだ。


「九号ッ……! どうして君は……ッ!」


 叫ぶものスクリーマー軍団の先頭に立っているのは、八号と同じ戦闘服に身を包んだ少年兵だ。


 彼はゲーム内で兵士九号と名付けられていた元NPCノン・プレーヤー・キャラクターだ。設定上では八号と同じ年齢で同期入隊だが、戦闘力は八号に今ひとつ及ばないことになっていた。


 そして異世界にやって来て最初にプラントに捕らえられて、新種の叫ぶものスクリーマーに改造されたのも彼だった。つまりは今回の騒動の発端になった人物と言っていい。


 九号は土気色をした顔で八号を見ていた。その顔は怒りに満ちている。それはライバルへの嫉妬か、生者への恨みなのか――


 しかし、八号は九号がここへ現れた理由を理解していたようだ。


「……九号、悪いけど僕は君と一緒には行けないよ。僕には守らなければならない人たちが居るんだ!」


 それを聞いた九号は怒りに歯軋りしながら、アサルトライフルを空に向かって撃ち続けた。まるで駄々をこねる赤子のように。


 そして八号のセリフに反応する人たちがほかにも居た。村の老女や婦人たちだ。数は十人前後。


 彼女たちはいつの間にか八号を追いかけて土塀までやって来ていて、各々に梯子をよじ登って次々と八号の横に並んでいく。しかも皆グランドホーネットから送られたアサルトライフルを掲げている。


「ど、どうして出てきたんですか!? 館の中で隠れていないと危ないじゃないですか!?」


 八号が驚きよりも怒りの方が色濃い声音で問い質した。

 すると一番年配の細身の老女が、覚悟を決めたような笑みを浮かべた。


「……八号さんや、あんたは今まで私らのために、本当によくしてくれた。でも流石のあんたでも一人であの人数を相手にするのは、とても無理じゃろ……?」


「そ、それは……! でも僕は兵士なんです! 皆のために戦うのが僕の使命なんです!」


「あんたはその自分の使命をまっとうすればいい。じゃがこのアスナロ村には、恩人には命を賭けても礼を返すというしきたりがある。わたしらはこの村で生まれ育ったんじゃ。このアスナロ村の生き残りは、もうわたしらしかおらんのじゃ。なのに今ここでそのしきたりを破ったら、本当にアスナロ村は死んだことになってしまう。そうじゃろ八号さん……?」


 その老女の言葉に深く頷く婦人たち。

 八号は老女と婦人たちの覚悟を目の当たりにして言葉が出なかった。

 胸に去来する初めて味わう感情に、八号自身が戸惑っていた。


「八号さんや、そんな顔せんでいい。あたしらは死ぬ前に腹いっぱい食わせてもらっただけで本望なんじゃ。ひもじいまま死なんかっただけで、ありがたく思っておるんじゃよ……」


「す、すみません……本当にすみません。ぼくにもっと力があれば……!」


 老女たちの思いに思わず感極まって男泣きする八号。

 すると突然響き渡る女性の声。

 どこから?

 空からだ。

 八号は空を見上げる。そして有り得ない光景に目を見開いた。


『こらーっ! 兵士八号! 戦いの最中に泣く奴があるかーっ!? お前のジャスティス魂そんなもんなのかあああああああーーーーーーーっ!?』


 空に見えたのは三機のドローンと、その三角編隊の中央に浮かんでいるライラの姿だった。


 勿論そのライラは実物ではなく立体映像ホログラフだ。


 そしてドローンに装備されている巨大スピーカーから大音量で流れるのは、軍歌とアイドルソングが幸せな結婚をしたら、生まれてきたのが何故かヘビメタと演歌とクラシックのちゃんぽんのような不思議なメロディーとリズムの曲だった。


『私の歌がキターーーーーーー!!! 抱きしめてみいや、異世界の中心でえええええ!!!』 


 などという意味不明の絶叫とともに、ドローンに囲まれて歌い踊る立体映像ホログラフのライラ。

 そしてそれをキラキラとした顔で見上げる八号と、幽体離脱しかけている老女と婦人たち。


「は、八号さんや。一体あの奇妙な人はなんじゃ……!? それに何故空に浮かんでいられるんじゃ!?」


「ご存知ないのですか――て当然ですね! 何を隠そうあのお方こそ隊員のモチベーションが下がり負けそうになると、必ず一度は応援しに来てくれる防衛隊のアイドルであり地球最後の砦! ジャスティスガーディアンミラクルエンジェルこと指令本部オペレーターのライラちゃんさんなのです!!!」


 その八号の説明にシンクロするようにライラと三機のドローンは急降下してくると、八号たちと叫ぶものスクリーマー軍団との中間あたりの地点でホバリングしてみせた。


 チアガール風の衣装に身を包んで両手にボンボンを持ったライラの立体映像ホログラフは、八号たちの方を向いて独特のメロディとリズムの応援歌を歌い踊っている。


『諦めるな! 立ち上がれ! 諦めてしまう前に、ウンコ漏らしてしまうくらいに踏ん張ってみせろ! そんな頑張る君に! ライラちゃんからのプレゼントをあげる! 受け取って! ジャスティースエクスプロージョン!!!」


 そのライラの掛け声に反応して、三機のドローンの下部に設置してある重機関銃の銃口が、叫ぶものスクリーマー軍団の方をゆっくり向いたかと思った瞬間――

 

 BRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!


 と、一斉に機銃掃射が始まって叫ぶものスクリーマーの群れが、バッタバッタと地上の染みになっていく。


 そして五分も経たないうちに、千体近くは居た叫ぶものスクリーマー軍団は全滅していた。九号とともに。


 その圧倒的な力を前にして、八号は元より老女や婦人たち皆がライラをキラキラとした目で見上げていた。


「ライラちゃんさんありがとうございます! でも一体どうしてここへ!?」


『ふふ、何を隠そうこのドローンはミネルヴァシステムでライラちゃんが作った新作なのです! それでちょっとテスト飛行も兼ねてそちらへ飛ばしていたら、タイミング良く出くわしたって感じですかね! 我ながらグッドタイミング過ぎて鼻高々ですよぉ、テヘ!』

 

「ああ、さすがみんなのライラちゃんさんです! 並みのNPCじゃ出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる! 憧れるぅ!」


『なに言ってんですか八号さん! 照れちゃうじゃないですかぁ! 同じ元NPC同士なんだからこれからも助けあいましょう! ライラちゃんは出来る限りサポートしますから! あ! そんなこと言ってたら早速タイガさんから支援射撃の要請が入ってきました。念のためにドローンはここへ置いておくので、なにかあったら遠慮せずに連絡くださいね! じゃあライラちゃん一旦落ちまーす!』


 と、最後に敬礼してライラの立体映像ホログラフがスウーッと消えた。


 ライラが消えた後もしばらくの間、八号は鼻の下を伸ばしてニヤニヤしていたが、老女や婦人たちの冷やかすような視線に気がついて我に返った。


「い、いや、あの、その、これはなんというか……」


「ふふふ、いいじゃないか八号さん。唐変木じゃないところがあんたの魅力じゃよ。あんたを見てると、村の男衆を思い出すよ。みんな実直で素直で働き者じゃった。ほんとにこのアスナロ村はいい村じゃった……」


「お婆さん……」


 八号は老女を元気付けようと肩に手を回した。すると老女はその手を強く握り締め、意を決したように力強い視線で八号を見上げた。


「八号さん、あんたには本当にお世話になった。散々お世話になった挙句にさらに頼み事をするなんて、厚かましいにも程があることはイヤというほどわかっておる。じゃが私らにはもう何も無いんじゃ。頼るべき男衆も、田畑を耕す労力も、村を再興する財力も、何も残ってないんじゃ……全部無くなってしもうたんじゃ。それでも私らは生きていかにゃならん。ここで生きていくしかないんじゃ。子供たちを食わせていかにゃならんのじゃ。じゃから八号さん、どうかこのアスナロ村に残ってくれんか。私らと一緒にここで生きてくれんか。悪いようにはせん。どうか、どうかお願いします八号さん……」


 涙ながらに八号の手を力いっぱいに握り締めて、頭を下げて懇願する老女。その老女の姿を見て婦人たちも鼻を啜りながら、口々に「お願いします」や「この村に残って」と頭を下げる。


 老女たちの哀訴嘆願に言葉を無くしていた八号だったが、ふと何かを思いつくと、笑顔を浮かべて老女の手を力いっぱい握り返した。


「お婆ちゃん心配しないで。僕は絶対にみんなを見捨てたりはしないから。でも僕一人の力じゃどうしようもないから頼んでみるよ、ソルジャーオメガに。あの人なら絶対になんとかしてくれる筈だから!」


 そう言い切る八号の瞳は希望に燃えていた――

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