第二十八話 黄金聖竜、降り立つ!

 俺が立ち上がった時にはタリオンが今まで寝ていた場所は真っ黒に焼け焦げていた。

 

 更に周囲にはタリオンの肉体と思われる焼け焦げた大小様々の炭化した物体が転がっている。


「な、なんだよ一体……!?」


 俺は絶句したまま空を見上げて、また絶句した。


 空に巨大な鳥のシルエットを見たからだ。


 いや、鳥ではない。あれは――!?


 姿をよく確認しようにも強烈な風の塊が地面に叩きつけられて、凄まじい圧力に砂埃が舞い狂い、俺の体も数メートルほど後ろへ吹き飛ばされる。


 そして先ほどまでタリオンが居た場所に、大地を揺らす勢いで舞い降りたのは竜だった。それも翼長が軽く二百メートルは超え、全長も百メートルは超えていそうな巨大なドラゴンだ。


 しかも全身の金色の鱗が日の光を浴びてきらきらとまばゆい程に輝いている。


 その圧倒的な存在感と神々しい偉容に、思わず言葉を失くしていた。


 目の前に突如と出現した黄金色に輝くドラゴンは、赤黒い双眸で俺を睥睨していた。


 その感情が読み取れない氷のように冷たく、それでいてどこか炎を纏っているような鋭い目つきを見て、俺の背中を悪寒が走り抜けて全身から一気に冷や汗が噴き出してくる。


 俺は無意識のうちに右肩のストライクバーストドリフターを確認していた。


 すでにリロードは終了していてドリルミサイルがセットされているとわかって、少しだけ安堵する自分がそこに居た。


 あとは音声コマンドを唱えれば、いつでもストライクバーストドリフターは目の前の巨大な黄金の竜に牙を剥けたが、少しでもこちらの動きを察したら踏み潰されてしまいそうな威圧感に唇がなかなか開けない。


 極度の緊張で喉がからからに渇く。口の中から水分が消えうせていた。巨大なドラゴンはただ俺を見下ろしているだけなのに……


 その圧倒的な重圧プレッシャーと、全てを見透かしているような物言わない赤黒い双眸に呼吸が乱れていく。


 このまま対峙し続ければ気が触れてしまいそうな焦燥に、全身がじりじりと悲鳴を上げていた。


 そしてついに限界を向かえた俺は、一気に後ろへ大きく跳躍した。


 無駄のない渾身の動きで、空中で無照準射撃で音声コマンドを叫ぶ。


 秒速百五十メートルの速さで一直線に黄金の竜へ向かっていくドリルミサイル。


 俺とドラゴンの間合いは僅かに五十メートルほど。


 コンマ数秒でドリルミサイルは黄金竜へ直撃するはず。あのでかい図体では避けようがない。


 そして予想通り黄金竜の胸元に直撃するドリルミサイル。


 先端のドリルが激しく高速回転する。金色の鱗と擦れて甲高い高周波が平野全体に鳴り響く。


 しかし硬質な物体同士が擦れ合う音が延々と鳴り響くだけで、ドリルミサイルは一向にドラゴンの胸を貫けないでいた。


 そして戯れ事に飽きたと言わんばかりに、巨大な黄金の竜は片手でドリルミサイルを掴んで放り投げてしまう。


 地面を転がっていき平野の端で無常にも爆発するストライクバーストドリフター。


「な……!」


 言葉にならない程の衝撃が俺の胸に突き刺さっていた。


 ストライクバーストドリフターは、全兵科の高レベル武器の中でもトップクラスの破壊力を持つ武器だ。それがここまでいとも簡単にあしらわれてしまうと、頭が真っ白になって次の戦い方が浮かばない。


 ――いや。その真っ白になった思考の中で、たった一つだけ残されていた選択肢があることを思い出していた。


 それは余りにも破壊力がありすぎるために自分自身の命をも奪いかねない危険性から、この異世界では使用することはないだろうと、その存在を自覚的に記憶の隅へ追いやっていた究極の兵器。


 ボーナスウェポンコンプリート武器の、超広域範囲攻撃兵器ザ・ハンドレッド――


 マップ上の敵をすべて殲滅するその究極の大量破壊兵器ならば……


 そんな悪魔の囁きにも似た暗い欲望が、俺の胸の一番深いところでかま首をもたげると、ひりひりするような衝動に心が支配されそうになる。


 そして焦れた脳みそがついに欲望に負けそうになった時――


 俺はいつの間にか目の前の巨大な竜が、両翼を目一杯に広げていることに気がついた。


 更には俺の頭上の空間が黒く変色して歪んでいるではないか。


 直感が警告音レッドアラートを告げる。


 脳裏にタリオンが雷に打たれた時の記憶が過ぎっていく。


 そして頭上の黒く歪んだ空間が、目も眩むような光を放つと同時に左横から衝撃が。


 地面を転がっていく俺の体。そして――


「――エマリィ……!?」


 顔を上げると、俺の胸に顔を埋めたエマリィが居た。


「タイガ……」


 ふと顔を上げるエマリィ。その顔は血の気を失っていて目には溢れんばかりの涙が。


 俺は今まで立っていた場所を見ると、黒く焼け焦げて煙が立ち上がっている。恐らく先ほどタリオンを消滅させた雷と同じだ。たぶんあの頭上の歪んだ空間から雷系の魔法攻撃が繰り出されたのだろう。


 そしてそれをエマリィが助けてくれた……?


「タイガ……」


「なにエマリィ!? もしかしてどこか痛いの!? まさかケガとかしてないよね!?」


 エマリィの思いつめた深刻そうな顔と口調に、俺はフェイスガードを開くが――


「……タ、タイガのバカーッ!!!」


 と、エマリィの強烈なグーパンが俺の顔面にヒット。


 しかも一発だけじゃなくマシンガンワンインチパンチが五発…十発と炸裂して、思わず俺の意識が飛びそうになる。


「黄金聖竜様に手を上げるなんて! 聖竜様はボクたちの創造神で守護神だって教えてあげたでしょ! 聖竜様は魔族を倒しに来てくれたんだよ! それなのに……それなのに後先考えずにいきなり聖竜様を攻撃なんかしたらダメでしょうが!」


 そして朦朧とした意識の中で、俺は自分の周りにユリアナ姫王子とハティの二人も居ることにようやく気がついた。


 二人とも俺を何かから守るようにして身構えている。

 何から?

 決まってる。あの黄金聖竜と呼ばれる巨大な竜からだ。


「――黄金聖竜様! どうか私めの話に耳を傾けてください! 私めはステラヘイム王国第一王女ユリアナ・ベアトリクス・カカ・ステラヘイムと申します! 此度の失礼はこの者が稀人マレビトであったことが全ての原因! この世界の成り立ちをまだよく知らなかったがために起きた不幸な出来事なのでございます! しかし、この稀人マレビトは黄金聖竜様と我ら産子たちの仇敵である魔族を撃退し、私めの命をも救ってくれた恩人でもあります! いまこの者を失うのは我らヒト族にも、全ての産子たちにも最大の損失になることでしょう! この稀人マレビトの持つ力と知識は、きっと我らのために役立つことでしょう! そしてそれは積年の大願でもある、この世界から魔族を根絶し聖竜様とその産子たちによる統治への第一歩へと繋がるはずです! ですから此度の稀人マレビトの無礼はどうか水にお流しくださるようお願い申し上げます! 聖竜様! どうか寛大な心でご慈悲を――!」


 ユリアナ姫王子はそう言うと、両膝をついて腰の剣を鞘ごと抜いて両手で差し出した。何かの礼儀らしい。それは傍から見ていても惚れ惚れするくらい美しく、指先からつま先までの動きが計算し尽くされたような完璧な所作だった。


 そして続いて姫王子の横で仁王立ちしていたハティが口を開いた。


「黄金聖竜様よ! カピタンは……カピタンはとにかく凄い男なのじゃ! (やる事が)いつも大きくて(魔法は)力がギンギンに溢れて(巨大な山のように)そそり立っていて凄いのじゃ! 妾は(そんな光景を見て)いつも気持ちよくさせてもらっておるのじゃ! 此度の無礼はすべてカピタンの早とちりじゃ! じゃからカピタンをどうか許してやってほしい。風狼族を代表してお願い申す! この通りじゃ!」


 と、両膝をついて頭を垂れるハティ。


 なんだか凄くぶっきらぼうで色々と誤解を招く言い方だったような気がするが、本当にあれで伝わっているのだろうかと不安になる俺。


 二人の姿を見ていたエマリィもはっと飛び起きて両膝をつく。


 そして俺がボーッと寝転がったままなことに気がつくと、ムンクの叫びのような顔で俺の頭をポカポカと叩いた。


「タイガぁ、お願い! 聖竜様に謝って! ボクたちの気持ちを無駄にしないで……!」


 と、涙目で俺の腕を引っ張って両膝をつかせようとするエマリィ。


 無論俺だってエマリィを始めとする女性陣に、ここまでしてもらったのでやぶさかではない。


 ただこんなデカい図体で恐ろしい形相をしたバケモノが、突如として現れたら誰だって恐怖する。敵対心がなくても防衛本能が働いてしまうものも無理はない。


 この黄金聖竜とやらも、この世界で神のように崇められているなら、もう少し神様らしく気を使ってほしいもんだ。「ハロー」とか「こんにちわー」みたいな挨拶までは期待しないが、もう少しソフトに穏便に出てきてくれてもいいんじゃないのか。


 そんなやり場のない不満をブツブツと呟きながら、とりあえず両膝をついて頭を垂れると頭の中で声が鳴り響いた。


 なんだかパイプオルガンの低音のようによく響く声。男か女かわからない不思議な声をしていて、妙に耳障りがいい。その声の正体は考えなくてもわかる。黄金聖竜だ。


――少年よ。稀人マレビトの少年よ。そなたは数奇な運命を背負っているようだ。誰が、何のためにそなたをこの世界に召還したのかは、私も知らぬ。だがいずれそなたと私は戦うことになるであろう。しかしその三人の少女たちが、そなたを守ろうとした姿に賭けてみるのもまた一興。だから私はしばらくの間、そなたを見逃すことにしよう。少年よ、そなたはこの世界に産み落とされた赤子同然の身。この世界で、我が産子たちに接して自分の目と耳で感じるがよい。その腕と足で学ぶがよい。それでも尚、私に立ち向かってくるのならば……少年よ、それも運命というものだ……その時は、私も容赦はしないだろう。稀人マレビトの少年よ、運命を自分の手で切り開いてみせよ……


 声がすうっと遠のいていく。


 それと同時に周囲で俺の名前を呼ぶ声が。


 ふと顔を上げると、エマリィとハティとユリアナ姫王子が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。そして黄金聖竜の姿はどこにも見当たらなかった。


「あ、あれ!? 黄金聖竜……様は!?」


「もうどこかへ飛び立っていったよ。ほんとにもう無茶しないでよタイガ。ボク生きた心地しなかったよぉ……!」


 と、いろいろと思い出したのか、急に青ざめた顔でへなへなと座り込むエマリィ。


「生きた心地がしなかったと言えば、妾もエマリィがカピタンに向かって駆け出した時には肝が冷えたぞ。まあ飛び出したくなる気持ちはわからんでもないがのお……」


 どうやらエマリィは俺が黄金聖竜に攻撃したのを見た瞬間に、大変なことが起きたと飛び出してくれたらしい。しかもこれは後から教えてもらったのだが、シタデル砦の頂上に居たエマリィは、魔法防壁を踏み板代わりにして三角岩の急斜面を滑り降りたのだと。


 この世界にはサーフィンやスノーボードと言った遊びは存在しないっぽいので、ほんとに咄嗟の機転だったようだ。もしかしたらこれが愛の力なのかもしれない。思わず抱きしめそうになるが、先程のマウントポジションからの容赦ないマシンガンパンチが、予想以上にトラウマとして肉体の奥深くに焼き付いているようで体が思うように動いてくれない。


 すると突然傍らから笑い声が聞こえてきた。押し殺そうとしているけど堪え切れなくて、腹の底から可笑しさがこみ上げているような軽やかな笑い声。

 ユリアナ姫王子だった。


「最初はただの叫ぶものスクリーマー討伐のはずだったのに――! それが稀人(マレビト)に魔族が現れたのかと思ったら、最後の最後には黄金聖竜様だなんて――!」


 と、腹を抱えて笑うユリアナ姫王子。


 しかし今はどちらかと言うと王子成分は少ないように見える。常に見え隠れしていた王子成分は影を潜めて、仕草がお姫様というか普通に女性っぽい。


 そして徐に両手を胸の前で合わせると、


「私は思ったの。この濃厚で奇妙で険しかった一ヶ月を過ごしてみてわかったわ! 私はもう自分に嘘をつくのは止める! 肩肘を張るのもやめる! そう人生は短いのよ。今を楽しまなくてどうするの!? ねえ、そうは思わない稀人マレビトさん!?」


 と、某宝×歌劇団の役者さんみたいな感じで、俺に手を差し出してくるユリアナ姫王子。

 一瞬の躊躇のあとで、その手を握って起き上がる俺。


「難しいことはよくわからないけど、稀人マレビトの立場から一つ言わせてもらえば、せっかくこの世界にやって来れたなら世界中のいろんな場所を冒険してみたい。でもそれって稀人マレビトとか、元からこの世界にいるとか関係ないよね。やるかどうか、行くかどうかは全部自分次第じゃないかな……みたいな!?」


「おお……っ、そなたの言葉が今の私には痛いほどに突き刺さる……!」


 なんだかキラキラとした目で俺を見上げるユリアナ姫王子。握られている手にも力がぎゅっと込められて思わずどきまぎする俺。


 するとエマリィが俺とユリアナ姫王子を引き離すかのように割り込んできて、俺の右腕にしがみついた。


「ボ、ボクも世界中を冒険したいっ! ていうかボクとタイガは同じパーティーメンバーで、知り合ってからずっと二人で上手くやって来た仲間だから! それに治癒魔法の相性もバッチシだし! それとそれと……!」


 と、俺とユリアナ姫王子を交互に見ながら、何やらムキになって説明するエマリィ。エマリィは何か勘違いをしているようだけど、姫王子みたいな高貴なお方が俺みたいな馬の骨を相手にすることはありえないから。


 今の姫王子の一連のリアクションは惚れた腫れたなんて単純なものじゃなくて、もっと人生の葛藤や心の問題に対して何かしらの光明を見つけたからだと思う。


 でもムキになっているエマリィもとても可愛いので黙ってる俺。しかし右腕から伝わる硬くもなく、かと言って柔らかいわけでもないこの絶妙な感触……、パンパンに空気の入ったエアマットが当たっているとでも言えばいいのか。


 そんな至福の感触を両目を瞑って堪能していると、「カピタンよ!」と凄む声が聞こえてきた。


「――妾は二人と行動を共にするようになったばかりじゃが、カピタンとは奇妙な縁を感じておる。エマリィも妹のようで可愛い。二人と居れば退屈せずに済みそうじゃ。だから妾のことも正式なメンバーとして迎え入れてはくれんかのう! もっともカピタンが首を振らんでも妾は後を追いかけるだけじゃがのう!」


 と、仁王立ちで腕を組んで豪快に笑うハティ。


 なんだよ、答えるまでもないじゃん

 もっとも俺としてもハティほどの腕利きをみすみす手放す気はなかったので嬉しい限りだ。

 しかし先程の黄金聖竜の不穏な言葉でなんだか胸がモヤモヤしていたが、皆の顔を見ているうちに幾分か気が楽になった。


 今はあれこれ考えても仕方がない。それに黄金聖竜もこの世界を見て自分で考えろと言っていたじゃないか。


 とにかく今はエマリィやハティと無事に大仕事をやり遂げたことを喜ぼう。


「まあいろいろとあったけど、とりあえず王命クエスト無事に完了ってことで、ダンドリオンへ帰りますか! みんな疲れてるだろうから迎えを寄越させるよ。空を飛んでいけば、今夜は自宅のベッドで寝れるぞおおおおおおっ!」


 俺の提案にエマリィとハティ、ユリアナ姫王子から歓声が上がった。

 ふと振り向けば、二つの太陽が地平線に沈みかけていた――

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