第5話 俺と彼女のパーティー結成

 翌日―-

 少し遅く起きた後で、一階にある食堂でエマリィと遅めの朝食を。

 店員が運んできた朝食セットとやらは、何かの豆を塩茹でしたものとコッペパンが二つにミルク。

 パンはパサパサしていたが、緑色のジャムを塗ると少しピリ辛くなりなかなかイケる味に。

 ミルクの方はなんと炭酸が含まれていたが味自体は牛乳そのままで意外と好きかも。

 エマリィは疲れが取れていないのか、,寝惚けているようなトロントした顔でコッペパンをちびりちびりと齧っている。


 かく言う俺も昨日はちょっと暴走(エキサイト)してしまった上に、どこからか入り込んだ一匹の蚊がしつこく俺の周りを飛び回っていたものだから、ほとんど睡眠していなくて体が鉛のように重い。


 そんな風に朝から二人してアンニュイな空気を漂わせて朝食を摂っている俺たちは、周囲から見ればとても大人チックで深い間柄に見えたことだろう。

 そのせいで宿を出る際には大男のマスターが「若いっていいもんだな」と意味深な笑顔で送り出してくれたが、それ勘違いしてるから!

 頑張ったのは俺一人だから(血の涙)


 と、そんな感じでまずは宿から近い素材屋へ行くことに。

 出迎えてくれたのは初老の爺さんで、最初は店に入ってきたのが若い俺たちと言うことで一瞥のあとに興味なさそうに視線を帳簿に戻してカウンターの中でパイプを吸っていたが、俺が森林大亀(フォレストジャイアントタートル)の素材をドサッとカウンターに置くと、途端に顔色が商人のそれへ。


「ほぉ! まだ若い二人がこんな大物を……! 人は見かけによらぬもんだわ!」


 と、くくくっと楽しそうに笑いながら甲羅や爪をチェックしていく。


「――ところでお嬢ちゃんはこれまでにも何度かこの店へ来たことがあったと思うが?」

「ええ。二、三回ですけど……」

「今まで持ち込んだものと比べれば明らかに獲物のレベルが段違いじゃ。その後ろの兄さんがお嬢ちゃんの新しい仲間かね?」


 そう聞かれてエマリィは耳まで真っ赤にしながらモジモジとして肯定も否定もしない。

 俺も微妙な話題だったので苦笑でやり過ごすことに。


「ほほほっ、まあ詮索はしないがね。ともかく森林大亀(フォレストジャイアントタートル)を狩れる実力があると言うならば、是非これからもこの店を贔屓にしてもらいたいものじゃ。今回はこれでどうだね?」


 そう言って初老の爺さんはカウンターの上に銀貨八枚を並べた。

 銀貨の価値も素材の相場もわからないので俺は無反応無表情だったが、エマリィが銀貨の山を見た瞬間にしばらく固まっていたところを見ると相当いい条件のようだ。


「甲羅の表面には幾つか深いキズが入っておるからのぉ。他所へ持ち込んでもこの値段では買ってくれんはずじゃ。今回はお嬢ちゃん達に今後もここを贔屓にしてほしいという期待料込みの値段じゃて」

「タ、タイガぁ……!」


 と、エマリィは困ったような嬉しいような顔で振り向くと、口をあひる口にしてううーっと唸った。

 それはどこからどう見ても嬉しさをかみ殺しているのが丸ばれなのだが、本人は今後の付き合いも考えて悩んでるふりをして足元を見られないようにしたいらしい。

 そんなエマリィを力一杯抱きしめて頬をすりすりしたい衝動に駆られるが、ここはぐっと我慢する。


「エマリィが決めていいよ。俺は一任してるから」

「わかった。じゃあこの値段で」

「ほほほ、商談成立じゃ。今後ともこの店を贔屓に」


 と、最後に爺さんは俺を見て頭を下げた。

 そして素材屋を出るとエマリィは俺の腕を掴んで脱兎の如く路地裏へ。


「す、凄いよタイガ! 銀貨八枚だって! 銀貨八枚だよ!!!」

「わ、わかったからまずは落ち着いてエマリィ!」

「でも銀貨八枚だなんて夢みたい……! あと少しで大台の金貨に届くところだったなんて……! こういう一攫千金があるところが冒険者稼業の魅力なんだよねぇ」

「ほら、俺ってお金の価値や相場のこともよく覚えてないからさ、それがどんなに凄いのかいまいちよくわからなくて……」

「タイガよく聞いて。まずは銀貨八枚で金貨一枚になるの。それでその金貨一枚あれば半年は余裕で暮らせるわ。だから銀貨八枚だと四、五ヶ月は余裕で……!!!」


 そう銀貨を握り締めて満面の笑みでくるくると回ってあれやこれやと妄想していたエマリィだったが、ふと真顔に戻って黙り込んだ。


「ん? どうしたの?」

「へへ、ボクってバカみたい。これはタイガのお金なのに……」

「いや、でも元々はエマリィの居たパーティーの獲物だったわけで……」

「ううん。ボクたちの依頼はあくまで森林大亀(フォレストジャイアントタートル)の卵を採取する依頼者の護衛だもん。そのお金は前金で既にもらっているしね。それにこういう事はきちんとケジメをつけなきゃ。あくまでボクは助けてもらった身であり、大亀を倒したのはタイガ。だからこのお金もタイガのもの」


 そう言って銀貨を差し出すエマリィ。俺が躊躇して受け取らないでいると、無理やりに銀貨を持たせてくる。


「タイガ、お金は大事なんだよ。特にボクたちみたいなその日暮らしの冒険者稼業には尚更ね」

「う、うん。わかった……」


 手の平にずっしりと伝わってくる銀貨八枚の重み。この世界で四ヶ月近くは遊んで暮らせるほどの大金。

 一方でこの街に出てきてからの三ヶ月、日々の生活に挫けそうになりながらも夢にしがみ付いてきたエマリィ。

 幾ら俺が危ないところを助けたからと言っても、お礼は宿代や食事代を奢って貰うことでもう済んでいる。

 この素材屋やこれから行く予定の冒険者ギルドの案内もそのお礼のつもりらしいが、正直に言って貰いすぎだ。


 そしてそれを自分に置き換えた時に、果たして自分はここまで他人に親切にできるのだろうかという疑問が湧く。そりゃ食事や宿代くらいは面倒を見るだろうが、素材屋や冒険者ギルドの案内まで付き合うだろうか。地図でも渡して終わりにしないだろうか。


 ましてや案内した人間が目の前で大金をゲットしようものなら、その時の心理状態はどうだろう。

 平静でいられるだろうか。

 命の恩人とは言え、つい嫉妬めいたものを感じないだろうか。

 いや、でも決して俺はエマリィの立場になって同じような気持ちは想像ができないのかもしれない。

 何故なら俺は二日前までは飽食の日本で暮らしていた身であり、アルバイトして自分の手でお金を稼ぐなんて行為もVRマシンを買った時の一度しか経験したことがない。

 そんなエマリィと俺では最初からお金の価値観も重みも天と地ほどかけ離れているに決まっている。


 なのにエマリィはきっと喉から欲しいであろう大金を俺に渡した。

 俺に権利があると言ってもそんものはどこにも明文化されていないただの口約束のようなものだ。ある意味では俺がエマリィの獲物を横取りしたとも言える。

 きっとがめつい人間ならば、例え森林大亀(フォレストジャイアントタートル)を倒す実力がなかったとしても、「もう少しで倒せそうだったのにお前がいい所をかっさらった」といちゃもんをつけて手数料くらいは要求するはずだ。

 しかしエマリィは当然そんなものを要求することもなく、また素材屋や冒険者ギルドの案内という比較的手数料を請求しやすい件についても何も言ってこない。

 大金を目の前にしてもそんな欲は微塵も見せない。


 彼女がここまで俺にしてくれるのは命を助けてもらった御礼であると同時に、それが彼女の持っている優しさだからだ。

 そんな彼女は信頼におけないだろうか?

 否だ。

 まだ彼女を美人局だと疑うべきだろうか?

 否だ。

 まだ俺は彼女を疑って自省すべきだろうか?

 否だ。

 ならば答えは一つ。


「――エマリィ、一つ提案があるんだ。聞いてくれる?」

「提案……?」

「うん。あの……よかったらだけど、俺とパーティーを組まないか?」


 その言葉を聞いた瞬間にエマリィの頬が桜色に染まった。

 、と同時にあひる口になってううーっと唸り出す。

 うむ、非常にわかりやすい。やっぱりチョロインだ。


「ボ、ボクでいいの……?」

「うん。エマリィは十分信用できる。ていうかエマリィが俺を信用してくれるかどうかの方が問題だけど?」

「タ、タイガは年齢も近いし、ほかの冒険者みたいに威張らないし十分紳士だと思う。けど……」

「けど?」

「年下だとか女だからと言って甘く見たり下に見たりしない?」

「神に誓ってそんなことはしません。あと――」


 と、俺は銀貨四枚をエマリィに手渡した。


「全ての報酬は半々で。宿代メシ代は個人負担でどう? ほかにどうしても譲れない条件とかある?」


 エマリィは掌の銀貨をキラキラ半分呆然半分の目で見蕩れながら首をぶんぶんと横に振る。

 よし。俺とエマリィのパーティの誕生だ。 

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