第4話 初めての夜

 夜も遅いこともあって入場門の待機列はまばらで、すぐに俺たちの順番になった。

 ちなみにいま俺はアルティメットストライカーを装着していて、ABC(アーマードバトルコンバット)スーツの上にはマントと言うかポンチョのような外套を羽織ってスーツを隠している。

 当然フェイスガードとシールドバイザーは格納済みだ。

 なんでもエマリィ曰く、


『その奇妙で奇異な鎧は見る人が見れば魔法具(ワイズマテリア)だとわかるはず。そうなるといろいろと面倒くさいからこれで隠しておいて』


 との事で、革製のショルダーバッグからこの布を取り出して手渡されたのだ。

 面倒くさいとは?と聞くと、


『冒険者もいい人ばかりじゃないんだよ。ボクたちみたいな新人(ルーキー)が高価なアイテムを持っているとわかればいらぬ詮索や嫉妬を生むかもしれないの。わざわざ悪目立ちしてトラブルを呼び込む必要はないでしょ?』


 との事。

 まあ要は念には念を、てやつだ。


 ところでダンドリオンは城塞都市というやつで、街は大きく長い城壁に囲まれていた。高さは三十メートル近いだろうか。厚さも五メートルくらいあってトンネルのような城門は開放されていたが、左右にかがり火が焚かれて三人ずつ衛兵が立っている。

 そのうちの五十歳くらいの男がエマリィに気が付くとニヤリと笑みを浮かべた。


「――よお、お嬢ちゃん!昨日は戻ってこなかったから心配したんだぜ。でもどうやら俺の聖龍様への祈りは通じたみたいだな!」

「はあ、きっとボクが無事に帰ってこれたのもそのお祈りのおかげです……」


 と、エマリィは思いっきり棒読みで答えると、男に銅貨二枚を渡そうとする。


「わはは、今日は気分がいい。通行税は免除だ。俺のおごりにしといてやる!」

「わー、うれしいなー、やたー」


 と、またしても棒読みのエマリィ。

 そして俺を振り返るとしかめっ面で「早く行こ」と呟いて、そそくさと城門を抜けていく。

 言われるままに衛兵の横を通り抜けてエマリィを追いかけると、後ろから「ほら、賭けは俺の勝ちだ」「くそ、運がいいな」と衛兵たちが笑っている声が聞こえてきた。

 なるほどそういうことか。他人事ながら胸糞が悪い。


「気にしなくていいよ。あの人たちも悪気はないの。ボクみたいな新人冒険者が生きて帰ってこられるかどうかは賭けの対象になりやすいってだけだから」

「でもなぁ……」

「――はい旅人さん、その話はここまで! ようこそ楽園都市ダンドリオンへ!」


 城門を抜けるとエマリィは笑顔で振り向いて両手を広げた。

 その背後に広がるのは石畳の広場とそこから左右に広がるマーケットだ。

 さすがに夜も遅いということもあり通りに見える人影はまばらだが、各商店の前では商人たちが店の片付けをしていたり、横付けされた馬車の荷台から商品が入っているらしい木箱をせっせっと店内へ運び入れている。


 中世ヨーロッパの様なこの世界でこの時間までマーケットが開いていたと言うことは、それだけこの街が安全で経済活動も活発ということなのだろう。さすが楽園都市と呼ばれるだけのことはあるのかもしれない。

 そして広場から奥に向かっては緩やかな傾斜になっており、白で統一された石積みの住宅街や貴族の屋敷らしい大きな館が広がっていて、その中央の一際高い場所に内城壁に囲まれた白亜の城が聳えていた。


「おお、すげえ!」

 

 その壮観な景色に思わず感嘆の声がもれる。

 こんな夜が深いにも関わらず街の全貌が見渡せるのには理由がある。あちこちの建物の外壁には三十センチくらいの光る物体が埋め込まれていて、闇夜に沈むはずの街を淡く白い光で照らしだしているからだ。そしてその光に浮かび上がる街はとても幻想的だ。


「あの光はなに? あれも魔法なの?」

「ああ、あれは貯光石と言うの。日中は光を貯めて夜になると貯めた光を放出する特性があって、貯光石の産地としてもステラヘイム王国は有名なんだよ」

「へえ、便利なものがあるもんだなあ」

「――じゃあ、こっちへ」


 と、エマリィは広場の左側へ伸びる通りを歩いていく。

 途中ですれ違う人影は普通の人間が大半だったが、中には獣人族や小人族(ドワーフ)などの多様な種族を見かけた。

 獣人族と言っても程度は様々で人間の姿に動物の耳や尻尾が生えているだけの者は「半獣人」と呼び、完全に動物がそのまま二足歩行に進化したような者たちを「全獣人」と呼ぶらしい。

 

 そしてどうやらこの通りには酒場が集中しているらしく、陽気な会話や笑い声があちこちから聞こえてきて、その陽気で活気溢れる楽しそうな喧騒に包まれていると、なんだかこちらまで楽しくなってくる。

 そうして辿り着いたのが「花と風亭」と異世界文字で書かれた看板を掲げる宿屋だった。


「ちょっと待っててね」


 一階は酒場になっていてエマリィは奥のカウンターへ向かうと、そこに立っていたマスターらしきいかついスキンヘッドの大男に銅貨を何枚か払うと戻ってきた。


「よかった。部屋は空いてるって」

「あの宿代はいいの? これを売れば俺も金ができるけど」


 と、俺は足元にある大亀の甲羅を持ち上げる。


「ボクに奢らせてよ、助けてもらったお礼だから。もうマーケットも終わりだしギルドに行くのと素材売りは明日にしよ。ごめん、それ二階に上げてもらっていい?」

「お安い御用で」


 俺は大亀の甲羅の束を担いでエマリィに続いて二階へ上がる。

 そして絶句。

 二階部分は宿屋が定番と思っていたが、目の前に広がるのは宿屋は宿屋でも個室ではなく大広間に板と布で仕切りが敷かれているだけの簡易宿泊所だったからだ。

 しかも仕切りの板は床から一メートル半くらいの高さしかなく、まるでネットカフェのようだ。いやネカフェそのものだ。


 それにフロアには煙草やお香の煙が充満していて空気は淀んでいるし、各ブースの上には洗濯物が無造作に吊るしてあって全体的に殺伐とした空気が漂っている。

 せっかく異世界へ来たというのに。なんなのだ、この繁華街にあるネカフェの土曜深夜のような世知辛い雰囲気は。


「こっちだよ」


 と、エマリィは傍らのブースに歩いていき、入り口のカーテンを開けて中に入っていく。

 中は四畳ほどの広さしかなく、板張りの床には長方形のラグマットが二枚敷いてあり、その上には竹で編んだような枕が一つずつ。

 まんまカップル席じゃん……


「――カ、カップル席って君ぃぃぃ!?」

「ん? どうしたの?」

「あ、いえ、なにも……。ゴホン、ち、ちなみにエマリィさん。俺は一体どちらで寝ればよろしいのかな……?」

「え、ボクと一緒じゃダメだった!? もしかしてタイガは人が居ると寝られないタイプ? ごめん、最初に聞いておけばよかった……」

「い、いや! 一人じゃ絶対寝られないし、死んだ婆さんにも一人では絶対に寝るなときつく言われていたような気がしますです、はい!」

「よかったぁ。もう一つ部屋を取るのもお金がかかるし、それに贅沢は敵だから」

「そう贅沢は敵です!」

「あはは、じゃあ甲羅は奥に置いてくれる? 今から盗難防止用の魔方陣を描くから」


 エマリィに言われた通りに甲羅の束を部屋の奥へ。小瓶に入った塗料と筆で、甲羅の表面に器用に魔方陣を描く様子を少し後ろから伺う。

 決して三つ編みの分け目から覗く白いうなじをこっそりと堪能したいわけではない。決してだ。


「さあ、できたっと……」


 思いのほか早く魔方陣を書き上げると、肩をトントンと叩いてから口を両手で押さえてあくびをするエマリィ。その一連の動きがどこか小動物っぽくてほっこりとする俺だったが、エマリィがいつの間にかトロンとした目つきでこちらを見上げていることに気がついてドキリと胸が高鳴る。


「タイガ……」


 い、いや、ダメですよエマリィさん! 僕たちはまだ出会ったばかりだと言うのに! 

 いや。しかしここは異世界。前の世界の常識や倫理観で考えてはいけない世界。ならばこの世界のルールに従うべき。郷に入りては郷に従え、だ。

 だいたい据え膳食わぬは男の恥と言うじゃないか。その据え膳にこれからの人生あと何回めぐり合えるというのか。先のことは誰にもわからない。そう、わからないからこそ全力で今を生きるべきなのだ。だから俺はいただく。全力で据え膳をいただく。

 だってエマリィはこんなに可愛くて、しかも魔法使いなんだぜ。断る理由なんてないじゃないか……


「エ、エマリィ……!」

「タイガ、その鎧は脱いだ方がいいよ……」

「だ、だよね! 俺もちょっと蒸し暑くなってきちゃってそろそろ脱ごうかなぁと思ってたところ……!」


 コマンドルームの脱着ボタンをタップしようとして、ふと気がついてエマリィに背を向ける。

 今エマリィは床に座っている。ここでナノスーツを晒せば、いきなり彼女の目の前に屹立したマイサンがハローしてしまう。さすがにそれはロマンチックとは言えない。


「そのマントは上げるからこれから自由に使ってね。あと夕食代はここに置いておくから、悪いけど一人で食べてきてね……むにゃ」

「うん、そうだね。このマント使わせてもらうよ――て、むにゃって何!?」


 振り向くといつの間にかエマリィはラグマットを壁に寄せて、すぅすぅと静かな寝息を立てて寝ている。全身は黒い布に覆われて表面には魔方陣が。そして傍らには鉄銭が数枚。


「あれ? エマリィ? おーいエマリィさーん……」


 思わずエマリィの肩を揺すろうとすると、黒い布の魔方陣がぼんやりと鈍く輝き始めた。


「……うん?」


 手を戻してみる。魔法陣の光が消える。手を延ばしてみる。魔方陣に光が点る。

 どうやら身体に少しでも触れようものなら何かしらの魔法が発動する仕組みなのだろう。


「ですよねぇ。そんな上手い話は転がってない……てか」


 そう言えば昨夜はずっと森林大亀(フォレストジャイアントタートル)との追いかけっこで一睡もしていないって言ってたもんな。相当疲れが溜まってるのだろう。

 勝手に期待して勝手に自爆してしまったが、でも心のどこかでほっと安堵している俺。


 異世界で初めて知り合えた女の子が簡単に身体を許すようなビッチじゃなかったってのもあるし、この世界で成人とは言え、子供の俺よりも年下の彼女がこんな場末のネカフェのような安宿で挫けず、捻くれず、強かに夢に向かっているその強さと眩しさが本物だと思えたから。

 俺は子猫のように無心に眠るエマリィの寝顔をしあわせな気分で見下ろしていた。


「おやすみ、エマリィ……」


 彼女のためになにか力になれたらいいな。

 心の底からそう思った。









 とか言いながら、半分密室で年頃の女の子と二人きりってのは刺激が強すぎて、俺も昨夜は一睡もしてないはずなんだけど、一匹の蚊がブンブンと煩いのに加えて目がギンギンに冴えて全然眠れなくて、挙句には何を思ったのかエマリィの寝顔を見ながら、「ふふんマイジュニアよ、お前にナノスーツが突き破れるのか!? 出来るのなら是非見せてくれ! おおっ、お前の力はどんなものか見せてくれると言うのかい相棒よ!」と、夜中に頑張ってしまったものの結局ナノスーツは突き破れなくて、明け方に全裸にマントという変態チックな井出たちで厨房の水瓶を借りてナノスーツを洗う羽目になり、それを見ていたいかついマスターに意味深な笑みを浮かべられて、泣きそうになりながら自室にそっと戻ったのであった。

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