第九十一話 王立図書館にて
王立図書館は、ギルド会館からそれほど遠くない場所にあった。
図書館へ辿り着くまでの間に、ハティとチルルさんの二人には事情を説明してあったので、今は二人とも協力的だった。
というか、チルルさんは亡命の件もあってか、やけに血走った目をしてはりきっている。
そして図書館の正面玄関は深夜と言うこともあって閉じられていたが、館内の一部に灯りが点いている事は外からでも確認できた。
「もう! こっちは大事な用があるのよ! 私とアルマスの人生がかかってるんだから二十四時間開けておきなさいよ!」
と、無茶を口走るチルルさん。
そして建物裏手へ回ると裏口のドアは施錠されておらず、チルルさんがずかずかと館内へ入っていく。
「ちょ、チルルさん――!? 誰かに見つかったら面倒だ。もっと慎重にお願いします!」
俺は慌ててチルルさんの肩を掴んでそう窘めた。
「そう? それでどっちに向かう?」
と、チルルさんは右と左を同時に指差した。
裏口を入ってすぐの廊下を右へ進むと図書コーナーがあるホールで、左へ行くとバックヤードのようだった。
そしてそのバックヤードのドアの隙間からは灯りが零れていて、中から数人の気配とボソボソと話す声が聞こえてくる。
「どっちと言われても……」
「アルマスは
と、忍び足で右の図書コーナーへと向かっていくチルルさん。
俺は最後尾でバッグヤードの方を警戒しながらホールへ入っていくと、仕切りのドアをそっと閉めた。
ホールは円柱状の空間になっていて、壁に沿ってずらりと本が並んでいる。
窓から差し込む月光に浮かび上がる大量の蔵書の山は、どこか荘厳さを感じる程だ。
そしてホールの中央に、地下へ続く階段が見えた。
「ここよ。でも鍵がかかってる……」
先に階段を下りていったチルルさんが、困り顔でドアの前で立ち尽くす。
「チルルさん、時間が惜しいからちょっと力業で行くけど驚かないでよ」
俺は一応忠告を入れてから、
チルルさんは呆気に取られた顔を浮かべていたが、「さすが救国の英雄と言われるだけはあるか。私の常識の範疇を超えてて言葉もないわ……」と、勝手に感心と納得をしていた。
そして俺はアルティメットストライカーで、強引にドアノブを捻って鍵を破壊してやった。
月の光も届かない地下の書庫は暗黒に沈んでいたが、両肩のサーチライトの強烈な光が、無造作に積み上げられている本の山々を浮かび上がらせた。
この本の山の中から探し出さなければならないのかと思うとげんなりしてしまうが、意外にも
と言うか、積み上げられた蔵書の山の中に何やら豪勢な装飾が施された本棚があって、貴重な魔法書関係は全てそこに集中して置かれていたと言うわけ。
「ああ、ここにあるわね。精霊魔法の
「チルル、少し待つのじゃ!」
本棚に手を伸ばそうとしたチルルさんを、ハティが慌てて制した。
ハティは本棚にそっと近付くと、四隅にはめ込まれている魔法石をまじまじと観察した。
そして忌々しそうに、犬歯を剥き出しにした顔で振り返った。
「カピタン、どうやら魔法の罠が仕掛けてあるぞ。無理やり本を取ろうとすれば発動するじゃろ。どんな魔法が飛び出すかは妾にもわからん。どうする?」
「ああ、そう言えば厳重に保管してあって自分なら取り出せると、アルマスさんが言ってたな。こう言うことだったか……」
俺はしばらく考えた後で、フェイスガードを閉じた。
「二人とも一旦書庫から出てくれないか。時間が惜しいからもう強引にいく。それとハティ、ポティオンを何本か用意しておいて、もしもの時は無理やりにでも飲ませてくれ」
「口移しでたっぷり飲ませてやるから安心するのじゃ」
と、嬉しいような嬉しくないような冗談を言うハティ。
その横でチルルさんが何か言いかけたが、ハティが「カピタンに任せておけば大丈夫じゃ」と外へ連れ出した。
随分と信頼されていることに若干こそばゆさを感じつつも、俺は本棚と向き合った。
「俺も信頼しているからな。アルティメットストライカー、
俺は本棚に手を伸ばした。
直後、視界が激しい光に包まれたかと思うと、耳を劈く激しい放電とともに強烈な衝撃が俺の体を弾き飛ばしていた。
本の山々と机をなぎ倒して、反対側の石積みの壁まで吹き飛ばされる。
ゴォン! と言う鈍い音とともに、
「くぅー、いってぇぇぇ……」
シールドモニターを見れば、HPバーが一気に二千近くも削られているではないか。
どんな破壊力だっての。
「――カピタン大丈夫か!?」
「す、凄い雷魔法だったよ。それを食らっても生きてるとか、ステラヘイムの英雄は化け物なの……」
ハティとチルルさんが駆け寄ってきて、二人掛かりで俺を起こしてくれる。
俺がフェイスガードを開けてポティオンを飲んでいる間、ハティは本棚を調べて呆れたように呟いた。
「しかしえげつない罠じゃったのう。どうやら溜め込んだ魔力を一気に放出するタイプじゃ。お陰で今はもう罠は作動しておらんが、カピタンのような者が仲間に居なければ泥棒も割りに合わぬな。どうじゃ、いっそ盗賊にでも鞍替えするか?」
「同じ痛い思いをするなら、救国の英雄と呼ばれる方がまだ性にあってるよ。俺、こう見えても結構真面目なんだぞ?」
「ふふ、冗談じゃ。さて、それでこれが精霊魔法の
と、ハティは本棚から取り出した一冊の
「どうすると言われても……」
ここからは未知の領域だ。俺とハティも――いや、エマリィやアルマスさんだって、精霊魔法についてはここに書かれている以上のことはわからないのだ。
だからまずはどんな事が書かれていて、ミナセを精霊として甦らせる方法を探るしかない。
幸いにして、今の騒ぎで事務室から誰かが駆けつけてくる気配もなかったので、俺たちは書庫の床に座り込むと、サーチライトの灯りを頼りに
そして小一時間ほど読んだところで、俺は頭を抱えこんだ。
本の前半に記されている、精霊という存在についての歴史や薀蓄などは斜め読みで、あくまでも俺が知りたいのはアルマスが言っていた精霊と主従関係を結ぶやり方だ。
確かにこの
一つ目が精霊と血縁などの縁がある場合、二つ目が血縁も縁もない場合、三つ目が既に他者と主従関係を結んだ精霊との再契約を結ぶ場合。
しかしその紹介だけで終わっていて、一番知りたい肝心の実践的な手法の詳細については、どうやら次巻以降らしいのだ。
なんのことはない。この
そして肝心の実践方法の詳細が記された次巻以降についてはまだ発掘されていないらしく、書庫の本棚には並んでいないという有様。
俺は目の前が真っ暗になるのを感じながら、いつだったかエマリィが言っていた「魔法使いはお金がかかるの」という言葉をぼんやりと思い出していた。
この世界の人間がまわりくどいとは思わないが、もっと情報を圧縮して要点だけ纏めた本を作ってくれやっと、叫びたい衝動に無性に駆られる。
「……カピタン、
ハティは落ち込んでいる俺を見かねて優しく言葉をかけてくれるが、それを聞いていた俺は体を電流が流れたようにはっとする。
ハティもそんな俺の顔を見て、自分の言葉にヒントが含まれていたことに気付いたようだ。
ああ、ヒントならすぐ近くにあるじゃないか。
まさに灯台元暗しだ。
早速俺は無線でライラを呼び出した。
その声が興奮と緊張で思わず上擦っていた。
「――ラ、ライラ、聞こえるか……!?」
――はいはーい、あなたのライラちゃん、全裸土下座で定時連絡お待ちしておりましたよーワンワン!
「頼む、急用ができた。今すぐピノとピピンに代わってくれないか!?」
――え、ピノとピピンですか? もう真夜中なので、二人ともとっくに寝てますけどお……
「わかった。それじゃあ一度グランドホーネットへ戻るから、二人を叩き起こしておいてくれ。それと迎えも早急に頼む」
――何やら急に慌ただしくなりましたね。でもこの天才オペレーターにして、皆のアイドルライラちゃんにドーンとお任せください。どんな
「了解。頼んだぞ、ライラ……!」
ライラとの無線を終えると、俺はハティとチルルさんを振り向いた。
チルルさんは無線の存在を知らないので、幻でも見ていたように気まずそうに愛想笑いを浮かべている。
「それじゃ俺は一旦グランドホーネットへ戻る。ハティはこのまま王都に残って、姫王子たちの動向を探ってくれないか。チルルさんは――」
そこまで言いかけて、俺はふと入り口に気配を感じた。
振り向いた瞬間、人影はサーチライトを避けるように物凄い速さで書庫の中へ飛び込んでくる。
暗闇の中を縦横無尽に飛び跳ねる一つの影。
しかもその移動スピードが尋常ではない速さだ。
まるで高速射出されたテニスボールが室内を跳ね回っているみたいに、、一気に俺の背後へ回り込んでくる。
その影からこれまた素早い斬撃が繰り出されたが、アルティメットストライカーの装甲が難なく弾き飛ばした。
「なに――!?」
思わず漏れ出した驚嘆の声とともに、一気に俺から離れていく影
「カピタン、何者じゃこいつら! 暴れてもよいのか!?」
いつの間にか書庫の中には数人が入り込んでいて、ハティはチルルさんを庇いながら暴漢に間合いを詰められないように上手く立ち回っていた。
「それは待ってくれ、俺たちは一応デリケートな立場だからな!」
「しかし――!」
ハティが焦れったそうに何かを言いかけたが、その言葉はHAR-22の発射音が掻き消した。
マガジンが空になるまで天井に向かって引き金を引き続ける。
ズダダダダダダダダダダダダッ!!!
狭い書庫の中に耳を劈く発砲音が延々と鳴り響き、銃口で高速点滅するマズルフラッシュが部屋全体を光と闇の饗宴に染め上げた。
その未知の迫力に、暴漢たちは意気消沈したようにその場に立ち尽くしていた。
「――確かにこっちは理由ありの身だが、だからってこのまま大人しくやられる訳にもいかねえ! 俺たちを見逃してくれるのか、それともここでやり合うか今すぐに決めろ! 但し、やり合うって言うのならこっちも本気をだすぞ! 三秒でお前ら全員を跪かせてやるっ!」
と、凄みながら暴漢たちを順にサーチライトで照らしていく。数は五人。全員イヌミミやネコミミを生やした獣人の若者たちだ。年も俺と同じくらいか、二つ三つ上くらいだろう。
すると階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきたかと思うと、新たに二人の獣人が姿を現した。手には貯光石のランタンを持っている。
「い、一体今の音は何事なのだ!? 全員無事なのか!? ケガはしておらぬのか!?」
ランタンを持つ垂れ下がったイヌミミの青年が、暴漢たち一人一人を照らして安否を確認していき、全員が無事であることを知ると安堵の表情を浮かべた。
そして警戒した面持ちで、俺たちを振り返った。
「私は連合王国連座王室の一つ、ルード家の第一王子アルテオン・ルードと申します。もしかしてその奇妙な鎧は、ステラヘイム王国で救国の英雄と称されるタイガ・アオヤーマ殿ではないでしょうか……?」
「アルテオン王子……。初めて間近で見た……」
チルルさんは恐縮を通り越して、最早魂が抜けかかっている。
その横で俺とハティは、面倒くさいことになったとそっと目配せをした。
「あ、あの、何かの勘違いじゃないですか? 俺はちゃんとこの町の冒険者ギルドにも登録しているタロウ・ヤマーダですよ。ほら、ちゃんと証拠のクリスタルログもある。はは……」
「そのような嘘には誤魔化されません。我々の入手した情報によれば、ステラヘイムのユリアナ姫王子の護衛としてこの国へ潜入していた筈。現在姫王子と共に捕らえられているのは、金髪と青い髪の従者とメイドのみ。タイガ・アオヤーマは、西の山間部の古代遺跡から逃走して、現在は行方知れずとのこと。それがあなたの事で間違いないですね? 奇妙な鎧に身を包み、これまた奇妙な魔法を使うと言う情報とも一致しています」
アルテオンと名乗る王子は一見優男に見えるが、意外と押しが強いのか落ち着いた口調のまま、ぐんぐん前に出てきて詰め寄ってくる。
そして俺の前までやって来ると、突然片膝をついた。
その行動に俺とハティは目を丸くしたが、何よりも驚いているのは、後ろで控えていた従者らしい獣人の若者たちとチルルさんだ。
自分たちが仕えている主が、どこぞの馬の骨かわからない人間に跪いた姿を見て、半ばパニックを起こしている。
「ち、ちょっとやめてもらえませんか! おたくの従者たちに殺されそうだ。これは新手の嫌がらせかなにかなんですか!?」
「私たちには時間がないのです! ここで巡り合えたのも何かの縁。是非タイガ・アオヤーマ殿に聞いていただきたいお話があるのです! その為ならば私は何度も頭を下げ、跪いてみせましょう。私という人間のこの行動にそこまでの価値を見出せないのならば、どうぞ路傍の石のように足蹴にしてここから退室してくださって結構でございます。アオヤーマ殿がどのような決断をされたとしても、部下たちに手を出させないことを約束いたします。さあ、ご決断を――!」
ええーっ、なに、この低姿勢な脅迫は……
まるでペコペコと頭を下げながらも頂くものはしっかりと盗っていく、丁寧な押し込み強盗みたいじゃないですかあ。
そして俺が決断をしかねていると、後ろに居た従者たちまでもが片膝をつき始めたではないか。
俺とそんなに歳が変わらないであろう若い王子を筆頭に、獣人族の若者たちが真摯に、すがるように、何かを訴えかけるような目で真っすぐに俺を見上げている。
「うう……わかりました……。話は聞くのでとりあえず立ってくれませんかねえ!? あと、俺も急用で時間がないので、出来れば手短にお願いします……!」
と、俺は半ばヤケクソ気味に王子の提案を了承した。了解するしかなかった。
「おお、ありがとうございます。ではお聞きください。我々の革命について――」
「革命……」
日本で生まれ育った俺にとって、その余り馴染みの無い言葉の響きを聞いた瞬間、これまた面倒くさいことに巻き込まれたことを痛感していた――
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