第九十七話 王城の地下にて

「――ハ、ハティか!? どうしてここに!?」


「もしかしてチョー助けに来てくれた!?」


 イーロンとテルマが鉄格子に噛り付きそうな勢いで張り付いたが、ハティは周囲を見渡して「落ち着くのじゃ」と小声で制した。


「捕らえられたお主らの動向を探れと、カピタンに命じられたのじゃ」


「おお、タイガ殿が……! やはり頼りになります!」


「しかし姫王子様はどこじゃ? ここに一緒にはおらぬのか……?」


「ユリアナ様は当初から我々とは別にされていて、今もどこに捕らわれているのかは……」


 と、イーロンが自分の不甲斐なさを責めるような顔で声を絞り出す。


「もしかしたらヴォルティスの傍に置かれているのかもしれません。そうなると恐らくは城の上層階かと……」


 そう話すのは、イーロンとテルマが初めて見るネコミミの青年だ。

 歳は恐らくイーロンと同じくらいだろうか。

 イーロンとテルマの訝しむ視線に気がついたハティが相好を崩した。


「この男はハイネスと言って、ルード家のアルテオン王子のお付の者じゃ。心配はいらん。お主らを捕らえたのはヴォルティス王の一派で、アルテオン王子は元々革命を企てておったらしい。今はステラヘイム王に援軍の要請をしに、カピタンとグランドホーネットへ向かっておる最中じゃ。それで妾はハイネスの案内で皆の動向を探っておったという訳じゃ」


「それはまた……私たちが知らぬ間に事態は相当大きくなっていますね……。ユリアナ様が囚われた上にアルテオン王子の要請があれば、陛下は必ずや動くことでしょう。我々も愚図愚図している場合ではありませんね……」


 と、イーロンは肩を竦めて息を吐き、その横でテルマが苛立ったように鉄格子に噛り付いた。


「それじゃあ街が戦火に飲まれる前に、ユリアナ様をさっさと助けるっす! ハティ! ここから出たくても魔法石の罠がチョー邪魔してるの! チョーなんとかして欲しいっす!」


「それならば俺が解除の術式を知っている。いま解除しよう」


 まさに渡りに船と言うべきか。

 思わぬ展開にイーロンとテルマがすがる様にハイネスを見つめ、ハティやマリたちも興味深そうな顔でネコミミの剣士を見守った。

 ハイネスは鉄格子の中へ両手を突っ込んで手の平を合わせた。

 そしてぶつぶつと小声で詠唱をすると、手の平の間から黄色い光があふれ出す。

 すると今まで天井の四隅で妖しく光っていた魔法石が、真っ黒に変色していった。


「これで解除は済んだぜ。いつ鉄格子を開けても大丈夫だ」


 そうハイネスが説明をしていると、マリが必死の形相で話に割り込んできた。そしてメイの腕を引っ張ってハイネスの前に押し出す。


「あ、あの、初めてお目にかかるのに大変図々しいことは百も承知で、どうか妹の首輪もお願いします! これが外れないと妹は一生――!」


「大丈夫。今の呪文で一緒に解除されているから」


「へ……?」


「本当だ。首輪が外れたよ、お姉ちゃん――!」


 外れた首輪を見て抱き合って喜ぶマリとメイ。

 そんな二人を横目に見ながら、ハティが口を開いた。


「とにかくまずは姫王子様の居場所を探るのが先決じゃ。下手に騒ぎになって警備が強化されると身動きがとれん。すまんがお主らはもう少しここで捕らわれたふりをしておいてくれんかのう。姫王子様は妾とハイネスで必ず探し出して見せる故」


 ハティのその提案に、イーロンとテルマは思わず顔を見合わせた。

 互いに無念と焦りの色が表情に色濃く現れていたが、テルマががっくりとうな垂れたのを合図に、イーロンはハティに絞り出すような声で呟いた。


「我らは頃合いが整うまで、ここで待機している……だからハティ、どうかユリアナ様の所在を探し出してくれ……!」


「すまんの。しかしここは妾に任せるのじゃ! 何かあれば合図を送る!」


 そう言って通路を戻っていくハティとハイネス。

 遠ざかっていく足音を、イーロンとテルマは鉄格子にしがみ付いていつまでも聞いていた。




 イーロンたちと別れてから、ハイネスの先導でハティは地下通路を急いでいた。

 地上へ続く階段を上がっていると、上の方から何者かが駆け下りてくる足音が聞こえてきたので、二人はそっと踵を返す。

 そして当初の予定を変更して新しい通路を進んでいると、またしても前方の曲がり角の先から足音が。


「こっちへ」


「うむ」

 

 ハイネスが機転を利かせて手前の通路を左に折れて突き進むが、今度は真正面から足音が聞こえてきたので、また左の通路へと飛び込む。

 そんな風に足音を避けるようにして何度か角を曲がっているうちに、二人が辿り着いたのは行き止まりになった通路だった。

 ハイネスが舌打ちをして後戻りをしようとしたが、背後からは盾を構えた兵士たちが、二列縦隊でじりじりと迫ってくる姿が見えた。


「どうやらバレておったようじゃのう……」


 と、ハティが唇を歪めて血族旗ユニオントライブを身構えた。

 その隣ではハイネスが「かたじけない……」と、覚悟を決めた顔で剣を抜いた。

 直後、二人の立っていた場所の床が二つに割れたかと思うと、ハティとハイネスの体が落とし穴に吸い込まれていた。


「ぬおおおおおおおっ! 落とし穴か!? ハイネスいけるか――!?」


「俺なら大丈夫!」


 落とし穴の高さは三十メルテメートルはあったが、二人とも身体能力の高い獣人族らしく、落下しながらも空中で難なく体勢を整えた。

 そして地面が近付いてきたところで、ハティは風魔法で自分の体を浮かせて衝撃を和らげ、ハイネスは壁に突き刺した剣で落下スピードを殺してから、無事着地することに成功した。


「見事じゃな」


「そちらこそ」


 風狼族と猫人族はお互いを褒め称えた後で、改めて周囲を確認した。

 明かりが届かずに真っ暗だったので、ハティが妖精袋フェアリー・パウチから貯光石を二つ取り出して、そのうちの一つをハイネスに手渡した。

 淡い光の中に浮かび上がったのはレンガ作りのトンネルで、以前水路だったのか真ん中が凹んだ作りになっていた。


「旧水路か。てっきり埋めたものと思っていたが……」


「いろいろと使い道はあったようじゃ。ほれ、そこを見てみい」


 ハティがそう言ってトンネルの一角に光を向けると、そこにはボロボロの衣服を纏った白骨死体が数体転がっていた。


「これはヴォルティス兵の……。こちらにはルード兵の死体もある。一体なんなのだ、ここは……?」


「ふん、人知れず血塗られた歴史の上に聳える王城と言ったところか……。策謀に諜報、欺瞞、裏切り……どこの国も似たようなものじゃ。しかしその様子では、ハイネスもここからの出口は知らんらしいのう。どうしたものか……」


「もしかしたら市街地の地下にある旧地下道と繋がっているかもしれない。とりあえずそっちへ向かって見よう」


「ふむ。そうするか。やれやれじゃのう」


 ハイネスの先導で地下トンネルを進み始めたハティだったが、すぐに背後から迫る気配に気がついて舌打ちした。


「ハイネスよ、追っ手じゃ!」


「ああ、しかも前方からも来てるぜ!」


「それじゃあ仲良く半分ずつでどうじゃ!?」


「へへ、望むところだ!」


 暗闇から現れたのは、双頭の豹アンフィスパンテルの群れだった。

 しかも獣用の薄金鎧ラメラーメールを着用していることから、どうやら軍用に訓練されているらしい。


「ヴォルティスの獣魔兵だ! こいつら魔法も使えるから気をつけてくれよ!」


「誰に言っておる! 妾は風狼族のハティ! 塵旋風のハティ・フローズとは妾のことじゃ!」


 ハティの前方から迫る獣魔兵の数は、およそ三十。

 一頭辺り四つの瞳を持ち、それが暗闇の中で紅い光を発していている。

 その紅い光点の一団がそのまま直進してくる集団と、左右の壁に飛び移って突進してくる集団に分かれた。

 そして一斉に雄叫びを上げたかと思うと、無数の火球ボーライドを吐き出した。


 しかしハティは微塵も焦る素振りは見せず、それどころか大胆不敵な笑みを宿らせて血族旗ユニオントライブを紐解いた。

 暗闇の中ではらりと広がった真紅の旗影が闇を切り裂くと、旗の軌跡から生じた凄まじい突風が、無数の火球ボーライドを瞬く間に無に帰したばかりか、猛進してくる獣魔兵の群れをも吹き飛ばしてみせた。


「どうやら悪い犬にはしつけが必要のようじゃ!」


 ハティは床に蹲っている獣魔兵の元へ突進すると、血族旗ユニオントライブを巧みに操って、次々と竿の部分を打ち込んでいく。

 仲間たちが脳天をかち割られ、胴体を貫かれる姿を見て、残りの獣魔兵たちは尻尾を巻いて逃げ出した。


「ぐはははーっ、ケンカを売るときは相手を選ぶことじゃ!」


 と、ハティが逃げる獣魔兵たちの後ろ姿を見て豪快に笑い飛ばしていると、背後からハイネスの呆れた声が聞こえてきた。


「風狼族の姉御よ。あれは犬じゃなくて猫科だぜ。お手柔らかに頼むよ」


 しかしそう苦笑するハイネスの背後には、切り刻まれた獣魔兵の死体の山が転がっているのを見て、ハティも呆れた顔で肩を竦めた。


「一応遠縁じゃろ。お主もなかなかに冷酷よのお」


「ヴォルティスに飼い慣らされるくらいなら、あの世へ送ってやった方がこいつらのためなのさ。さあ、さっさと先を急ごう。新手がやって来ると面倒くさい」


「そうじゃの」


 二人はその場を足早に立ち去り、ハイネスを先導に地下トンネルを進んでいく。

 しかしハイネスも旧地下水路の地理には疎く、迷路のように入り組んでいる地下トンネルを、何度も行ったり来たりを繰り返すこと小一時間余り。

 ようやく市街地の方角へ延びる水路を見つけて歩いていると、交差路に差し掛かってハイネスが足を止めた。


「どうしたのじゃ――?」


「姉御、ここを見てくれ……」


 ハイネスは直進する通路の壁を撫でながら、怪訝な表情を浮かべている。


「本来このトンネルは、ここで直角に折れ曲がっていた筈だ。しかしここからそのまま直進している先の通路は比較的新しい。放棄された地下水路なのにおかしくないか……?」


 確かにハイネスの言うとおり、今歩いてきたレンガ作りの通路は左に折れ曲がっていて、ここから先へ直進しているトンネルにはレンガがなく、土が剥き出しのままで高さももやや小振りだった。

 ハティは土壁を一撫ですると、指先についた土の匂いをくんくんと嗅いだ。


「確かにカビの匂いがせんのう……。と言うか、まだ新鮮な土の匂いがするくらいじゃ……。しかしそれがそんなにおかしいことなのか?」


「さっきも言った通り、この地下水路は放棄されてから何年も経つんだ。もしそんな所で新しい工事が始まったと言うなら、俺の耳に入っていてもおかしくはない。これでもアルテオン王子の従者なんだぜ俺は。しかしそんな噂は聞いた覚えがない。じゃあ一体誰が? 何のために?」


「ヴォルティス側が何か企んでいると言いたいわけじゃな」


「少なくともルード家側は初耳だ」


「それでは行って確かめて見るしかないじゃろ。この先に何があるのか……」


「すまない姉御、恩に着るぜ。先を急いでいる時に申し訳ない。地上へ出たら一杯奢らせてくれ」


「商談成立じゃ。妾は高くつくから覚悟しておくのじゃぞ」


 話がまとまると、二人は坑道を警戒しながらゆっくりと直進していった。

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