第九十六話 エマリィ&八号vsロウマ・3
巨大なハンマーが床を叩きつけたような衝撃は、大広間全体を駆け抜けた。
爆心点では床の底が抜けて、ロウマの体は一瞬にして、奈落の底へ飲み込まれていった。
しかしグレネード弾千発分の爆発の衝撃はそれだけでは終わらずに、床の崩壊は蜘蛛の巣のように放射状に広がると、エマリィたちのすぐ足元にまで迫っていた。
「は、八号さん、これヤバくない!?」
「は、はい、チョーやばいです……!」
エマリィを抱えて走る八号は、さらに速度を速めた。
しかし巨大な床石がガラガラと音を立てて崩れていくスピードは、八号の移動速度をも上回っていた。
そして一気に八号を追い抜いていく。
八号がその事実に気がついた時には既に足元は崩壊していて、無数の床石とともに宙へ放り投げ出された後だった。
「く、くそっ!」
「きゃーーーーーっ!」
八号は落下しながらもフレキシブルアームを伸ばす。
そして何とか周囲を舞っている床石にしがみ付くと、それを足場にしてさらに上から降り注いでくる床石へ飛び移った。
エマリィはそんな八号の首に無我夢中でしがみ付いていたが、小さな体はまるでマントのようにひらひらと舞っていた。
「は、八号さん、ボクが足場を作る!」
と、エマリィが右手を掲げる。
すると雨霰のように降り注いでいる床石や瓦礫の中に、魔法防壁の足場が出現した。
その足場はステップ状に地上まで続いている。
「――助かります!」
八号は落下してくる床石を二つ三つと飛び移っていく。
そして何とか魔法防壁まで移動してくると、一気にステップフロアを駆け上がった。
そのまま大広間まで駆け上がってくると、最後は崩壊していない床面を目掛けて渾身のジャンプ――
バランスを崩しつつも、着地。
しかし勢いが止まらずに、床を転がっていくエマリィと八号の体。
二人が顔を上げた時には床の崩壊は終わっていて、どちらからともなく顔を見合わせると、魂の抜けた顔で床に座り込んだ。
「た、助かった……。ボクたち、まだ生きてるよね、はは……」
「
そしてエマリィは、改めて大広間を見渡して息を呑んだ。
最初は床面の三分の一程度だった穴も、今では三分の二程までに広がっていて、ぱっくりと口を開けていたからだ。
その大きさはエマリィの田舎の集落をすっぽりと飲み込んでしまいそうな程だったので、思わず顔が青ざめた。
「ううー、本当に危機一髪だったんだなあ、ボクたち……。とにかく今のうちにアルマスさんを連れて地上へ逃げるべきだよね……」
せっかく助かった命だ。ロウマが本当に死んだという確証はない。ならば今は、せっかく掴んだ優位を有効に活用すべきだ。
エマリィはそう気持ちを無理やり切り替えて立ち上がった。
しかし隣の八号は中腰の姿勢で固まったまま、息を殺して耳を澄ましている。
「どうしたの……?」
「微かに揺れていませんか……?」
八号にそう言われて、エマリィも改めて周囲に神経を配る。
すると、確かに足の裏に床を伝ってくる微振動を感じた。
「もしかして、また床が……!?」
エマリィは弾かれたように八号の元へ移動すると、フレキシブルアームにしがみ付いた。
すると、その目の前を天井から降ってきた数個の小石が通り過ぎていった。
コツン、と音を立てて床に転がる小石。
何となくその小石を見つめていると、エマリィの脳裏を最悪の予感が過ぎった。
確かタイガは、『
つまりこの古代遺跡は今、壁面の出っ張りに引っ掛かっているか、もしくは邪神が作った足場の上に乗っかった状態で、辛うじて巨大な縦穴の上部に留まり続けていることになる。
その絶妙なバランスが、度重なる爆発で崩れていたとしたら――
エマリィは血の気の失せた顔で生唾を飲み込んだ。
その刹那。
突如地面が盛り上がった。
いや、床が傾いたのだ。
しかも床だけでなく大広間が、遺跡全体が傾いていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ、と地鳴りのような音を上げて遺跡が大きく傾く。
遺跡全体が縦穴の中を滑り落ちているのが、周囲から響き渡る破砕音と体が宙に浮くような感覚でわかった。
エマリィと八号の体は衝撃で床の上に放り出されたが、遺跡全体が見る見るうちに傾いていくので、二人の体は傾斜した床の上を滑っていく。
いや、落下していく。
「きゃーーーーーーっ!」
「エマリィさんつかまって!」
八号は空中でエマリィを抱きしめると、そのまま六本のフレキシブルアームをそり立った床面に突き刺して踏ん張った。
そして一際大きな衝突音が鳴り響いたかと思うと、衝撃とともに遺跡の傾きと滑落が止まった。
「と、止まりましたね……」
八号は周囲を見渡してほっと息をついた。
八号の首にぶら下がっていたエマリィも恐る恐る顔を上げた。
遺跡は縦穴の中で横転したらしく、先ほどまでは床だった部分が壁になり、壁だった部分が今は床と化している。
よっていま二人は、ほぼ垂直にそり立っている床にぶら下がっているような形だ。
そしてアルマスは運良く最初から隠れていた壁の凹みが、今は床へと変わっているので大した怪我もなく無事だったようだ。
「おーい」と両手を振って、遥か頭上のエマリィと八号を見上げていた。
「とりあえず脱出方法は一旦下へ降りてから考えましょう。エマリィさんしっかり掴まっていてくださいよ」
八号のフレキシブルアームが壁となった床を器用に降りていき、残り五十
二人が安堵の表情を浮かべて床にしゃがみ込むと、アルマスが近寄ってきた。
「だ、大丈夫かい……!? ほんとに生きた心地がしなかったよ……。と言っても、どうやらこの遺跡は巨大な縦穴に辛うじて引っ掛かった状態で存在しているらしい。いつまた滑落が起きるともわからないこの状況じゃ、安心もしていられないか……」
「まったく踏んだり蹴ったりですね……」
「でもここからどうやって地上に出れば……。今の滑落で遺跡に繋がっていた迷宮とは寸断されただろうから、自力で地上への出口を見つけるしか……。それにボクももう残りの魔力は、魔法石半分くらいしか残っていないし……」
エマリィの言葉に、八号とアルマスも暗い表情を浮かべた。
最下層まで降りてきた通路は幸いにもすぐ近くに見えるし、最初の攻略の時に地上へ戻るために使った、遺跡中央に出現した縦穴も見えるが、遺跡自体が横転してしまっている今となってはどれも無用の長物だ。
地上を目指すには一旦遺跡の外へ出てから、巨大な縦穴を自力で這い上がっていくしかないだろう。
「くそ、せめて無線が使えれば、救助を要請できるのに……!」
と、八号が苛立たしげに呟く。
「とにかくタイガは、ここにボクたちが居ることを知っているんだから、絶対に戻って来てくれるよ。それまで何とかして持ち堪えれば大丈夫。絶対……」
エマリィはそう自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「そうですね。先輩が自分たちを見捨てるわけないですもんね。ああ、それじゃあもう少し地下で野営することになるのか。一度水や食料のストックを確認しておきましょうか」
と、八号は幾分元気を取り戻すと、自分の
エマリィはその光景を見つめていると、ふと遠くから音が聞こえてくるのに気がついた。
最初は地上から縦穴に吹き込む風の音かと思ったがどうも違う。
それは鳥の羽音のようで、そり立っている壁の大きな穴の向こうから聞こえてくる。
その壁はさっきまでは床だった部分で、その穴はロウマが落ちた穴だ。
エマリィが厭な胸騒ぎを感じながらその穴を見つめていると、暗闇の中に骸骨がぼんやりと浮かび上がった。
それがあろうことか、背中から巨大な翼を生やして、奈落の底から浮かび上がってきたロウマだと気がついた時、エマリィは絶望に打ち震えていた。
同時刻。
連合王国王城の地下牢――
「ほら、味わってくえよ、いひひ」
と、見回りの兵士は鉄格子の小窓を開けてお盆と水桶を置いた。
そして勝ち誇った卑しい笑みで牢の中を睥睨した。
イーロンは兵士が立ち去った後で、お盆と水桶を取って皆の元へと戻った。
「ふん、ようやく食事が出たかと思えば……」
お盆の上には蒸かしたイモが人数分と、水桶には水が並々と注がれていたが、表面には木屑や千切れ葉が浮かんでおり、更に掬うための杓子もなにもない。
牢屋の中にはテルマとメイドのマリとメイ、そしてマシューが居た。
マシューはほとんどとばっちりのようなものだが、ユリアナ達の協力者として連行されたのだ。
村のほかの子供たちも王都へ連行されてきて、今は聖竜教の教会に軟禁されているらしい。
夜も更けていることもあって、幼いマシューはマリの膝枕で寝ていたが、マリに肩を揺すられてあくびをしながら体を起こした。
「さあ、待望のごはんがやって来たぞー。僕の分も沢山お食べ! と言ってもイモが一個だけだけどね」
「ほんとに! ありがとう騎士様! おいら腹が減って腹が減って仕方なかったんだ! ああ、蒸しイモうめえ!」
努めて明るく振舞うイーロンと、目の色を変えてイモを両手に掴むマシュー。
マリとメイは遠慮しているのか、なかなかお盆に手を伸ばさないので、イーロンが優しい声音で促す。
「どうしたんだい? 君たちも遠慮しないでお食べ」
「し、しかしイーロン様は……。それにテルマ様も……」
マリはかしこまったまま、ちらりとテルマを見た。
テルマは牢屋の奥でフェイスガードを下げたままブツブツと何か呟いていて、どこか気が触れてしまったように見えなくもない。
「ほら、テルマも一度休憩してこちらで食事をとりなさい。マリとメイも気にしているだろ」
「うん? イーロンいま何か喋ったっすか?」
と、フェイスガードを収納して訊ねるテルマ。そしてお盆に気がつくと四つん這いで近寄ってくるが、すぐに落胆の表情へ。
「なんだぁ、蒸かしイモっすか。テルマ、チョーイモ嫌い。マシュー食べていいっすよ」
「ほんとに!? ありがとう騎士の姉ちゃん! ああ、マジでイモうめえええ!」
マシューは嬉しそうにイモをもう一つ掴むと、がむしゃらに口へ押し込んだ。
その様子を横目にマリとメイも遠慮がちにイモを齧り始めたので、イーロンは安心したようにテルマに向き直った。
「……それで無線は繋がったのか?」
「うーん、やっぱりチョー駄目だった。地下牢に連れてこられてからは全然繋がらないっす……」
「やはりか。それでもこちらの事情はライラに一度は伝えることは出来たのだから、今頃タイガ殿や陛下の耳にも伝わっているはず。もうしばらくここで待つか……」
「で、でも、ユリアナ様のことがチョー心配! 自分たちで助けに動いた方が……!」
「私だってユリアナ様のことは心配だ。しかしここを脱け出すにしても、まずはあれをどうするかだ……」
イーロンとテルマは憎々しげな顔で天井を見上げた。
天井の四隅には、拳ほどの大きさの魔法石が埋め込まれていて妖しい光を放っていた。
この牢屋に放り込まれたときに、兵士から自信満々に聞かされた言葉によれば、その魔法石は衝撃や魔力を少しでも感知すれば、即座に火炎を噴き出して牢の中に居る者を焼き殺してしまう装置だそうだ。
「チョーブラフって線もある……」
と、テルマ。
「こんな装置はステラヘイムでは見たことも聞いたこともないからな。しかし似たような概念の装置は、書物で目にしたことがある。それにここは連合王国。かりにも魔法都市と謳われる、
「でも、それじゃあユリアナ様は――!?」
イーロンは声を荒げたテルマの首に手を回して抱き寄せると、小声で、それでいて強い意志のこもった声で叱咤した。
「ここに居るのは私たちだけじゃないんだぞ。
「う、うん、確かにユリアナ様も、そうするとチョー思う……」
「そうだ。わかってくれればいい」
すると通路を誰かが歩いてくる足音が聞こえてきたので、イーロンとテルマはそっと離れると、別々に寝たふりや考え事をしているふりをした。
足音は牢屋の前でピタリと止んだかと思うと、
「そこの金髪の男、こっちへ来るのじゃ――」
と、聞き覚えのある声が聞こえてきたので、イーロンとテルマがぎょっとして振り返った。
なんと牢屋の前に立っていたのは、連合王国の
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