第九十五話 エマリィ&八号vsロウマ・2

「まさか、またここへ戻ってくることになるとは……!」


 八号がため息混じりに、そう吐き捨てた。

 最下層に広がる広大な床の三分の一くらいは崩壊していて、奈落の深淵へ続く巨大な穴がぽっかりと口を開けている。

 その穴のほとんどは邪神魔導兵器ナイカトロッズを奈落の底へ落とすために、タイガの空想兵器群ウルトラガジェットが開けたものだ。

 エマリィはその巨大な穴を見つめていると、地上へ戻る途中でタイガが言っていた言葉をふと思い出した。


『この遺跡は何かしら魔法の力場で守られていたから、千年もの長い間持ち堪えてきたようだ。でも、どうやらそれも効かなくなって脆くなっているようだけど……』


 その言葉を反芻していると、エマリィははっと何かを思いついたらしく八号を振り返った。


「八号さん、ドッカンドッカンするやつの残りはあとどれくらいある!?」


「ドッカンドッカン? ああ、グレネードランチャーの残弾なら、まだたっぷりと千発はありますけど?」


「それじゃあここでロウマを迎え撃つから、全部ボクにちょうだい! それで今からボクは罠の準備をするから、八号さんはアルマスさんをあそこの壁の穴へ運んであげて」


 と、エマリィはいま居る地点から、かなり離れた箇所にある壁を指差した。そこは一部分が崩れていて、アルマス一人なら瓦礫の裏に隠れられそうだった。


「エマリィさん、何か思いついたんですね!? それじゃあこれが妖精袋フェアリー・パウチです。中に入ってる大きい弾の方が、ドッカンドッカンするやつですから」


 八号は多腕支援射撃アラクネシステムの装備を全てアサルトライフルに変更し、ありったけのマガジンをボディアーマーのポケットに突き刺した。

 そしてエマリィに妖精袋フェアリー・パウチを託すと、そのままアルマスを抱えて壁際へ走っていく。


「アルマスさんはここに隠れていてください。もし自分たちに何かあったとしても、絶対に出てきては駄目ですよ」


「わ、わかりました……」


 アルマスを瓦礫の裏へ下ろすと、八号はすぐに踵を返してエマリィの元へ。

 しかし戻っている途中で、四足歩行のロウマが勢いよく大広間に飛び込んでくる姿を視界の隅に捉えた。


「くそ、思った以上にやって来るのが早すぎる……!」


 更に八号からエマリィまでの距離はおよそ二百メートル。ロウマの方がエマリィにより近く、案の定エマリィの姿を捉えたロウマは、一目散にそちらへ駆け出した。


「――エマリィさん、こっちへ!」

 

 何やら作業に夢中になっていたエマリィは、八号の呼び掛けでロウマの存在にようやく気が付いた。

 八号は六本のフレキシブルアームのうち下二本は移動用に確保していて、残りの四本が攻撃用に振り分けていた。装備していた四丁のアサルトライフルが一斉に火を噴く。

 さらに生身の両腕からはベビーギャングの追撃が。


ズダダダダダダダダダダダダ!!!

ヴバァン! ヴバァン! ヴバァン!


 しかしロウマは恐るべき身体能力で前後左右に飛び回ると、巧みに銃弾の嵐を掻い潜っていく。


「くそ、そりゃ先輩の火力には及ばないけどさ……! そこは技巧テクニカルと根性で勝負するしかないでしょ――!」


 ロウマの運動能力に圧倒されつつも、八号は取り乱すことなく落ち着いていた。

 四丁のアサルトライフルを巧みに駆使して、制圧射撃を間断なく繰り出した。


ズダダダダダダダダダダダダ!!!


 四丁のうち半分がロウマの動線を執拗に追い回し、残りの半分が進行方向を予測して撃つ偏差射撃で、ロウマの行動範囲を少しずつではあるが狭めていく。

 そして――


ヴバァン! ヴバァン! ヴバァン!


 と、絶妙のタイミングでヘビーギャングの追撃を繰り出した。

 しかも右と左で発射と偏差射撃のポイントをズラすことで、ロウマの動きは完全に封じ込められていた。

 上下左右、斜め、手前、奥、どの方向へ逃げても被弾することは必至。

 蜘蛛の巣のように撃ち出された弾幕は、例え魔族と言えども巧妙に絡めとることに成功し、鋼の牙が咆哮を上げて襲い掛かる。


ズダダダダダダダダダダダダ!!!

ヴバァン! ヴバァン! ヴバァン!


 アサルトライフルの七・七ミリ弾が、ロウマの脇腹に蜂の巣のような孔を穿つ。

 そしてベビーギャングのゴールドクラスの魔法に匹敵する攻撃力が、彼女の右腕の肘から先をもぎ取り、左足の膝から下を千切り取った。

 ――筈だったのに、次の瞬間には負傷した傷は塞がり、失った筈の手足が普通に生えていて、何事もなかったように弾幕の嵐から遠ざかっていく。


「ふひゃー! 無駄無駄ぁ! そんな虫ケラ程度の攻撃で私が倒せるかい! ミナセの野郎は私の特性を見抜いて、絶対に通路以外で戦おうとはしなかったよ。そのおかげで私は随分と手古摺らされたものさ! この場所で戦う決断を下したお前たちは、大馬鹿者か英雄のどちらだい!? 何故私が自分が不利になるような情報をわざわざ教えるのかだって? そりゃお前たちは、ここで私に嬲り殺されるからに決まってるからだろうが! うひゃひゃひゃひゃひゃあ、弱いものいじめ楽しすぎいいいいいいいいいいいい!!!」


「な、なんて奴だ……! すみませんエマリィさん、自分の火力じゃあいつを抑えこんでいられるのも、時間の問題みたいです……。だから、もしもの時はアルマスさんと一緒に逃げてください。それくらいの時間は、命に代えても作ってみせますから……!」


 八号はエマリィの元まで戻ってくると、そう弱音を吐いた。

 それでもまだ辛うじて戦意は失っておらず、制圧射撃を途切れさすことなく続けてロウマを近付けさせないでいた。

 エマリィは八号の背後に寄り添うと、背中越しにじっとロウマの動きを観察した。 


「ロウマは恐らくボクたちヒト族や亜人族が使えない、上位魔法テウルギアの身体能力強化と神速再生を使っていると思う……。魔法書で読んだだけだけど、たぶん間違いない。はっきり言って、ボクと八号さんの二人じゃ荷が重すぎる相手だね……」


 しかしその碧眼に浮かんでいるのは畏怖と絶望だけではなく、魔法の可能性に対する羨望と憧憬もはっきりと含まれていた。

 下手をすればこのまま殺されかねない場面で、そんな感情を抱いてしまう自分に、エマリィ自身が半分呆れていた。

 しかし一方で、エマリィは目の前の人間離れしたロウマの動きを観察しながら、きちんと自分の中の知識と照らし合わせて、自分たちヒト族や亜人族と魔族との力の差を冷静に推し測っていたのだ。

 

 傷をほぼ一瞬にして治療してしまう神速再生は、その概念と魔法の存在は書物で読んだことがあったが、その方法についてはトネリコール大陸ではまだ解明されていない。

 恐らく妖精族やエルフ族は使えるのかもしれないが、ヒト族や亜人族には伝わっていないのが実情だ。


 一方で身体能力強化については、下位互換ではあるものの似たような概念や手法は既に存在している。

 以前ハティが見せた、風魔法を駆使して地面を滑るようにして移動するのがその一つだ。

 その後で時間を見つけて書物を調べたら、大陸の西の方では魔法よりも格闘技や剣術が盛んで、もっぱら魔法は格闘術の補助として使われていることがわかった。


 恐らくロウマの恐るべき身体能力はその延長戦にある。

 しかし、自分でも不思議なくらいにエマリィは焦っていなかった。

 いや、焦りを感じる前に、深く意識を集中することが出来たために焦りを感じている暇がなかったのかもしれない。

 元々魔族を含めた古代四種族は、自分たちよりも魔法に関する全てが上というのが、エマリィを始めとするヒトや獣人の認識であったし、認識を超越したインパクトと言う意味では、タリオンの方が遥かに強烈だったからだ。

 そして目の前のこの骸骨のような顔をした魔族の女は、自分でも言っていたように結局はミナセを仕留められなかった。


 それはロウマの戦法が、身体能力強化で向上したスピードで相手を翻弄して隙を突くという、一撃離脱を得意とするからだろう。

 だからミナセに遺跡内の通路という限定された空間に篭城された時に、得意の戦法と決め手を封じられてこう着状態に陥ってしまったのだ。

 そこから導き出されるロウマの攻撃手段は近距離の格闘戦がメインで、中長距離の攻撃魔法は取得していないか、使えても威力が弱く脅威ではないと判断できる。

 そしてエマリィの冷静な分析では、ミナセはタイガよりも攻撃力に劣る。

 そのミナセを倒せなかったロウマは、そこまで脅威ではない筈。

 少なくとも、圧倒的な脅威だったタリオンよりは下と見ていい。


 それがエマリィが下したロウマの評価だった。

 勿論タリオンよりも弱いからと言って、自分たちが勝てる相手ではないことは百も承知だ。

 しかしこの大広間で迎え撃つ作戦は、ロウマが言うほど自分たちに不利に傾いてはいないという自信があった。

 むしろお陰でロウマを倒せないまでも、地上へ逃げる時間を十分に稼げる確率が高まった、とエマリィは密かに確信していた。


「――八号さん当たらなくてもいい! とにかく目一杯撃ち続けて! ボクも援護するから!」


「り、了解……!」


 エマリィは八号の背後にぴたりと寄り添い、フレキシブルアームの隙間からロウマの動きに合わせて魔法防壁を張り巡らせていく。

 ロウマの動きを封じるように左右に展開される幾つもの魔法防壁。

 しかしロウマは時に拳で打ち砕き、時にそれを足場に反対側へジャンプしたりと、お世辞にも俊敏な動きを封じているようには見えない。

 それどころか、じわりじわりとエマリィたちとの間合いを詰めてくる有様だ。


「虫ケラが足掻いても無駄無駄ぁ! きゅひぃ! ああ、もうすくだよ! もうすぐでお前たちの首根っこを引っこ抜いてやるからね! ぶちっと引っこ抜いてやるからねええええ! ほら! ほらほらほらほらああああっ!!!」


「大丈夫! ただの攪乱だから耳を貸さないで。八号さんはこのままでいい!」


 エマリィはロウマの挑発には一切耳を貸さず、冷静に粛々と彼女の左右に魔法防壁を展開していく。

 そして八号の背中に片手を添えて、少しずつ後ろへと誘導した。

 エマリィの推測では、神速再生には回数限度がある。

 だからこそあそこまで必死になって、八号の手数の多い攻撃を嫌がって回避しているのだ。

 だから今一番重要な事は、八号の火線を絶対に絶やさないこと。

 そして自分は、敵の行動範囲を狭めるように魔法防壁を展開していくだけ。

 それがエマリィの考えだ。

 八号を誘導しつつ、同時にロウマもあるポイント地点にまで誘導していく。

 悟られぬよう、気取られぬように。自然と追い込まれた感じを装って――


「八号さん、合図で一度ボクが前に出る。その後でもう一度合図を出したら、ボクを抱えて全力で逃げて」

 

 と、エマリィが八号の背中越しに囁いた。

 八号は一瞬戸惑いの表情を浮かべるも、ロウマに気取られぬように頷いた。


「了解……!」


「三、二、一……はいっ――!」


 その掛け声に合わせて、エマリィはフレキシブルアームを潜り抜けて前へ。

 八号はその動きに合わせて、即座にバックステップで後ろへ。

 まるで何度も練習を重ねたような絶妙なタイミングで、二人の立ち位置が瞬時に入れ替わった。 

 同時に全ての銃火器の発砲が一斉に止んだ。

 突然訪れた静寂は、ロウマの思考を乱すのに十分な効果があった。

 エマリィと八号の予想外の行動に、ロウマの顔から笑みが消える。

 そして前衛に躍り出ると同時に、頭上高く突き上げられたエマリィの右手に、ロウマは思わず動きを止めて身構えていた。

 直後、


「――奈落の混沌タルタロス!」


 という掛け声とともに、黒い波動がエマリィの右手から放射状に放出された。


「ふぁっ!? 何事かと思えば……私が精霊魔法対策をしていないとでも思ったのかい!? しかもそんな低レベルの魔法とか…私も随分と舐められたもんだねえ……。そういうところだよ、お前らが虫けらなのは!」


 ロウマの痩せこけた顔が怒り混じりの嘲笑に満ち溢れた。

 そしてエマリィに飛び掛ろうとした、その時――


「八号さん!」


 エマリィの掛け声を合図に、八号のフレキシブルアームがエマリィの小さな体を掻っ攫うと、そのまま猛ダッシュで離れていく。

 そして二人と入れ替わるようにして、上空から硬質で細長い物体がスコールのように一斉に降り注いだ。

 それはロウマの周囲の床にバラバラと音を立てて散らばっていく。

 ――グレネード弾だ。


「うん? 一体なんだい、これは……?」


 グレネード弾を見たことのないロウマは訝しげな表情を浮かべている。

 その数は千発近くあり、ロウマにばれないように遥か頭上にある天井付近で、箱型に展開した魔法防壁の中で保管されていたのだ。

 そのグレネード弾で床ごと爆破してロウマを奈落の底に叩き落すのが、エマリィの立てた作戦だったのだ。


 しかしロウマの周囲に散らばったグレネード弾はうんともすんとも言わず、ただ無常に床に転がっているだけだ。

 ロウマから遠ざかりながら、八号の肩越しにグレネードが不発だったことを知って呆然とした顔を浮かべているエマリィ。


「そ、そんな……どうして爆発してくれないのぉーっ!?」


 と、悲痛な叫び声を上げるエマリィ。

 すると、八号の右手だけがすっと後ろへ向けられた。その掌の中ではベビーギャングが鈍い光を発している。


「エマリィさん、威力のある弾薬には安全装置も兼ねた着発信管が仕込まれているんです。その仕組みの説明は地上へ戻ってからという事で。しかし、さすが先輩の選んだ人だ――!」


「ちゃくはつしんかん……?」


 エマリィがきょとんとしている横で、ベビーギャングが火を噴いた。

 その弾丸がロウマの足元に転がるグレネード弾の一つに着弾した瞬間――


ズドドドドドドドドドドドドドーン!!!


 ロウマの足元で一つの爆発が起きたかと思えば、次々と千発近いグレネード弾が炸裂していき、爆発と火柱の波が最下層の大広間を、いや遺跡全体を揺るがした――

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