第百三十八話 反撃のデスプルーフ(耐死仕様)

 まるでケンタウロスのような姿のミナセは、馬部分の脇腹から一組のスピーカーを出して見せると、大音量で「真っ赤な魂」を流し始めた。

 「真っ赤な魂」とは数年前に放送されたアニメの主題歌で、熱血系アニソンの代表的な楽曲だ。


 そしてミナセことハンドルネーム「クリムゾンオース」が、ジャスティス防衛隊をプレイする時にいつも決まって流していた楽曲であり、また現実世界で交通事故で両足を失った彼女をずっと支え続けてきた歌だった。

 何故ミナセがそれ程までにこのアニソンに心酔したのかは知る由もないが、「残酷な運命でも生きて行かなければならない」と言うある種の諦観にも似た心情と、そんな絶望の中で見つけた希望と祈りに魂を真っ赤に燃え上がらせて再生を誓う歌詞を読めば、何となく理由もわかる気がした。


 イントロのスネアドラムとバスドラムの激しい連打から幕を開けた「真っ赤な魂」は、鋼鉄を打ち叩くようなエレキギターのリフレインが重なり、更にそこへハスキーな男性ボーカルが叫ぶ印象的なスキャットも加わって、誰しもが心に抱えているヒロイズムを鼓舞するような壮大で熱い世界が奏でられていく。


 そしてその歌声はウラノスの叫声を圧倒していた。

 それと同時に頭の中の霧がすーっと潮が引くように消えていき、意識がはっきりとしてくるではないか。

 この自分の体の変化に、俺はサウザンドロル領での出来事を思い出した。


「『真っ赤な魂』が即死魔法を打ち消している……? もしかして魔太鼓と同じ原理なのか!?」


 魔太鼓とは、叫ぶものスクリーマー対策で開発された魔法具ワイズマテリアで、その太鼓の音は叫ぶものスクリーマーの叫び声が引き起こす状態異常から守ってくれる効果があった。

 つまりミナセの体から飛び出したスピーカー自体が、魔法具ワイズマテリアと言うことになる。


「――正解。これで黄金聖竜からの支援魔法が届くようになったはずよ。どう!?」


「あ、ああ、確かに……」


 ミナセが言うように、黄金聖竜からの暖かい波動が届くようになって状態異常は解除され体力も回復中だった。


「しかし解せないのは、ミナセはなんでそんな事が出来るんだよ!? いや、元から魔法は使えたから元々使えたってことなのか!? それになんで体からスピーカーが出てくるの、気持ち悪いんですけど!? そりゃ確かにミナセのビッグバンタンクは、ゲーム内のカスタマイズの関係でスピーカーも装備されていたけどさあ! いや、それを言うなら、そもそもそのケンタウロスみたいな恰好はなに!? 変態なの!? しかもメタリックでメカニカルでちょっとかっこいいのが微妙にムカつくんだが!? ああっ、聞きたいことが多すぎて頭が混乱してくるぜ……っ!」


 俺の戸惑いと混乱をよそにミナセは自慢げにニッコリ。


「だって私、精霊だもん。ピピンちゃんが言っていたの。私の体には魔法石の結晶と白金真鍮オリハルコンを使っているから、慣れたら元の姿は勿論、思い描くいろんな姿に変身できるようになるって。だから変身してみた! 私は藩美菜瀬。あだ名は藩美バンビ。だからバンビ風にしてみました!」


「馬じゃねえのかよっ! なんだよバンビって!? バンビはそんなにゴツくてメカニカルでメタリックじゃねーよ!」


「て言うか、こんな体にしたのはタイガだよ? そこんところ忘れないで」


「う……!」


 確かにそれを言われると辛い。

 しかしミナセを生き返らせる方法が精霊契約しかなかったとは言え、俺だってまさかミナセがこんなアグレッシブな姿になろうとは想像していなかった訳で……


「とにかく、これでも私はタイガに感謝しているんだから、そんなに気にしないで! 今は目の前のウラノスを倒すことに集中しよう」


「そりゃ俺だってそのつもりだよ。でもこいつはとにかく硬い。硬くてタフなんだよ。ビッグバンタンクの高レベル武器の飽和攻撃に加えてグランドホーネットとドローンからの空爆と、更に黄金聖竜の攻撃魔法まで食らったのにビクともしないんだぞ? こう言っちゃ悪いが、いくら中レベル武器と攻撃魔法の併用が出来るからと言っても――」


 俺がそこまで言いかけると、ミナセは意味深な笑みを浮かべて人差し指を振ってみせた。


「ノンノン、御託はもういいから戦うよ。敵はこっちの事情を汲んで待ってはくれないんだからね!」


 確かにミナセの言うように、既にウラノスの巨体は崩壊した城壁の瓦礫を乗り上げて完全に王都内へと侵入していた。

 そしてミナセが右手を掲げると、ウラノスの目前に一枚の魔方陣が浮かび上がった。


「タイガ! あの魔方陣を目掛けてありったけの弾丸を!」


「お、おう!?」


 ミナセの剣幕に押されて、訳も分からず魔方陣に目掛けて右手のヘカトンケイルの引き金を引く。

 すると、


BOOOOWWWWWRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!


 いつもより野太くて迫力の増した射撃音が鳴り響くではないか。

 しかも射撃の際の反動リコイルも増していて、ABCアーマードバトルコンバットスーツを装着していても、少しでも気を抜けば銃が後方へ飛ばされそうになる。

 そして後方への衝撃が増しているという事は、当然前方への運動力マズルエネルギーも増している訳で、11・4ミリナノマテリアル弾はいつもより二倍増しくらいの弾速で次々と魔方陣へと吸い込まれていった。


 このヘカトンケイルがまるで二段階くらいランクアップしたような凶暴な手応えだけでも驚きだったが、本当に驚いたのは魔方陣に吸い込まれた後だった。

 なんと魔方陣の反対から飛び出した全ての弾丸は更に弾速が増した上に、一発一発が炎を纏ってウラノスに着弾したのだ。

 しかも弾丸はホローポイント弾みたいに相手の体内にめり込んでから炸裂しているようで、ウラノスの巨体のあちこちでボコボコボコッと皮膚が盛り上がって、その下から炎が勢いよく噴出した。


「ま、まさか弾丸に火魔法を付与したのか!? そして着弾した後に体内で爆発してるのか!? それにヘカトンケイルも威力が増してるぞ!?」


「この「真っ赤な魂」は伊達や酔狂で流してるんじゃないからね! これも私の魔法の一つ。味方がこの歌を聞いている間は体力も魔力も攻撃力も防御力も全て強化されるの。それにリロードタイムもね」


「マジかっ!?」


 慌ててシールドモニターのリロードメーターを確認すれば、今しがた使用したばかりの右手のヘカトンケイルが既にリロードタイムを半分終えようとしているではないか。

 体感的に五倍、いや十倍は早まったようで思わずテンションも爆上げする。


「なんじゃこりゃ! ヘカトンケイルが使い放題じゃないか! こんな強化魔法なんて反則だろ。以前から使えたのかよ!?」


「ううん。たぶん私は精霊として生まれ変わってから、何かいろいろなものが見えるようになったと言うか……。ちょっと言葉じゃ説明できないけれどね。この強化魔法もぶっつけ本番みたいものよ」 


「なんなの、そのチートは……。でも我が軍が圧倒的になればそれでいいんだけどさ」


「でもよく聞いてタイガ! 既にウラノスの即死魔法は王都全体に響き渡っていて、中央の迷宮セントラルダンジョンでも被害が出ているの! 今は姫王子やアルテオン王子が中心となって兵士と冒険者が総出で対処しているところ。それに黄金聖竜は今、王都全体に状態異常回復の魔法をかけているから、何とか持ち堪えられている状況よ。その魔法が分散している分、最前線のタイガには状態異常のリスクが高まっているけど、そこは私の強化魔法が底上げをしているから、十分に耐死仕様デスプルーフになっていると思う。だからタイガと私の二人で、ウラノスあいつをここで食い止めるわよ! いい!?」


「望むところですよ、トリプルエピデンドラム! さあ、ガンガン魔方陣を作り出してくれ! 全力でマイケルベイ祭りを開催してやんよ!」


 俺は目の前に出現した二つの魔方陣を目掛けて、両手のヘカトンケイルの引き金を思いきり絞った。


BOOOOWWWWWRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!

BOOOOWWWWWRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!


 右の魔方陣を突き抜けた弾丸は炎を、左の魔方陣を突き抜けた弾丸は雷を纏って、次々とウラノスの腐った肉団子のような巨体へと突き刺さった。

 そしてボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコッと、マグマの下から気泡が噴き出すみたいに皮膚が盛り上がり、火炎がそれを突き破って火柱があちこちに姿を見せた。

 更にバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッと青白い稲妻が体内から突き出して、皮膚の表面を縦横無尽に駆け抜けて行く。


「タイガ! この世にどれだけ硬くて、どれだけタフな奴が居ても、絶対にそれを上回って叩き潰す! 圧倒的火力ってそういうことでしょ!? この調子で押しまくるわよ!」


「おう、任せておけ! だから魔方陣だけは切らさずに頼む!」


 どうやら魔方陣はずっと同じ場所に固定しておくのは無理なようで、ある程度の時間が経つと消えてしまっていた。

 そのタイミングを見計らって弾丸を撃ち込むのはなかなかに難しく、その分だけ攻撃力にロスが生じていた。

 勿論ぶっつけ本番にしては俺たちは息は合っている方だと思いたいが、それでももっとタイミングが合えばもっと効率が増すだけに惜しい。

 するとミナセが俺の傍にそっと寄り添うように立つと、ヘカトンケイルを構えている右手にそっと手を添えた。


「――絶対にここは通さない……! 私たちの後ろには力が無く抗う術も持たない何万人もの人たちが居て、今も怯えている。彼らを助けられるのは私たちよ。私はずっと誰かに頼られたかった……。両足を失くした私でも、誰かの役に立って、ここは私に任せてとずっと言いたかったの……。私は一度失敗したけれど――ううん、失敗したからこそ、今こうして誰かの役に立てる私として、ここに立てていると思うの。だから、これが私からの恩返しよ。この魔法世界に。私を生き返らせてくれたタイガに。ささやかながらな恩返し。この世界では思いは力になる。想像ヴィジョンは具現化できる。私たちの体に刻まれている魔方陣は、タイガの予想通り魔力を吸い込んでいる。でも一つ間違えていたのは、そこに制限はかけられていなかってこと」


「え…つまり、それって……?」


「私は精霊として生まれ変わったことで、この世界の理に少しだけ触れたの。そして魔力の流れがわかるようになった。タイガ、魔方陣を思い描いてみて。ABCアーマードバトルコンバットスーツを装着していても魔法は同時に使える。先入観や思い込みを捨てて、体に流れる魔力を感じて見るの。きっとそれがいつか完璧な圧倒的火力へと繋がっていくから……」


「そ、そんな事を言われてもいきなり出来ないよ……! ウラノスも目前なんだぞ!?」


 俺はヘカトンケイルをぶっ放しながら精神統一を試みるが、なかなか上手く行かない。


「じゃあ私が今きっかけを作るから、変に抵抗しようとしたり拒否しないでね」


 と、ミナセが囁いたと思った途端に、俺の右手が温水の中に突っ込んだように温かくなった。

 右手に触れているミナセの手から何かが注ぎ込まれているのだ。


「これが魔力――!?」


 魔力は温かい血液のように体中を巡り、それは頭部にも到達して脳細胞の毛細血管にまで行き渡るのが手に取る様にはっきりとわかった。

 そして全身の体温が一瞬だけ急上昇したような感覚に見舞われたかと思った瞬間、目の前に出現した赤い魔方陣。


「今の感覚は……!? これを俺が作った……!?」


「そうよ! その感じを忘れないで! 形式にとらわれず自由な発想を展開させる――それこそが空想科学兵器群ウルトラガシェット、いいえ、空想科学兵器群ウルトラガジェットファンタジアよ!」


 そうミナセは声高に叫ぶと、中レベルの機関銃であるハイパーコンバットチェインガンを二丁持ちトゥーハンドで装備して、自分の前に魔方陣を作り出した。

 俺たちの反撃の狼煙が今、上がった――

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