第百三十一話 アヴェンジャー&レスキュアー・3

 ピピンはピノを引き連れて、グランドホーネット内にある武器開発室へとやって来ていた。


「それじゃあピノ、ここにミナセさんの魂を入れてくれる?」


 ピピンの目の前にあるのは、スーパー3Dプリンターミネルヴァシステムだ。その素材投入口を開けると、ピピンはピノを振り返った。

 しかしピノは戸惑ったようにもじもじとしていて、両手に大事に抱えている赤い魂とピピンの顔を交互に見比べた。


「ピノどうしたのー?」 


「うん。あのね、この機械はタイガの大事なものだよ……。勝手に使って怒られないのかな……? ピノはタイガに嫌われたくたいの……。 それにピピンは使い方がわかるの……?」


 と、今にも泣きだしそうな顔で話すピノ。

 するとピピンは安心したような笑顔を浮かべて、ピノの周りを踊る様に飛び回った。


「なんだ、そんなことかー。ピノは心配しなくていいんだよ。これはタイガのお手伝いをしているんだからー。それにほら、あの放送が聞こえる?」


 つい数分前から艦内では緊急非常態勢を告げるブザーとアナウンスが鳴り響いていた。

 ピノはそのアナウンスに耳を傾けると、こくりと頷いた。


「これはね、今グランドホーネットは大忙しで猫の手も借りたいって言ってるんだよー。だからピピン達もお手伝いしなきゃ、ね!? それにピピンはたまにライラちゃんの物作りのお手伝いをしていたから、この機械の使い方もわかるんだよ、エヘン!」


「じゃあ、タイガは怒らない? ピノは嫌われない……?」


「嫌われないよー! それどころか感謝の印としてほっぺにキスをしてくれるかもねえ、キャッ!」


「ほっぺにキス……!」


 ピノは湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にさせて俯くと、そのままミナセの赤い魂を素材投入口へセットした。


「ありがとーピノ! じゃあ今から音声いんたーふぇーすと言う魔法を行うから、少しの間静かにみててねーん」


 と、ピノは上機嫌に操作パネルの液晶画面をタッチした。


「ねえねえミネルヴァさん、今ミナセって人の魂をセットしたんだけど、この人に会う人造人間ホムンクルスの体を作って欲しいのね。それで今手元にある素材が魔法石の結晶と、白金真鍮オリハルコンなのね。これで大丈夫かな?」


 そうピピンが液晶画面に向かって問い掛けると、どこかライラの声に似た機械的な人工音声が筐体のスピーカーから流れてきたので、ピノはポカンと呆気に取られた顔を浮かべた。


『魔法石と白金真鍮オリハルコンの量によって品質は左右されますが、素体の製作自体は可能です。また魂が意思の伝達が可能な状態ならば、性別や外見的特徴など本人の要望を取り入れることもできます』


「やった! それじゃあミネルヴァさん、これでミナセさんの体をお願いっ!」


 と、ピピンが妖精袋フェアリーパウチから取り出したのは、八号が古代遺跡から持ち帰った魔法石の結晶と、白金真鍮オリハルコン製の土台の一セットまるごとだった。

 ピピンはピノに手伝ってもらって素材投入口へセットすると、筐体から飛び出しているレバーにぶら下がった。


「うんしょ、うんしょ……!」


 自重と羽ばたきでレバーがガチャリと下がる。

 ウィーンと言う作動音が響き渡って、ミネルヴァシステムが眩いほどの光を発し始めたので、ピピンとピノはごくりと生唾を飲み込んで見守った。




 ヤルハ達は路地裏と地下道を行ったり来たりしながら、何とか中央の迷宮セントラルダンジョンの近くまでやって来ることが出来ていた。

 しかし途中で通りを埋め尽くす二本角の群集が余りにも多すぎたために、前へ進むことも後退することも出来なくなってしまい、民家の中で息を潜めて機会を伺うことになった。

 そんな膠着状態が数十分と続くと、ある時を境に街の様子は一変した。

 王都を覆っていた魔法防壁が壊れたかと思えば、街のあちこちで爆発が起きて、二本角の群集は音のする方へ散り散りになって向かって行ったのだ。


「タ、タイガ様が助けに来てくれたんだ……!」


 と、外の様子を伺っていたマリが感極まって振り返ると、妹のメイと手を取り合って喜んだ。

 その横ではマシューが村の子供たちに向かって、


「ステラヘイムの英雄はミナセと同じ稀人マレビトなんだ。タイガの旦那がやって来たってことは、ミナセもどこかに来ているはず。きっと今頃おいら達の事を探し回っているかも……。ううん、絶対そうに決まってる!」


 と、興奮した口調でまくし立てていて、それを聞いた村の子供たちから拍手と歓声が上がった。

 彼らの喜びようにどこか半信半疑だったヤルハだったが、マリを先頭にして中央の迷宮セントラルダンジョンへ向かって行軍を再開した時、ようやくタイガと言う稀人マレビトの秘めたる力を実感した。

 何故ならば、王都の上空には巨大な船が浮かび、大通りを五匹の鋼鉄の馬が物凄い呻き声を上げながら駆け抜けて行き、建物の間から見える城壁の上には何人もの巨人の姿が見えたからだ。

 それはまるでこの世界全体が、お伽話の世界へ滑り落ちてしまったような非日常感に溢れていて、ヤルハはまだ見ぬタイガと言う存在に畏敬の念を抱くと同時に、小さな胸は地下道以外の世界の広さを生まれて初めて実感できた喜びに打ち震えていた。


 そして中央の迷宮セントラルダンジョンへは、全員無事に辿り着くことができた。

 迷宮周辺は同じように逃げて来た大勢の市民たちで溢れ返っていた。

 迷宮は冒険者たちの手によって守られているらしく、大勢の武装した冒険者達が避難民の整列に追われていた。

 中央の迷宮セントラルダンジョンは、街のほぼ中心にある大穴の底に入口がある。

 迷宮の中へ逃げ込むには、一旦大穴の底まで降りる必要があるのだが、待機している人の列は全く動かずに、今大穴の周囲には取り囲むようにして待つ人の波が二重にも三重にもなっていた。


「す、すみません。この列はいつになったら動くのですか!? さっきから待っているのに全く動く気配が無いんですけど!?」


 溜まりかねたマリが、近くを通りかかったおじさん冒険者を掴まえて訊いた。


「姉ちゃんよ、そんなことは言われなくてもわかってるんだよ! 俺たちだって皆を迷宮の中へ避難させてやりてえが、迷宮には普通に魔物モンスターが出るんだ。地上の都合なんか考えちゃくれねえ。というか、あいつら地上の騒ぎを知ってか、妙に殺気立ってやがる。そんなところにこれだけ大勢の丸腰の人間を送れる訳ねえだろ。今仲間たちが総出で、東西南北全てのルートを魔物モンスターを駆逐しながら進んでる最中だ。もう少し待ってくれ!」


「す、すみません、事情はよくわかりました……!」


 おじさん冒険者に怒鳴られて、恐縮して何度も頭を下げるマリ。


「ふん――」


 と、おじさん冒険者は鼻を鳴らして歩いていこうとするが、列の中に居たヤルハを見て顔色を変えた。


「な、なんでこんな所にリザードマンの小娘が居やがるんだぁ!?」


「い、いえ、この子は友達で悪いリザードマンとは違うんだ」

 

 ヤルハに肩を貸してもらっていたキイがそう説明するが、おじさん冒険者はキイを突き飛ばして倒すと、むんずとヤルハの小さな腕を掴んだ。


「お、俺はこの目で見たんだ……。地下から出て来たリザードマンの大群が家に押し入って大勢の人を殺して回ったのを……! お前たちは悪魔だ……! お前たちは流行り病を伝染させたから地下へ閉じ込められたと言うのに、反省するどころか逆恨みするなんて! せっかく王室が街から追い出さずに地下で住むことを許してくれたと言うのに……。ああ、なんて汚らわしくて恐ろしい種族なんだ、お前たちは……!」


「ち、違うのですよ……。ヤルハは……みんな変わってしまったけれど、ヤルハは……信じてくださいなのですよ……」


 ヤルハは必死におじさん冒険者から逃げようとしたが、如何せん体の大きさも体力も違いすぎて相手にならなかった。

 力任せに片腕を持ち上げられて、ヤルハの小さな体は宙ぶらりんに浮き上がった。

 

「ぐへへ、お前は別室でお仕置きだ……」


 と、残忍で下卑た笑みを浮かべるおじさん冒険者。

 しかし次の瞬間、その顔のど真ん中に小さな拳がめり込んだ。


「おいらの友達に手を出すなっ!」


 そう怒鳴ったのはマシューだ。

 騒ぎに気付いたマシューがジャンピングパンチで助けに入ったのだ。

 おじさん冒険者は鼻の骨が折れたのか、鼻血をドボトボと流しながら呆気に取られた顔でマシューを見上げている。


「あのなぁ、おっさん。ヤルハはキイの友達で命の恩人なの! という事は、おいらの友達で命の恩人なんだよ! おいらの友達を侮辱するな! 今の悪口を訂正しろ! ヤルハに謝れ!」


「こ、この糞ガキぃ、ここを守ってるのは俺たち冒険者だぞ……!? その冒険者に向かってこんな舐めた真似をしてタダで済むと思うなよ!?」


「そんなもん知るかーっ!」


 マシューはおじさん冒険者に飛び掛かる。


「マ、マシュー、ヤルハの事ははいいのですよ……。ヤルハはリザードマンだから……」


「よくない! 侮辱されたら怒っていいんだ! 事情も知らずに好き勝手言う奴は殴ってもいいんだ! 親に捨てられて、親に斬られて……そんなの自分で選べるものか。自分で選べないことを責められても知ったことか! 怒りたいのはこっちだ! 泣きたいのはこっちだ! なのに……ふざけるな! 大人の好き勝手に子供を愛したり捨てたりするな! そんなの不公平だろ、子供が勝てる訳ないだろ、理不尽すぎるだろ! だから、せめて怒るときは怒らないと、自分がますますみじめになるじゃないか……!」


「マ、マシュー……」


 マシューの熱い思いに心を打たれてヤルハの瞳も涙ぐむ。

 涙で滲む視界に二つの背中が現れたかと思えば、それはマリとメイだった。

 ヤルハは二人に助けを求めた。


「お願いなのですよ、マシューを止めてほしいのですよ……」


「大丈夫ですよ。人目もあるからヤルハちゃんはここに居なさいね。後は私とメイに任せない」


 と、マリとメイはニッコリと微笑むと、おじさん冒険者にキック連打を浴びせ始めた。

 いきなり修羅場が五段階くらいレベルアップしたのを見て、ヤルハは「あわわわわわわわわ」と顔面蒼白になった。

 

「貴様らなにをしてる!? ケンカはやめんか!」


 騒ぎを聞きつけたほかの冒険者達が駆け寄って来ると、ようやくマシューとマリとメイはおじさん冒険者へのリンチを止めた。

 ボコボコにされて気絶しているおじさん冒険者を見て、ほかの冒険者たちが何か文句を言いかけたが、マシューが機先を制した。


中央の迷宮セントラルダンジョンへ入れてくれなくて結構! おいら達は親に捨てられてから、ずっと自分たちの力だけで生きてきたんだ! おいら達を蔑む相手に頭を下げてまで世話になる気なんて、これっぽっちもないね! おいら達は自分の力で街の外を目指す! マリ姉ちゃんメイ姉ちゃん、おいらが勝手に決めてごめん。それでいい?」


「マシュー、私があなたなら同じことをしました。胸を張ってこの場を去りましょう。今度機会があれば村の子供たちに料理を振る舞わせてくださいね」


「ほんとに!? やったぁ!」


 と、ガッツポーズを取るマシュー。

 どうにか騒ぎが収まる方向へ向かい始めたのを見て、ヤルハは慌ててキイの元へ駆け寄った。


「キイ、さっきはありがとうなのですよ……」


「ごめん、ケガが完治してたらもう少し役に立てたのに……」


「そんなことないのですよ……。心から嬉しかったのですよ……」


 ヤルハは少し顔を赤らめながらモジモジとする。

 それを見てキイもモジモジ。

 すると大穴の底がにわかに騒がしくなりだしたので、ヤルハとキイは怪訝な顔を浮かべた。

 そして人波を掻き分けて大穴の淵まで進んで下を見下ろして見ると、幾つかある横穴の一つから大勢の市民が逃げ出して来ているところだった。


「一体どうしたのでしょう……?」


「あの様子だと穴の中で何かが起きたんだ……」


 キイが言うように、横穴から出て来た人々は口々に「助けてくれ」と上に向かって叫んでいる。

 そして人々の喚声が一際高まったかと思えば、横穴からゆらりと現れた巨大な影。

 それは二つの頭を持つ大蛇――双頭大蛇アンフィスサーティンペスだった。

 それも全長五メートル級の個体がわらわらと横穴から這い出てきて、人々を襲い始めるではないか。

 しかも他の横穴からも続々と人々が飛び出して来て、その後から大型の亀やサソリの魔物モンスターの群れが追いかけて来て、大穴の底に居た人々を襲い始めたので、穴の淵に居た冒険者や避難民はパニックに陥った。


 ヤルハとキイは逃げ惑う人々にもみくちゃにされて散り散りになりかけたが、すんでのところで二人揃ってマリに腕を引っ張られて建物の軒下へ避難した。

 そこにはメイとマシューを始めとする村の子供たちが全員揃っていて、一様に不安な顔を浮かべていた。


「マリ姉ちゃん、これからどうすれば……?」


 と、メイ。


「とにかくもう中央の迷宮ここは駄目だから、街の外へ向かいましょう。マシュー、ここから一番近い城門を案内してくれる?」


「大丈夫。おいらに任せて。さあ、さっさと行こう――!」


 と、マシューを先頭に出発しようとすると、大穴の下から双頭大蛇アンフィスサーティンペスと大サソリが這い上がってきたので、人々が狂ったように四方八方へ逃げ出した。

 その人々の勢いに圧倒されて、負傷したキイと小さな子供も居るヤルハ達のグループは出遅れてしまう。

 そして大サソリが一目散にヤルハ達を目掛けて突進してきた。


ズダダダダダダダダダダダダ!!!


 突然空に鳴り響いく発砲音。

 大サソリの体に無数の穴が開いて鮮血が飛び散る。

 巨体が音を立てて崩れると、ヤルハ達の目の前に一つの影が降下してきた。

 その流線形をした奇妙な物体の上に浮かぶ人影を見つけて、マリとメイが素っ頓狂な声を上げた。


「「ユイなの――!?」」


「お姉ちゃん! メイ! 無事で本当に良かった! でも、今は詳しく説明している暇はないの! 今ライラさんに連絡を取るから少し待ってて――」


 そう言って明後日の方向を見ながら独り言を話し始めたユイを、ヤルハ達は呆然と見上げていた。

 その傍らでは同じような物体が飛び回っていて、双頭大蛇アンフィスサーティンペスを先程と同じように仕留めると、ユイの横に並んだ。


「「オ、オクセンシェルナ様――!?」」


 と、またしても素っ頓狂な声を上げるマリとメイ。


「ほっほっほっ、二人とも無事だったか。良かった良かった。あともう少しの辛抱じゃ。我慢しておくれ」


 と、高笑いするオクセンシェルナの立体映像アバター。

 しかしその直後、アバターの脳天から足元に駆けて黒い影が縦断したかと思えば、黒い影はドローンも真っ二つに切り裂いて地面を激しく打ち叩いた。

 それは触手だった。

 鋼鉄で出来た長い触手は大穴の方から伸びていて、底の方へと続いているようだった。

 そして地響きが鳴り響き、大きな地揺れとともに地上へ姿を現したのは一体の巨大プラントだった――

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