第百四十五話 三部エピローグ「叛逆のサンセット」
連合王国王都の南西に広がる田園地帯――
ウラノスの即死魔法による腐食と、タイガのザ・ハンドレッドの爆風によって、田畑と緑は根こそぎ荒れ地と化していた。
地平線には二つ目の太陽が半分沈みかけているので、夕日が血のように大地を赤く染め上げている。
その荒涼とした真っ赤な大地の一画がもこもこと盛り上がったかと思えば、地下に潜伏していたヒルダがよろよろと地上へ這いずり出て来た。
「な、なんてことだ…よく生き残れたな、私は……」
ヒルダは変わり果てた大地と、城壁のほとんどが消し飛び、廃墟がぽつんぽつんと微かに確認できる王都の残骸を見て言葉を失くした。
そして何かを思い出したように覚束ない足取りで歩き始めた。
しばらく荒れ地を彷徨っていると、砂まみれの人影が横たわっているのを見つけた。
腰から上が辛うじて地上に露出している風に見えたが、ヒルダが近付いて確認すると、腰から下は千切れていて時計仕掛けの大小様々な歯車が露出していた。
「お前と言う奴は…なんてことをしてくれたんだ……」
土の上で瞳を閉じて横たわっているマキナ。
それを見下ろすヒルダの口からはそれ以上の言葉は出てこず、ただ異質なモノを観察するようにどこか醒めた視線でマキナを見ていた。
両目を閉じて死んだように眠っていたマキナだったが、ヒルダの気配に気付いたのか、目を薄らと開けると屈託の無い弱々しい笑みを浮かべた。
「ママ…無事だったのですね。良かった……」
「――お前は自分が何をしたのかわかっているのかっ!」
マキナの笑みを見た瞬間、ヒルダは激昂に駆られて烈火の如くに怒りを露わにした。
「世界を滅ぼしたウラノスの封印を解いた結果、大勢の人が死んだんだぞ!? あれを見ろ! 都が一つ滅び、沢山の命が消えた! それは全てお前のせいだ! 例えヒト族でも、憎き父様の敵でも、宿敵黄金聖竜の産子たちでも、ここまでやることはなかった! 一体お前になんの権利があって…どんな大義があってこんなにも酷い事を……!」
ヒルダは腰のナイフを抜くと、マキナの喉元へ突き立てた。
「お前を助けたのは間違いだった! 私は父様の仇を討つだけでよかったのに……! 私が背負った罪は自分で蹴りを付けなきゃ、私は父様に会わせる顔がない……っ!」
「ママ、トカゲの娘の話を覚えていますか……? 彼女は姿形がどれだけ違っても心の形は同じだから、人はいつかわかりあえると言っていました」
「そ、それがどうした!?」
「私は知りたかったのです。自分の心がどんな形をしているのかを。そして知りました。そもそも私に心なんてなかった事を――!」
マキナはナイフを払いのけると、一気にヒルダに圧し掛かった。
一瞬にして形成は逆転して、ヒルダは上半身だけのマキナに組み伏せられてしまう。
ヒルダは力任せにマキナの拘束を振り解こうともがくが、まるで万力で締め付けられているみたいに体の自由が利かない。
半身しかないマキナの体のどこにそんな力が残されていると言うのか。
ヒルダは戸惑いつつも、それならばと地面に魔力を放出した。
しかし地面に変化は起きない。
「どういう事!? 魔法が使えない? これもお前の仕業なのか――!?」
激しく動揺するヒルダの前で、マキナの顔面に額から顎にかけて一筋の線が走ったかと思えば、顔面がぱかりと綺麗に二つに分かれた。
その奥から姿を現したのは、所々に小さな歯車が組み込まれた鋼鉄の頭蓋骨だった。
カタカタッと顎の歯車が音を立てて回ると、口がありえない程に開いて、喉の奥から無数の鋼鉄製の触手が伸びてヒルダの顔に迫った。
「ママ、私は魔族の住む大陸へ向かおうと思います。タイガ・アオヤーマと黄金聖竜の居るこの地では、私の野望は適いそうにもありませんからね。だから私の忠実な召使いになってください。そうすれば、今囚われているママのお母さんもきっと救い出してみせますから……」
「何を馬鹿な事を――! 魔族の国へ行って何をする気だ!? それにお前如きが魔王様や親衛隊の連中に敵う訳がないだろ!」
「さあ、どうでしょう。確かにさっきまでの私だったら返り討ちにされていたかもしれません。しかし私は既に切り札を二つ手に入れましたからね。魔族の国へ向かうのは、それほど無謀ではないと思いますよ。それにここよりは邪魔も入りそうにありませんし」
と、鋼鉄の頭蓋骨から自信ありげな声が聞こえてくる。
そして無数の触手はヒルダの頬の上を這いずり回り、やがて唇の周りに集まると、無理やりに口をこじ開けて口腔内へ侵入を試みた。
「い、いやだ…やめろ……!」
ヒルダは顔を振って必死に抵抗する。
すると、何かとてつもなく強大な力が空気を切り裂く音が立て続けに聞こえたかと思えば、鋼鉄の頭蓋骨の鼻から上が爆ぜた。
更に続けざまに右手が肩の辺りから千切れ、胸部に握り拳大の穴が穿たれた。
マキナは金切り声を上げてヒルダの体から離れると、触手が蜘蛛の脚のようになって半身ごと荒野を駆けだした。
その後を追いかけるようにして銃声が数発鳴り響いてマキナの体を撃ち抜く。
しかし止めを刺すまでには至らずに、やがてマキナは無数の触手で地面に穴を掘って姿を隠してしまった。
そして残されたヒルダの前に、上空から降りて来たのはエマリィを背負ったアルティメットストライカーと、
「あの野郎、やっぱりまだ生きていやがったか!」
と、鼻息の荒いタイガ。
「ねえ、本当に今のがマキナなの? ゲームの中と全然姿が違うじゃない! 人型って一体どうなってるのよ!?」
そう声を荒げているのはミナセだ。
「俺に聞かれてもわからないけど、とにかく今のがマキナで間違いないんだよ。とりあえずこの辺りはあとで念入りに爆撃しておくとして、今はこっちだな――」
と、タイガが振り向いたので、ヒルダはようやく我に返った。
タイガとエマリィ、ミナセの警戒した射抜くような視線に気が付いて体が強張ったが、今のヒルダにはこの三人を相手に戦う気力も、ここから逃げ出す度胸も無かった。ただずっしりとした疲労感が全身を支配していた。
「仲間割れかなんなのか知らないが、お前の知っている事を全て話して貰うからな。一緒に来てくれ。あとわかってると思うけど、余計な真似をしたら容赦はしないから――」
タイガの脅しに無言で頷くヒルダ。
そしてミナセの背に乗せられて魔法戦艦に向かって飛んでいく途中で、ヒルダは足元を見下ろした。
赤く染まった荒涼とした大地が血の海のように見えて何かとてもやるせなく、それと同時に故郷が同じような姿になってしまう可能性を考えると、言葉には出来ない恐怖と焦りを噛み締めていた――
ウルトラガジェット・ファンタジア ~異世界空想科学兵器英雄譚~ 王様もしくは仁家 @ousama99
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