第八十一話 VS邪神魔導兵器(ナイカトロッズ)・1
ミナセの姿が、
まるで巨大なファンが高速回転するような高周波が、トンネル全体に鳴り響いて空気を震わせた。
そして硬質で重厚な駆動音を軋ませて暗闇の中から這いずり出てくると、
それはまるで、巨大なタカアシガニを連想させる鋼鉄の化け物だった。
百メートル近い胴体は、楕円形の皿を二枚合わせたような形をしていて、とにかくデカくて分厚い。
そしてそのボリュームのある胴体と対比すると、随分細く見えて頼りなさそうな細長い脚が六対と、巨大な鋏を持った二本の腕があるが、それぞれの長さは軽く二百メートルは超えている。
さらに漆黒の鋼鉄製の外殻表面には無数の棘が突き出していて、胴体後部にはまるでサソリのように反りたった尾部が見える。
しかもその先端にあるのは毒針ではなく巨大な大砲だ。
全長にすれば優に四百メートルを超える巨体だったが、器用に脚を折り曲げることで何とかトンネル内の空間にぎりぎり収まっていた。
そして胴体の上部先端に見える一つの人影――。
そのミナセの光を失くした双眸を見た瞬間、俺の全身を激しい悪寒が駆け抜けた。
「――八号! エマリィとアルマスを抱えてさっさと逃げろ……!」
「でもタイガ――!」
エマリィが何かを言いかけたが、俺は目の前の怪物から一時も視線を外すことなく「いいから早く!」と一喝すると、八号の足跡が急速に遠ざかっていった。
「マジでやる気なのか……ミナセ! 本当にこれでいいのか……!? これがお前が望んでいた結末なのか!? なにか答えてみろよミナセ……ッッ!!!」
その声に反応するかのように、左前腕の巨大な鋏が振り上げられた。
一つの鋏だけでサッカー場のハーフコートを埋め尽くしそうな程の巨大さだ。
重量級でドン亀のビッグバンタンクでは、避けるには至難の業だ。
しかし俺は後方へジャンプすると同時に、右手のベルセルク・スクリームで足元の床を撃ちぬいた。
ワギャン! ワギャン! ワギャン!
と、空中で三連続で引き金を引く。
三メートル近い砲身から繰り出された特殊キャニスター弾の反動は凄まじく、
巨大な鋏はぎりぎりのところで、目の前を通り過ぎていき反対側の壁へと突き刺さった。
ギリギリ間一髪のところで回避に成功してバックスライドで着地すると、そのままフラッシュジャンパーへと換装した。
そして後方へ一気に大ジャンプ
それを数回繰り返して十分な間合いを稼いで反撃。
――のつもりだったのに、
俺は距離を詰められないように、大ジャンプで後方へ逃げるだけで精一杯だ。
逃げながら何度かミナセの名を呼びかけてみるが、一向に無反応だ。
怪物の胴体から上半身を突き出しているミナセは、怒りと苦悶の表情で歯を剥き出しているだけだ。
その様子からもミナセの状態が普通ではないことがよくわかる。
まるで
しかしその間も両腕の攻撃は止むことはなく、俺を叩き潰そうと振り回されていて、その都度空振りした巨大な鋏が床や壁を打ち抜いていた。
千年以上の長い年月を耐えてきた遺跡も、さすがにその攻撃力には耐え切れないようで、穿たれた痕を中心に壁が崩壊しはじめていた。
「――ミナセ、目を覚ましてくれ! このままじゃトンネルが崩壊して俺もお前も埋もれちまうぞ……!」
しかし俺の声は届かず、それどころか二つの鋏が目一杯に開かれたかと思うと、その内部が急速に光を点し始めた。
何か攻撃が来る――!
背筋にびりりっと悪寒が駆け抜けて、俺は全神経を二つの鋏に集中して身構えた。
二つの鋏が一際強烈な光を放つ。
放たれた直径十メートルほどの真っ赤な光球が二つ、放電しながら周囲の空気を焦がして迫りくる。
「やべえ!」
俺が後方へ飛び退くと、ほぼ同時に二つの真っ赤な光球は空中でピタリと静止したかと思えば、無数の赤い光弾がシャワーのように全方位に降り注いだ。
クラスター爆弾のビーム攻撃版と言ったところか。糞生意気な。
「ま、間に合わねえっ……!」
続けて後方へ大ジャンプをして回避をしようと思っていたが、このままでは完全に光弾のシャワーを全身に浴びてしまうことは明白だった。
咄嗟に両足を踏ん張ると、半ば強引に体をねじって前方へ飛び込んだ。
後方よりも弾幕が薄かったからだ。
「うおおおおおおおおっっっ!!!」
フラッシュジャンパーの機動力を最大限に生かして光のシャワーを掻い潜っていく。
しかし雨の様に降り注ぐ光弾を完全に避けきるのは不可能だ。
光弾がフラッシュジャンパーの装甲を掠めていく度に、HPバーが急速に削られていく。
視界の隅でHPバーが減っていく毎に、無意識のうちに「熱っ! 熱っ!」と叫んでいた。
そして
思った通り、自爆行為になるので赤い光弾のシャワーは怪物の真下には届かないようだ。
しかし安心したのも束の間――
「――は……!?」
、俺の全身は凍り付いていた。
ヘッドスライディングで弾幕から逃げたまではよかったが、勢い余ってなかなか止まることが出来ない。
なのに目の前数メートルほど前方の床には、直径五メートル程の大きな穴が開いていたからだ。
しかもその穴からは、何かとてつもなく厭な予感が漂ってくるではないか。
為す術なく、俺の体は一直線に穴へ向かって滑っていく。
「――
咄嗟に叫んだ。
フラッシュジャンパーの手にカレトヴルッフが握られるのと、体が穴に落ちたのはほぼ同時だった。
全身を襲う落下の感覚に慌てて穴の壁にカレトヴルッフを突き刺して、何とか落下を食い止める。
「ど、どういうことだ、これ……!?」
俺は足元に広がる暗闇に言葉を失っていた。
この穴は先ほど
握り拳サイズの床石のかけらが、フラッシュジャンパーの頭に当たってから目の前を転がり落ちていくが、いつまで経っても底に激突する音が聞こえてこない。
まるで底なし暗闇に飲み込まれたみたいで、思わず背中がぞっとする。
俺はカレトヴルッフをもう一本装備すると、それを同じように穴の壁に突き刺した。
床石の厚みはだいたい五メートルくらいあるので、二本のカレトヴルッフを交互に突き刺しながら床石の厚みぎりぎりのところまで降りてみる事にする。
そして両肩のサーチライトを点灯して、体を捻って床石の下を覗き込んでみた。
「ふぁ!?」
なんとトンネルの真下は見渡す限りの空洞になっているではないか。
床石の底にあたる部分が、スポットライトの光の中に不気味に浮かび上がっている。
更に俺の背筋を凍らせたのは、どうやらこの空洞はトンネル部分だけではなく、この遺跡の真下全体に広がっているらしいということだ。
この巨大な古代遺跡に匹敵する広さを持ち、底が見えないほどの深い奈落……
これが意味するものとは……
「ま、まさか、長い年月をかけてここまで上がってきたのか……。封印された遺跡ごと……。誰かに見つけて貰いたくて……。それが邪神ウラノスの力とでも言うのか……」
俺は自分自身の言葉に戦慄していた。
そしてそんな想像を絶する桁外れの力を秘めた邪神を、果たしてミナセがコントロールできるものなのか。
いや、この怪物を作り上げた神族もだ。
だからこそ、この悪魔の兵器を封印をしたのではないのか。
すると激しい衝突音と共に、床石全体が大きく脈打った。
見上げると、
どうやら足元に潜り込んだ俺を踏み潰す算段らしい。
巨体が床に打ち付けられる度に、重たい衝撃はトンネル内の床石全体に伝播していき、厭な軋み音を立てて波打った。
俺の体も激流に飲み込まれた木の葉のように振り回されて、いつ二本のカレトブルッフが抜けてもおかしくはない。
「じ、冗談じゃねえ……! こんなのいつ床が抜けてもおかしくないぞ……!」
俺は血相を変えて穴を降りて行くと、床石の底へカレトヴルッフを突き刺した。
本当ならば今すぐにでも穴を飛び出してトンネルから、いやこの遺跡から脱出したかったのだが、穴の上では
だからこそ俺は敵の裏を掻いて、床石の底を二本のカレトヴルッフを使って移動してやろうと思いついたのだ。
幸い五十メートルも移動すれば、ここと同じように鋏が打ち抜いた穴が見える。
そこまで
そうすればプレス攻撃を避けて、床上へ上がれるチャンスはきっとある。
早速俺はカレトヴルッフを床石の底へ交互に突き刺して、暗闇の中をチンパンジーのように移動した。
足元に広がる奈落の暗闇には敢えて目を向けない。
少しでも目にしたならば、暗闇に吸い込まれそうな恐怖に叫び出す自信があったからだ。
しかし上では相変わらず
「くそ、あと少し……あと少しだけ何とか持ち堪えてくれ……!」
振り落とされまいと、カレトヴルッフを握る両手にも力がこもって奥歯が軋んだ。
額から流れる大量の汗にシールドモニターが霞んでいくが、両肩のサーチライトが指し示す先をただひたすら目指すだけだ。
俺の予想では、この遺跡には何かしらの魔法効果が付与されているはずだ。
だからこそこれだけの巨大な建造物を作ることができ、そして千年近くも維持できたはず。
それにこれだけの巨大建造物が現在宙ぶらりんの状態で――これについては邪神の力で今も浮いているのか、ここまで浮いたあとでどこかに引っかかっているのかはわからないが――
しかし化け物の鋏が床を打ち抜いたように、その魔力の強度にも限界はある。
だから俺はそこに掛ける。掛けるしかない。
そしてそれは時間との戦いだ。
いつ限界点を突破されるかわからない時間との戦い……
俺は一心不乱に剣を突き刺して、暗闇を突き進んだ――
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