第百十六話 復活の邪神魔導兵器・1

 朝焼けの空の中、俺が乗ったスマグラーアルカトラズは西の山間部へ急行した。

 山間部の上空へ差し掛かると、地上に居るエマリィたちからも機影が確認できたらしく、中腹の森の中から狼煙が立ち上がった。

 早速指定のポイントへスマグラーアルカトラズを急降下させる。


 開け放したコンテナのドアから下を覗けば、開かれた台地にエマリィと八号、そして戦術支援タクティカルサポートモジュール二番ナンバーツーの姿が見え、俺はようやく胃の辺りを締め付ける不安から解放されることができた。


「――エマリィ……!」


 と、居ても立ても居られなくて、アルティメットストライカーで着陸途中のコンテナから飛び降りると、真っ先にエマリィの元へと駆け寄った。

 随分と久しぶりに見るような相変わらずの愛くるしい顔には、心なしか疲労の色が滲んで見える。

 俺が居なかった間の激闘を想像すると、思わず胸が締め付けられた。


「本当にごめん……。大丈夫だった? あの時、無理をしてでも全員で遺跡から出るべきだったと反省してる。完全に俺の判断ミスだった……」


 しかしそんなしょぼくれている俺とは正反対に、エマリィはいつものあひる口で何やら興奮したように、うーうーと唸って両手を振り回しているではないか。


「た、確かに思った以上に大変だったんだけども! でも結果オーライと言うか、その、魔族と遭遇したのは予想外だったけれども、もっと予想外の出来事があったと言うか――! ううーっ、一度にいろいろありすぎて、ボク何から話せばいいのかわからないよっ……!」


「――とにかく落ち着こう! はい、エマリィ深呼吸して深呼吸!」


 俺はエマリィを落ち着かせている間に、八号を見た。

 こちらも装備はボロボロで、二番ナンバーツーに至っては立っているのが不思議なくらいにボコボコでボロボロだ。

 エマリィに治癒魔法をかけてもらえば修復される筈だが、それをしなかったのは万が一を考えて魔力を温存しておきたかったと言うことだろう。


 それにこの合流ポイントも、遺跡の出入り口である迷宮ダンジョンからはかなり離れている。恐らく安全を考えての事だろうが、そう誘導したのは八号のはず。

 元NPCだが、いい仲間を持ったと心から思う。


「八号も大変だったみたいだな。でも、最後までエマリィを守ってくれてありがとうな」


 俺の言葉に、八号は背筋をシャキーンと伸ばして敬礼を返した。そして、


「先輩、恐縮です! しかし…自分も二番ナンバーツーも、魔族相手には力不足でした……! こうして無事に脱出できたのは、ほとんど奇跡みたいなものです。ですから――早急に武装強化を望む所存であります!」


 と、言ってやったぜと言わんばかりに、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 どうやら八号もいろいろと欲が出てきたようだが、むしろ良いことだと思うので異論などある筈がない。


「わかった。とりあえず遺跡で回収した魔法石を持っているだろ? 八号は今から二番ナンバーツーと一緒にグランドホーネットへ戻って、それをライラとピピンに渡してくれないか。今回はグランドホーネットの修復と、ミナセの復活を優先するけど、古代金属板の一部は武装強化に使っていい事にするよ」


「ほ、本当ですか!? 先輩ありがとうございます!」


「それともし魔法石に余りが出れば、それも使っていいことにしよう。その代わりと言っちゃなんだけど、武装強化が終わったら、八号は二番ナンバーツーと共に、ロトス平原に展開しているステラヘイム軍と合流して、王都侵攻に力を貸してやってくれ」


「え、ステラヘイム軍……? 王都侵攻? 知らない間にそんな状況になっているんですか!?」


 そう驚く八号の横で、エマリィも深呼吸を忘れて、豆鉄砲を食らったような顔を浮かべている。

 八号とエマリィはずっと地下に居たので、地上の状況を知らないのも無理はない。


「ああ、俺たちが遺跡に潜っている間に、ユリアナ姫王子がヴォルティス兵に捕らえられた。ハティが姫王子の居所を探ってくれているが、問題が起きたみたいで連絡がつかないんだ。そして俺はエマリィとこっちへ残るから、八号、お前が先陣を切って姫王子救出に動いてくれないか」


「姫王子様が……。了解です! 行こうっ、二番ナンバーツー!」


 ぶるりと大きく武者震いをした後で、二番ナンバーツーを引き連れて颯爽とコンテナに乗り込む八号。

 上昇していくスマグラーアルカトラズを見上げていると、エマリィはそっと隣に並んだ。


「ボクたちの知らない間に、なんだか色々と大変な事態になっていたんだね。それとミナセさん、無事に精霊契約できたみたいで良かったね」


「ああ。いろいろと心配をかけたけど、ピピンに手伝ってもらって精霊契約は無事に終了した。後はミネルヴァシステムで、新しいからだを作るだけだ。これもエマリィと八号に無理を聞いてもらったおかげだよ――で、疲れているところを申し訳ないけど、もう少し付き合ってもらっていいかな?」


 と、俺は妖精袋フェアリーパウチから取り出した背負い子を背負うと、エマリィはふふんとサムズアップして飛び乗った。


「ここはボクの指定席だから当然だね! さあタイガ、魔族ロウマとヒルダの二人をぶちのめしに行こう!」


 と、妙に上機嫌かつ気合いの入っているエマリィ。


「うん? エマリィ、なにかあった……?」


「ちょっといろいろとね……。詳しい話は全て終わってからにするけど、新しい発見もあれば、沢山挫折も味わって、でもボク一人じゃ敵わない相手でも、タイガの背中で力になれると思うと、なんだか闘志が漲るって感じ?」


「わかった。後で詳しく聞かせて。それじゃ、いっちょ俺たちの息の合いすぎるコンビネーションプレーを炸裂させて、サクッと魔族を撃退して王都へ戻りますか!」


 と、気合い一閃。

 そのまま目の前に見える古代遺跡が眠る山へ向かって駆け出そうとするが、突然ゴゴゴゴッと言う轟音とともに大地が大きく揺れた。


「地震か――!?」


「違う! タイガ、見て!」


 と、背中のエマリィが指差したのは、二百メートル程先に見える山頂だった。

 大きな揺れと共に大規模な土砂崩れが発生して、山体が一気に崩壊し始めたかと思えば、大量に舞い上がる粉塵の中にゆらりと蠢く巨大な影が――

 

「あれは……まさか!?」


 嫌な胸騒ぎを覚える俺の瞳が捉えたものは、粉塵の中から姿を現した巨大な六つの柱だった。

 楕円状に並んだ六つの柱は、天に向かって垂直に伸びたかと思えば、まるで花弁が開くみたいに外側へゆっくりと開いていく。

 その姿は、まるで地獄から湧き出した未知の植物のようでもある。

 そして六つの柱がそれぞれ途中で折れ曲がって山腹に突き刺さったかと思えば、その中心部が地の底からせり上がってきて全貌を露にした。


「――邪神魔導兵器ナイカトロッズ……! 魔族の目的はこいつの復活だったんだ……。くそ、一足遅かったのか……!」


 粉塵の中から姿を現したのは、見紛うことない神族が作りし悪魔の兵器、邪神魔導兵器ナイカトロッズだった。

 世界の果てからやって来た、邪神ウラノスの肉体の一部を利用して作られた古代兵器で、全身を覆っている黒い鋼鉄の帯は、邪神の体の一部を封印しておくための拘束具だ。

 

 古代遺跡の最下層で一度戦っているとは言え、朝日の元にさらけ出された姿を改めて見れば、デカいと言う感想しか浮かばない。

 デカ過ぎな上に、醜くて禍々しい。

 楕円形の百メートル近い巨大な胴体と、そこから伸びている二百メートル近い六対の脚はタカアシガニを連想させる。

 そのタカアシガニ同様に、胴体先端には脚の長さの半分程度の両腕があって、その先端には巨大な鋏が見える。


 しかしタカアシガニと決定的に違うのは、胴体後方には先端が大砲になっている尻尾が、サソリのように反り上がっていることだ。

 そして胴体前部の両腕の上にあるのは、頭部ではなくて人の上半身だ。

 そこに邪神魔導兵器ナイカトロッズをコントロールするための、古代魔法書ヘイムスクリングラを差し込むスロットと、操縦者が乗り込む座席が設けてあることはミナセの一件で承知していたが、今そこに見える人影は巨人だった。

 それも上半身が裸で貧相な乳房を露にした、痩せ細って骸骨のような顔をした女の巨人だ。 


「な、なんなんだ、あれは……!? 」


 ただでさえ醜く禍々しい邪神魔導兵器ナイカトロッズの姿が、その全裸巨人骸骨女のせいで更に拍車がかかっている。

 すると背中のエマリィが素っ頓狂な声を上げた。


「――ロウマ! タイガ、あいつが魔族のロウマだよ! ロウマは地下でも巨大化して、ボクたちに襲い掛かって来たんだ。邪神魔導兵器ナイカトロッズはロウマの手に落ちたんだ……。じゃあヒルダは? ヒルダとロウマは何か争っていたみたいだけど、もしかしたら二人は邪神魔導兵器ナイカトロッズを巡って争っていて、その結果ロウマが手にしたってこと……?」


「いや、どうも休戦協定を結んだらしい」


 俺は狙撃ライフル・アマテラスF-99のスコープを覗きながら、エマリィの疑問に答えた。

 スコープの映像はABCアーマードバトルコンバットスーツのバイザーモニターに映し出されるのだが、そのモニター映像には、邪神魔導兵器ナイカトロッズの胴体の上に居るヒルダの姿を捉えていた。

 丁度巨大化したロウマの上半身が生えている麓だ。

 そして、そのヒルダの隣には、初めて目にする白髪の青年が立っているのが見える。

 しかもこの青年も上半身は裸で、特に目を惹いたのが風になびく驚くほど長い白髪と、背中に生えている蝙蝠のような翼だった。

 明らかに常人ではない姿形と、どこか泰然とした佇まいに、思わず俺の眉間も寄ってしまう。


「新手の魔族なのか……? エマリィ、ロウマかヒルダのどちらかは仲間を引き連れていたのか?」


「仲間? ううん、ヒルダもロウマも一人だったけれど? それがどうしたの?」


邪神魔導兵器ナイカトロッズの背中に、ヒルダと初めて見る男がいるんだ。たぶん奴も魔族だろう。こうも次から次へと魔族が湧いてくるってどうなんだ、黄金聖竜さん……」


 俺はちらりと空を見上げて皮肉をぼやく。

 既に二つの太陽は完全に地平線から上がっていて、早朝の澄み切った青空が、本日の快晴を晴れやかに告げているのは、皮肉以外の何物でもなかった。


「――とにかく! 俺の目の前でのこのこと地上に出て来られた以上、 はいそうですかと知らない顔をする訳にはいかないんだよ!」


 俺は巨大化ロウマの側頭部に狙いを定めると、躊躇することなくアマテラスF-99の引き金を引いた。

 アマテラスF-99はヘルモードで入手可能の高レベル武器であり、狙撃用武器としてはゲーム内最強を誇った。

 その一発当たりのヒットポイントは七千あり、全十二発が命中した際には、敵に八万四千ものダメージを与えることが出来る。

 全長千八百mm、口径五十五インチ、日本神話の弓の神様の名に、ファイナルの頭文字とカウントスップを意味する99を名に冠した究極の狙撃ライフル。


ズバァン!!!


 銃口の先端にある四角いマズルブレーキから、燃焼ガスがクロス状に噴き出す。

 十三・九ミリナノマテリアル弾が秒速九百五十メートルで射出されると、大気を切り裂きながら突き進んでいく。

 そして工業材料の硬さを示すヌーブ硬度で、ダイアモンドと同じ九千という数値を誇るナノマテリアル弾が、ロウマの側頭部に一メートル大の穴を穿って、そのまま反対側へと突き抜けた。


 確かな手応えとともに、俺はボルトハンドルを引いて排莢。

 そして素早く次弾を装填。

 しかしバイザーモニターを見つめていた俺は、思わず声を上げていた。


「――はあ!? マジか!?」


 モニターが映し出す巨大化ロウマは、頭を撃ち抜かれて脳しょうをぶちまける程の巨大な穴が開いているにも関わらず、何事もなかったように骸骨のような顔をこちらに向けたからだ。

 その怒りに満ちた顔を見た瞬間、背筋を氷のような悪寒が駆け抜けた。

 半ば反射的に、一気に後方へ飛び退く。

 すると、少し遅れてモニターが激しい光に包まれてホワイトアウト。

 背中のエマリィがくぐもった悲鳴を上げて、体を硬直させている。

 俺は無我夢中でジャンプを繰り返して後退を続けた。

 熱を纏った爆風が激しく体を打つのが、ABCアーマードバトルコンバットスーツ越しにもはっきりとわかった。

 モニターがホワイトアウトから回復すれば、今まで立っていた場所には見上げる程の火柱が立ち上がっていて、更に大地がお椀のように抉られているではないか。

 そして爆炎の向こう側に見える邪神魔導兵器ナイカトロッズの尻尾の大砲が、いつの間にかこちらに砲口を向けていることに気が付いた。


「あの大砲が炸裂したのか……。なんて破壊力だよ。それに……」


 明らかに地下で戦ったよりもパワーアップしていないだろうか?

 それにミナセの時は発射までのタメの時間が長かったが、今は狙撃された次の瞬間には反撃をしてきた。

 その原因は、たぶん操縦者の魔力の違いだ。

 ミナセは体の魔方陣が傷付き、そこから魔力漏れを起こしていたので、コンディションは完璧ではなかった。

 対してロウマと言う魔族は、恐らくコンディションは良好の筈。

 その操縦者の差が、はっきりと邪神魔導兵器ナイカトロッズの挙動に現れているのだ。

 そんな事を考えていると、大砲の砲口内部で赤い輝きがみるみるうちに増していくではないか。

 次弾が来る――


「エマリィ、振り落とされないように掴まって! 距離を取る!」


「わ、わかった!」


 俺は反転すると、傍らの森に向かって一直線にダッシュ。

 背後で閃光が起きたかと思えば、爆風で飛ばされた土砂や木っ端が大量に降り注いだ。

 そして、次から次へと森のあちこちに赤いビームが着弾して爆発が沸き起こった。

 俺の姿を見失った邪神魔導兵器ナイカトロッズが、目標の大体の位置を予測して撃つ間接砲撃を行っているのだ。

 しかも糞生意気なことに、赤いレーザーは地面に直接着弾するパターンと、空中で破裂して無数の光弾となって広範囲に降り注ぐ、曳下えいか砲撃を任意に切り替えられるらしい。


「――エマリィ、防壁を!」


「も、もう張ってるっ! 」


 俺は爆炎と光弾が大雨のように降り注ぐ中、必死に森の中を駆け抜けた。

 そして木々が途切れて視界が開ける。

 崖に突き当たったのだ。

 しかし躊躇している暇はなく、俺はエマリィを背負ったまま一気に斜面を滑り降りた。

 そして一旦態勢を整えるべく、そのまま邪神魔導兵器ナイカトロッズから距離を取ることにしたのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る