第五十六話 VS巨大ゴーレム・前

 床に倒れていたライラが目を覚ます。

 しばらく怪訝な顔で天井と睨めっこしていたが、すぐに状況を理解して慌てて飛び起きた。

 巨大ゴーレムの砲撃を受けて、艦全体に激しい衝撃と振動が走ったところまでは覚えている。

 どうやらその時に、床に投げ出されたショックで気を失ってしまったらしい。


人造人間ホムンクルスでも気絶するんですね……!」


 その事実に、ライラ自身が驚きつつも焦りの色は隠せない。

 一体どれだけの間気を失っていたと言うのか。

 コントロールパネルのモニターを覗くと、艦艇下部前方右側の駆動キャタピラの部分が、機能停止を示す赤色に点滅していて、ライラの顔が絶望に青ざめた。


「そ、そんな……! これじゃあグランドホーネットは動けないじゃないですか……!?」


 外に目をやると、巨大ゴーレムとの距離は既に百メートルを切っていて目と鼻の先だ。

 その足元ではハティと八号が足止めをしてくれている筈だったが、どうやら梃子摺っているらしい。


「もう! タイガさんは一体どうしたんですかっ!?」


 ライラは半泣きの顔で司令室を飛び出して行くと、通路を駆けてくるユリアナとイーロンと鉢合わせをした。


「――ライラ、一体どうしたのですか!? 先ほどからグランドホーネットは止まったままですよ!? もう巨大ゴーレムはすぐそこまで迫っています。早く動かさないと……!」


「うう、ユリアナ様、グランドホーネットはもうここから動けないんですぅーっ! ライラちゃんちょっと急いでるのですみません!」


 ライラはそれだけ答えると、血相を変えてユリアナとイーロンの横をすり抜けていく。

 今もグランドホーネットは一定感覚で襲撃を受けていて、着弾の度に幾つもの轟音が鳴り響いて、船体が激しく揺れていた。


「――ライラ、どこへ行くのですか!?」


「敵の狙いは魔法石なんです。だから機関室で迎え撃ちます!」


 その返事を聞いてユリアナとイーロンもライラの後へと続いた。


「ユ、ユリアナ様は危険ですから、どこかへ避難してもらった方が……!」


「そんな水臭いことは言ってくれるな。私もこのふねの乗組員の一員のつもりなのだから。それに甲板の小型ゴーレムは、粗方の排除は終わったところだ。全員で機関室の守備に入ろうぞ!」


「ユリアナ様……!」


 途中の廊下で待機していた兵士たちも合流して、ライラを先頭に機関室へと急ぐ一同。

 すると一際大きな轟音と共に艦が激しく揺れかと思うと、続いて下層フロアから何やら破壊音が聞こえてきた。


「くっ! もうゴーレムが……!?」


 そのライラの不安は的中し、機関室に辿り着いた一同の目に飛び込んできたのは、壁に開いた大きな穴とそこから中へ伸びる鉄色をした巨大な手だった。

 どうやらゴーレムの先端にある砲台の一つが、巨大な手に変形して壁をぶち破り、そのまま内部へと突入したらしい。

 鉄色の巨大な五本指が、まるで蜘蛛のように床の上をもぞもぞと這って、傍らの魔法石の結晶へと近付いていく。

 その大胆不敵とも言える荒々しいやり口に、ライラの顔は怒りで真っ赤になっていた。


「キイーッ! ライラちゃんの目の前で、そんな舐めた真似をしてタダで帰れると思うなよ!」


 ライラのマジカルガンと多腕支援射撃アラクネシステムのアサルトライフルが一斉に火を噴いた。 

 それを見てユリアナとイーロンや兵士たちも、続々と魔法と弓矢で援護射撃を開始する。

 しかし鉄色の巨大な手はまったく怯むことなく、まんまと魔法石の結晶を一つ掴むと、そのまま穴から出て行く。


「ああーご無体なっ! ほんとにそれだけは勘弁してくださーい!」


 ライラは半泣きの顔で、壁に開いた穴から身を乗り出して追撃を試みようとする。

 すると、突如インカムから聞こえてくる頼もしい声――


――ライラ待たせたな! 危ないから今すぐ奥に隠れてくれ!


「――タ、タイガさん!?」


 ライラはふと東の空に滞空しているスマグラー・アルカトラズと、扉が開け放たれたコンテナからアマテラスF-99を構えているアルティメットストライカータイガの姿を見つけて奥へと引っ込んだ。

 直後。

 短い間隔で連続して六発の銃声が鳴り響いたかと思うと、巨大ゴーレムの先端から生えている腕が途中から千切れて、魔法石を掴んだまま地上へと落下していった。

 すぐさまゴーレムのもう一つの砲台が、巨大な腕に変形して魔法石の結晶を拾い上げようと伸びるが、今度はゴーレムの足元で巨大な火柱が立ち上がって邪魔をした。


 爆発の勢いは凄まじくグランドホーネットもグラリと揺れるくらいだ。

 その威力からして使用された武器は、アルティメットストライカーの「ミサイル/ロケット砲」の対巨大生物用肩撃ち式強襲兵器shoulder-launched anti-giant creatur assault weapon SGAW-7 -デスサイズ-辺りか。

 「ミサイル/ロケット砲」の中では、必殺のストライクバーストドリフターに次ぐ弾倉火力を持つ最強ランクのロケットランチャーだ。


 当然グランドホーネットのオペレーターで、防衛隊員をサポートする立場のライラの頭の中には、全武器のデータが入っている。

 巨大ゴーレムの背丈と同じくらいの炎混じりの土柱を見た瞬間に、ライラは血の気を失った顔でインカムに叫んでいた。


「タ、タイガさん! ピノたちがゴーレムの体に固定されているんですよ!? そんな破壊力のある武器じゃ子供たちが死んじゃいますよーっ!!!」


――おいおい心外だなあ。そこまで間抜けじゃねーよ。よく見てみろ。うちには大天使エマリィさんが居るんだぞ!?


「へ……?」


 タイガに指摘されて、ライラは改めて巨大ゴーレムを凝視した。

 するとゴーレムの体に固定されている子供たちの前には、知らぬ間に金色に輝く魔法防壁が展開されていて、デスサイズの強烈な爆風と衝撃から見事に守り抜いているではないか。


「タイガ&エマリィ株のストップ高キターーーーーーーー!!!」


――だろ? とりあえずこの糞でかい害虫を威嚇射撃でグランドホーネットから引き離すから、その間にハティと八号、テルマ、イーロンを集めて全員に無線機を渡してくれないか!?


「皆を集めて一体どうするんです!?」


――害虫退治の作戦会議に決まってるだろ。とにかく時間がない。急いでくれ!


「ライラちゃんかしこまり!」


 ライラは無線を終えると、即座に頭の中で全員の配置を確認する。

 ユリアナとイーロンは目の前に居るし、ハティと八号は一緒に行動している筈で、無線機は八号が持っている。

 そうなると残るはテルマだが、無線を持っておらずいまどこに居るのかもわからない。

 ライラは八号に無線を入れてハティと共に一旦グランドホーネットへ帰還するように命じ、ついでにテルマを見かけたら連れて帰ってくるように頼んだ。



 俺は四発目のSGAW-7 -デスサイズを、巨大ゴーレムの足元へと叩き込んだ。

 立ち上る火柱と巻き上げられる大量の土砂。

 巨大ゴーレムは後退を続けて、既にグランドホーネットとの距離は百メートル以上開いている。

 今のところ威嚇射撃の効果は抜群だったが、こちらが本体に命中させる気がないのがバレるのは時間の問題だろう。


 とにかく今はライラから連絡が来るまで弾幕を切らさず、この攻撃がブラフだとバレないよう祈るのみ。

 エマリィはずっと俺の横に立って、片手で俺の体に触れながら、もう片方の手でピノたちの周囲に防御魔法を展開して、子供たちの安全を守ってくれているので遠慮なくデスサイズを撃ち込める。


 そして七発目の引き金を引こうとした時に、ふと上空に金色に光り輝く影を見つけ、それと同時に頭の中に声が鳴り響いた。

 あの男か女か一人か大勢なのかよくわからない特徴のある声。

 黄金聖竜だ――


――少年よ。稀人マレビトの少年よ。


『ああ、あんた――いや、黄金聖竜……様か』


 俺は無意識の内に頭の中でそう答えると、どうやらきちんと通じたらしく愉快そうな笑い声が響いた。


――ふふ、そんなにかしこまらなくともよい。しかし少年はいつも魔族と揉めておる。余程魔族を惹きつける何かを持っているようだな


『魔族が俺に執着する理由は、こっちが知りたいくらいなんですけどね。その辺は聖竜さんの方が詳しいんじゃないんですか? なんてったってこの世界の神様みたいな存在なんでしょ?』


――私はそんな大それた存在ではないよ。あくまでも私は私が生み落とした産子たちの守護者にすぎない。神のように万能という訳では決してないのだ。


『あくまでも魔族にはノータッチで、俺に執着する理由もわからないと?』


――そうだ。


『ちなみに妖精族やエルフ族とはどういう関係なんですか?』


――彼らは私の産子たちと、産子たちが紡ぐこの世界に、寛大な理解を示してくれている。非常に友好的な関係を築いておるよ


『はあ、そうですか……』


――随分と浮かない返事だね。どうしたのだ少年よ。


『何というか、俺がこっちの世界に来てから見聞きした話によれば、ヒトや亜人たちの魔法は発展途上で、とても異世界から俺を召還できるレベルじゃない。そうすると、俺を召喚したのは古代から居るという妖精族やエルフ族、魔族ってことになると思うんだけど、魔族はなんか俺を目の敵にしてるっぽいから除外するとして、残るは妖精族とエルフ族ってことになる。でも……』


――少年が私と戦うという未来の話だね


 デリケートな話題なので、俺はなるべく具体的なことは考えずにぼんやりとイメージしたつもりだったが、それでも伝わってしまったらしい。

 このテレパシーというやつはどうも扱いにくい。

 しかし向こうに伝わってしまったのならば、もう遠慮する必要もないだろう。


『そう。俺とあなたが戦う未来があるって言うから、俺を召還した人物はそれが目的なんだろうと思ったんだけど、あなたと友好的な妖精族とエルフ族が、俺を召還するとは考えにくい訳でしょ? 一番可能性の高い魔族とは、こうして二度も揉め事を起こしているし、じゃあ俺をこの世界に呼んだのは一体誰? 一体なにが目的なんだろうって……』


――稀人マレビトの少年よ。未来は常に変わる。必ずしもその未来が訪れるという訳でもないのだよ。


『そうなればこっちも助かるんですけどね……』


 俺は最強のストライクバーストドリフターが、全く歯が立たなかった光景を思い出していた。

 思い出した後で、このイメージも向こうに伝わってしまったのかと恥ずかしくなり、慌てて記憶を封印することに努めた。


――少年よ。私にも少年をこの世界に呼んだ者や、その理由はわからない。私と戦わせる為に召還したと決め付けず、曇りなき眼で真実と向き合えばよい。そしていつか心のままに決めればいい。私は少年の答えを尊重するだけだ。


《はあ……》


――それよりもあの魔族のゴーレムに手こずっているのならば、私が手を下してもよいがどうするかね?


《手を下すって……。一応子供たちが人質になってるんだけど、この前みたいに雷落として一撃で仕留めちゃうとかじゃないよね!?》


――……


 ちょ、その沈黙が、すげえ怖いんですけど!?

 ていうか図星だよ。この人、子供たちごとゴーレム殺っちゃう気だったんだよ!


――私はあくまでも産子たちが作るこの世界の守護者であり、産子たち一人一人の守護者ではないのだよ。この世界の安定の為ならば、多少の犠牲は厭わないつもりだ。もう一度言うが、私も万能ではない。救える命と救えない命、介入できる災いと介入できない災いと、どうしてもどこかで境界線が生じてしまうものだ。助けられなかった産子には申し訳ないと思うがね。しかしこれが守護者としての私の限界であり、この世界の摂理でもある。


《ああ、いいっす! 手出しは全力で遠慮します! いま作戦準備中なんで、こっちに任せてもらっていいですか!? ていうかもう時間もないんで、大人しくそこで見守っててくれたほうがありがたいんですけど!》


 黄金聖竜はさも楽しそうに大笑いをすると、「それでは今回は少年に任せることにして、私は大人しく上で見ておくことにしよう」と告げると、最後に「私はいつも見ているぞ……」と、激励とも警告ともどちらにも受け止められる言葉を残して、その声はぷつりと頭の中から消え去った。


 そしてそれとほぼ同時に、エマリィが張り詰めた声で俺の名を呼んだ。

 意識を巨大ゴーレムへ集中すると、いつの間にか残っていたもう一つの巨腕が、また大砲へ変化して砲口をこちらへと向けているところだった。


 刹那、空気を震わす炸裂音と共に、巨大星球モーニングスターが。

 しかもそれはすぐに空中で崩壊して、無数の飛礫となって襲い来る。

 俺は音声コマンドでスマグラー・アルカトラズに緊急離脱を命じようとするが、その視界一面に金色のモザイクが花火のように広がった。


「――星雲の盾ネビュラシールド!!!」


 エマリィの魔法防壁だ。

 大小様々な四角い防壁が円状に広がり、さらに四重五重に張り巡らされて、襲い来る数多の飛礫を完全にシャットダウンしてみせた。

 その圧倒的な守護天使っぷりに、俺は感動のあまり全身が震えてエマリィを抱きしめそうになるが、


「タイガ、いま何か考え事してたでしょ!? 集中しなきゃ!」


 と、先にお叱りを受けてしまったので、仕方なしに遠慮気味のサムズアップで我慢することに。

 しかし、このエマリィの覚醒っぷりは素晴らしいにも程があるではないか。

 しかもここ最近どこか塞ぎこんだ顔をしていることが多かったのに、今ではすっかり自身を取り戻したようにハツラツとした表情をしている。


 俺はこの笑顔の為ならば、魔力タンクにでも何でもなってやろうじゃないか。

 俺が居るからエマリィが輝けて、それを見て俺がハッピーになる。

 これぞ愛の永久機関や!

 愛のエントロピーや!

 ていうか、エントロピーてなにそれおいしいの!?


 などとふざけていると、またエマリィに叱られそうなので、俺はコマンドルームを開いてアマテラスF-99を再装備。

 そして残っている大砲に照準を絞り、特殊ナノマテリアル弾を叩き込んでやる。

 すぐさまボルトハンドルを操作して排莢と装填し二発目へ。

 五発目の被弾で、大砲は根元から瓦解して地面へ崩れ落ちていく。


 すると、巨大ゴーレムに動きがあった。

 それまで巨体の数箇所に振り分けられて捕縛されていたピノ達だったが、突如鉄色の体表面の上を滑るように移動したかと思うと、全員が一箇所に集められたのだ。

 それは今まさに崩れ落ちた大砲があった場所だった。

 敵はこれ以上の狙撃を恐れて、子供たちを自在に動かせる盾として前面へ押し出してきたのだ。


「人間ピンポイントバリアってか……! ゲスいにもほどがあるだろ……!」


 俺は吐き捨てるように、そう呟いた――

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