第二十五話 マイケルベイ爆裂団、姫王子様に会う

「あ、えーと、どうもはじめまして。俺たちはその何というか……」


 俺は姫王子様に挨拶しようとするが、この世界での王家に対する礼儀作法とやらはどうなっているのだろうという疑問がつい脳裏を過ぎったために、胸に手を当てようか、それとも片膝をつこうかと悩んだ挙句に、結局は半笑いの顔でしどろもどろに口篭るというキモオタっぽい挨拶になってしまう。


 そんな風にテンパってしまったのも、初めて目の当たりにする王家の人間ということもあったが、ユリアナ姫王子が赤いベリーショートの髪形や、フルプレートアーマーという男っぽい井出たちに反して、顔そのものはお人形さんのように整った顔立ちをした美少女だったからだ。


 しかもよく見ればフルメタルアーマーの胸部は豊かな膨らみを携えている。それは相当に豊かな膨らみでハティ級と言っていい。


 輪郭シルエットは王子様なのに、細部ディテールはお姫様。それも細身巨乳だ。華奢巨乳と言ったほうがいいか。


 そんな彼女が不安と恐怖で強張った表情の中に少しだけ安堵の色を滲ませて、すがる様な紅い双眸で見つめてくればつい口篭ってしまうのも仕方ない。


「――そなたらは王室より依頼された冒険者パーティーとお見受けする! そなたらの中に治癒魔法が使える者が居ればどうか力を貸してほしい! 私にはもう魔力が残っておらぬのだ!」


 よく見ればユリアナ姫王子の傍らには従者らしき二人の男女が倒れている。金髪の剣士と青髪の魔法使いだ。その二人は余程大切な従者らしく、エマリィが名乗りを上げると初めて相好を崩した。


「おおっ、可憐な魔法使い殿! 二人を頼む! 二人とも私にはなくてはならぬ存在なのだ! どうか……どうか友を助けてほしい!」


「ボ、ボクに出来る限りのことは精一杯やらせてもらいます……!」


 と、エマリィの両肩を力一杯握り締めて懇願するユリアナ姫王子と、莫大な重圧を受けて頬をペチペチと叩いて気合いを入れるエマリィ。


 エマリィは床で伏せている二人の従者の前に両膝をついて両手を翳した。その両手が青色に淡く光り出す。どうやらまずは二人の容態を調べているらしい


「……二人とも全身の二十箇所近くを骨折、内臓も一部損傷しているけど命に別状はないですね」


「おおっ、命の危険は無いのだな!? 良かった……本当に良かった……!」


「姫王子様、ボクに任せてください。治癒魔法の相性が良くても一人当たり三十分近くは掛かりますけど、絶対に治してみせますから」


 ユリアナ姫王子は心の底から安堵したように深く息を吐いた。そのまま膝から崩れてしまいそうだったが、ふと俺の存在を思い出したようにこちらを見て背筋を伸ばした。


 その表情は今まで見せていた不安に揺れる可憐な少女と言った色合いが薄まって、真贋を見極めようとしている精悍な王子様のように見えた。


 いきなりの空気の変化に隣に居たハティが、俺の脇腹を小突いてから片膝をついて頭を垂れて見せる。


 どうやら俺にも同じようにやれと言うことらしい。ハティの真似をして片膝をつこうとすると、ユリアナ姫王子が止めた。


「いや、そなたらは命の恩人だ。そんな格式ばった礼儀はいらぬ。それよりも尋ねたいことがある。『まいけるべーい』とは一体なんなのだ!? 人の名前でよいのか!? いいや違う! そんなことよりもあの魔族の大将を倒した魔法もそなたたちの仕業なのか!? あれは一体なんなのだ!? それに空から降ってきた五つの光も……!? ああ、一体なにから聞けばいいのやら……!?」


 ユリアナ姫王子はそう言って頭を抱えた。その取り乱しっぷりもどこか高貴で可憐さに溢れている。


 こんなボーイッシュな井出たちや自覚的にしているっぽい男性的な物言いや立ち振る舞いではなく、いかにもなお姫様ドレスを着ていれば相当破壊力がありそうだ。


「と、とりあえず姫王子様落ち着いて聞いてください。今すべてを説明しますから。まず俺たちは王命クエストを受けた冒険者で、俺の名がタイガ・アオヤーマ、いま治癒魔法を掛けているのがエマリィ・ロロ・レミングス、そして俺の隣に居る風狼族がハティ・フローズです。俺たち三人のパーティー名が……マ、マイケルベイ爆裂団です!」


 と、思いつきで嘘の説明をする俺。しかし口から出まかせの割りに語呂や語感が気に入ったので後々正式なパーティー名にしよう。


「マイケルベイ爆裂団!? 意味はよくわからぬが、何か強く勇ましい感じのするパーティー名だ。それでタイガ・アオヤーマ殿がリーダーでよろしいのか!?」


「ええ」


「では率直に聞くが、タイガ殿の着ている奇妙で見慣れぬ鎧や、先ほどの魔族を倒した凄まじい魔法の数々。とても我らと同じヒト族とは思えぬが、タイガ殿はもしかして稀人マレビトであるか!?」


「えーと……」


 よくよく考えれば姫王子はすでに八号と会っていたので、姫王子が俺を見て半ば稀人マレビトと確信している素振りなのは別段おかしなことではなかったが、それでもなるべく稀人マレビトであることを仲間内だけに留めておこうと思った俺は、この世界の権力者である王家の人間の口から、実際にその単語が出てくるのを聞いてつい身構えてしまっていた。


 俺の横でずっと片膝をついて頭を垂れていたハティの両耳が忙しく動いている。姫王子の後ろでこちらに背を向けて治療活動をしていたエマリィが心配して肩越しにちらちらと振り返っている。


 するとユリアナ姫王子が相好を崩した。


「そ、そんなに警戒しないでくれ。私はこのシタデル砦へやって来る道中に八号と名乗る稀人マレビトに随分と助けられてな。タイガ殿と八号は顔見知りではないのか!? それとも敵対する間柄だったりするのか……!?」


 確か八号の話では、ユリアナ姫王子は魔物化したほかのNPC兵士たちやプラントも見ている筈だ。ならば今さら取り繕う必要もないか……


「いえ、八号は俺の部下のようなものですから。敵対しているということはありません」


「おおっ、それを聞いて安心した。ではタイガ殿もこちら側の人間と思って良いのだな……!? ならば話は早い。数十年の沈黙を破り魔族が突然侵攻してきたことには肝を冷やしたが、どうもその目的は稀人マレビトだったようなのだ。タイガ殿はなにか心当たりはないだろうか?」


「魔族が? 稀人マレビトを……? いや、心当たりと言われても……」


 この世界にやって来てまだ二ヶ月余り。今まで魔族に会ったこともないのだから、心当たりなんてある筈もない。


 俺が困ったように頬をポリポリ掻いていると、今まで隣で片膝をついていたハティがすっと立ち上がった。その表情はいつにも増して険しい。


「ユリアナ様、お言葉ですが、何故魔族侵攻の理由が稀人(マレビト)にあると……?」


「うむ。私は確かにこの耳で聞いたのだ。魔族の大将は稀人マレビトに会うために海を渡ってきたと、確かにそう言っていた。そして叫ぶものスクリーマー化した稀人マレビトたちは期待外れだったとも。だから、その埋め合わせに王族である私を浚っていこうとしたのだ……」


「カピタン、どうじゃなにか心当たりは……?」


「そもそも、俺自身がいきなり異世界転移して戸惑っているんだぞ。それに魔族なんて今回初めて見たくらいなんだ。心当たりなんかあるわけないだろ。それよりもハティの方が魔族には詳しいんだから、逆になにか心当たりはないのかよ!?」


「心当たりと言われてものう……」


 俺とハティは困ったように顔を見合わせる。すると、


「ふむ。お主はかなり腕がたつようであるな……」


 と、突然どこからか声が聞こえてくる。


「え!? 姫王子様いま何か言いました?」


「い、いや、その……足元……!」


 ユリアナ姫王子は血の気を失った顔で俺の足元を指差していた。言われるままに自分の足元を見下ろして愕然とする俺。


 いつの間にか足元には全長二十センチくらいの真っ黒で全裸のおっさんが立っていたからだ。しかも頭から油でも被ったみたいに、全身がヌメヌメと輝いていて変態チックで気色悪い。


「うおっ!?」


「な、なんじゃ!?」


 俺とハティは弾かれたように後ずさる。そして改めてその小さな黒いおっさんをまじまじと見つめると、先ほどアマテラスF‐99のスコープで見た魔族の大将タリオンと、まったく同じ姿形だと言う事に気がついた。


「ハティこれって……!」


「うむ、タリオンで間違いないわ! それにしても何とも奇妙な……!」


 ふと周囲を見渡せば、先ほどまで床の上に残っていたタリオンの両足や飛び散った肉片は、いつの間にかうねうねと奇妙に波打っていて、次々と全長二十センチの黒いおっさんに姿を変えている。


 この異常事態に気がついたエマリィは、即座に治癒魔法を続けながら自分と気絶している二人の従者を魔法防壁で取り囲み、ユリアナ姫王子は俺とハティの背後に隠れた。


 そして最初のおっさんの元に続々と黒いおっさんたちが集まってくる。その数は軽く五十は超えているだろうか。


 その五十人を超える黒い全裸のおっさん達が、まるっきり同じタイミングで悠然とした笑みを浮かべると、これまた同じタイミングで一斉に話しかけてきた。


稀人マレビトの少年よ、先ほどは見事であった。だがまだ決着はついはおらぬ。どうする?」


「どうするって……。もう疲れてるんで、このまま帰してくれるなら帰りたいんですけど……」


 と、余裕があるような口を利きながらも、実は内心は焦りまくっていて、プラズマガンをいつでも発射できるように人差し指を引き金にかけていた。


 なんせ一度は倒したはずの相手だ。それが肉塊から再生して群体として復活するという、気色の悪い隠し技を持っていたとなると用心にこしたことはない。

 

 それに戦うとなるとこの場所では不利すぎる。


 ユリアナ姫王子はハティがなんとか無事な場所まで連れ出してくれるだろうが、治療中のエマリィは動けない。


 こんな狭い場所でヘルモードで入手の最強ランクの武器を使えば、エマリィの魔法防壁だって一溜まりもないはず。紙の壁とまでは言わないがダンボールの壁程度の筈だ。流れ弾と爆風を受けて無事でいられる訳がない。


 さて困った。どうするか……


「うむ。しかしまた出直してくるのも骨が折れるのでな。時間もないことだし全力でぶつかってみようではないか」


 どうやらこの黒い全裸のおっさんズはキモい見た目に反して、プライドの高い武人のようだ。そこで俺は一つダメ元で提案してみることにした。


「とりあえず戦うならもっと広いとこでやりたいんだけど? ここじゃ俺の本気の全力は出せない。その方が都合がいいって言うなら諦めるけどね」


「うむ、それで構わん。ならばわしは先に行っておるぞ、稀人マレビトの少年よ――!」


 そう言うと、一斉に五十人のおっさんズが駆け出して壊れた壁を次々に飛び越えていく。


 俺も壁際へ駆け寄り平野を見下ろすと、案の定そこには直径十メートルほどの黒い肉塊が見えた。


 それは先ほど俺とハティが倒した黒騎士の軍勢の肉片の集合体だ。それが一箇所に集結しているのだ。


 今も地面の上を無数の黒い肉片が引き寄せられる磁石のように動いているのを見ると、最終的にもっと大きくなるのだろう。

 

 しかしあの肉塊でこの頂上の部屋を襲撃されなかっただけ助かった。もっとも武人タイプのあのおっさんはやろうと思えば出来た奇襲をあえてせずに、堂々と再戦を申し込んできた訳だが。


 ならばこちらも持てる全力でぶつかるのみ!


 俺はフラッシュジャンパーからアルティメットストライカーへ換装。


 そして武器は「アサルトライフル」からHAR-88と「グレネード」からグレネードランチャー七つの大罪セブンス・シンを。


 二つともヘルモードで入手可能な最高ランクの武器だ。


「エマリィ、ハティ! ここは任せた! 今度こそ本当に仕事を終わらせてくる!」

「任せて! タイガが危なくなったらすぐに治癒魔法を掛けに行くから安心して戦ってきて!」

「カピタンよ、タリオンのあの奥の手は知らなかったが、カピタンの力ならどんな困難も打ち破れるはずじゃ! それが魔族でもじゃ! ここは妾とエマリィに任せて思う存分戦ってくるのじゃ!」


 エマリィとハティの心強い言葉に背中を押されて、俺は外壁を駆け下りた――

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