第二十三話 俺、殴りこむ
俺とエマリィ、ハティの三人がシタデル砦を一望できる丘の上に辿り着いた時、そこに広がっていたのは
シタデル砦を取り囲む約二万の
てっきり王国軍の援軍が到着したのかと思ったが、ハティの呻くような声に否定された。
「むむっ、まさかこんな所で魔族と出くわすとはのぉ……! これもカピタンが
「え、あれが魔族? エマリィそうなの?」
「ごめん。ボクは魔族なんて見たこともないからよくわからないよ……」
「カピタンよ、妾は嘘はつかん。奴らとは大昔に少し因縁もあっての、魔族のことは少しばかり詳しいのじゃ。あれは魔王の配下の一人タリオンの黒騎士たちで間違いない。ほれ、噂をすれば大将自ら大暴れしとるわ」
と、ハティが吐き捨てるように呟いて顎をくいと向ける。
その示す先に視線を向けると、体長が五メートルはありそうな黒い巨体が
遠目にも筋肉の塊とわかる化け物で、さらに巨体に似合わず動きも俊敏だ。
明らかにこの異世界に来てから戦った魔物(モンスター)とは、異質であり別格だと言うことは一目でわかる。
「なんか見るからにパワー系の化け物で面倒くさそうなんですけど……」
「――さあ、カピタンよ、どうする!? 魔族と事を構えるということは魔王を敵に回すということ。我らやヒト族は神族の骸から生まれし子供たち故、元々魔族とは対立する運命。しかしカピタンは
突然話を降られたエマリィは戸惑いながらも、頬を染めてコクコクと頷く。
そんなエマリィは相変わらず可愛くて無性に抱きしめたい衝動に駆られるが、残念ながら今はそんな色ボケをしている暇はない。
というのもABC(アーマードバトルコンバット)スーツのモニターには、タリオンという黒騎士たちの親玉がシタデル砦の頂上で何者かと戦っている姿を遠目に映し出していたからだ。
「魔族とか魔王とかよくわからないけど、冒険者が受けた依頼を失敗してたら信用問題に関わるしな。だからユリアナ姫王子の救出に魔族が邪魔と言うならば当然排除するしかないでしょ!?」
「おお、では戦うのじゃな魔族と! カピタン、それでこそ妾が見込んだ男ぞ!」
「タイガ、ボクも全力でサポートするから! タイガなら絶対に魔族にも負けないよ!」
「それじゃあ、さっさと
まずはコマンドルームを開いてアルティメットストライカーからビッグバンタンクへ換装。
そして続いて武器メニューの「ボーナスウェポン」から二百ステージクリアの特典「支援兵器・支援爆撃」を音声コマンドで選択。
ちなみに渓谷の迷宮で死に掛けた件を重く受け止めて、今メニュー操作は音声とタッチの両方が可能な「ハイブリッド」を選択していた。
そして両手にはレーザー誘導装置が具現化し、同時にシールドモニターの分割ウィンドウにライラの顔が。
――はいはいライラちゃんですよー。こちら総司令部グランドホーネット管制室でーす。タイガさん、制圧爆撃の要請を確認しました。目標地点を設定してくださーい。
「お、ちゃんとオペ子の仕事してるじゃないか。安心したよ」
――あ、ひどーい! ライラちゃんは兵士八号の方にドローン部隊を投入したりしてちゃんと皆をサポートしてるんですからね! プー!
「ドローン兵器? 八号が残っているアスナロ村でなにかあったのか!?」
――
「そうか。そりゃ大変だったな。帰ったら何かご褒美を考えなきゃな」
――ほんとにほんとですか!? ライラちゃんご褒美なんて生まれてこのかた貰ったことなんかないので、そんな事されたらタイガさんに惚れちゃいますよ!?
「いや、惚れなくていいから! でも本当にご褒美は考えておくよ。ただその前にまだ一仕事あるけどな!」
俺はライフル型のレーザー誘導装置を構えて、丘の下に広がっている
五本の赤いレーザー光が扇状に広がって一キロくらいの幅の中を等間隔に照射する。
――目標地点確認しました。只今より支援爆撃開始します! 超音速巡航ミサイルレーヴァテイン発射シークエンス開始! 安全装置オール
「カピタンよ、一体全体どうなっておるのじゃ? 魔族と戦うのではなかったのか? それがいきなり立ち尽くして一人でぶつぶつと……」
「タイガ、もしかして今ライラと会話してるの?」
エマリィとハティは俺がしばらく立ち尽くしたまま動きがないので怪訝な顔を浮かべている。
エマリィはライラの事もグランドホーネットの存在も知っているので、俺が何かを企んでいることは薄々と察知しているみたいだが、ハティに至ってはあからさまに期待外れのような顔を浮かべて戸惑っていた。
「うん、エマリィ。今ライラと通信してたんだ。それで八号の方が危なかったらしいけど、ライラが上手くカバーしてくれたみたいでみんな無事だって」
「そうなんだ。じゃあ帰ったらライラを思い切り褒めてあげないとね」
「ああ。それでハティ、もう少しそこで待っててくれないか。期待外れにはさせないからさ」
「うむ、カピタンがそう言うのならば……」
俺はビッグバンタンクからアルティメットストライカーへ再換装すると、「アサルトライフル」からアンチマテリアルライフル・アマテラスF‐99をタップ。
ヘルモードで入手可能な高レベル武器であり、狙撃用武器としてはゲーム内最強を誇る。
全長千八百mm、口径五十五インチ、装弾数十二発。
ゲーム内では一発当たりのヒットポイントが七千あり、全弾命中させれば八万四千のダメージを敵に与えることができるという、弓の神様の名前にファイナルのFとカウントストップを意味する99の数字を名に冠した、文字通り究極の狙撃ライフルだ。
早速銃床に収納されているケーブルとABC(アーマードバトルコンバット)スーツを繋いで、丘の先端にうつ伏せで寝転がる。
銃身下の
ズームイン、の音声コマンドに反応して拡大していくスコープ映像。そして――
「ユリアナ姫王子か……?」
シタデル砦の三つ並ぶ三角岩。その真ん中の一番高い岩山の頂上付近が崩れて、内部の部屋が露出している。そしてそこに見えるのは黒い筋肉の塊といったタリオンと、そのタリオンの大木のような腕に持ち上げられている銀色のフルプレートアーマーに身を包んだ赤い短髪の少女――ユリアナ姫王子だ。
どうやら一刻の猶予もない状況らしい。
俺は慎重にシールドモニターを睨み、照準を微調整する。
シールドモニターのスコープ映像には風向きと風速、温度、気圧を示す小さな三角形が四つ浮かんでいて、銃口を動かすとこの四つの三角形が赤く表示されている弾道予測サークルに集まってくる。
この弾道予測サークルは目標との距離により大きさが変化し、遠距離になればなるほどサークルは小さくなり、それだけ四つの三角形をサークル内に集めるのが難しくなるという具合だ。
今の距離は目測で一キロあるかどうかと言ったところか。
サークルの大きさは平均より小さいという感じだったが、長年のジャスティス防衛隊プレイヤーとしてはこれくらい朝飯前だ。
難なく四つの三角形が弾道予測サークル内に集まるポイントを探り当てると、間髪いれずに引き金を引く。
銃口の先端にある四角いマズルブレーキから燃焼ガスがクロス状に噴き出し、十三・九ミリナノマテリアル弾が秒速九百五十メートルで空を切り裂いていく。
モニター内でタリオンの頭部の四分の一を吹き飛ばしたことを確認し、すぐさまにボルトハンドルを引いて排莢する。
「アマテラスの弾丸を食らってあの程度しか吹き飛ばないってか!? 魔族硬すぎだろ!」
しかしそんなセリフとは裏腹に俺の口許はニヤけていたと思う。
エマリィとハティが後ろで状況を聞いてきたが、それには答えずボルトハンドルを戻して二発目を装填すると続けて引き金を引いた。
二発目にしてヘッドショット完遂。
本来ならこれで狙撃は完了の筈だが、モニター内のタリオンは頭部を失ったにも関わらず今だ姫王子を掴んで立っているのがどうも引っ掛かる。
異世界で出会う未知の敵ということもあって、そのまま狙撃を続けることに。
間髪入れずに排莢と装填。そして人差し指に力を。
粛々と、そして淡々とルーチンワークをこなすように同じ手順を繰り返して、目測で一キロ先にいる相手にヌープ硬度でダイヤモンドと同じ九千という数値の硬さを誇るという、ナノマテリアル狙撃弾を叩き込んでいく。
そして十回目の射撃音が鳴り響いて、モニター内のタリオンが腰から下を残して文字通りに消失したことを確認すると、俺は立ち上がってエマリィとハティを振り返った。
「――お待たせ。タリオンはいま片付けた」
「おお、そうかそうか。タリオンは片付けたか。それは良か――なぬ!? タリオンを片付けた!? 一体全体いつの間に!? 先ほどのバンバン五月蝿いのは戦う前の儀式か何かではなかったのか!? まさかあれでタリオンが……!? じゃ、じゃが黒騎士や
「ボ、ボクもいくらタイガの武器でもこの遠距離を攻撃できるというのはにわかに信じられないよ……」
エマリィとハティは半信半疑の顔を浮かべているが、タイミングドンピシャでライラから通信が。
――タイガさん着弾まで三十秒を切りました! 目標地点から至急離れてください!
「そう言えばこっちに来てから支援兵器使うの初めてだったな。久しぶりにいっときますか……!」
――それってライラちゃんも一緒にやった方がいいんでしょうか……?
「当たり前だろ。お前俺は上官だぞ。上司だぞ。伝説の兵士ソルジャーオメガだぞ」
――えー、でもなんかバカっぽいしライラちゃんの美学とは正反対だしぃ!
「お前に美学があったことが驚きだよ! じゃあいいよ、ライラがやらなくても俺一人でやるから……」
――もうそんなことでスネないでくださいよぉ。いいですよライラちゃんもやりますよぉ! やればいいんでしょー。プー!
「カピタン? どうしたのじゃ? また一人でブツブツと……」
「あれはね、今ライラと通信してるんだよ」
「エマリィつうしんとはなんぞ?」
――着弾まで二十秒――
「じゃあ五秒前にいっときますか!」
――着弾まで十秒。九、八、七、六、五――!
「マイケル・ベーーーーーーーーーーーーーーイ!!!」
――マイケル・ベーーーーーーーーーーーーーーイ!!!
「――カ、カピタン突然どうしたのじゃ!?」
「――タ、タイガ!? まいけるべいって何!?」
そして雲の切れ間から急降下してくる五つの光点と、筋を引いている白煙。
直後、五つの閃光が煌めいて爆炎が空高く舞い上がって大地を揺らした。
「うひょぉおーーーっ!!! こ、これは古文書に記されている世界を焼き尽くしたとされる極級魔法に匹敵する破壊力なのではっっ!!!」
「なんじゃああああああああああ!!! 一体なにが起きたのじゃあああああああああ!!!」
爆風に吹き飛ばされて尻餅をついたまま爆炎を見上げているエマリィとハティ。
特に空想科学兵器群(ウルトラガジェット)に免疫のないハティは半ばパニック状態になっていて、イヌミミはぺたんこに潰れているし、尻餅をついた時の大股開きのまま呆然とした顔――それもちょっとアホッぽい顔で、俺と爆炎を交互に見ている。
何か説明をしてあげた方がいいかなと思いつつも時間が惜しいこともあって、同じように口をあんぐりと開けて呆然と爆炎を見上げていたエマリィを抱えて特製荷台に乗ると、
「ハティ! 俺の声が聞こえているか!? とりあえず俺とエマリィは今からシタデル砦に向かう! ハティはどうする!? もし一緒に来るならこの荷台に――」
「――カピタンよ、心配は無用じゃ! 妾は風狼族のハティ・フローズ! 塵旋風のハティとは妾のことじゃ! 魔族を相手にするにその荷台は狭すぎる! 妾は勝手にカピタンの後をついていく! カピタンは気にせず前へ進め!」
流石と言うべきかハティは多くは語らないが、これまで数多くの修羅場を掻い潜ってきたであろうことは全身から発する空気で何となくわかっていたが、今までアホ面をしていたのにいきなりキリリっと引き締まった表情で男前なセリフを吐く。
しかも本当にこういう仰々しいセリフがよく似合う。
「わかった。とりあえず無茶はしないでくれ。それでエマリィは状況に応じて防御と治癒を頼む」
「わかってる。ボクに任せて!」
「よし! じゃあ残存している魔族と
俺たちは丘を駆け下りた――
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