第百四十一話 大地にそびえ立ってみろ、それが正義ならば!
――ライラ! GJシステム起動だ! 正真正銘今度こそこいつにケリを付けてやるっ!
グランドホーネット司令室で祈る様に戦況を見守っていたライラは、タイガからの無線を受けた瞬間、仁王立ちで武者震いをした。
「マジですか……!? GJシステムを遂に……!」
しかしそう呟いた後でハッと何かに気がついて、あたふたと艦内モニターをチェックした。
「えーと…先ほど救出したちびっ子達は、今はメイド三姉妹と共に食堂に居るから大丈夫で……数百名のステラヘイムの兵士さん達は、各フロアの通路で待機中……。隔壁が動いたとしても挟まれるのだけを気を付けてもらって、多少の揺れはこの際我慢してもらうしか……! そして残るは先程回収したヨーグル陛下と、VRドローンで出撃したオクセンシェルナさん達で、今は全員司令室に戻って来てると――!」
ライラは幾つもあるモニターで艦内の様子をチェックした後で、司令室を見回した。
現在司令室に残っているのは、ライラを始めにピノとピピン、ヨーグル陛下、オクセンシェルナ、アルファン、アルマス、チルルだ。
「――皆さん、今からちょっと――いや、かなり揺れるので、何かに掴まっててくださいね!」
「ライラちゃん、一体何が始まるの――!?」
ピノの頭の上でピピンが怪訝な顔を浮かべた。
しかしライラはすぐにヘッドセットに向かって艦内放送を始めたので、ピピンの質問に答える余裕はなかった。
「――緊急! 緊急! 艦内に居る皆さんに大事なお知らせがありまーす! 今からグランドホーネットが大きく揺れますっ! それはもう本当に上や下への大騒ぎになります! だから食堂に居るちびっ子達は、壁の手すりを力いっぱい握って絶対に離さないように! マリ、メイ、ユイ! 食堂は任せましたからねっ! そして通路に居る兵士さん達ーっ! 今から全員が各部屋に移動する時間はないので、今居る場所から絶対動かずに、壁の手すりを握って体を固定してください! そして今から通路の天井から等間隔に隔壁が降りて来てブロック毎に閉鎖されますが、決して慌てずに潰されないように十分気をつけてくださいね! 通路は場所によっては垂直になったり天地が逆転します! マジですっ! 治癒魔法使いは近くの負傷者のケアを! あとは各自ポティオンで体調管理お願いしますっっっ! 」
ライラのその放送を聞いていたヨーグル陛下達の顔がみるみると青ざめていく。
「な、何かわからんが、とんでもない事が起きる事だけは確かなようじゃ。さあ皆も早くここへ腰掛けようではないか!」
ヨーグル陛下は真っ先に多目的テーブルの座席につくと、司令室に居る全員を手招きした。
それを見たオクセンシェルナとアルファン、アルマス、チルルも同じように席に座り、ピピンを頭に乗せたピノはテーブルの下へと潜り込んだ。
そして艦内放送を終えたライラは、全員が席についている事を確認すると、コントロールパネルに視線を落とした。
「――全出入口及び全室を封鎖! 格納庫及び機関室、GJシステム起動シークエンスへ移行! 係留用ハンガー安全ロック装置、機関室防護シャッター、全て正常に作動。格納庫と機関室の安全を確認!」
ライラは真剣な顔でコントロールパネルのスイッチをパチパチといじり始めた。
「――これより起動シークエンスを全艦に拡大。
しかも
そして艦内の様子を映し出すモニターでは、通路の天井から等間隔に降りてくる防壁に兵士たちが多少右往左往しつつも、大した混乱もなく区画ごとに遮蔽されていく様子が流れていた。
ライラはモニターで艦内の様子を確認した後で、また指差呼称を粛々と続けていく。
「
ライラの声を合図に、司令室の足元から、それも艦体のあちこちからカシッカシッカシッカシッと言う硬質な作動音が聞こえてきた。
すると、それまで絶えず艦体を覆っていた微振動が、すうっと波が引くように治まった。
それはこの巨大な魔法戦艦が空中に浮いているとは思えない程の静寂だった。
あまりの静けさに、ヨーグル陛下達の顔が緊張で強張る程だ。
「姿勢制御装置セクター1から5まで起動開始!
ライラは気合い一閃、レバーを前方へ力一杯に押し倒した。
刹那。
ウィィィィィィィィィィィィィィィィィンと、艦後部にある機関室の方から力強い高周波が聞こえてきた。
司令室の壁や床が淡い光を発し始めて、赤や緑や黄色の粒子が蛍の様に室内を漂った。
そして三方向にある全ての窓に、防御シャッターが降りて来て視界を塞ぐと、上下左右三百六十度全ての壁と床が、全天球モニター画面となって外の景色を映し出すではないか。
「おお、これはたまげた……! 壁も床も消えてしまったように外の様子が見えるとは……っ! 一体何がどうなっておるのじゃ!?」
「それよりもご覧ください陛下、甲板が割れているではありませんかっ!?」
ヨーグル陛下とオクセンシェルナの二人は、全天球モニターが映し出す前部甲板が、中心から二つに分かれて左右に広がっていく様子を見て舌を巻いた。
すると今度は何かに気が付いたアルマスが、小型モニターの一群を指差した。
「――陛下、アクセンシェルナ様、あそこをご覧になってください! もしかして今この魔法戦艦は、あの様に姿を変えているのではありませんか……!?」
アルマスの言うように小型モニター群の一つには、グランドホーネットを前面方向と横方向から見た立面図が表示されているのだが、その隣には同じように人型の立面図があったのだ。
「ま、まさか、その様なことが可能なのか……!?」
オクセンシェルナは、小型モニターと外の景色とライラの顔を順に何度も何度も見渡した後で、精根尽き果てた顔で力なく息を吐いた。
「どちらにせよ、老体には刺激が強すぎて知恵熱が出そうじゃ……」
「し、しっかりと気を保つのじゃオクセンシェルナ! こんな
「ああ、陛下のお心遣い痛み入ります……」
ヨーグル陛下とオクセンシェルナがぶどう酒のような友情を酌み交わす横で、全天球モニターは粛々と変形を続けているグランドホーネットの様子が映し出されていた。
二つに割れたと思った甲板は、そこから更に幾つものパーツに分かれて、扇状に開く物もあれば垂直に上方向に開く物、逆に下に向かって開く物と様々だ。
しかもそれは後部甲板も同じで、様々に分かれた複数のパーツが複雑怪奇に変幻自在に入り乱れて、巨大な両腕を、逞しい両肩を、分厚い胸板を、勇ましい両脚を形成していくではないか。
そしてそれらの動きに合わせて、全天球モニターの風景が緩やかに左から右へ流れていくと、ある地点に差し掛かったところで、今度は下へと沈み始めた。
「――艦橋部
ライラがコントロールバネルを指差呼称で確認する。
ヨーグル陛下たちは、小型モニターの立面図を息を呑んで注視した。
グランドホーネットの立面図では艦橋部分が赤く点滅しているが、人型の方では首の部分が赤く点滅していることから、艦橋部は最上階に位置する司令室を残してほとんどが胴体の中へ収納されたことが窺い知れた。
そして全天球モニターの後部が、背中の方から巨大な頭部がせり上がって来る姿を映し出したので、ライラ以外の全員が驚嘆の声を上げた。
まるで騎士のような鎧を被り、凛々しく勇ましい面構えを持つ頭部は、そのまま艦橋部の上へと鎮座した。
それに合わせてライラが立っていた操縦席の床から、ガシャガシャと音を立てて何やら機械がせり出して来たので、ヨーグル陛下達がまたしても驚きの声を上げた。
「――
ライラは指差呼称と共にせり出して来たお立ち台の上に上ると、自分の両手と両足に何やら機械を取り付け始めた。
そして――
「今から地上へ着地しまーすっ! 衝撃は多少緩和されますけど、手摺りにしっかり掴まっていてくださいねっっっ!」
ライラは司令室と艦内の両方へ力いっぱい呼び掛けた。
直後。
急激な降下速度に、ヨーグル陛下達が苦悶の表情を浮かべた。
しかし落下運動の加速は一瞬の出来事で、ライラの
「
の一声の直後に、今度は一転してふわりと浮き上がるような浮遊感が。
だがそれも一瞬の事で、ダンッと言う激しい衝撃に司令室全体が大きく揺れると、すぐにズガガガガガッと地面を滑るような衝撃が襲ってきた。
全天球モニターの映像を見れば地面に着地したグランドジャスティスが、勢い余って地面の上を立ったままの姿でスライディングしている事はわかったが、ヨーグル陛下達は椅子から振り落とされそうない様にしがみ付くのに必死で、誰一人として状況を把握していなかった。
そして――
「――タイガさん、グランドジャスティス降臨ですっっっ! 」
マスタースレーブに繋がれたままのライラが絶叫した。
しかも腰を落として大股で立つ、空手の騎馬立ちと呼ばれる姿勢のファイティングポーズでやる気満々だ。
タイガの無線から約八十秒。
魔法戦艦グランドホーネットは、超弩級人型
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