第百四十話 空と天空からの参戦
突如北西の空に出現した飛空城アルノルディィ。
その迫力ある偉容に思わず見惚れてしまった俺だったが、目の前のウラノスの変化に気がついて我に返った。
たった今俺とミナセの波状攻撃で、二つある分裂体の一つは灰塵と化したのだったが、残った右側の分裂体が体の表面をぼこぼこと波打たせたかと思えば、みるみるうちに肉体を巨大化させたのだ。
「――は!? そこからまだ巨大化すんのか!? そんな余力がどこに残ってやがったんだよ……!」
俺は唖然とするよりも、その底無しの底力に強い怒りを感じていた。
全力を出し切ってようやく相手を上回ったと思ったら、懐に隠してあった切り札を出されて情勢をまんまと引っ繰り返されたような、悔しさ混じりの怒りに打ち震えていた。
しかも分裂体は瞬く間に二回り、三回りと巨大化していき、あっという間に最初の肉体を遥かに上回る五百メートルクラスの巨体に成長するではないか。
最後の切り札と言うよりも、最初からこちらの力量を測ろうと力を出し惜しみしていたようで恐ろしく気分が悪かった。
「はっ、これまでの死闘は威力偵察ってか!? ここまで完全に舐められるとは――!」
唇を噛み千切ってしまいそうな程に悔しさが込み上げてくるが、落ち込んでる暇もないようだった。
何故ならば目の前で全長が五百メートルクラスにまで巨大化したウラノスは、さらに全身をくねらせたかと思えば、巨大な肉団子を髣髴とさせる里山のような体型から円筒形へと一変したからだ。
まるで巨大で肥満体のミミズが横たわっているようだ。
それも地上からの高さだけで百メートルはありそうな、全長五百メートル級の泥を練り上げて作ったような肉体を持つミミズだ。
そしてミナセが強張った声を張り上げたのは、その肥満体ミミズの前面一杯を覆いつくすように巨大な口が開いた時だった。
「――タイガ、まずい! 私の後ろに隠れて! あいつ指向性の即死魔法を放つ気よっ!」
「て言うか、あのサイズを防げるのかよ!?」
「そんなのやってみなきゃわからない! でも、ここで防がなきゃ王都に居る人たちは全滅しちゃうでしょ! だから絶対に食い止めてみせる――っ!」
ミナセはそう怒鳴ると、下半身の馬部分の四脚を地面に突き刺した。
まるでライフル銃を支える
「――
その声に反応して馬部分の両脇の二つのスピーカーが二回りほど大きくなって、「真っ赤な魂」を大音量で流し始めた。
直後、
ギョオオオオオオオオオエエエエエエーーーーーーーーーーーッッッ!!!
と、ミミズ型ウラノスからこれまでで最大級の叫喚が放たれた。
長方形の筒型の胴体はそれ自体が巨大な楽器の様で、野太い叫声は音の津波となって真正面から「真っ赤な魂」の音色とぶつかった。
声と音楽の激しい衝突は本来は目に見えない筈なのに、ミナセとウラノスのほぼ中央では音同士の摩擦によって魔力がまばゆい程の光を何色も放っていた。
「こ、こいつ、まだこんなに力が……っ!」
ミナセの体がウラノスの波動に押されて、地面に突き刺している四脚が抜けそうになった。
俺は慌てて馬部分の背中に飛び乗って、吹き飛ばされそうになっているミナセの体を上から押しつけた。
「ミナセ頑張れっ! ここで俺たちが踏ん張らないと、王都に居る皆は全滅してしまうんだぞ! 何か俺に出来ることがあれば言ってくれ……!?」
と、言ってはみるものの、意識が白濁の彼方に飛ばされそうになって思わず頭を振った。
ウラノスの即死魔法の方が威力が強くて、俺の魂が飛ばされそうになったのだ。
「なんて奴だよ、くそ……」
俺はミナセの背中にしがみ付いた状態で、ストライクバーストドリフターの照準をミミズ型ウラノスの口へ合わせようとするが、意識が朦朧としてなかなか照準が合わせられない。
そして即死魔法の波動を真正面から受けているミナセは、声にならない叫び声を上げながら懸命に踏ん張っていた。
その
それでも魂の叫びを掻き鳴らして、圧倒的な災厄を打ち払おうとしている彼女の背中に、俺は言葉ではとても言い表せない勇気を噛み締めていた。
ピントのぼやけた映像のように思考が拡散してしまう中、微かな一つの閃きが俺を衝き動かした。
ミナセのケンタウロス部分にある二つのスピーカーの前に、すっと両手を翳す。
「ミナセ、俺とお前のツープラトンアタックだ……。受け取ってくれ、名付けてギガサウンドブースターだ。思いきりぶちかませ……っ!」
俺がスピーカーの前に構築したのは、巨大化魔法の銀色の魔方陣だ。
「こ、これは……っ!? タイガ、あんたファンタジスタかよ!?」
ミナセは肩越しに嬉々とした顔を浮かべると、決意も新たなにウラノスと対峙した。
ミナセの叫び声とスピーカーから飛び出すシャウトが共鳴して、周囲にスパークが発生した。
スピーカーから流れる激しいロックのリズムとメロディは、銀の魔方陣を通過することによって音圧と音量を何倍にも膨張させて空気をバリバリと震わせた。
そして増幅された音色は真っ赤な波動となって、即死魔法のそれを押し戻し始めるではないか。
「行けるぞ! そのまま押し切ってやれ!」
ミナセの強化魔法の効果が強まったおかげで、俺の意識も白い底なし沼から引き揚げられたようにはっきりとしてきた。
そしてそのタイミングで黄金聖竜の声が頭の中で鳴り響いた。
と、同時に背後からあの温かい波動が大量に流れて来て、失われた体力が全回復していくではないか。
――少年よ、よくぞ今までウラノスを押さえ込んでくれた。礼を言おう。ここからは私も参戦しようではないか。
振り返ると、いつの間にか黄金聖竜がすぐ真後ろの上空でホバリングしていて、俺とミナセに向けて支援魔法の波動を送り続けてくれていた。
そして更にその後ろの方では、金色に光り輝くドームが
「え、一体あれはいつの間に……!?」
シールドモニターの映像を拡大して見ると、驚くべきことに光のドームを形成していたのは、ピピンと同じ二十センチ程の背丈をした無数の人影だった。
その数はざっと数えても数千はくだらない。
約数千に上る小さな妖精たちが等間隔に整列して、それぞれが防御魔法を駆使して一つの巨大な結界を形成しているらしい。
どうやら俺とミナセがウラノスの即死魔法を食い止めている間に、妖精族の旗艦、飛空城アルノルディィから舞い降りた妖精族が、対即死魔法用の結界作りに奔走してくれていたようだ。
その結果、支援魔法を全方位に構築して王都を守っていた黄金聖竜が、ようやくその役目から解放されたという訳だ。
妖精族が作る光り輝くドームの神々しいまでの姿に、つい男泣きしそうになっていると、再度頭の中で声が鳴り響いた。
しかしその声は黄金聖竜ではなく、もっと若々しくてどこか雄々しい声だった。
――これより妖精族も古の盟約に従い、ウラノス討伐に参戦する! 旗艦アルノルディィの攻撃に巻き込まれないよう注意されたし!
直後、北西の空に浮かんでいるアルノルディィの艦影に、パパパパパッとカメラのフラッシュのように光が駆け抜けたかと思えば、目にも止まらぬ速さで飛んで来た巨大な光の槍が続々とウラノスの巨体を貫いた。
光の槍は一本の長さが約五十メートル近くもあり、それが第一波の攻撃で合計二十本余りだ。しかも全弾命中だ。
更に光の槍はウラノスの巨体を貫いた勢いで、地中深くにも突き刺さっているので、ミミズ型ウラノスは移動の自由を奪われる形になっていた。
当然その絶好の機会を逃す筈もなく、磔にされたウラノスを目掛けて黄金聖竜が巨大な放電と火炎球の連続攻撃を放ち、俺とミナセもその後に続いた。
しかし俺はすぐに異変に気が付いた。
どうも先ほど倒した分裂体の時のような、しっかりとした手応えがない。
まるで何か無限に続くモグラ叩きでもしているようだ。
攻撃を繰り返す度に徒労で終わり、疲労だけが蓄積されていく感じだ。
――一体何故だ……!? 先程と何が違う……!?
ふと隣を見れば、ミナセも同じような感想を抱いているらしく、シールドバイザーを上げて腑に落ちない顔をこちらに向けていた。
すると、頭の中で声が鳴り響いたかと思えば、また初めて聞く声音で、しかも今度は妙齢の女性で、どこかぶっきらぼうで凛々しい声だった。
――こちらエルフ族だ! ようやく準備が整った。たった今から天空の墳墓より超遠距離援護射撃に入る。ウラノスの真上が魔重力砲の射線となる。巻き込まれないように気をつけてほしい! では、行くぞ!
「――天空の墳墓? ウラノスの真上が射線ってことは……!?」
俺はウラノスの上空を見上げた。
しかし何も変化はない。
青空とひつじ雲の一団が見えるだけだ。
地上での激闘などどこ吹く風で、雲は緩やかに風に流されている。
うん?
ひつじ雲の一部が何かに接触したみたいに千切れて霧散する。
なんだ!?
目を凝らして見るが何も見えない。
しかし何かが確かに接近してくるのを報せるかのように、微かな風切り音だけは辛うじて聞き取れる。
そしてその風切り音が徐々に大きくなり、すぐそこから聞こえたと思ったのも束の間――
ズドドドドーーーーーン!!!
バキバキバキッ!!!
メリッメリッ!!!
と、全長五百メートル余りのウラノスの巨体が、突然何かに押さえつけられたようにひしゃげた。
ミミズ型ウラノスの円筒形の胴体は、瞬く間に楕円形に変形したかと思えば、そのまま地面にめり込んでいくではないか。
そしてそこで初めて俺は、ウラノスの体に圧し掛かる様にして透明の球体が五つ鎮座していることに気が付いた。
五つの球体はまったくの無色透明だったが、球体の部分だけ向こう側の風景が歪んで見えるので、辛うじて存在に気が付くことが出来たのだ。
「そう言えば、さっき魔重力砲とか言ってたな。重力を操る類いの魔法ってことか……」
しかし天空の墳墓がどこにあって、どんな施設なのか。そしてどれほど離れているのかも知らないが、ピンポイトに命中させる精度は並大抵ではない。同じことは妖精族にも言えるのだが、これが古代四種族の技術力の高さと言う訳だ。
そして目の前で天空より飛来した重力球に圧し潰されながらも、ギリギリのところで耐えて見せているウラノスを観察していて俺は確信していた。
――こいつはやはり先ほどの分裂体とは違う。このエルフ族の攻撃を以てしてもきっと倒せないだろう。何故だ……? どうしたらこいつを倒せる? 分裂体のように灰燼に帰すにはどうしたら……?
俺はウラノスとの戦いを振り返っていると、ふとある考えに辿り着いた。
「灰塵……。灰と塵……。分裂体は塵一つ残すことなく殲滅できたじゃないか。何も難しく考えることはなかったんだ。あの時点での圧倒的火力が、本気になったウラノスに敵わないだけならば、更に火力を上げてやればいい――!」
俺がようやくその考えに至ったのと、ウラノスが重力魔法攻撃を耐えきって見せたのはほぼ同時だった。
「ライラ! GJシステム起動だ! 正真正銘今度こそこいつにケリを付けてやるっ!」
俺は無線機に向かって叫んだ。
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