第三十八話 エルフと妖精の少女たちと男装の麗人

 とりあえずなんとなく状況は見えてきた。


 妖精のピピンも交えて聞き取り調査をしたのだが、これまでのいきさつをまとめるとこんな感じになる。


 二人はまず奴隷商の隊商で知り合ったらしい。

 ピピンは故郷の妖精族の里から家出して、ステラヘイム王国の西にある商業都市までやって来たところで、捕獲されたのだと。


 ちなみにこの世界で奴隷は禁止ではないが、人攫いは立派な犯罪だ。

 その隊商も正確には奴隷商と言うよりも、各地で人を攫って闇ルートで奴隷商に卸す業者らしい。


 その隊商はステラヘイム王国の幾つかの街を巡って、最終的にダンドリオンの奴隷市場へ向かっていたらしいが、その途中で今度はピノが攫われてきた。


 しかし肝心のピノにどこで攫われたのか聞いても要領を得なかった。

 それはピノ自身がどこで生まれたのか、どんな街に住んでいたのか、両親や家族の顔をまったく覚えていなかったからだ。


 ピノ曰く、とにかく気がついた時には海沿いの道を一人で歩いていて、ただ俺に会わなければいけないという強い思いに衝き動かされて、ひたすら人の居る場所を目指して歩いてたそうだ。

 そして人攫いにあったという訳だ。


「それでね、ピピンが閉じ込められていた鳥篭がピノの檻の近くだったの。ほら、ピノはこんな感じじゃない? だからなんだか放っておけなくて!」


 と、ピピン。

 ピピンはピノとは対照的で元気で人懐こい。蝶々のようにみんなの間を踊るように飛び跳ねながら、これまでの経緯を饒舌に語ってくれる。

 その姿はどこか楽しげでもある。


「ところでピピンはなんで家出してきたの?」


「ああ、エマリィちゃん! ピピンはもう乙女なんですからね! そういうデリケートな質問には答えられないの!」


 どうやらこちらも何か訳ありらしい。

 ピピンはこれ以上その話題には触れてほしくないようで話題を元に戻した。


「とにかくね、ピノは攫われた時も人攫いの連中にタイガに会いたいと言ってたみたいで、人攫いはそれを上手く利用してピノを連れてきたみたいなのね。それでピノは檻の中に閉じ込められてる間も『あの人達いつになったらタイガに会わせてくれるのかな』て、そればっかり気にしてるから、ピピンが教えてやったんだ。『いいピノ。あの人たちは人攫いでピノは騙されてるんだよ』って! でもピノはピピンの言葉を全然信じてくれなくて!」


「だって、あの人たちタイガの居る場所まで連れてってくれるって、本当に言ってたんだもん……」


「だからー、それが嘘なの! もうピノのバカー!」


「ごめんねピピン……」


 ピピンはピノの頭に取り付いて頭をポカポカと叩く。

 ピノはただ俯いて指をもじもじとするだけだ。

 

 俺は苦笑してピピンを手の平に乗せると質問を続けた。


「まあまあ。それでピピン、その後は?」


「うーん、ピノと知り合って一月くらいかな? この子もようやく事態を理解したみたいで『タイガに会いに行かなきゃいけないからここを出たい』て。それであの海沿いの町に宿泊していた時に、見張りの目を盗んで、二人で協力して逃げ出したの。だってピノはこんな風だから一人で行かせる訳にはいかないでしょ?」


 と、自慢げに胸を張るピピン。

 それで当てもなく逃げ出したところを、運良くグランドホーネットと出くわした訳だ。


「うーん、どう思う……?」


 俺は判断に困り果てて、エマリィとハティに助けを求めた。


「とりあえず嘘をついてる訳でもなさそうだし、ボクは保護してあげるべきだと思うよ。もしかしたら何かショックな出来事があって記憶喪失になってるのかも。しばらくしたら記憶を取り戻すかもしれないし……」


「そうじゃな。エルフ程ではないが、妖精族も人目を引く存在じゃ。その二人が一緒に居るだけで人攫いにはとっておきのご馳走に見えるじゃろうて。カピタンは何か引っかかることでもあるのか?」


「いや、なんというか……」


 俺は思わず口篭る。


 この間の魔族のタリオンにしても稀人マレビトを探していたらしいし、ピノにしてもそうだ。


 この両者の共通点は、稀人マレビトを探している理由が不明なところで、ピノが記憶を失っているらしいのも少々話が出来すぎのような気がするのだ。


 しかし肝心のピノに嘘をついている気配は微塵も感じられない。

 いや、これでピノが本当は何か別の目的があって、俺に接近するために嘘をついていたとしたら、相当な人間不信に陥りそうだけど。

 

 とにかく俺が何者かの手によってこの世界へ召還されたのは、背中に刻まれている魔法陣からも明白だ。

 その首謀者も目的もわからないなかで、俺を探している人間が立て続けに現れたことが妙に引っかかるのだ。


 すると右手を引っ張る感触に我に帰ると、ピノが俺の右手を掴んでいて、今にも泣き出しそうな顔で見上げていた。


「ピノはよくわからないけど、タイガのそばにずっと居なきゃいけないと思うの。お掃除もお手伝いもするので、ピノをここに置いてくれませんか……? お願いします……!」


「くくっ、これはまた強烈なプロポーズじゃな、カピタンよ」


「ほらタイガ、男の見せ所だよ」


「エマリィまでそんなあ……」


 俺は困ったようにピノを見た。


 ピノは神様にでも祈るような顔で、下唇をぎゅっと噛んでじっと見つめてくる。そのうるうるとした瞳からは今にも涙が溢れ出しそうだ。


「ああ、はいはい。わかりました。いいですよここに居て……」


 するとピピンが「ちょっと待って!」と、俺の顔に張り付いた。


「ピノはああ言ったけど、ピピンは別にタイガの傍にいる必要はないし、それに掃除も手伝いもゴメンなので! でもピノのことは放っておけないから、ピピンもここに置いてちょーだい!」


「ああ、最初からそのつもりだよ」


「で、でもそれじゃあ申し訳ないから! ピピンはあくまでも気ままなゲストで居たいから、ちゃんとお礼は払いたいの!」


 そう言ってピピンはチュチュのフリルに手を突っ込んで巾着袋を取り出した。


 すると、それを見たエマリィが驚いたような声を漏らして、あひる口でうーうーと唸り出す。

 その取り乱した姿を見て、俺は以前エマリィから聞いた話を思い出した。


「それってもしかして……!?」


「うん、妖精袋フェアリー・パウチだよ。家出した時にたくさん持ってきたからあげる。はい、ちょうど五つあるから、これをピピンの宿泊代代わりにしてちょーだい。いいでしょ!?」


 ピピンは手にしていた巾着袋の中から同じような袋を取り出して、みんなに配っていく。

 ピピンの巾着は妖精サイズだが取り出されたものは、それよりも遥かに大きな人間サイズの巾着袋だった。


 妖精袋は何かの動物の革の表面に、金糸や銀糸で煌びやかな刺繍がしてある以外はいたって普通の巾着袋に見えるが、説明によればこれ一つで千人の隊商の一月分の食料は優に運べるそうだ。

 さらに袋の中は時間も止まり腐敗もしないらしい。


 こうして思わぬ成果を得ながら、ピノとピピンの二人はグランドホーネットの新たな住人となった。




 午後になるとダンドリオンへ派遣していたもう一機のスマグラー・アルカトラズが戻ってきた。

 コンテナから降りてきたのは三十人ばかりの貴族たちの使節団、そしてユリアナ姫王子の一行だった。


 甲板で出迎えた俺を見て、使節団の先頭を歩いていた見慣れた顔が駆け寄ってくる。

 ステラヘイム家の長兄だ。


 俺が片膝をつくと、長兄も俺の目の前で同じように膝をついて、両手をがっしりと握り締めてきた。

 その光景を見て背後の使節団がざわついていたが、何よりも驚いたのは俺自身だ。


「――タイガ殿、先般は大変ご無礼をいたしました。救国の英雄に対して、国を守ってもらった側の王家の者が行うべき行為ではなかったと猛省しております。すべては部下の無礼な要望を、そのまま受け入れてしまった私の未熟さが原因。どうか寛大な心で水に流していただければ幸いです」


「いや、あの、そんな困ったな……。俺もハティも気にしてないんで謝ってもらわなくても結構です。それに俺があんな時間帯に押しかけたのがそもそもの原因なんだし、お兄さんも部下の人たちも全然悪くはないですよ……」


「いや、そう言っていただけるとこちらとしても大変助かります。あ、正式な紹介が遅れましたが、私はアルファン・カカ・ステラヘイム、ステラヘイム家の長男です。タイガ殿とステラヘイム家はこれから親密な関係を築いていけると信じております。おお、そうだ。ユリアナ! こちらでタイガ殿にご挨拶しなさい。これからしばらくお世話になるのだから!」


 そう言ってアルファンはユリアナ姫王子を呼び寄せた。

 左右に二つに割れた使節団の中を、颯爽と歩く男装の麗人に周囲の視線が集中する。


 ユリアナ姫王子はほかの貴族たちと同じようなモーニングに似た礼服を着ていたが、よりタイトで体の線が微妙に浮き上がっているので、妙に肉感的に見える。

 ハティほどではないが、胸の膨らみも圧倒的だ。


 それに何よりも一番目を引くのが、衣装は男性のそれなのに、顔にはしっかりと女性らしい化粧が施されていることだ。


 そのお陰で彼女の本来の美しさがより際立っていてるだけでなく、ロックスターのような華があり、艶かしい雰囲気が全身を包んでいた。


「お久しぶりですタイガ殿」


 ユリアナ姫王子はスカートの裾を摘む真似をして膝を少しだけ曲げると、いたずらっぽく微笑んだ。


 顔は美人、衣装は男性、肉感的なボディライン、挨拶は少女風。そして自身に満ち溢れた笑み。


 この前城で会ったときはそう感じなかったが、シタデル砦で初めて出会った時よりも随分と明るくなったというか、自身に満ち溢れているというか。


 もっともシタデル砦の時は戦いの真っ最中だったので、こちらが本来のユリアナ姫王子の姿なのかもしれない。


「ず、随分と雰囲気が変わったと言うか、なんと言うか……」


「これもタイガ殿のお陰です。シタデル砦でタイガ殿と出会って以来、私は籠の中の鳥から大空を飛び回る自由な鳥に生まれ変わったのです」


「はあ……」


 うーん、なに言ってるのか全然わからん。


 それに喋り方は中性的な上にどこか芝居がかっているので、宝塚歌×団の男役のコスプレを白人顔した美人が本気でコスプレしているような、こそばゆい違和感が常に付きまとっていて、ただただ俺は困惑するしかない。


 ユリアナ姫王子はそんな俺の戸惑いを察してか、クスリと笑うと、


「これからこちらでお世話になるのですから、ゆっくりと親睦を深めていきましょう。まずは親睦会までに荷物の片付けもしたいので、早速お部屋まで案内していただけますか?」


 と、華麗に会釈をした。


「あ、ああ、そうですね。船室にはうちのライラが案内しますから。おーい、ライラ!」


 俺は軽い疲労感を覚えながら、傍らに待機していたライラを呼び寄せた。


「はいはーい、私がライラちゃんですよー! じゃあ皆さん! ライラちゃんがお部屋までダッシュで案内しますから、遅れずについてきてくださいねえ!」


 と、妙にハイテンションで本当にダッシュで駆けていくので、ライラの姿はあっという間に見えなくなる。


「あのバカ……!」


 俺は疲労感に加えて頭痛を噛み締めていると、ピピンを頭の上に乗せたピノが、すっと姫王子の前に現れた。


「こっち……」


「ライラちゃんはバカだから、ピピンとピノが案内するからついて来てねーん!」


 ピノとピピンのナイスフォローでユリアナ姫王子とイーロン、テルマ、そして数人の専用メイドたちが専用口から艦内部へ降りていく。


 その姿を複雑な思いで見送っていると、いつの間にかハティが横に立っていた。


 さすがにいつもの半裸姿のまま大勢の貴族たちの前に出すのはマズいと思って、礼服着用をきつく言ってあったのだが、今日のハティはいつものビキニアーマーではなく、何かの動物の革で出来たツナギを着ていた。


 これがまた体のラインがピッタリと浮き上がっているもので、ある意味ビキニアーマーよりもいやらしさが増していたのだが、言いつけを破ってる訳でもないので文句を言うわけにもいかない。

 それに目のやり場に困ってしまい非常に迷惑だったりする。


 そんなハティは意味ありげな含み笑いを浮かべて、ユリアナ姫王子一行を見送っていた。


「しかしあの王様もなかなかタヌキじゃのう。グランドホーネットの自治権を認める条件として、自分の娘を書記官として常駐させることを要求するとはのお……」


 そうなのだ。グランドホーネットの自治権との引き換えに、王様とオクセンシェルナが要求してきたのが、王室とのパイプ役である書記官の常駐だった。

 

 その辺については想定内だったので俺は軽く了承したのだったが、まさかその書記官にユリアナ姫王子が任命されるとは……


「当然カピタンもこの意味を理解しておるのじゃろ? で、カピタンはどうするつもりじゃ?」


「どうするもなにも……確かにユリアナ姫王子は美人だと思うけどさー、俺はその、つまりは……」


「エマリィ一筋か。うむ、殊勝な心がけじゃな」


 唐突にハティの口から出たエマリィの名前に、俺は思わず乙女のように叫び出しそうになる。

 なにか言わなければと思いつつも、なかなか言葉が出てこずに口をパクパクしていると、ハティがどんと背中を叩いた。


「カピタンよ、今のお主ならユリアナ姫王子を妻に娶って王族の仲間入りすることも容易いじゃろ。というか王族がそれを望んでおる。それにカピタンが望めば、ユリアナ姫王子を第一夫人に、エマリィを第二夫人として迎えることも可能じゃ」


「い、いや、そんな……」


「謙遜するな。地位も力も手に入れた男ならば、多くの妻を娶るのは当然の権利であり、コミュニティ発展のための責任でもある。じゃがの、エマリィ一筋と言うその価値観も、妾は嫌いではない。むしろそちらの方がカピタンらしくて妾は好きじゃ」


「ハティ……」


「じゃがエマリィを大事に思うことと大事に扱うことでは、意味合いが変わることもある。時には立ち止まってしっかりと足元を確認することも大切じゃぞ……?」


 ハティはそう言って裏拳で俺の胸を軽く小突くと、その場から立ち去った。


 その後で甲板にエマリィの姿がないことに気がついて周囲を見渡したが見つからず、結局アルファンと貴族一行を館内見学へ連れて行く時間となったので、俺は気持ちを切り替えた。

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