第十三話 VSダンジョンのラスボス
最深部に足を踏み入れると、そこには幅と高さがそれぞれ五百メートルくらいはあるドーム状の大空間が広がっていた。
そしてそのほぼ中央に鎮座していたのはとぐろを巻いた巨大な蛇――
アルティメットストライカーのスポットライトに照らされて、ぬめりけのある赤黒い鱗が鈍く不気味な光を放っている。
「エマリィ、こいつの情報は!?」
「ランクはブロンズ。主な攻撃は噛み付きと毒交じりの体液飛ばし。魔法が使えるとしたら土魔法だよ!」
「オッケー! それだけ判れば十分だ! じゃあ打ち合わせ通りエマリィはここで待機してて!」
俺はHAR-55を構えて左の壁に沿って走り、エマリィは入り口付近で周囲を防御壁で囲んで陣を取る。
エマリィから十分距離を取った頃には、
白色光に照らされて灰色の目玉が妖しくこちらを睨みつけ、大きく開けた口からシャーッと言う威嚇音が発せられる。
しかしそんなものに素直にビビっている訳もなく、俺は躊躇することなく引き金を引く指に力を込めた。
ダダダッ、ダダダッ……と三連バーストの発砲音が連続してドーム内に反響し、ヘビ百足(センチネーク)の胴体に直径三十センチの穴が次々と穿たれていく。
しかし体長が軽く五十メートルはありそうな
とぐろ状態が解除されて細長い巨体の尻尾が振り回されて襲い掛かってくる。
巨大な鞭のように地面を激しく打ち付けるが、アルティメットストライカーの機動力で十分に回避出来ていた。
俺は敵の攻撃範囲圏外をキープしつつ粛々とナノテクノジー・エクスプロダーを撃ち込んで、巨体に咲く鮮血の花を増やしていくだけだ。
さすがの巨体でも遂に被弾の効果が表れてきたのか、
「悪いけどこのまま仕留めさせてもらうから」
俺は引き金を引き続けながら後を追い掛ける。
その時巨体からシュッパッ、シュッパッというまるで蒸気が勢いよく噴出したような気泡音が無数に立ち上がった。
「うん――!?」
警戒して身構える。
俺の周囲のあちこちには直径十五センチはある水滴が次々と直撃しては弾けていく。
そしてその場所から白い煙が一斉に立ち上った。
全身から毒性の体液を飛ばすという情報を事前に知っていたとは言え、まさかここまでとは。
やはり図体がデカいぶん体液も半端ない。
「――エマリィ気を付けて!」
振り向くと既にエマリィの立っている場所にも酸の体液が降り注いで魔法防壁が白い煙に包まれていた。しかし防壁が完全に溶けきってしまう前に新しい防壁を展開して酸の雨を上手く防いでいる。
「ボクは大丈夫だから心配しないで! 」
「了解!」
と、エマリィの無事を確認するが、むしろ俺の方が既に何発か酸性の体液を受けていた。
勿論
まだ謎の依頼人との接触もまだ終わっていないのだ。念には念を。依頼人と荒事になる可能性も考慮して、ここは一気に短期決着を目指した方がよさそうだ。
しかしHAR-55を構えて追撃を試みようとするも、
しかも巨体に似合わずカサカサッと動きが素早い。
さらに驚いたことに天井を移動する巨体が頭部から徐々に消えていくではないか。
「いや、消えたんじゃない……! 周りの土が奴の巨体を覆ってるのか……!?」
そう。よく見れば
「これが土魔法ってヤツか――!?」
魔法が使える上位種となるとランクは一つ上の銀(シルバー)。
頭の中で
この異世界でこれまで遭遇した
さらに始めての対魔法戦だ。否が応にも鼓動が高まり緊張が全身を包み込んだ。
俺は焦り気味に引き金を引く。
しかし既に
更にナノマシン・エクスプロダーでは火力が足りず土壁の表面を削るのが精一杯で、攻撃が土の中の
と、なるとグレネードかロケット砲の爆裂系で土壁ごと吹き飛ばすしかない。
しかし落盤を招く可能性もあることを考慮して、威力を抑えた低レベルの爆裂系で……いけるか!?
「ええい、躊躇してる場合じゃない! 一か八かだ!」
俺はコマンドルームの「ロケット砲」からノーマルモードで入手できる対巨大生物用肩撃ち式強襲兵器shoulder-launched anti-giant creatur assault weapon SGAW-3 -バトルアックス-をタップ。
ナノマテリアル製の成型炸薬弾を連続して三発発射できる。
有効射程八百メートル、爆破範囲十メートルだ。
大規模な落盤を引き起こさず、それでいて土の防壁に守られた
俺はバトルアックスを左肩に構えると、天井に向かって照準を合わせるて
が、次の瞬間全身を包み込む無重力感。
「し、しまった――!!!」
気が付けばいつの間にか足元の地面が半径五メートルほどすっぽりと消えてなくなっていて、奈落の底へと続く漆黒の闇が広がっているではないか。
――いや、暗闇の中で不気味に光る光点が二つ。
それが急速に上昇してくる。
俺は落下しながらも慌ててバドルアックスの発射口をその光点へ向けた。
しかし時すでに遅し。
奈落の底から急上昇してきた
「ぐはあっ……!!!」
俺を咥えたまま地上へと躍り出る
一気に飲み込まず、巨大な牙で俺の体を引き千切らんとばかりに噛み付いているのは、それだけ怒り心頭しているということか。
しかしどうやら
まんまとしてやられた訳だが、未知の敵を前に武器の選択で躊躇してみすみすと隙を与えてしまったのは完全にミスだった。
と、反省する前になんとかこの状況から脱せねば。
今の俺は丁度腹部の辺りをがっつりと巨大な牙に咥えられていて、ぎりぎりと
残る左手は噛まれた時の衝撃で
しかしあとギリギリのところで指先が届かない。
「くそっ、こんなとこでもたついてる場合じゃないっての……!」
俺はコマンドルームを呼び出した。
ゲーム内ではミッション開始時に選択した武器はミッションクリアをするまで変更は出来なかったが、異世界転移して具現化した今は好きなタイミングで武器の変更が出来ることは既に確認済みだった。
武器変更をすれば今まで使用していた武器は消え、新しく選択した武器が自動的に装着される。 バドルアックスに手が届かないなら新しい武器を選択した方が早い。
しかし俺は目の前の光景を見て全身が凍り付く思いだった。いや、凍り付いていた。生まれて始めて全身から血の気が引いていくのを体感していた。
何故ならば呼び出したコマンドルームは通常プレイヤーの胸の手前数十センチのところに表示されるのだが、今は
「う、嘘だろ、こんなの……!」
俺は懸命に身を捩ってコマンドルームの表示をずらそうと試みるが、巨大な牙の万力のような力のせいで身体が思うように動いてくれない。
しかも牙が干渉した状態で画面をタップしてみるがまったく反応がない。
俺は
これまでのゲーム内では装備出来る武器は二つまでだった。
しかし異世界転移で具現化したことにより、その制約から解き放たれて武器は好きなタイミングで変更可能で、更に一度に装備できる武器の数も自由になった。
その為最近の俺は使用したい武器だけを装備することが癖になっていて、今回はそれが思い切り裏目に出てしまったという訳だ。
せめてもう一つ武器を装備していたら……
さらに重要なポイントがもう一つ。
装備を切り替えた場合、最初に装備していた武器はどうなるのか?
これは戦闘に大きく関わることなので、ダンドリオンの宿屋で検証したことがある。
まず武器を持ったままコマンドルームを開いて装備変更をした場合、掌の武器は瞬時に入れ替わる。
では武器を投げ捨てたり、どこかに置いてあって自分が所持していない状態ではどうか?
これは新しく選択した武器は瞬時に掌に出現するが、最初の武器は具現化したまま残っていることがわかった。
そのまま拾い上げて再度装備することも可能だし、そのまま放置しておけば大体五分くらいで粒子となって消えることもわかった。
そしてそれを今の状況に当て嵌めれば俺の手を離れて口腔内に転がっているバドルアックスは、あと数分は具現化した状態を保っていてくれるということだ。
しかし逆に言えばその数分以内に何とかしなければバドルアックスは霧散してしまい、更にコマンドルームが使えないので俺は一切の攻撃の術を失ってしまうことを意味している。
つまりはこの
そしてこの世界での敗北とは死そのもの……
俺は目の前が真っ暗になる思いを噛み締めながら歯軋りをした。
コマンドルームの設定画面ではコマンド画面の操作方法を直接手で行う「アクティヴ」と、音声操作で行う「ボイス」、そしてその両方を合わせた「ハイブリッド」が選択できたが、自分の部屋でプレイしている時は家族からクレームが出たこともあって静かにプレイができる「アクティヴ」を選択していて、それはこちらの異世界へ来てからも変わらなかった。
もっとも俺がプレイに熱中しすぎて「マイケルベーイ」とか「デストローイ」と叫ばなければ、家族からクレームが出ることもなかったのだが。
とにかく今となってはコマンド操作を「ボイス」か「ハイブリッド」にしておかなかったことが悔やまれる。
正直に言って非常にまずい状況だ。
ぎりぎりぎり……と牙の圧力が増してABC(アーマードバトル)スーツにじわりと食い込んでいく。
牙の先端は既にナノスーツも突き破っていて俺の腹部は激しい痛みに襲われていた。
HPバーがじりじりと下がっていくのを憎憎しく見ていると、突如シールドモニターが明滅を始める。 そして全身を襲う激しい震えと眩暈。
「ど、毒か……! こ、これは本格的にマズいかも……!」
もしこれがゲームだったなら間違いなくリスタートを選択しているところだったが、悲しいことにこれは現実なのである。
しかし、嬉しいことに俺にはエマリィが居る。
それがゲームと違うところだ。
ある意味エマリィは最後の切り札とも言える。
「エマリィ……! 治癒魔法を――!?」
そう言いかけた時に突如体勢を変える
野生の勘というやつなのか、もしくはこちらの意図を見抜く程度の知能を持ち合わせているのかわからなかったが、あろうことかエマリィに向かって突進を開始する。
このまま巨体で魔法防壁ごとエマリィを押し潰すつもりらしい。
しかし今の進路変更のおかげでバドルアックスが俺の左手が届く位置にまで転がってくる。
それをがっしりと掴んで放さない。
「エマリィ! 前言撤回! ありったけの防壁で自分の身を守ってくれ!!!」
「タイガ!? 一体なにをする気――!?」
エマリィは一瞬の躊躇のあとですぐに言われた通りに魔法防壁を何重にも展開する。
躊躇している暇はなかった。
「頼むから持ち堪えてくれよアルティメットストライカー……!」
俺は思い切ってバドラックスの引き金を引く。
視界が光に覆われて、激しい衝撃と圧力が全身を襲う。
爆発の衝撃で吹き飛ばされる
その木っ端微塵に砕けた頭蓋と牙と肉片に混ざって、俺の体も爆発の衝撃波で吹き飛ばされて壁に思い切り激突する。
そしてエマリィの張った魔法防壁の上に転がり落ちてから地面に落下した。
「うう、いってぇ……! 今のはマジでやばかった……! ていうか俺このまま死ぬの……? 体が半端なく痛いんですけど……」
「バカな事言わないで! 大丈夫だよ、ボクが今すぐに治癒魔法をかけるからね!」
エマリィは血の気を失った顔で半泣きだ。
無理もない。なんせ今の俺の姿ときたら自慢の
しかも爆発の際に浴びた大量の酸の体液のせいで、今も全身のあちこちから白い煙が立ち上がっていて、シューッという厭な音とともにナノスーツと皮膚と筋肉の融解が絶賛進行中という有様。
そして辛うじてぶら下がっているシールドモニターが示すHPバーの数値は残り五十しかない。
それも酸の体液を盛大に浴びたせいで徐々に削られている。
しかし超至近距離でのロケット弾炸裂は我ながら無謀すぎたという訳だ。
よくジャスティス防衛隊をプレイしていた時は、敵が眼前まで迫ってきた時に思わずテンパってしまい至近距離でロケット砲やグレネードといった爆発系武器を使った挙句に、爆発に巻き込まれて自滅するパターンを厭というほどに味わったが、要はそれと同じだ。
ただ今回の場合はそれしかあの窮地を脱する方法がなかったというだけ。
しかしバドルアックスを撃つ直前に毒攻撃を受けていたにも関わらずにHPが千も残ってくれていたのは幸運とも言える。
そしてもしあそこで引き金を引くのを躊躇していたら、いま残っているこの五十という数値も毒攻撃で削られていただろう。
とにかく全てが紙一重、ギリギリに捥ぎ取った辛勝と言ったところか。
「タイガ、気分はどう……?」
「うん、ありがとう。やっぱり俺たち相性バッチリだな。もう全然平気」
さっきまで泣き言を言っていたが、それが恥ずかしくなるくらいに体から痛みが消え去っていて、溶けた筋肉や骨が元通りになっている。
ああ、魔法って素晴らしい。エマリィも素晴らしい。
ちなみにエマリィに治癒魔法をかけられると俺の
これはエマリィの治癒魔法が特別優れているという訳ではなく、
この点からもやはり
「もう! あんまり無茶しないで! ボクほんとに生きた心地しなかったよ……!」
エマリィは満更でもない表情を浮かべながらも、頬をプクーッと膨らませて怒ってみせる。
そんなエマリィを見ているとなんだかこそばゆくて、甘酸っぺええええと天に向かって叫びたくなる。
なんにせよ、またこうしてエマリィとじゃれ合うことができることは最大の喜びだ。
「さて、しかしこんなデカいヤツをどうやって運ぶかね……?」
俺は頭部を破壊されて地面に横たわっているヘビ百足(センチネーク)の死体を見てため息をつく。
「ううー、
「マジ? 百本の脚全部? てか百足ってほんとに脚百本もあんのかな……?」
そんな風に二人で頭を抱えていると、ふと広場の隅の暗闇の中にいつの間にか人影が立っていることに気がついた。
それは全身をローブに包み、能面のような仮面をつけた人影だった――
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