第十四話 暴走のホムンクルス

「ようやく会えましたね。アオヤマタイガ――」


 仮面の人影はそう言いながら俺たちの方へゆっくりと歩き出す。声は女の声だ。それに若い。しかも俺はこの声に聞き覚えがある。声を聞いたのは異世界ではなく元の世界だということは確実だったが、肝心の声の主が思い出せない。


「さあ、どちら様でしたっけ……? 物覚えが悪いんでちゃんと名乗ってくれないとわからないですよ?」


 俺はコマンドルームからHAR-55を呼び出して装備。そのまま銃口を仮面の女に向ける。


「タイガ……」

 

 エマリィが不安そうな顔で俺を見る。


「大丈夫。念のためだから。エマリィは少し下がってて」

「わかった。でも無茶はやめて……」

「相手の出方次第だけど、極力善処します」


 その言葉に小さく頷いて後ろに下がるエマリィ。

 仮面の女はずっと俺たちのやり取りを静かに見ていたが、どうもその視線がエマリィをずっと追いかけているらしいことに気がつく。仮面で表情はよくわからないが、今エマリィが後退したことで視線の先がより明らかになった。


 一体どういうことだ……?

 俺の事を知っていて、また俺も相手のことを知っている転移者じゃないのか……?

 なぜそこまでエマリィに興味を……?


 すると、目の前の仮面の女の体が小刻みに震えていることに気がついた。

 しかも全身を覆い隠している古びたローブの上からでもはっきりとわかるくらいに体をわなわなと震わせている。その震える両手が仮面に伸びる。

 そして――


「甘酸っぱあああああああああああああい!!!」


 と、仮面とローブを剥ぎ取って叫んだ。

 その顔は満面の笑みだ。しかも恍惚としている。

 そしてその顔は確かに俺の見覚えのあるものだった。

 腰まで伸びたピンク色のロングヘアにキンキラにデコレーションされたヘッドセット。アニメ調のフランス人形のような端整で可愛らしい顔。

 留めは一度見たら忘れられないアイドルのステージ衣装のようなフリフリしたミニスカドレスだ。


「お、お前……オペ子か――!? まさか、なんでお前が異世界に……!」


 そう。目の前に立っていたのはゲーム「ジャスティス防衛隊」の中で、司令本部からミッション内容や戦況を隊員(プレイヤー)に知らせる役目を与えられたオペレーターだった。


「ううっ、お互いを思いやりながらも信頼し合っているお二人のご様子。とても甘酸っぱいです! これが恋ですか!? これが恋ってやつですかあああああ!? タイガさん、ライラちゃんも恋がしてみたいです! 恋ってどうやったらできるんですかね!? どうしたら誰かがライラちゃんに恋してくれるんですかね!? 是非教えてくださいタイガさん!!!」


 俺に抱きついて意味不明のことを口走るオペ子。その光景をじと目で冷ややかに見守っているエマリィ。


「い、いや、エマリィなんか誤解してる!? こ、こいつは違うから! ていうかお前ちょっと落ち着け! まずは一から説明しろ! なんでお前がここにいる!? お前がここに居るのはおかしいだろ!?」


 俺はオペ子を無理やり引き剥がして銃口を向ける。


「ううっ、タイガさんがライラちゃんに銃口を向けるなんて! あんなに二人で何度も死線を潜り抜けてきた仲だというのにぃ! そんなのヒドい! ヒドすぎです! ぷー!」

「だあーっ! だからそういう誤解を招く言い方はよせっての!」


 なんだかエマリィの立っている位置の温度が急速に下がっているような気がするが今は振り向かないでおこう。

 とにかく今はオペ子の事情聴取が優先だ。

 そもそもこいつがここに居ることがおかしいのだ。こいつはNPCの筈なのに、目の前に居るのはどう見たって生身の人間じゃないか。


「とにかく何故お前がここに居る!? それにお前のその体……一体これはどういう訳だ!? 知っている範囲で全て答えろ。さもないと――」


 と、俺はオペ子の額に銃口を押し付けた。

 オペ子は口を不服そうに尖らせて指をいじいじとしながら、


「……確かにお互いの状況確認が優先事項なのはわかりますし、ライラちゃんもそのつもりでここまでタイガさんを呼び付けたのですから……。でも全てお話したあとで恋の仕方も教えてくださいね。約束ですよ?」

「あーわかったわかった。で、まずはいつこっちに転移してきた?」

「それはタイガさんと同じ日だと思います。ライラちゃんが転移したのはこの渓谷でしたけど」

「それでその体は一体なんなんだ……? どうしてこうなった? 転移した時にはもう……?」

「はい! 最初は事態を把握するのに手間取りましたが、三分くらい考えても原因はわかりそうになかったのでこの現実を受け止めることにしました!」

「お、おう。ポジティブだな……」

「はい! だってライラちゃんの役目は前線で命を懸けて戦う隊員さん達の応援とサポートですから! ポジティブがライラちゃんの信条なのです!」

「はあ、そうだったな……」


 そう。こいつオペ子――オペレーターの女の子だから略してオペ子のゲーム内での役割と言えば、ステージ毎のミッション内容の説明と刻々と変化する戦況の説明に加えて、応援というものがあった。

 オペ子は元々民間企業がエンタティメント用アンドロイドとして開発していたものを、防衛隊がマスコット兼オペレーターとして徴用したという設定になっていて、プレイヤーが不利になると本部から通信が飛んできて、このオペ子の甲高いアニメ声で松岡○三ばりに叱咤激励されたり、軍歌風アイドル応援ソングを歌いながら踊る映像がシールドモニターに映し出されたりと、とにかくゲーム内でウザくイラッとさせられる存在だったのだ。


 ジャスティス防衛隊がとても優れたVRシューティングにも関わらず、世間的に愛すべきバカゲーに分類されてしまうのには、七割方はこのオペ子の存在が原因だと言うのが俺の個人的な見解である。

 そしてそのNPCであるはずのオペ子が転移どころか生身の肉体を持って具現化してしまっている。一体全体これはどういうことだ? 俺たちをこの世界に召喚した人物は一体なにを考えている?


 そんなことを考えていると、俺とオペ子の間にスッと人影が割り込んできた。エマリィだ。感情が剥がれ落ちてしまったように無表情で碧眼が絶対零度で凍り付いている。

 そんな初めて見るエマリィの鬼気迫る顔に、俺は思わず小さい悲鳴を漏らしてしまう。


「タイガ……こちらの人とは昔からの知り合いみたいだけど……? 記憶喪失なのにこの人のことは詳細に覚えていたみたいで結構だね。でも、そろそろボクのことを紹介してくれてもいいんじゃないのかな……!?」

「い、いや、あのエマリィさん……その、こいつとはちょっと腐れ縁といいますか、昔少しだけ近所に住んでただけで……」

「……だから記憶喪失でもちゃんと覚えてるくらい大事な人だったと……!」

「ひいっ!」


 鬼や! 俺のエマリィたんが鬼になってる! なに? なんなのこの威圧感!? ていうか、どうやって説明する!? もういっそのこと全てエマリィに打ち明けて理解してもらうしか……

 と、俺が決意を固めたところでオペ子が俺を押しのけてエマリィに抱き着いた。


「エマリィさん、ご紹介おくれましたぁ! 私ことライラちゃんはジャスティス防衛隊司令本部勤務のオペレーター兼全隊員のアイドル、綺羅星ライラちゃんです! ああ、ライラちゃんはずっとエマリィさんに会いたくて会いたくて、もう感謝感激雨アラシなのでーす!」

「え、ボクに……!? どうして……?」

「ちょっと待て、なんでお前がエマリィのことを知ってるんだよ!?」

「それは思い返せばこちらの世界に転移してきた二日目のことだったでしょうか。ライラちゃん以外に転移してきた隊員さんが居ないかを捜索するために、昆虫型偵察機ピーピングモスキートを飛ばしたおりにタイガさんを見つけ、以来ずっとお二人を観察していたのです。今もタイガさんの頭の上にほら――」

「え――!?」


 思わず見上げると、確かに頭上三十センチのところを一匹の蚊らしき虫が飛んでいるのが見える。

両手でパンと叩き潰して手の平を広げて見るが、ナノマシン技術を応用した昆虫型ロボットが肉眼で判別できる訳がなかった。

 しかしこちらの世界にやって来てからと言うものの妙に蚊に付き纏われていた自覚はある。


「お前、こっちに来てからずっと俺を観察してたのか……? なんですぐに声を掛けなかったんだよ……?」

「勿論最初はこの異常事態を共有しお互いに助け合うつもりでしたけど、ライラちゃんもNPCという擬似人格を与えられた単なる一キャラクターの身から、こうして素晴らしい肉体と自由なる意思を手にした身。そりゃ恋だってしたいものです! そういうものに興味津々な年頃なのです! そんな時にピーピングモスキートが送信してくる映像に映った、タイガさんの余りにも情熱的で見ているこちらが焦がれてしまいそうな求愛の踊り。それ以来ライラちゃんはいつか素敵な恋ができるようにと、後学を優先して接触は後回しにすると決めたのです!」

「はあ? やっぱお前は残念なオペレーターのオペ子だ。なに言ってるのか全然意味がわかんねえよ。なんだよ、俺の求愛の踊りって。そんなもん全然――」


 そこまで言いかけてふと全身が凍り付く。

 ん? ライラは俺と一緒に転移してきたと言っていたよな。その二日目にピーピングモスキートを飛ばして俺を見つけた?

 転移して二日目と言えば……あのネカフェもどきの宿にエマリィと初めて泊まった晩じゃねーか!


「あれ? タイガさん覚えていないのですか? ナノスーツ一枚でエマリィさんの――」


 ぎゃああああああ!!! こいつバカだ。本物のバカだ。俺を殺しにやって来た真性のバカだ。

 俺は血相を変えてライラの首根っこを掴むと、エマリィから十分距離を取ったところで思いっきりライラのこめかみをグリグリしてやった。


「お前一体俺になんの恨みがっ! いいか、あの晩のことは今すぐ忘れろ! 今後二度と口にするな!  もしお前が少しでも口にしたらその瞬間に殺す! もしエマリィの耳に入ったら地の果てまで追いかけても殺す! いいな!? それを守れないのならお前は敵だ。俺の敵になるのかどうするのか今すぐ決めろ。さあ、どうする!?」


 俺は鼻息荒く、涙目で銃口をライラの額に押し付けた。しかし目の前のバカは状況をよくわかっていないらしく不満そうに口を尖らせている。


「えー、だってあんなに情熱的な求愛のダンスだったのに封印しちゃうんですかぁ。きっとエマリィさんも見たら喜ぶと思いますよぉ」


 んな訳あるかーっ!!! 気持ち悪がられて絶交されるわ! 


「まあ、でもタイガさんがそこまで言うのならばライラちゃんも忘れることにしますけど……。あ、でも送信された映像は全て司令本部で録画されてますけど? それはどうしますか?」


 ご丁寧に録画なんかするなボケェェェェェェェ!!!

 ていうか、司令本部まで転移してんのかーーーい!?

 俺は衝撃の事実の連続に思わず脱力してその場に崩れた。

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