第十二話 初めてのダンジョン

 宿場町から渓谷にある迷宮までは徒歩で半日ほどの距離がある。

 しかし俺は特製荷台にエマリィを乗せてフラッシュジャンパーで疾走してきたので、渓谷には三十分ほどで辿り着いていた。


 渓谷はグランドキャニオンよりも数倍は雄大な景観を誇っていた。

 宿場町からの道はとある巨大な岩山の山頂へ出るようになっており、迷宮(ダンジョン)へは絶壁の岩肌に設置された階段を使って降りることに。


 階段は土製でそこに材木や縄で出来た手摺りが設置されているのだが、どう見ても足場部分が岩肌から直接生えているように見えるので、そのことをエマリィに尋ねると答えは単純明快。土魔法で作ったのだそうだ。

 その階段を降りること五分。深さが二千メートル以上はありそうな断崖の中腹よりやや上辺りに迷宮(ダンジョン)の入り口はあった。


 エマリィの説明によれば、まず迷宮(ダンジョン)の定義としては魔力が溜まった閉鎖空間を指すのが一般的らしく、その定義に照らし合わせると迷宮(ダンジョン)は種類毎に三つに分類でき、一つは自然の洞窟に魔力が溜まり魔物が住み着いたもの、二つ目は地中に埋もれた古代遺跡、三つ目が古代遺跡と自然の洞窟が連結したものの三つになるらしい。


 特に二つ目と三つ目に関しては古代文明の財宝が絡んでくるので莫大な実入りが期待できる分、人工的な罠も多くて難易度は高いらしい。そして一つ目は実入りは討伐した魔物(モンスター)の素材に限られるが手軽に安定した収益を上げるのに適していて、この渓谷の迷宮(ダンジョン)も一つ目に分類されるとのこと。


「じゃあ少し待ってて。ログクリスタルを確認してみるから」


 と、エマリィは洞窟の入り口の壁に埋め込んであった直系十センチほどの白色クリスタルに手を翳した。すると空中にホログラムのように異世界文字と数字の羅列が浮かび上がった。


「それは!?」

「攻略記録だよ。攻略に成功しようが失敗しようがその結果をログクリスタルに残すことは冒険者の義務になってるの。そうすれば次に攻略する人の目安になるでしょ?」

「なるほどね。でも中には記録を残さず帰っちゃう奴も居たりするんじゃないのかな?」

「まあその辺は任意だからどうしてもね。でもそういう冒険者は大抵攻略に失敗した人で途中で死んじゃったか、逃げ帰った人。でも正直言って攻略失敗の記録はどうでもいいんだよ。あくまで大事なのは成功した記録だから」

「ん? どういうこと?」

「ちょっとここ見てみて」


 エマリィに促されて空中に浮かぶ文字の羅列を凝視する。

 そこに書かれているのは攻略した冒険者とパーティー名、攻略した日付、そして主と言う単語と魔物(モンスター)の名前だ。


「……主? 主が大王ハサミ百足ってことは……ああ、ラスボスってことか!」

「ラスボス? ま、まあとにかく迷宮(ダンジョン)内は一つの生態系になっていてその頂点に君臨するのがこの主――ラスボスなの。それでこれまでの討伐記録を見ればここのラスボスは大体大王ハサミ百足かベヒ百足(センチネーク)の二種類になっているでしょ。両方とも毒攻撃が特徴で、上位種で魔法が使えたとしても火魔法か土魔法だから対策は手持ちのアイテムで可能ってことだよ」


 なるほど。要はゲーセンに置いてある交流ノートとか昔からの人気ラーメン店にある感想ノートみたいなもんだな。


「それで最終攻略日が二ヶ月前になってるでしょ。これだけ期間が空いていれば新しいラスボスはもう君臨していると考えていいと思う。こういう古代文明の財宝がない小遣い稼ぎ目的の迷宮(ダンジョン)では、一番実入りが見込めるラスボスの情報は大事なの。たまにラスボス攻略直後に迷宮に潜ったらラスボスが居なかったって笑い話もある位だから」


 そしてそのラスボスの向こう側に謎の依頼人が待ち構えているというわけか。

 もしかしたら迷宮の入り口で待ち構えていて「一緒に迷宮(ダンジョン)でも攻略しましょう」みたいなフレンドリーな展開も予想していたが、ここで姿を見せないとなると最深部で待ち構えていると思ったほうがいいだろう。

 どちらにせよ、依頼人自身がラスボスという可能性は濃厚だ。


「よし。じゃあ事前のチェックも終了ということで行きますか、初めての迷宮(ダンジョン)に。さて鬼が出るか蛇が出るか――!!!」


 俺はアルティメットストライカーのヘルメットを閉じると奥に向かって歩き出した。




 迷宮(ダンジョン)の暗闇を切り裂く二筋の白色光。

 アルティメットストライカーの両肩に内臓されている照明装置だ。

 ジャスティス防衛隊では夜間や地下へ潜るステージがあるために三種類のABC(アーマードバトルコンバット)スーツ全てにこの照明装置が装備されている。

 それがまさか異世界で迷宮(ダンジョン)攻略に役立つとは。


 そして歩き始めて五分ほど。

 さっそく白色光に照らし出される三つの黒い影――

 いや、その向こう側にさらに無数の影が蠢いている。


「毒ダンゴワームの群れだよ! タイガ、毒液を飛ばしてくるから気をつけて!」

「はいよ!」


 背後で叫ぶエマリィ。

 その声を受けて落ち着いてHAR-22を構える俺。

 洞窟内に射撃音が鳴り響き、全長一メートルほどのダンゴ虫の群れが青い体液を撒き散らして飛散する。

 が、その直後。ヒュンヒュンと空を切り裂く音が。

 カンッ、カンッとABC(アーマードバトルコンバット)スーツに何か硬質な物体がぶつかる音がして、エマリィが悲鳴を上げて俺の背中にしがみついた。


「ち、兆弾か――!?」


 咄嗟に両手を広げて兆弾をABC(アーマードバトルコンバット)スーツで受け止めるが、前方からは仲間を殺されていきり立つ毒ダンゴワームの群れがボール状に丸まって突進してくる姿が。

 その数はざっと見て百体近い。


「――エマリィ、このままの姿勢で後退するぞ!」


 兆弾を受け止めながら後退して、兆弾が治まると同時にビッグバンタンクへ換装。

 ビッグバンタンクの武器は「重機関銃」「カノン/迫撃砲」「ミサイル/ロケット砲」「ボーナスウェポン」だ。

 その「ボーナスウェポン」から「爆炎放射器」をチョイスして装備。

 ハードレベルクリアで貰える武器なのでオーバー火力のような気もするが、毒ダンゴワームの移動スピードは早くて迷っている暇はなかった。

 それに毒ダンゴワームの正確なレベルも聞いていない。

 

「オーバーキルを気にしちゃいられないってね!」


 俺は引き金を引く。

 と、同時に一本に見えていた銃身がカシャンと音を立てて扇状に広がると、五つの放射口が一斉に火炎を噴いた。

 百二十度の放射角度の間に放たれた五つの火炎は、本来ならば広範囲の敵を一斉に焼き払う事が目的の範囲攻撃だったが、この狭い洞窟内部では爆炎は洞窟の壁にぶち当たるので、五つの火炎は大きくうねりながら巨大な爆炎球となって毒ダンゴワームの群れへ襲いかかった。


「うひょーっ!!! 上級魔法並みの火炎攻撃!!!」


 エマリィが俺の背中越しに叫んでいる。そう言えば初めて会った時もそう叫んでいたような。どうやら興奮した時の口癖らしい。

 思わずニヤついてしまうが、百匹は居たであろう虫ケラどもが消し炭にされる光景を見てほくそ笑んでいるわけではない。決してだ。


「ははは……。タイガ、全部塵になっちゃったよ……」


 わずか三十秒足らずで炭化して塵と化した光景に、先ほどまでの興奮から一転してがっくりと肩を落としているエマリィ。

 ちなみに毒ダンゴワームは触覚や甲殻が解熱剤や痛み止めの材料になるそうで、あんな見た目に反して意外と重宝される素材の持ち主だったらしい。

 

「こ、今度からは気をつけます。はは……」


 エマリィの落胆振りにかける言葉が見当たらずにとりあえず愛想笑いで誤魔化して先へ進む。

 とりあえずこれからは兆弾も考慮して兵装をアルティメットストライカーへ戻してHAR-55を装備することに。

 グレネードやロケット砲などの爆発系は落盤や崩落を招く可能性があるので差し迫った状況以外は使用禁止するとなると、残るはやはり残るはアサルトライフル系か近接武器のソード系になってしまう。

 その点HAR-55の特殊弾丸ならば火力を維持しながらも落盤や兆弾の可能性はぐっと低下する。


 そんな感じでダンジョンに潜ること六時間近くが経過した頃。

 俺が蔦をロープ代わりに引きずっている荷台には、素材が山のように積み上げられていた。

 これまで遭遇した魔物(モンスター)たちは、最初の毒ダンゴワームを筆頭に三メートルくらいのハサミ虫やカマキリのような巨大な鎌を持った大蜘蛛、体の前半分が大蛇で後ろ半分がサソリのような奴などなど。

 ランク的には赤(ルビー)と青(サファイア)が大半だったが、量が多いだけに素材として売ればこれだけで金貨一枚の値はつくだろうと言うのがエマリィの見立てだった。


 そしてそろそろ最下層も近付いてきたと思われた頃。

 前方の曲がり角からゆらりと巨体を現す熊に似た魔物(モンスター)。

 体長は二メートル近くあって、両手の爪は異様に長くて鋭い。


「タイガ!」


 と、呼ぶ声に振り返ると、背後の通路からも同じような姿形をした熊の魔物が(モンスター)が暗闇から姿を見せた。

 どうやらこの二体は番(つがい)らしく、挟み撃ちを仕掛けるくらいの知能は持ち合わせているらしい。

 しかし彼らが残念だったのは俺たちも将来負けず劣らずの夫婦になることは確定していて、コンビネーションもばっちりと言うことだった。


「エマリィ、後ろを三秒だけ抑えておいてくれ」

「わかった――」


 そして阿吽の呼吸で同時に仕掛ける俺とエマリィ。

 俺は前方の個体に向けてHAR-55の引き金を引く。

 HAR-55はゲーム内ではハードモードで入手可能な武器で、弾丸にはナノテクノロジー・エクスプロダーという、ホローポイント弾の先端に特殊雷管と火薬が組み込まれた特殊な弾丸が使われていた。


 三点バーストで発射された弾丸は熊の魔物(モンスター)のどてっ腹に着弾すると同時に、先端の雷管が作動して火薬を炸裂させる。

 直径三十センチほどもある穴が三回連続して熊の腹に開いて肉片と血液をばら撒いた。

 それでも熊の魔物(モンスター)は絶命しておらず、俺に向かって突進を仕掛けてくるが、その時には二回目と三回目の三点バーストが発射された後だった。

 六連発でナノテクノジー・エクスプロダーが炸裂すると、熊の巨体は周囲の壁の染みとなって原型の八割以上を失うことに。


 そしてすかさず振り向く。

 後方の熊はエマリィが魔法防壁を展開してくれていたために最初の場所から動けないでいる。

 そして防壁が解除された時には全身をナノテクノロジー・エクスプロダーで蜂の巣にされて洞窟の染みと化した。


「ナイス防壁!」

「タイガこそ流石だったよ!」


 と、ハイタッチを交わす俺とエマリィ。

 これぞ二人でパーティーを組んでから狩りへ出掛けるだびにコンビネーションの研鑽を積みあげてきた成果だ。

 俺たちは互いに満足気な笑みを浮かべて顔を見合わせていた。

 もうこのままの勢いで抱きしめてキスでもしたかったが、まだ見知らぬ依頼人と出会えていないのでぐっと我慢することに。

 そして少し歩くと一気に開けた空間が目の前に現れてきて――

 俺たちは遂に辿り着いた最深部に足を踏み入れた。

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