第百二十九話 アヴェンジャー&レスキュアー・1

 俺は背後で激しく放電する音に振り返ると、全身に雷を纏った男が立ち上がったところだった。

 随分と高貴そうなマントや服装に、険のある傲慢そうな浅黒い顔と言い、この男がたぶんグランドホーネットを切断したヴォルティスだろう。

 ヴォルティスは激しい怒りに満ち溢れた三白眼で、俺と背後のユリアナを忌々しそうに睨みつけていた。


「ユリアナよ、随分と小癪な真似をしてくれたではないか……。女狐の芝居にまんまと騙されたぞ……。しかし、俺はまだ生きているっ……! 俺を謀った落とし前はきっちりとつけてもらうぞ!」


 ヴォルティスの胸の辺りの服装は焼け焦げていて、肉体もかなりの重傷を負ったようだったが、激しい裂傷はみるみるうちに塞がっているところだった。


「そしてステラヘイムの英雄よ……! よくも我が民を殺し、新生ヴォルティス帝国の門出を土足で踏み躙ってくれたな。まさに無礼千万、鳥滸おこの沙汰の代償は高く付くぞ、若造よ!」


「そりゃどうも。こちらもグランドホーネットの借りが――」


 と、相手の好き勝手な言い分に対して、こちらも反論しようとしたが、ヴォルティスはいきなり雷の鞭を振るって来やがった。

 どうやら相当短気な性格らしい。

 俺は咄嗟に屈んで、雷の鞭をやり過ごす。

 ビッグバンタンクの頭上スレスレを、ヴォンと言うコロナ音を轟かせて、青白く発光する鞭が通り過ぎていった。

 放電が生み出す大量の熱が空気を膨張させた結果、周囲の空気が振動しているのだ。

 いかにも破壊力がありそうな音に、思わず肝も冷える。

 しかし、俺は鞭を避けると同時に、左手のベルセルク・スクリームの引き金を腰撃ちで引いていた。


ウウウワギャン!


 狂戦士の咆哮が轟く。

 その一叫で、ヴォルティスの生身は無数のキャニスター弾によって跡形も無く消し飛んだ。

 ――筈だったのに、あろうことかキャニスター弾は半身を吹き飛ばしただけで、残りは雷の盾によって完全に防がれていた。


「は!? 高レベル武器だそ!? あれを受け止めるってか!?」


 思わずABCアーマードバトルコンバットスーツの中で叫んだのも無理はない。

 ビッグバン・タンクは三兵種の中で火力最強を誇り、中でもベルセルク・スクリームは「カノン/迫撃砲」で、最強に部類される高レベル武器だ。

 記憶の限りでは、異世界転移後に高レベル武器でも歯が立たなかったのは、黄金聖竜と復活した邪神魔導兵器ナイカトロッズだけだ。

 しかもこの二つは片や新世界の守護神、片や旧世界の遺物と規格外の存在だ。

 魔族タリオンもその娘ヒルダも、高レベル武器の前では敵では無かった。

 そうなると、今、目の前に居る三白眼ガングロオヤジは、魔族以上の存在と言う事になる。

 このどこからどう見ても普通のヒト族に見える人間が?


「一体どういうことだ、こりゃ……」


 俺は混乱しつつもベルセルク・スクリームを防がれたことで、多少ムキになって引き金を引き続けた。


ウウウワギャン! ウウウワギャン! ウウウワギャン!


 残りの全十九発を叩き込んでやる。

 しかし先ほどは不意を突かれた為に間に合わなかった雷の盾が、今度は完璧にヴォルティスの周囲を防護して、あろうことか全弾を受け止めるではないか。

 しかも雷のヴェールの向こうでは、ヴォルティスの失われた半身が再生中だ。


「神速治癒と言うやつか……!?」


 そう言えば、復活した邪神魔導兵器ナイカトロッズの上に鎮座していた巨大化ロウマも、同じような魔法を駆使していた。


「エマリィによれば、神速治癒は上位魔法テウルギアらしい。こいつは一体何者だ……?」


 しかし疑問の答えを探している暇はなかった。

 何故ならヴォルティスを覆う雷の盾からは、雷の鞭が飛び出して襲い掛かってきたからだ。

 咄嗟にリロード済のベルセルク・スクリームを、腰撃ちで放って迎撃を試みる。


ウウウワギャン! ウウウワギャン! ウウウワギャン!


 黒光りする三メートル近い砲身の先端で、発火炎マズルフラッシュが激しく煌めいた。

 しかし特殊キャニスター弾はただ雷の鞭を素通りしていくだけで、弾き返してはくれなかった。


「なぬっ――!?」


 咄嗟にバックステップで躱す。

 が、今度は稲光の槍が襲い掛かる。

 それも数えきれない程だ。

 ビッグバンタンクは、ただでさえ鈍重だ。

 一瞬にして眼前に伸びてくる稲光の槍を、完全に交わすことは不可能に近かった。

 しかし幸いにも機動力に欠ける分、装甲は三兵種の中で一番硬い。


「――くそが! 覚悟を決めるしかないっ……!」


 俺は両手を十字に組んで胸をガードした。

 そしてバッグステップとサイドステップを駆使して、稲光の槍から逃げ回った。

 どれだけ削られようが、致命傷さえ回避できれば何とかなる。

 現に無数の刺突を受けつつも、一撃辺り五百くらいのHPが削られる程度で済んでいた。

 もっとも既にHPの残りは三分の一を切っていたので、このままサンドバッグ状態が続くのは非常にまずい。


「エマリィ、治癒魔法を頼む!」


 俺は稲光の槍から逃げ回りながら、防壁の中で心配そうな顔を浮かべて見守っていたエマリィに声を掛けた。

 すぐにエマリィから金色の暖かみのある波動が飛んできて、HPメーターが上昇し始めた。

 しかし治癒魔法の効果は相性以外にも、距離に大きく左右される。

 勿論一番効果が高いのは直接「手当て」された時で、あとは距離が遠くなるほどに効果は弱まっていく。

 現在の俺とエマリィの距離は三十メートルくらいなので、いつもよりもおよそ三割減と言った感じか。


 辛うじて今は削られる体力と、回復する体力が拮抗している状態だ。

 ここは一旦エマリィに接近して回復量を増すべきか、それとも攻撃に打って出るべきか――

 逡巡の結果、俺はヘカトンケイルを二丁持ちトゥーハンドで装備した。


「だって男の子だもん! そんなニヤけ面見せられたらムカつくっての!」


 ヴォルティスは雷のヴェールの向こう側で、勝ち誇ったようにニヤけ面を浮かべていたのだ。

 俺はそれがどうしても我慢出来ずに、そのムカつく顔を恐怖で引きつらせてやらなければ気が済まなかった。

 両手の中でエネルギーが充填されていくように、砲身が高速回転して唸り声を発していた。

 そして解き放たれる三巨人の百の剛腕ヘカトンケイル――


BRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!

BRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!


 一秒間に約三十三発ずつ撃ち出されるナノマテリアル弾が、激烈にヴォルティスに襲い掛かった。


ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


 と、雷のヴェールが激しく明滅する。

 

「くっ……!」


 俺は引き金を絞る指先に更に力を込めた。

 ヘカトンケイルは全弾五百発×二丁を約十五秒で撃ち尽くす。

 全弾命中した場合のダメージは十五万ヒットポイントだ。

 二丁なら倍の三十万。

 しかしヴォルティスの雷のヴェールは、それだけのダメージを受けても撃ち砕くことが出来なかった。

 

 その歴然たる事実に思わず眩暈がする。

 この糠に釘を打ち付けているような手応えの無さは、黄金聖竜の時と同じだった。

 いつの間にか自分自身の体が、糠の中にずぶずぶと沈み込んでいくような無力感に、思わず胃の辺りが締め付けられる。

 しかし黄金聖竜の全身を覆う金色の鱗は、最強のストライクバーストドリフターを以てしても貫くことは出来なかった。

 ではヴォルティスは?

 黄金聖竜の金の鱗が物理的に硬かったのか、何かしらの魔法守護が働いていたのかは知る由もない。


 しかしヴォルティスを防護している雷のヴェールを貫けなかった原因は、恐らく磁力だ。

 たぶん奴は任意で雷に磁力を纏わせることが出来るのだろう。

 そしてそれを攻撃と防御で巧みに切り換えていると思われる。

 だから先ほどの雷の鞭はこちらの攻撃を悉くスルーしたのだ。


「それならば飽和攻撃のアクセルタイムならどうだ……!?」


 俺は自分自身を鼓舞した。

 たった一度攻撃が利かなかっただけだが、俺にはまだアクセルタイムと言うとっておきの切り札が残されている。

 一度で駄目なら何度でも――

 敵が力尽きて倒れるまで、延々と攻撃を繰り出し続ける――

 それがアクセルタイムであり、この異世界で具現化した空想科学兵器群ウルトラガジェットによる戦い方の神髄だ。

 しかも兵種最強火力を誇るビッグバンタンクのアクセルタイムは、具現化してからまだ試したことがないので、その威力は俺自身にも未知数だ。


 それに今のところヴォルティスは防御の時には、守りに専念して攻撃を繰り出してこない。

 それだけ精神統一と魔力を消費するということだろう。

 そうだとすると、尚更アクセルタイムを仕掛けるべきだ。


VCOボイスコマンドオーダー! 武器選択! 多腕支援射撃アラクネシステム! 続いて武器選択! ベルセルク・スクリーム! 二丁持ちトゥーハンド!」


 俺はリロード中のヘカトンケイルを放り投げると、新たに武器を装備した。

 アクセルタイムの威力をレベル分けするならば、片手持ち武器だけの場合をレベル1、次に両手持ちに切り替えたらレベル2、そこに多腕支援射撃アラクネシステムを加えるとレベル3と言ったところか。

 

「今度こそ借りを返して貰うからな! 吠え面かいた後で泣いて謝っても許さねえから!」


 俺が吠えると同時に、ベルセルク・スクリームも吼えた。


ウウウワギャン! ウウウワギャン! ウウウワギャン!ウウウワギャン! ウウウワギャン! ウウウワギャン!


 特殊キャニスター弾の百花繚乱、狂い咲きだ。

 ベルセルク・スクリームの特徴的な甲高い射撃音が周囲の空気を震わせる。

 砲弾の中から飛び出した無数のナノマテリアル鉄塊が、雷のヴェールに猛然と噛み付いた。

 被弾する度に雷のヴェールが激しく明滅する。

 激しい猛攻に次々と魔力が継ぎ足されて防壁を補強しているのだろう。

 そして全二十発×二を全弾受け止めたのを見た時、俺は思わず感嘆の声を漏らしていた。

 敵ながら天晴と言うべきか。

 しかしここまでは想定の範囲内。

 問題はここからだ。

 俺はベルセルク・スクリームを投げ捨てて叫んだ。


VCOボイスコマンドオーダー! 武器選択! グレネードランチャーMA-70! 二丁持ちトゥーハンド!」


 両手に光の粒子が集まって実体化するグレネードランチャーMA-70。

 そしていざ引き金を絞ろうとした時、ヴォルティスに動きが見られた。

 武器変更の間も背中の多腕支援射撃アラクネシステムからは、絶えずアサルトライフルの弾幕が張られていたのだが、所詮は高レベル武器の威力には劣る。

 ヴォルティスは武器変更の一瞬の隙を突いて、攻勢に打って出たのだ。

 雷のヴェールは激しく放電しながら、みるみるうちに巨大化していくではないか。

 

稀人マレビトの小僧よ! ステラヘイム救国の英雄など祭り上げられても、あのお方と比べたら貴様も数多居る凡夫に過ぎんのだ! 見ろ、あのお方が授けてくださったこの素晴らしい力を! 遥かに貴様を上回っておるぞ――!」


 巨大化する雷のヴェールの中で、ヴォルティスの体は宙に浮いていて、勝ち誇ったように高笑いをしていた。


「あのお方……? そいつがおっさんにこんな力を与えたボスなのか? 本当に迷惑なことをしやがって……。今度注意しておくから居場所を教えてくれないかな、駄目!?」


「笑止! 貴様がマキナ様にお目通りすることはないだろう! ここで俺の手によって殺されるのだからな!」


「は? マキナって人工知能マキナのことなの!? まさか、そんな……」


 ヴォルティスから予想外の名前を耳にして、思わず頭が真っ白になる。

 しかしこの国に突如出現した巨大プラントの事を考えれば、ゲーム内のラスボスである人工知能マキナが俺と一緒に異世界転移していたとしても何らおかしなことではない。

 そしてつい考え事をしてしまっていた俺を、エマリィの声が呼んだ。


「――タイガ!」


 気が付けば、いつの間にか宙に浮かぶヴォルティスの周囲から雷のヴェールが消失していて、代わりに巨大な一本の稲光が発生していた。

 その長さが百メートル、太さが十メートルはありそうな雷は、例えるならば大蛇か龍かと言ったところだ。

 そしてヴォルティスはその雷の大蛇の尾を両手で掴むと、バットを振る様にむんずと振り回した。

 雷の大蛇が観客席を薙ぎ払いながら猛然と襲い来る。


「無茶苦茶だろ……! やれるのか!?」


 俺は咄嗟にMA-70の銃口を向けて引き金を引いた。

 これまでのパターンならば、この攻撃は素通りしてしまう。

 だから雷の大蛇の手前へ、まだ薙ぎ払われていない地面へ集中して弾幕を張る。

 果たしてグレネードの爆風が雷に効果があるのかと言えば、俺自身も当てにはしていなかったが

、地形だけでも変化させれば逃げる隙は生まれるかもしれない。

 まさに藁にも縋る思いだった。

 

シュパパパパパパパパパパーン!!!


 グレネードランチャーMA-70は十点バーストだ。

 発射に合わせて銃身を右から左へ振って、弾幕が雷の大蛇と平行になるように調整してやる。

 そしてMA-70の弾薬はクラスター方式になっていて、発射直後に弾けた弾体の中からは二種類のクラスター弾がばら撒かれる。


ズドドドドドドドドドドドドドドドーン!!!


 と、一つ目の炸裂弾が広範囲に渡って爆発した。

 しかし雷の大蛇は何事もなかったように黒煙を掻き分けて向かってくる。

 その前に特大サイズの魔法防壁が何十枚も出現して、雷の大蛇の進撃を食い止めようと立ち塞がった。

 

「――エマリィか。ここはいいから皆を連れて早く逃げて!」


 俺はエマリィ達の居る場所に向かって走り出した。

 案の定、背後では魔法防壁の砕ける音が響き渡った。

 恐らくグランドホーネットを両断したのと同じ魔法だ。

 グランドホーネットが完璧な状態ではなかったとは言え、魔法戦艦を破壊できた程の破壊力だ。

 俺の魔力を流用していない時のエマリィが作る魔法防壁では、数も質も太刀打ちできない筈。

 ならばここは一旦退却して、まずは姫王子たちを安全圏にまで連れ出すことを優先すべきだ。

 悔しいが、ヴォルティスの雷魔法にはそれなりの準備と対策が必要のようだ。

 そして、


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!


 と、二つ目のクラスター弾であるプラズマ弾の激しい放電音が響き渡った。

 その瞬間、これまで雷の大蛇が発していた地面を引き摺るような轟音が、ピタリと止んだことに気がついて思わず振り返った。

 そして息を呑んだ。

 何故なら広範囲に渡って爆発したプラズマ弾の放電と、雷の大蛇の放電が互いに引き寄せ合った挙句に、雷の大蛇の動きが完全に停止していたからだった。

 まるでプラズマ弾が雷の大蛇を絡め捕ったような光景に、俺の頭の奥である考えが弾けた。


「そうか、そういうことか。試してみる価値はある……!」


 踵を返して反転。

 ヴォルティスに向かって真っすぐ一直線に向かって駆け出した――

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